第9話:ロックオン
空の絶対王者。
かつてドラゴンはそう呼ばれていた。魔法実験の失敗で生まれたトカゲの変異体は、瞬く間に、増殖して人間から制空権を奪ったのだ。人間も必死に抵抗を試みた、しかし、当時の近代兵器は、ミサイルをもってしても、ドラゴンに致命傷を与えることは叶わず、魔法生物特有の再生能力によって、瞬く間に傷が癒えたのだ。
ゆえに、1個体に対して、核ミサイルが使われるまでになったが、それも、何百年も前の話である。現在、ドラゴンは人間の脅威として指定されていない。むしろ、絶滅危惧種となって特区で保護されているくらいである。
その理由は2つ、驚異的な繁殖能力も魔法生物の特性上直ぐに頭打ちになり、代を重ねるごとに大きな陰りみせたこと、そして、最大の要因になった2つ目として、空の絶対王者と呼ばれたドラゴンを、単独で倒す人間が現れたからである。
その人間はどんどん増えて行った。その最たるものが今ではトップヒーローと呼ばれている。
「……嘘だろ」
腕には自信があった。勝てない相手だとは思っていなかった。
だって、トップヒーローはまるで子猫とでもじゃれているかのように、あれを倒すのだ。
今は削除されてしまったが、『ドラゴンの倒し方』というタイトルで上げられた動画では、1人のヒーローがドラゴンとの戦闘方法を詳しく解説してくれていた。
その動画では、彼の破格の強さもあってか、本当に簡単そうにドラゴンを相手取り、手玉にとっていったのだ。自分にも出来ると思わせるほどに……
しかし、目の前にいるのは間違いなく空の絶対王者と言われたドラゴンだった。トップヒーローと自分との差は良く言葉で聞かされた。だが、それはあくまで言葉であり、肌で感じられるものでは決してなかった。いつか届くと、馬鹿な夢を見たものだな。
ドラゴンが大きく息を吸い込む。止める術はない。終わった。私はそう確信して目を閉じた。
しかし、いつまでたっても火球は飛んでこなかった。
「よく頑張った」
煌めく3つの星。はためくマントに刻印されたエンブレムだ。それはスターズの証。白銀の……そうまるで騎士をおもいださせる格好。
なのに、不釣り合いの2丁拳銃をもっていた。
「あなたは?」
「ヒーローだ。後は俺に任せておけ」
「ドラゴンを撃退できるの?」
「撃退?冗談だろ……特区にいないトカゲは、絶滅危惧種ではなく危険生物だ。今からここで倒すんだよ」
そのヒーローは迷いない声で、自信満々にそう呟いた。
*
ぎりぎりだった。外にでるとヒーローはほぼ全滅していたのだ。立っていたのは、たった1人のヒーローだけだった。その1人も満身創痍に見えた。
たった1匹のドラゴンにここまで壊滅させられて何やってんだなどとは思わない。今はここまで持たせたことに称賛を送りたい。もう少しで皆、ドラゴンの腹の中だっただろう。ドラゴンは、生きたままの獲物を好んで食べる悪癖がある。食われてなければ生きている。
それに、勘違いしている一般人も多いがドラゴンは強い。弱いなんて思われているのは、糞親父が変な動画をネットにアップしたからだ。
ドラゴンは強いのだ。フェイカーのスーツなら、何とかなるがこのスーツではどこまでやれるか分からない。実戦投入したの初めてだ。使ったの何て、軽く鳳凰院先輩と組み手した時くらいである。それも、本当に軽くやったので、スーツのスペックを全て発揮できたわけではない。ならし程度だ。
さあて、どこまで俺の期待スペックを実現できているか……ローリー博士を疑う訳ではないが、大部分はヒーロー本部で設計・開発がされている。ローリー博士が手を加えたのは、ほんの一割ほどだ。
そんなことを考えながら、ドラゴンを見ると、大きく息を吸っていた。こりないやつである。
今気づいたが、この前ヒーローショーで見た個体とは違う。今さら気づくとは、なかなか緊張している様である。でも、良い緊張感だ。
「来ます」
倒れているヒーローがそう声を上げた。どうやら先ほど俺がどうやって処理したか分かっていないらしい。
ドラゴンの火球が真っすぐに飛んでくる。
このスーツはそんなに丈夫に作られていない。当たれば、中の俺ごと終わりだろう。まあ、当たればの話なのだが。
俺は銃口をドラゴンに向けた。遅いぞ。
ヒーローのスーツは、基本的に何かに特化されて作られる。前までのスーツは、学生用に作られていたので、防御に極振りされていた。だが、今はそんな縛りもない。
今のスーツは……早撃ちに特化しているのだ。パワーも防御力も犠牲にして、ただ、早く動くことに特化させた。
雷音がとどろいた。電撃を帯びた銃弾が火球に向かって突っ込んでいく。先ほどの再現だ。放たれた一発は、火球など貫通し、ドラゴンの体ごと吹き飛ばした。これが反動もインターバルもなく撃てるのだから恐ろしい。
ドラゴンの2つの翼には、大きな風穴があいていた。
「飛べないドラゴンは、ただのトカゲだな」
俺は破壊された翼を満足げに見ていた。ドラゴンとの戦い方その1、翼を破壊しろ。そうすれば、ドラゴンは逃げられないし、身体のバランスが崩れて早く動くことができなくなるだ。
しかし、2丁拳銃の威力は予想以上だった。この2丁拳銃には、ヒーロー本部の魔術師が研究の末生み出した魔法石が内蔵されている。
ヒーロー本部の技術独占により、決して市場に出回るものではないから、値段はつけられないが、何十億の値がついてもおかしくはない。最悪、無くしたと言って裏の市場で売って、温泉を掘る資金に変えようと思っていた。そのための二丁拳銃だった。しかし、総督に感謝しないといけないな。こんな恐ろしい兵器が裏市場に出回らなくて良くなったのだ。
「ぐあああああああああああ」
ドラゴンは怒りに任せてうめき声をあげた。
「あの……」
1人の女性のヒーローが俺のことを心配そうに見ていた。先ほど助けてやったヒーローだ。確か、ナックルとかいうヒーロー名だったと思う。まさか、女性だったとは……データを見れば分かるのだが、隣街のヒーローだ。そこまで詳しく資料を見ていない。
女性だから……という訳ではないが……
「大丈夫。安心してください。次で終わりますから」
「え?」
ドラゴンとの戦い方その2。翼の破壊されたドラゴンがとる行動は3つ。今回は激昂状態だから、パターンCだ。激昂したドラゴンは、結局最終的に頼るのはブレスである。
そのいつも以上に大きく息を吸い込んだドラゴンのお腹の中心やや上にロックオン、必殺の一撃を叩き込め。
2丁拳銃が発光する。内部の魔法石の光である。轟く雷音と良い、この銃は暗殺などには全く向いていない。俺は、隠密行動もできるように作ってくれと言ったのに、ヒーロー本部のやつらめ、こんなもの作りやがって……中々良いじゃないか。
スターズの人間はすぐに死ぬからな。彼らは彼らなりの努力をして、スーツを作ってくれたのだ。感謝以外なにもない。
「行くぞ。ウロボロス」
そう名付けられた2丁拳銃から雷音が轟いた。2丁拳銃からコンマ1を切る早撃ちで撃ち出された、各3発の銃弾。計6発は一切の狂いなくドラゴンの弱点に命中した。
反動なく撃てるのだ、外す気がしない。
「ぐっ」
ドラゴンは悶絶の表情をみせた。ため込まれた火炎の力が体内で暴走しているのが分かる。
「ボン」
俺がそう呟くと、ドラゴンの体内で炎が爆発し、口から黒い煙を吹いた。
やれる、やれるじゃないか、このスーツ。想像を超える戦闘能力がある。これなら、フェイカーに変身しなくても戦える。戦えるじゃないか。色々な制約から解放された気分だ。前の学生スーツは糞過ぎた。でも、これなら……
高笑いがとまらない。強いて欠点をあげるなら、2丁拳銃に弾をチャージするのに、電気代が滅茶苦茶かかることくらいだろう。
「強い」
ナックルさんがそう呟いて、人がいたことを思い出す。俺は冷静を取りもどした。恥ずかしい。ツッコミ役がいないので、調子に乗ってしまった。
それに、高笑いしている場合じゃないじゃないか。ドラゴンがいたということは、それを操っている魔術師もどこかにいるはずだ。偶然、ドラゴンがここを責めたなどとは考えれない。必ず裏に誰かいる。それでも、被害がこれ以上出ないように、まずはドラゴンから処理しに来たのだ。
それに、俺がドラゴンをさっさと倒せば、怪我したヒーローたちが助かる可能性が増える。生きたまま食うだけで、直ぐに死なない程度の傷を負ったものがいっぱいいる。
「ナックルさんは、まだ動けますか?」
「えっと、多少は」
「ここで倒れている人を頼みます」
やられたかもしれない。ドラゴンは誘導に過ぎないと仮定したら、敵の狙いは1つしかないだろう。元いた総督の部屋に急いで戻る。
このためのスピード特化型のスーツだ。少しでも早く。動け俺の足。
スーツの性能もあって、30階にある総督室に着くまでに時間は1分もかからなかった。
「間に合ったな」
「間に合った?この状況を見て言えよ」
黒いフードを来た魔術師風のやつが、細い杖を光のこめかみに当てていた。
「ヤスさん、外は?」
鳳凰院先輩が、気絶している蘭を抱き替えながら不安そうな顔で俺を見ていた。怪我をしている。彼女は彼女なりに戦ったのだろう。総督は失神して倒れている。秘書の女も一緒だ。役に立たないやつらである。
「片付いた」
俺は鳳凰院先輩にそう答えた。
「流石ですわね」
「なっ、ドラゴンがやられただと」
俺はそう呟いたフードの男に銃口を向ける。声から察するに、フードのやつは男らしい。女でも撃つが男なら余計気が楽だ。
「おい、お前これが見えないのか?こいつがやられたくなかったら、その魔王の血をひく餓鬼をよこせ」
「何、捕まってんだ光?」
「うるせえ、俺なりに頑張ったんだ」
そうだろうな……知ってるよ。
「鳳凰院先輩も、よく俺がくるまで守ってくれた」
「そんなことないですわ。私は逃げ回ってただけです」
鳳凰院先輩もスピードタイプだ。この人が本気で逃げたらそう捕まらない。だから、安心して任せたのだ。代わりに光を掴まえて人質にされるとは思わなかったが……答えは決まってる。
「やれよ。ヒーローは伊達や酔狂じゃないんだ。死ぬ覚悟はあるだろう」
「おい、何言ってるんだ」
「……はったりだ。お前もヒーローなら人質をとられたら撃てないはずだ」
「お止めなさい。その男は撃ちますわよ」
「やめて、そいつは撃つんだよ」
「くっ」
何を思ったのか、フードの男は、魔法の力だと思われる力で、総督とその秘書も盾として構えた。俺の狙いがつけにくいように宙で回転している。これでは撃ちにくい。さっさと撃っておけば良かった。
「どうだみたか、こっちは総督まで人質にしてるんだ。良く考えろ、たかが餓鬼1人と総督だ。釣り合わないだろ?さあ、人質交換と行こう」
「馬鹿ですか、あなた、その男に人質の役職や多さは関係ないですわ。撃つと言ったら撃つ男です」
酷い言われようである。どっちの味方だ?
俺だって躊躇うし、さっきから手が震えてるんだ。だから、直ぐに撃てなかった。落ち着け。深呼吸しろ。俺が外すことは百パーセントない。今までも外したことはない。でも、それは動かない相手に対してだ。人質の動きを制限しなければ、少しでも動かれたら当ててしまいかねない。
「光、間違ってお前に当てても、俺達友達だから許してくれるよな?」
だから、これは逆効果化かもしれないが、目の前の親友なら覚悟を決めて動かないでくれるはずだ。
「友達と思ってるなら、そもそも撃つなよ」
全くもって、もっともな返しだ。でも……お前なら分かってくれるよな?
「……それは出来ない相談だ。俺はそこの金づる女を命がけで助けるって誓ったからな。光、ヒーローなら悪いんだけど、お前も腹くくってくれ、当てたら地獄で俺を恨め」
「…………」
それを聞いて光は黙った。代わりに……
「お前、俺のこと舐めてるだろ。人質は3人もいるんだぞ。一人減っても……」
ローブの男が緊張感からか、半狂乱で、そんなことを呟いた。杖が発光している。何かする気だろう。不確かだが撃つか?総督たちの動きのパターンは分かった。後は?
「……撃て!」
「!」
良く言った。
その光の言葉を聞いて、俺は引き金を引いた。敵が何かするのとほぼ同時だっただろう。
雷音が轟いた。弾が総督と秘書をぎりぎりかすめながら直進していく。魔法の銃弾は腕ごと杖を吹き飛ばした。それと同時に、光の拘束も解かれる。
今だ!
「ヒーロー、舐めてんじゃねえよ」
拳を振り上げて、思い切り殴りつけた。
フードの男は、うめき声をあげて動かなくなる。
荒い息が出た、滅茶苦茶神経使った。ドラゴンとの連戦はきつい。
「……勝ったな」
「勝ったなじゃない。何撃ってるんだ。死を覚悟したぞ」
「普通、撃ちますか?」
「だって、自信があったし……同意もあったし……」
「自信があっても、普通撃ちません」
「お前が無理やり同意させたんだろ」
待っていたのは歓声ではなく、彼らしい2人からのクレームだったのは言うまでもなく。ヒーロー三ツ星の初陣はこうして終わった。
「これが……ヒーロー?」
1人の少女がそう囁いていた。




