第18話:女王の一撃
「あの子は大丈夫なのか?」
ストレッチをしているローリー博士を見ながら、ベルがそう呟く。
正直、ローリー博士の戦闘力何て俺には分からない。でも……
「あの人なら大丈夫だ。あの人より頼りになる人を俺は知らない」
「そうか……羨ましいな」
ベルの表情には、様々な感情が混ざっている様だった。
「雑魚だと?」
「そうだよ。実力差がわからない」
4つの兵装のうち、大型の大剣のような鋭い刃の付いた兵装が動いた。刃の長さは2メートルを超えていた。先ほどサタンの炎を切り裂いた刃だ。鋭い光を放っている。
「そんなおもちゃで」
サタンは片腕で、刃を受け止める。完全に勢いは止まったと思われた。
「馬鹿だな」
「くっ」
後ろから別の刃が深々と刺さっていた。ガードするのも計算通りというわけか?
ただ宙を円盤のように回っていた3つの兵装も、いつの間にかベルトのように、その形態を変化させている。今は全ての兵装が大剣のような鋭い刃へと変わっていた。
「卑怯な」
「卑怯?格上と戦う時、君はいつもそういうのかい?」
「お前のような小娘がこの私りも強い訳がない」
その言葉の後、残った2本の刃も、サタンに向かって飛んでいく。
それを見たサタンの体から青い炎が漏れた。それとともに響き渡るサタンの絶叫。炎が刃を……4つの兵装を弾き飛ばす。ここからでも熱気が伝わってくるほどだ。
「来るぞ」
「何がだ?」
ベルの言葉に俺が問いかける。
「あいつにだけは、俺達にはなかった第2形態が存在する」
「まだ上があるのか?」
炎が小刻みにはじける。それをローリー博士は黙ってみていた。
「ローリー博士、変身しますよ」
「分かってるよ。待ってるんだ。変身中に攻撃する悪の組織がどころにいる。ワクワクするじゃないか?」
俺の言葉に、ローリー博士は余裕そうに答える。手のうちを見せてないのはローリー博士も同じだろう。それでも、変身させないのが定石だと俺は思う。
ローリー博士と違って、俺なら変身中に間違いなく攻撃する。
炎が集まり、静寂が訪れた。炎の卵のようなものが出来上がりひび割れ、中から何かが出てきた。そう、それはもはや何かと形容するしかない。それは人の姿をしていなかったからだ。人型ですらない。
青い炎の触手の化け物とでも言えば、少しは姿を想像できるだろうか?それとも青い炎のヘドロの塊とでも言えば良いのだろうか、少なからず不定形でドロドロとしていた。
「はは」
それを見て笑い声が一つ。この状況で笑えるなんて神経がどうかしてる。実力の違いがわからないのか、あれはやばいんじゃないか?
「君は失敗作だね」
ローリー博士は余裕の表情だった。
「ヤス君、良く見ているんだ。あれが人ならざる力を求めた生き物のなれの果てだ。人の形をしていない力の塊。とりわけ醜悪で、見るも無残な悲しい生き物」
「黙れ、小娘」
サタンから、触手が炎の鞭のように伸びる。その鞭は加速してローリー博士に迫ると、先ほどのように竜の姿へと変貌する。
ローリー博士は、さきほどの兵装を盾のように変貌させて、その攻撃をガードする。反応と対応の早さは流石というべきだが、防御力が足りていなかった。盾に変わった兵装は貫通され、炎の竜がローリー博士に巻き付いた。
「終わった」
俺の横で、そんな不吉なことをベルが呟く。体が震えた。
「馬鹿言うな。あの人があの程度でやられるわけない」
気づいた時には俺は叫んでいた。
大丈夫ですよね。ローリー博士?
「ヤス君……捕まっちゃたぜ」
そこには、炎の竜に巻き付かれたにも関わらず、ピースサインで返すローリー博士がいた。
「美少女は触手に捕まっちゃうのが、お約束だからね。仕方ないね」
そんなふざけたことを言っている。そんなことを言っている間に、ローリー博士が用意した3つの兵装も、炎の竜に捕まって破壊される。今のサタンの体から出ている竜の数は11匹。先ほどの比ではない。
「駄目だ。殺されるぞ」
ベルの言葉が俺を不安にさせる。
「
ふざけてないで、戦ってください」
ベルの言葉に、俺はもう1度声を荒げた。
「ふざけてないさ、ヤス君、これは強者の余裕ってやつさ」
そんなことを言っている間に、10匹の残った竜がローリー博士に襲いかかった。そんな絶体絶命の場面で、ローリー博士はそれでも笑顔を崩さない。
武器も壊されたのにどうするつもりだ?
そう思った矢先、その笑顔の後に合ったのは。見も毛も凍り付くような強い悪寒と震えだった。
隠していた?
否、感じ取れなかっただけだ。
あまりにも弱者過ぎて俺にはわからなかった。
始めて戦闘態勢に入ったローリー博士の圧倒的な闘気。
信じられない光景だった。竜が止まっている。俺のやったように石化して止めたのではない。誰も動けない、それはサタンも例外ではない。時が止まったわけでもない。ただ動けないのだ。
金縛りにあったように……否、圧倒的強者に恐れおののいている。竜の拘束は自然と解かれた。11匹の竜など攻略する必要すらこの人にはなかったのだ。ただ初めから、彼女はそこにいればそれでよかったのだ。武器なんて必要なかったのだ。
女王以外は誰も動けない。悠然と一歩一歩と歩いていくのに誰もそれを止めるものがいない。そして遂にサタンの目の前まで来てしまった。
彼女はその細腕を振り上げる。実にゆっくりとした一撃に見えた。だけど……だけど……その拳がサタンに当たった瞬間。忘れていた時が動き出したかのように、時が流れた。炸裂弾のような爆発音、ここまで届く衝撃に吹き飛ばされた。ゆっくりと何て動いていなかった。ただ、目を奪われて、時間の感覚が狂っていただけなのだ。まるで圧縮されたような時間。
俺は確信していた。否、そうでないとおかしい、ローリー博士の実力はトップヒーロー並みだと……この人で届かないのなら、人が目指すべ頂きではないだろう。
NO3で、クイーンなんて大それた名前が付いているはずだ。あまりにも強すぎる。他の生命体とは一線を画す強さ。
「まだだ。そいつは再生する」
ベルの声が響く。しかし……再生する気配すらない。そもそも、ローリー博士の攻撃を食らって、サタンは一度たりとも再生をしていなかった。
「安心しなよ。再生されるようなぬるい攻撃はしてないからさ」
「しかし……」
「しかしもへちまもない。事実再生してないだろ」
そう言って、サタンの方をみると人間の姿に戻ってしまっていた。再生する気配も、再び変身する気配もない。
「どうしてそこまで強い? 私は人間を辞めた存在。悪魔だぞ」
サタンが何とか立ち上がろうとしながら、ローリー博士に質問する。
「悪魔? 君は悪魔なんかじゃない。力を飲まれて人の姿を失った。不完全な出来損ないだ。矛盾しているけれど、人の姿を捨てて化け物になるほど強いはずなのに、人型ほどもっとも効率よく力を使える姿なんだ。君は自分の力の10%も使えていないよ」
「そんなことが……」
その時、サタンの身体が崩れ始めていく。
「終わりか?」
何かを察したように、ローリー博士が呟いた。
「これは?」
「君の寿命が終わったんだよ。進化に失敗した生き物は滅びるしかない。君は特に偽物みたいだしね」
「偽物?」
「君は知らない方が幸せさ」
そう言って、ローリー博士は無慈悲にハイキックをサタンの顔面にお見舞いする。頭が消し飛び、身体は炎とともに消え去った。
まさか殺すとは、この人も勝手なイメージながら銀子さんと同じで殺さずの人かと思っていた。
「次は本体が来な」
「本体?」
「何だ気づいてなかったのかい? あれは本体じゃないよ」
「なっ」
俺はベルの方を振り向いた。何も知らないと言う顔をしている。
「本当ですか?」
「ああ、本当だよ」
ベルの問いかけにローリー博士がそう返答する。
「でも、俺の見て来たサタンと同じ姿をしていた」
「どう言えば良いんだろうね。あれは炎から生みだされた別の生命体だ。たぶん、サタン自身、自分が偽物何て気づいていなかったんじゃないかな」
「どうして分かったんです」
「一度進化した生き物は元に戻ったりしない。でも、彼は私の一撃で元の姿に持ったからね。進化とは不可逆的なものなんだ」
そんなローリー博士の言葉に、尊敬の眼差しを向けるベル。
それを他所に、俺は……ある想像をしていた、サタンが作られた生命体なら、作った本体はどこまで強いんだ?
そして、そいつはどこにいるんだ?
そうやって思考していると外で爆発音が鳴り響いた。凶報を告げるように……