第10話:孤高の誓い
「おい、起きろ」
俺は、総督の頬をはたいて起こそうとする。
「ちょっと、おやめなさいよ」
鳳凰院先輩が何か言っているが気にしない。この屑を起こさないといけない。
「起きろ、馬鹿」
おれはカップに残っていたドリンクを総督にぶっかけた。
「わぷぷぷ、何を」
総督は、慌てた様子で目をあける。白々しいやつである。
「ごきげんよう」
「……お前は悪魔だ」
総督は目をあけると、俺にそう言った。他に言うことあるだろ。
「悪魔?俺は英雄ですよ」
なので、にこやかな笑顔でそう返した。
「英雄?儂を撃っておいて何をいう」
お前もそこ突っ込むのね。ちょっと足に掠ったくらいで大げさなやつである。大した怪我ではない。外の連中に比べれば、怪我とは言えないほどだ。良い大人が恥ずかしくないのだろうか?だが、それよりも……
「やはり、意識がありましたか?どうして、寝てたのに撃たれたことを知っているんですか?」
「!」
ハトが豆鉄砲をくらったような顔をしている。
「熊にでも習ったんですか?死んだふりがお得意のようで」
面白いので追撃をかける。
「黙れ、儂はお前ら化け物と違うんだ。普通の人間なんだ。こんな戦闘に参加できるか……それに、外の連中は何をしている。間抜けどもめ。どれだけ金をかけて雇ったと思っている。こんな餓鬼にも劣る役立たずどもめ。市民など見捨てて儂を守らんか」
必死に戦ったヒーローに対してこれか……思った以上だ。
政治家あがりのヒーローなんてこんなもんである。頭が良くて、学歴は高いのかもしれない。でも、現場では糞の役にも立たない。悪党らしく、こういうヒーローに止めを刺すのは俺の仕事だろう?
「光、撮れたか?」
「バッチリ」
カメラを回していた光は親指を立てた。
「そういうことです総督、なかなかの役者ぶりでしたよ」
「は?何をするつもりだ?」
「何って、俺は人気動画投稿者なので、ネットに総督のご高説をアップするだけですよ」
「ふざけるな。止めろ……金か、金が欲しいのか?」
「金ならもうもらいましたので、要りません」
「……お前も、お前もただですまんぞ。ワイロを受け取ったんだ。ただでは済まない。お前も道連れだ」
道連れね。誰に向かって言ってるんだ?
俺は、弾丸によって半分かけてしまった総督の耳を思いっ切り引っ張ってやった。
「いたたたたた、痛い、止めろ。血が出ているから止めろ」
「俺を脅すなら、死ぬ覚悟がおありでしょ?それとも、死ぬ覚悟もなく言っているんですか?」
少なからず、総督の部下のヒーローは死ぬ覚悟はあっただろう。
「……戦場に出たらこんなもの掠り傷だ。偉そうに高みから見物するしか能がないくせに、俺を道連れにする?違うでしょ?あなたが俺に出来るのは、今まで目上の人間にやってきたように頭を垂れて、俺のご機嫌とりをすることだけだ」
「何を……餓鬼が……」
「あ?」
「ひっ」
俺が睨むと、総督は悲鳴をあげた。総督は良くも悪くも、普通の人間だ。もう、脅しに耐えられる精神状態ではない。だから潰すのは簡単だが、こんなやつ、潰しても何の益にもならない。それなら、心を折って、飼い殺しにして搾り取れというのが、元理事長の教えだ。悪い女である。
「仲良くやりましょう。ね、ワンコ君」
「…………」
俺は総督の肩に手を置くと、うなだれた。もう何もいう気力もないのだろう。
でも、俺は違うぞ。やるべきことをやらなければならない。立ち上がって命令を下す。
総督室のマイクをONにした。
「俺は、スターズの三ツ星だ。敵は俺が討ち取ったが、総督が名誉の負傷を負った。よって総督に変わり、全権限を譲渡された。良く聞け、全職員に命令を下す。近隣の医療機関と連携をとって、救急車とヘリコプターを用意させろ。また、命の危険のあるものは、全資材をもって、手当てに当たって構わん。良いか出し惜しみするな。重症人には身分に関係なく、魔法薬でもなんでもつかって命を持たせろ、全責任は俺がとる。良いか絶対に1人も死なすな」
ここの職員の人たちはなかなか優秀だった。俺が命令を下すと、細かい指示を出さなくても、各自の判断で対応にあたった。トップが無能だと、下がしっかりする好例と言えるだろう。
1時間ほどたてば、軽症者とこの事件の首謀者を覗いて怪我人があらかた病院に運ばれた。
首謀者の魔術師は病院ではなく、刑務所に叩き込むことになる。腕は飛ばしたが、最低限の応急処置をしたので死ぬことはないだろう。ナックルさんがお礼を言いながら連れていってくれた。ああいう、素直で可愛い部下が欲しいものである。
素直でない部下2人は、俺が権力の力で、半ば強制的に病院に送ったので、今はここには残っていない。最後まで残るとだだをこねたので、無理やり救急車に乗せた。
俺はというと、美涼が待っているはずなので、家に帰りたいのだが、ソファーに腰かけながら少女が起きるのを待っていた。人は変わるもので、今度はにこやかな笑顔で、秘書のお姉さんがお菓子とお茶を出してくれている。お茶を啜りながら優雅に待っていた。
「……ここは?」
魔王の血を引く少女、蘭はそう言いながら目を覚ました。今日、何回目のお目覚めだろうか?よく気を失う女である。
「どこか、痛いところはないか?」
怪我がないのは、鳳凰院先輩が確認しているので心配はないのだが念のため尋ねた。本当を言えば、それでも、病院に連れて行って精密検査してやりたいが、病院が戦場になったらしゃれにならないので、俺がここで彼女を守っている。魔法薬は一本くすねて持っている。
「痛い所……」
そう言って彼女は跳ね起きた。
「あなた、あたしに何したの?」
何故か自分の体を抱きしめている。これだけ元気なら大丈夫だろう。
「……何もしてない。むしろ、するのは今からだ」
「な?」
少女は怯えた表情を見せた。彼女の目に、俺はどういう風に映っているのだろう。まあ、良い印象は持っていないだろう。
「安心しろ。危害を加えることは絶対にない。その逆だ。この俺がお前のことを守ってやる。感謝しろ」
「はああ、何言ってるのあなた、馬鹿なの?あたしのこと金づるとしか思っていないんでしょ?お金だけもらったら、帰りなさいよ。あたしはあんたなんかに助けて欲しいとは思わない。あんたなんか、絶対に嫌。あたしは誰も信じない」
最後は、涙目になりながら彼女はそう呟いた。
「……よし、じゃあ帰るから、お前の家につれていけ」
ただ、俺もそんな素直な人間ではない。引き下がらないぞ。
「あたしの話、聞いてた?」
「帰るんだろ?腹減ったから、さっさと帰ろう。俺だって、お前の家に行きたくないんだ」
本当にな。今日は美涼がご飯作って待ってるはずだ。
「何、家まで付いてくる気……来ないでよ」
「それは出来ない」
「何でよ?」
「守ると誓ったからだ」
「…………」
彼女は、その言葉に一瞬思考が止まったようだった。
「意味わからない。あたしは、あんたなんかには助けて欲しくないって言ってるの」
「……何でだ?安いプライドのせいで嫌なのか?」
「安い……プライド?」
「そうだ。お前の尊敬している元理事長も良く言ってたぞ。使えるものは何でも使って、生き残れってな」
「叔母様はそんなこと言わない」
言うんだよな。そして、あの女は本当に使えるものなら何でも上手に使う。だからこそ、何年も前線にいて今も生きている。
人として軽蔑しているが、師として仰いでしかるべき人だ。
「どちらにしろ。俺のような人間が四六時中守ってやるなんて好条件、ここを逃したら一生来ないぞ。良く考えろ。お前にとって何が大事だ。プライドか、それとも命か、または、お前の周囲の人間の命かだ」
この年の少女に決断を下させるのは酷だと思う。でも、守られる気のない人間を守ってやるほど、俺もお人よしではない。ヒーローは助けを求める人のためにいるのだ。
例え、彼女がへそを曲げたのが俺のせいであっても関係ない。命を賭けるのは俺なのだ。相手も命を賭けられる人間であってほしいと思うのは我儘だろうか?
「周りの……」
そう言うと、彼女は迷っているようだった。暗い表情で俯く。彼女には、彼女の葛藤があるのだろう。
「私は……助けて欲しい。生まれて来たって理由で死にたくない」
血筋……そんなものに価値があるとは思わない。でも、魔王の血筋と言うのは。確かに中々の器の持ち主らしい。ここで彼女は守られる選択をして頭を下げたのだ。頭を下げるなんて、簡単なことかもしれない。でも、裏切られ続けた少女が、もう一度誰かを信じて頭を下げたのだ。俺にとってはそれで十分である。
戦う理由がここに出来た。ゆえに、ここに1人誓いを立てよう。誰からも望まれぬ少女を、俺だけは何が何でも守ると。偽物のヒーローにはお似合いの役回りである。
「1ヶ月、俺の命をお前にやる。何が何でも守り抜いて悪の組織も俺が潰してやる。自由にしてやる。約束だ」
悪の組織に狙われる面倒な少女を抱え込んだ偽物のヒーローと、そんな酔狂なヒーローを相手にしないといけなくなった悪の組織、不幸なのはどちらなのかは、結果だけが知っている。
少なからず、今分かっているのは、青田泰裕から引き下がると言う選択肢は消え失せ、2回目となる悪の組織との食うか食われるかの全面戦争が始まったのだ。




