第1話:ヒーローSHOW
2章修正中のため、1章と矛盾した内容を含みます。
その日の空は晴れ渡っていた。
時は祝日、絶好の外出日和だろう。
社畜生活も、出世したおかげですっかりなくなった。
もっとも会社で言えば役員になったので、休日も労働時間も自分で決められるようになっただけで、仕事の量としては前よりも増えたと言っても良い。ただ、権限も増えて人を雇えるようになったし、決裁権も得た。何とか仕事を回せている。
これも入念な地盤づくりのためだろう。ただ、それを語っても仕方ないので、今回は省略させてもらう。
今、大事なのは俺が自由だと言うことだ。あらゆるものから解放された。そのはずだったのだが……
1週間前
「……は?」
「だから、これは私からの善意だ」
「善意?電子辞書貸しましょうか?」
「意味くらい知ってるわ」
くそムカつくことに、元上司から連絡が来た。俺を見捨てて逃げた糞女の癖に、面の皮の熱いやつである。こういうやつを厚顔無恥というのだろう。
「ここにヒーローショーのチケットがある。S席の最前列だ。オークションで買おうとすると100万はするものだ」
ヒーローショー。昔は子供向けの物だったらしいが、今はプロのヒーローがガチガチでやるので、老若男女関係なく大人気である。どんなスポーツの祭典よりもエキサイティングで、そのチケット相場も時に天井知らずに高騰している。
「何でそんなものを俺にくれるんです?」
絶対裏にあるに決まっている。
「この前のお詫びさ。君に全てを任せて街を逃げ出した私からの罪滅ぼし、100%善意の結晶だ」
「……あなたの口から、2度も善意なんて言葉が聞けるとは思いませんでしたよ」
「私に対して少し刺々しいじゃないか?」
「軽蔑してますから」
良い笑顔で言ってやった。
「……それは本人の前でいうことじゃないよ……クソガキ」
「今、最後に何か言いましたか……ババア」
「聞こえてるんだけど、私これでも30台だよ」
「四捨五入すれば40でしょ?」
「勝手に四捨五入するんじゃないわよ」
俺たちはビデオ通話で話している。お互いの様子が画面上に表示されている訳で、元理事長が、机を叩いて立ち上がったのがばっちり見えた。
「あなたって、本当に性格が悪いわ……私の生徒の中でも最底辺よ」
「褒め言葉として受け取っておきます。常に相手のマウントをとって話せって、あなたに教わりましたから……元理事長」
「はいはい、あんたなんて育てるんじゃなかったわよ。全く……」
理事長には、1ヶ月だけだが教えを受けたことがある。俺の性格が多少ひん曲がったのもこの人のせいである。
「それで、私のチケットは受け取るの?」
「受け取るわけないでしょ。ヒーローショー何て興味ないです」
「あなたはね」
にやりと笑いやがった。俺の爽やかな笑顔ではない。嫌な笑顔だ。
「でも妹さんは喜ぶんじゃない?」
「…………」
こいつ……俺の一番弱いところを責めるつもりだ。そこまでして、どうしてヒーローショーに行かせたいんだ?
怪しい。怪しすぎる。絶対に貰ってはいけない。間違っても善意で動く人ではないんだ。
1週間後(現在)
「楽しみだね。ヒーローショー」
「そうだな」
……どうしてこうなった?結局悪魔のチケットを受け取ってしまった。ただ、言い訳するつもりはない。俺にとって家族の笑顔よりも大事なものがないのである。
父も母も家にはおらず、血のつながっていない姉だか妹だかよくわからない、同い年のあやふやな関係の女の子。まあ、俺の方がしっかりしているし兄だと思っているけど……例え、そんな血の繋がりのない関係だったとしても、俺にとってはたった1人のかけがえのない家族なのである。
「どうしたのヒロ君?」
俺が幸せをかみしめていると、心配そうに美涼が覗き込んできた。ヤバいな。今日のために仕事しすぎた後遺症もあるのだろう。いつもならこんなことはない。
「大丈夫?最近ヒロ君、バイトのしすぎで疲れてるんじゃない?」
美鈴には、ヒーローの仕事をバイトと言って誤魔化している。家族にはヒーローであることを打ち明けても問題ないのだが、余計な心配をかけたくないので、俺はヒーローをやっていることを隠しているのだ。
ヒーロー何ていつ死ぬか分かったものじゃない。もうだいぶ時間がたってしまったが、この前の戦いで仲間が死んでしまって痛いほど痛感した。俺も長生きは出来ないだろう。
さらに、俺は悪の組織の一員でもある。死のリスクは2倍と言っても良い。だから、こうして家族と2人、一緒に居られる時間は貴重で重いのだ。
「大丈夫だ。問題ない」
「本当に大丈夫?」
「問題ないって、行くぞ」
「あっ」
美鈴の手をとって、ヒーローショーのあるドームの方に歩いていく。ドームでは普段、スポーツやライブなど行われていて、かなり大きなものだ。そのキャパは10万人ほどで、この辺ではもっとも大型のものだ。ただ、開演まで5時間ほどあるので、直ぐに中に入ることはない。
ドームの周りには遊園地や、ショッピングモールが併設されていて、そこで買い物したり遊んだりするのが目的である。S席のチケットなので遊園地への入場券とファーストパスにもなるのだ。流石S席である。
「遊園地とショッピングモール、どっちから行く?」
「……遊園地かな。ショッピングモール行ってからだと、荷物が増えちゃうし、行こう」
天然でやっているのか分からないが、腕に腕を搦て引っ張られていく。そんなことされると周りの目線が痛い。
身内の贔屓もあるかもしれないが、うちの美涼は非の打ち所がない美少女である。手足がすらっと長いのに、出る所はしっかりでている。街を歩けば、控えめに見積もっても男は10人中9人は振り返るだろう。本日、ヒーローショーに参加するアイドルと間違えられても、全くおかしくない。
むしろ、スカウトされないように俺が目を光らせておかなければならない。俺はヒーローやっているから良く分かっている。アイドル何て5割は枕やっているからな。枕やらないにしても、アイドルがヒーローと結婚するというのは良くある話である。
出会いはヒーローショーとか言っているアイドルがゴロゴロいる。
今日日、ニュースキャスターとプロ野球選手というカップリングよりも、アイドルとヒーローのカップリングが多い。
うちの美涼はヒーローオタクである。アイドルになろうものなら、ヒーローに食われかねない。もちろん、手を出そうものなら殺すけど、俺だって常に目を光らせておけるわけではない。悪い虫がつかないようにしないといけないのだ
「殺気だって、どうしたの?」
「殺気だってたか?」
「うん。怖い顔してた。ほら」
美鈴に無理やり、口角を持ち上げられる。
「笑って、楽しまないと損だよ」
「……それもそうだな」
今日は嫌なことなんて全て忘れて楽しもう。今はヒーローでも悪の組織の一員でもない。ただの青田泰裕なのだ。
それに、家族と遊園地に来るなんてささやかなことながら、俺の人生ではなかなかないことである。
「ありがとう」
「え?何か言った?」
「何でもない……俺、ジェットコースター乗りたいから、ジェットコースター乗りにいこう。時速200キロでかっとぶやつ」
「ええっ、最初はお化け屋敷だよ」
最高ランクのファーストパスで、順番何て無視できるので、2時間ほどでほぼ全てのアトラクションを満喫した。
「もう1回、もう1回行こうよ」
「いや、もう無理。助けて」
美鈴は、数あるアトラクションの中でも、まさかのジェットコースターが気に入ったらしく。3回も乗ったのにまだ行きたいらしい。男でも、あまりのGで死屍累々としているのに、こいつの三半規管はどうなっているのだ。
数あるアトラクションの中でも、一番不人気で列何てほとんどないほどである。
「もしかして、もう無理なの?情けないな男の癖に」
くそ、勝ち誇ってやがる。ここで逃げたら俺の兄としての威厳が、でも吐きそう。
「これはお姉ちゃんの圧勝かな?」
「できらぁ」
妹に弱みは見せられない。俺が兄なのだ。家庭内ヒエラルキーで負けるわけにはいかない。
「調子に乗っちゃた。ヒロ君、大丈夫?」
俺は7回目で白目をむいて倒れた。
「世界が回る」
遊園地の芝生コーナーで横になっている。どうやら膝枕してくれているらしい。吐きそうで気持ち悪いけど悪くない気分である。
平和を象徴する鳥が鳴いていた、晴れ渡る空を飛んでいる。何て平和な一日なんだろう。だいぶ忘れていた日常だ。
もしかしたら、元理事長は俺にこんな日常を思い出させるために、俺にチケットをくれたのかもしれない。今は荒んだ心が美涼のおかげで洗われて、絶対にそんな訳ないのに、そんな気さえする。
元理事長は良く言っていた『何のために戦うのか悩んで、一番大事なもののために、前線を退いた』と。人はそんなあの人のことを、臆病者と呼んだけど、俺は臆病者だとは思わなかった。むしろ、潔くて格好良いと思った。
まあ、本人はズルくて汚いやり口で、その後、ヒーロー本部内の老害どもを上手く手玉にとり、後方で盤石の地位を手に入れた嫌な女なので、尊敬はできないが……
芝生にシートを引いて、少し遅い昼食を食べて、ヒーローショーが行われるドームに向かった。ドームでは、ヒーローグッズが売られていて、お祭りのように出店が何点かでている。
美鈴が年端もいかない子供のように、ヒーローのお面と綿あめを持ちながら、はしょいでいる。
「次はあれ、あれも欲しい」
そう言われて手を引かれながら、財布の中身がどんどん消費される。基本的に全部俺の驕りである。
「おい、いい加減に」
「お願い」
守りたいこの笑顔。俺は孫におねだりされて年金を使い果たすおじいちゃんのごとく、財布のガードが緩くなっていく。もういいよやるよ財布。
そんな時間を楽しいと思いながら、ヒーローショーの開演時間がきた。俺は両手に大量のヒーローグッズを持たされている。
なのに、美涼はリンゴ飴しかもっていない。
せめて、ヒーローグッズの中に、シールド・ブルーこと俺のグッズがあったら許せたのだが、シールド・ブルーは表向きはヒーローを引退したことになっているので、売られてすらいなかった。今の俺は別のヒーロー名で活動しているのだ。
これもイエロー・グリーン・ピンクが死んだからだ。シールド・ブルーでいることができなくなったのだ。レッドも転校して、どこかに行ってしまった。
「そのお面は趣味が悪いと思うよ」
「うるさいな。席まで行くぞ」
美鈴は俺のお面を見て、趣味が悪いと言ったが、俺はこのお面カッコ良いと思うんだ。フェイカーのお面が何故か売っていたのである。
言うまでもないが、フェイカーは俺が悪の組織で名乗っている名前だ。
まさかグッズ化されていたなんて、自分のヒーローグッズが出た時よりも嬉しい。悪の組織でも人気のあるヴィランはグッズ化されるのだ。
頭にお気に入りのフェイカーのお面をつけて、ドーム内に入る。
S席は、ヒーロー本部の最新テクノロジにより実現した反重力システムにより、カプセルの中に入って、ドーム内の設置席ではなく宙に浮きながら鑑賞できるようになっている。カプセルはある程度操縦しながら好きな角度で鑑賞できる。だからこそ高いのだ。
それも最前列なので、他のカプセルが前に来ることがないように、コンピューターで制御されている。
カプセルに2人で入り雑談していると、ヒーローショーが始まった。
ヒーローショーでは前線から退いたヒーローや、新進気鋭のヒーローたちが実際に出演している。
今回はランクが上から2番目なので出演していないが、一番上のヒーローショーでは主役をトップヒーローやその下部組織フェイスの面々がやることもある。
さらに、ヒロインは今売り出し中の女優やアイドルが務め、終わった後はライブなんかも一緒に行われる。
今回もそれなりに有名なアイドルとヒーローが来ているらしい。俺は興味ないけど……ヒーローがヒーローショーで人気取り何て、俺は邪道だと思うんだよね。
それでも、隣にいる美涼は目を輝かしていたので良しとしよう。
ヒーローたちの人智を超えた戦いは、エキサイティングなのは確かだ。フェイカーの戦闘動画も何度も消されながら、不死鳥のようによみがえり、消された動画を含めれば1億再生を越えているかもしれない。
フェイカーの動画ほどではないが、今回のヒーローショーは気合いが入っているのか派手である。まるで、本当の実戦みたいだ。
あの怪獣何てまるで実写である。今のVR技術は凄いな。あれ?
……あの血、本物じゃ?
「いやあああああああああああああああああああああああああああああ」
その声はドーム内に木霊した。血の気の引くような叫び声。
それと同時にドームの天井がぶち抜かれ、それは落ちて来た。ドラゴンだ?ヒーローショーに出ていたヒーローたちがドラゴンによりなぎ倒される。
ドラゴンなんて特区にしかいないので、文献でしか見たことないが、聞いた話ではトカゲの出来損ないとして、魔法実験で偶然生まれた癖に恐ろしく強いらしい。
「緊急脱出システムが起動します」
カプセルからそんな音が聞こえた。S席のカプセルにはこういう時に備えて、要人達を逃がすシステムが内蔵されている。
美涼は助かる。しかし、何だこれは?
「ヒロ君」
不安そうな美涼の声。手を握ると手が震えていた。
「俺たちは大丈夫だ」
その言葉に嘘はない。カプセルはドーム内にある緊急脱出口にまで既に飛ばされ、外に強制排出されようとしていた。
最後に見たのは、そんな状況にも関わらず歌を歌い続けるアイドルの印象的な姿だった。
たった1人のアイドルだけは逃げずに歌を歌い続けている。そこだけは彼女のステージが続いていた。
アイドル何て、全く興味はなかったがその姿は綺麗に映った。
かくして、俺の休日は音を立てるように崩壊した。これは部下に仕事を押し付けてきた俺への報いか、否、そんなわけはない。全てあのババアが悪いのだ。
やはり善意などこれっぽちも持っていない。嵌められたのだ。帰ったら覚えてろよ。




