第6話:ヒーローの決断
扉を閉めると、冷ややかな視線にさらされているのが分かった。
「無いわー」
「見損ないましたわ」
2人が俺に対して吐き捨てるように言った。何だその視線は、かつて俺が鳳凰院先輩にむけていたような顔をしている。
「早く今から行って、謝ってきなさい」
鳳凰院が何か言っている。どうして俺が謝らないといけないんだ?
それに、目を使わなくてもドアの前に少女が居座っているのは気配で分かる。銀子さんと修行したおかげで、この校内のことなら、どこに誰がいるかくらいならわかるようになった。そのまま帰ってくれたら有り難かったが、ドアの前に居座られたら邪魔である。聞き耳でもたてているのか、それなら答えは1つだ。
「だが、断る」
これが断固たる意志だ。今の俺に温泉を掘るよりも大事なことなんてないのだ。変に事情を説明されて、同情してしまってからでは遅い。俺は何の罪悪感もなく、心置きなく温泉が掘りたいのだ。
だから、ここで縁を切るのが最善だ。ヒーローとしても間違っていない。隣街の少女を助けてやる義務は俺にはないのだ。隣街のことは隣街のヒーローがやることになっている。それがルールだ。下手に関わると越権行為になる。糞みたいな制度だが利用させてもらう。
「いらっしゃい。あのお兄さんは屑だからきにしないでくださいまし」
「ヒーローとして絶対に守って見せる」
おい光、何を良い顔しているんだ。鳳凰院も俺のことを無視して勝手に中に入れるんじゃない。
何も分かっていないやつらだ。この前のやつらと手合わせしたから俺にはわかる。フェイカーとして戦わないと確実に勝つのは無理だ。俺はこいつらを守ってやれるほど強くないのだ。
……今でもあの日のことを忘れたことはない。仲間が死んだ日のことは一生忘れないだろう。もう仲間を失うのは嫌なのだ。それに俺には責任もある。こいつらを守ってやる責任が俺にはあるのだ。フェイカーとしてならいくらでも守ってやるから、泰裕の前に現れて欲しくなかった。今は心の底から帰って欲しかった。
「…………」
「ヤス君」
俺が言葉に詰まっているとローリー博士に呼ばれる。
「何です?」
「こっちに来な」
そう言われて、ローリー博士に広い生徒会室の隅のほうに連れていかれる。
「臆病者だと笑いますか?」
「ううん。ヤス君の選択は正しいよ」
「じゃあ、追い出して……」
「だけど、何も聞かずに追い出すのは間違っている。ヤス君、君はここのトップだろ?トップなら話を聞いたうえで、お前何て助けないと言ってちゃんと追い出しな。何も聞かずに追いだしたら、それは仮に正しくても、逃げただけで決断したとは言わない。そんなトップには誰も着いてこなくなるよ」
「…………」
俺が逃げた?ぐうの音も出なかった。俺は少女の話を聞きたくなかった心が拒否反応を起こしたのだ。心に従ったと言えばその通りで、俺は悪として心に従って生きると決めている。自分に恥じることは何もしていない。
だが、何だこの敗北感は……悔しいと思っているのは何故なのか……答えは本当は分かっている、まだ俺には力が足りないからだ。圧倒的な力が俺にはまだない。だから、守る対象を選ぶしかない。否、選ばされているのだ。それが悔しい。
こういう時いつも迷う。そしていつも考える。あいつならどうするのだろうと……
「厳しいですね」
「当然さ。僕の本当の顔は君の上司だからね」
「ローリー博士なら、こういう時どうします?」
「僕はヤス君と違ってヒーローじゃない。僕なら話を聞いたうえで面と向かって彼女に言うよ『君を助けてあげる理由が僕にはない』ってね」
ローリー博士なら本当に言うだろう。この人は決断をくだせる人だ。
だったら俺はどうだ?少なからず……光と鳳凰院先輩は俺を見ていた。ローリー博士に叱られていると思って心配そうにちらちら見ている。俺は先生に叱られている子供か……少なからず、ここのトップはローリー博士ではない。俺なのだ。それならあの役立たず2人に胸をはれる人間でいないといけない。それが俺のような無能についてきてくれた2人へのせめてしてやれることだろう。
「本当にしんどいですね。トップって」
「当たり前だよ。僕だっていつも迷ってる。でも、代わりに決断を下してくれる人はどこにもいないんだ。例え間違ったとしても、自分で選んだ結果として間違えるんだ。そうじゃなければ、ヤス君は次のステージにいけないよ」
次のステージ。それはトップヒーローたちの世界を言っているのだろうか?
もしそうなら、期待が重すぎる。あんな人外どものステージに行ける気がしない。蛙の子は蛙というが、2世として成功した人間が何人いたことか?
凡人の子は凡人かもしれないが、天才の子は天才ではないのである。
「話だけでも聞いてやる」
「ツンデレか!」
「どうして素直に話せないんですの」
俺が少女の元に戻って口を開くと、そんなツッコミが入った。今日改めて分かったこいつら敵である。
「ごめんな。こいつ、人見知りのうえに不愛想だから」
「根も良くないんですわ」
それはお前らだろうと言ってやりたかったが、我慢することにした。2人相手に勝てるわけないからな。もちろん、肉体言語でやって良いなら勝てるが……昨今、上司が憎たらしい部下に手を挙げただけで、問題になる時代だ。
てか、フォローしろよ。俺のメンタルは豆腐のように柔いんだぞ。
「うん?」
何かこの女トリップしてない?
「……おい、鳳凰院なんか飲ませたか?」
「お客様なので、粗茶を振る舞いましたわ」
「……おい、光何で止めなかった」
「♪~」
「口笛吹いて誤魔化すんじゃないよ」
しかし、この少女も少女である。こんなエメラルドグリーン色のお茶何て飲めるわけないだろ。気づけよ、かろうじて緑色の謎の液体であって、お茶じゃないんだよ。
「良いか、鳳凰院、粗茶てのは粗末なお茶って意味じゃないんだぞ」
まあ、これはお茶ですらないけど。
「失礼ですわ。意味くらい知ってますし、そのお茶は玉露ですわよ」
「茶葉は玉露でも泥水でいれたらお茶じゃなくて、泥水だぞ」
「うまあ、わたくしのお茶が泥水だって言いますの」
「どうどう」
光がきれた鳳凰院を諫めようとするが、あまり役に立ってない。
「アゲハちゃん、ちょっと」
鳳凰院先輩を見かねたローリー博士が連行していく。俺の味方はあの人だけだな。
「おい光、水持ってこい」
「どうするんだ?」
「この女にかけるて起こすんだよ」
「……いや、それはないだろ」
「じゃあ、耳を塞げ」
「え?」
俺は思い切り手を打ち鳴らした。特殊なやり方で音を拡散させたので、人間の耳に少しダメージを与えるレベルの音が鳴った。
……そのせいで光が倒れた。だから、耳を塞げと言ったのに。
「はっ」
少女が目を覚ます。
「何を盛ったの……私に何をする気?」
誤解されても仕方ないのだが、そんな私は屈しないみたいな目で見られると、犯罪者にでもなった気分で心がチクリと痛む。俺って、光と違ってそういう目であんなり見られないからな。見てくるのは、男を見る目のない鳳凰院先輩くらいである。
「何も」
「もうしたってこと?」
そうやって下半身を見るな。俺を何だと思っているんだ。そこの倒れているやつとは違って、俺は分別のある男だぞ。
「どこまで覚えてる?時計を見てみろ。君がここに来てまだ数分だ。何か出来るほど時間は立ってない」
「…………」
無言でじろじろ見られている。イケメン無罪という言葉があるし、俺なら大丈夫なはずだ。昔、光に言ったら『お前の中ではそうなんだろ』と鼻で笑われたけど。
おい、衣服の乱れをチェックするな。
「……信じてあげても良さそうね。校舎に入ってからの記憶しかないけど、それでも10分しかたってないもの」
都合の良いことに、『帰れ』と吐き捨てた記憶は失っているようである。
「私のことは叔母様に聞いて知ってるわよね」
「叔母様?」
「ここの理事長よ」
否……ここの理事長は俺だ。まあ、誰かは分かった。
「あのババアから聞いてるよ!」
「……叔母様のこと悪く言わないで」
少女は真っすぐとした目で、睨んできた。どういう洗脳をしたのか知らないが、あのババアは尊敬できるところなんて一つもないぞ。
「叔母様は、私が小さいころから何度も私を救ってくれた私のヒーローなの。だから、馬鹿にしないで。もっとも貴方みたいな下っ端に言っても分からないでしょうけど」
「は?」
私のヒーロー?下っ端?
ちょっと情報量が多すぎて受け止めきれない。
「私は叔母様の紹介で、ここのトップである青田泰裕さんに会いに来たの。あなたのような下っ端には用はないわ」
そんな店長呼べみたいなテンションで言われても、青田泰裕は俺なんだけどな。
「青田泰裕は俺だ」
「……嘘ね。あんたが泰裕さんの訳ないわ。叔母様言ってたもの。私が育てた中でも、もっとも優秀な本物のヒーローだって」
「!」
……あのババア、話を盛りやがったな。幼気な少女に変な期待を持たせるなんじゃないよ。
「そんなこと言っても、俺が青田泰裕だ」
そう言って、俺は財布からIDを抜いて渡した。
「嘘よ。あんたが青田泰裕……叔母様……何で」
そんな泣きそうな顔をされても困る。むしろ、俺が泣きたいんだが、さっきから俺、理由もない言葉の暴力を受け過ぎじゃない?
家帰って、美涼に膝枕をしてもらおう。そうじゃないと俺の心の傷は癒えないと思うんだよね。
「……私って本当についてない。お父さんは生まれた時からいないし、家は貧乏だし、お母さんを少しでも楽させてあげたくて、アイドルを始めてやっと売れ出したと思ったら、魔王の血筋なのが悪の組織にばれちゃった。しかも、最後の頼みのヒーローが頼りない優男何て」
不幸風嫌味か何かなのか?
「そんなに俺が嫌なら、お前の街のヒーローに頼れよ。俺は忙しいんだ(温泉を掘らないといけないからな)」
「……ヒーローって皆そう。利権ばかり追い求める汚い政治家と何も変わらない。何もしてくれない」
「何?」
この女、聞き捨てならないことを言った。ことと場合によっては黙っていられない。
「待って、お前の街のヒーローは何もしてくれないのか?」
「あんたに話しても意味ないわよ。屑ヒーロー」
彼女は席を立ととするが、その腕をとった。離すわけにはいかない。
「ちゃんと話せ。お前の街のヒーローは何もしてくれないのか?」
「急に何?」
俺の剣幕に彼女は戸惑っているようだった。しかし、そんなこと気にしていられない。ローリー博士、俺……
「お前の街のヒーローは何て言っているんだ。何故、助けてくれない?」
「助けるコストと得られるメリットが見合わないって……私が魔王の血を引いてるから、どこにいても邪魔者なのよ」
「魔王の血だ。そんなの関係あるか、お前本気でそう思っているのなら、ヒーロー舐めんなよ」
おいおい、どうなってる?
自分の担当エリアの住民が助けを求めて来たら、助けてやる義務がヒーローにはあるはずだ。だからこそ、他の地域に下手に干渉してはいけないようになっている。越権行為だってな。魔王の血筋だから、助けないなんて理由にすらなっていない。
「話は聞かせてもらいましたわ」
「鳳凰院?」
「もちろん行きますよね」
そこには、ローリー博士と戻って来た鳳凰院先輩がいた。ローリー博士が俺のことを見ていた。君はどうするのかと、俺の決断を待っている目だ。
確かにこの少女を助けても、コストとメリットが見合わない。世間は魔王の血筋を救ったところで称賛してくれないだろう。魔王の血筋は嫌われている。だからこそ彼女は、血筋を隠して生きてきたのだ。でも……
「当たり前だろ。俺はヒーローだぞ」
鳳凰院先輩は笑った。
「え?」
少女は戸惑っていた。それを見ただけでも、ヒーローからどういう扱いを受けて来たのか何となくわかる。
「ほら、行きますわよ」
鳳凰院先輩が少女の手を取って、引っ張っていく。
「玄関で待ってますわ」
何かを察したように、鳳凰院先輩は右手に少女。左手に光を引きずって出て行った。
「ヤス君、それが君の決断かい?」
俺とローリー博士だけが残った。
「ローリー博士のように、できませんでした。どうやら、黙ってられない性分のようです」
「それで良いさ。ヤス君は僕になる必要はない。ううん、そっちの方がヤス君らしい。それに、ヤス君は偽物でもヒーローだろ。面倒ごと背負い込みな。それがいつか君を強くする。君の財産になる」
この人には勝てないな。
「……いってきます」
背中を押された気がした。だから、もう大丈夫。迷いはない。
隣街のトップが少女を守ってくれるなら、それで良いのだ。俺の出番がなくなるだけだ。むしろ、そっちの方が好都合なくらいだ。俺は今も少女を助けてやりたいとはこれっぽちも思っていないのだ。だってコストとメリットが合わないから……
でも、隣街のトップが彼女を守らないと言うなら話は別だ。俺は何があっても彼女を守ってやらないといけない。
ローリー博士の言う通り、例え偽物であっても俺はヒーローだから。いついかなる時でも最後の救世主であれ。それが俺の道であり、俺の生き方だ。




