第16話:憤怒
「ぎりぎり勝ったみたいだな」
ベルが俺の方を一瞥して、そんな嫌味なことを言う。
「ギリギリだ? 余裕だったての。そこのアモンも逃げないなら、俺がボコボコにしてやっても良いくらいの余力があるんですけど」
そんな力は残ってなかったが、悔しかったので言い返しただけだ。
「だろうな……だが、こいつは俺に譲ってくれ」
……糞。俺のことをフォローしてくれたわけか。その上で、意地を張ったら恥をかくのは俺じゃないか。
「頼んだぞ」
「任された」
「……これはどういうことかな? 青田会長、ヒーローが悪の組織と手を組むのですか? それにそいつは学校を襲撃した奴ですよ」
黙っていたアモンが、ベルの指さしながらそんなことを言う。そうとう焦っているようだ。さっき自分で言ったことも忘れたのだろうか?
「くっさい演技するんじゃないよ。気づいてるだろ。俺の敵は最初からお前だ」
「くっ……ベルも、そいつは大嫌いなヒーローのはずです。何故、手を組んでいるんです?」
「決まっているだろ。そいつよりも、お前のことが嫌いだからだ」
それは、俺のことも嫌いだと言う意味だろうか?
割と傷つくんだけど……
「御託は良い。来いよ」
そんなことを言う、ベル。調子乗って大丈夫かと思うが、アモンの表情を見れば分かる。表情に全く余裕がない。プレッシャーのためか汗がだらだらと流れ落ち、目に生気がない。
「来ないならこちらから行くぞ」
ベルの姿が消えて、一瞬でアモンの後ろから現れる。ベルは自分の能力のことは多くは語らなかった。多くはいらないからだ。
その炎は影を焼き、影をとらえる。そして強い。
ベルの纏っている紫の炎は、アモンの白と黒の炎をものともしなかった。
「俺とお前の炎では火力が違う」
「うるさい」
振り落ろされるアモンの拳を、ベルは何でもないことのように受け止めた。
「ルシファーの炎を取り込んでも、お前はその程度だ」
「天才の貴様には分からないだろうな。もたざるものの執念が……」
「あれは……」
アモンの体が、黒い悪魔へと変わっていく。それは俺が倒したルシファーの姿だった。かつての戦いの記憶が蘇る。フェイカーに変身しても、終始押されていたのは俺だった。
加速をとるためなのか、後ろに後退するアモン。
その刹那。完璧なチェンジ・オブ・ペースで急加速に転じた。動きの動作の切り替わりが早過ぎて、一瞬消えたと錯覚する。それほどのスピードであったが、ベルは意に返していなかった。
肉が潰れ、骨がへし折れる。そんな不快な音が響いた。
アモンの体は、ベルに蹴り飛ばされていた。蹴られたところが見えた訳では決してない。現に俺は一度しか蹴っていないように思えた。しかし、アモンの体には痛々しいまでの蹴りの跡が残っている。
少なからず、10回は蹴りを入れていたようだ。
「助けてくれ……仲間でしょう」
「仲間? お前らのことを仲間と思ったことはない。無責任に人を苦しめて貶める、お前たちには反吐が出るんだよ」
ベルからは強い怒りが感じられた。それは自分にも向けられているようだった。
アモンが白い炎を展開する。あの炎は厄介だ。ルシファーはあの炎を使って瞬間移動した。アモンは逃げるつもりのようだ。
しかし、アモンの体はどこにも消えることはなかった。相当焦っているようである。
「お前も知っているだろ。俺の影の炎にとらわれたものは何処にも逃げられない」
見ると、ベルの炎でアモンの影が燃やされている。ベルは影の中を移動する能力をもっているだけではない。その炎で焼かれたら、ベルから離れることはできない。
身を動かそうと力を入れているようだが、身体が震えているだけで、一向に動こうとしない。
「終わりだ」
ベルの右足に影と炎が集まる。まるで必殺のキックでも放とうとするベルは、空中に飛びあがって、そして、本当に必殺の一撃をアモンに叩き込んだ。
それと同時に起こる大爆発。爆風で俺まで被害をこうむった。後で文句の1つでも言ってやらないといけない。ただでさえ俺、身体痛いのに。
でも……鮮やかとしか言いようがないな。こいつが味方でよかったよ。
「うん」
俺は戦いを終えたベルに手を掲げて差し出した。
それを察したようで、俺たちはハイタッチをかわす。
七つの大罪はこれで壊滅だ。あとはサタンだけだが、こいつら2人がそろったら、あとは吐かせて、中央のヒーローに任せればそれでよい。
これで解決だ。
俺はデウス、ベルはアモンを背負って、俺たちは学校から外に出る。そしてグランドを進んでいったん、ローリー博士のところに戻ることにした。
しかし、それは突然起きた。
街のいたるところから青い火柱が上がる。
熱が……熱風がここまで届く。空気を焦がした。
「何だこれ?」
「サタンだ。あいつが暴れている」
ベルがそう呟いた。その頬に汗が伝う。それは熱風のせいではないだろう。緊張しているのだ。この強い男がこうなるなんて、それほどの相手か?
炎が絨毯のように走り、校門を吹き飛ばした。
まるで良家の投手でもお招きするように炎の道はその男が歩いてくる。青い炎の魔人。
聞くまでもない……こいつがサタンだ。
あった瞬間、体が凍り付いた。戦慄なんて生易しいものじゃない。
何だこいつ?
何なんだこいつ?
化け物だ!
強いベルが逆らわないはずだ。レベルが1段も2段も違う。底が見えない。
「儂の息子に何している?」
近くにくれば、さらに鮮明に感じる実力差。
どうして今ここにいるのか? そんなことを考えている余裕はなかった。
「担いでいるそれだよ?」
「…………」
「何やってだ、ベル」
実力差が分かったのだろう、俺のことを意に返さず、サタンはベルに質問する。まるで、裁判の判決を待つ被告人のような気分だ。ベルは何て答えるのだろうか?
「裏切るのか?」
答えないベルに対して、サタンがそう問いかける。
ベルは小さく首を縦に振った。
「飼い犬にかまれるとこういうことだな」
サタンは、ベルの言葉に目を見開く。そして、俺のことを睨みつけた。
刹那。炎が走った。
余裕なんてなかった必死にかわした。
そのせいで背中にいたアモンとデウスを落としてしまう。
炎は構いもせずに2人を焼いた。それをサタンは笑ってみていた。
「何で?」
「何で? もういらないからさ。私はずっと待っていたんだ。十分な金が手に入るのを……そして手に入った。あとは私を知っているものを殺せば、平穏な暮らしが待っている」
「最初から殺すつもりだったのか?」
「知っていただろ。それとも信じていたのか?」
何でもないことのようにサタンは答えた。
「あんたが屑なのは知ってたさ。でも、皆あんたを信じてたぞ」
まったく意に返さないその態度。はらわたが煮えくりかえる。黙って、デバイスをいじってたが、俺も前に出る。
「あんた糞上司だな。人を道具としてしか見てない」
「他人なんてのは利用対象でしかない」
「そう思っているなら、お前は可哀そうなやつだ。金があっても心が貧しかったらなんの意味もないぞ」
「気持ち悪い、洗脳でもされているんじゃないか?」
「……そうかもな」
昔の俺だったらありえないから、本当に脳に何かされたのかもしれない。
「ベル、5分間生き残るぞ。そうしたらローリー博士が来てくれる」