第15話:ただ勝利のために
デウスが何かしたのだけが分かった。体に衝撃がはしる。
「やはり見えないか」
目の能力がなければ、視認するのはやはり不可能らしい。デウスの無色透明火。あの時は見えたけれど、今は見えない。発動する気配もない。
不確定要素に頼ることはしないつもりでここまできたが、発動しているのとしてないのでは難易度が違う。
炎の癖に熱はほとんどなく、炎がはじける音だけが聞こえる。初見でこんな奴と戦って良く勝てたなと、人ごとのように思いながら、俺はスーツの性能を確かめた。
ローリー博士のスーツと比べれば、あらゆる能力が劣っている。勝っているところは1つもないだろう。
「楽に死ねると思うなよ」
笑えて来るな。もう俺に勝てると思っているらしい。実力だけが勝者を決めるのではない。戦いは勝ちへの道筋を作った方が勝者になるのだ。
だから、卑怯なんて言葉は戦いには本来存在しないはずだ。どんな手段を取ろうとも、勝ちに執着するものの何が卑怯なのだ。フェアな戦いがしたいのなら、試合でもしてればいい。
……何が言いたいかと言えば、ガチガチにメタらしてもらったけど、卑怯でもなんでもないということだ。どうせ見えないなら、もっと見えなくすれば良い。
「スモーク展開」
メインコンピューターが俺の声を読み取って、厚い装甲で固められた新型スーツの各部位が開き、スモークを展開する。白い保健室のなかは一変して、灰色の煙に包まれて視界が極めて悪くなる。
見えない炎だけど、見えないだけでそこにない訳ではない。スモークを展開したことで、炎の動きをその目でわずかだが捉えることができた。
しかし、それでも攻撃を避けることは叶わない。
「多少準備してきたらしいが、結局食らってるじゃないか」
煙の中でも、ヒットしたことが分かるのだろう。そう言ってデウスは笑った。笑いたければ笑えば良い、最初から避けるつもりはない。そもそもこの分厚い装甲でスピードや運動性が伴うわけがないのだ。
このスーツは防御に特化した。ボディーに直撃さえしなければ、ダメージにならない。両腕に展開されるシールドで、炎を完全にガードした。
そして、ガードできると分かった時点で一歩勝ちに近づいたと言える。
「何だ、その盾は?」
「っ?」
どうやら、この煙の中でもデウスは炎以外も見えている様だ。思った以上に良い目をもっているのかもしれない。それとも別の何かか?
炎が瞬いたのが見えた。否、分かれたと言った方が正確だろう。シールドで守れない広範囲攻撃を展開してきたと言ったところか、これも思った以上に対応が早い。
四方八方からくる炎。デウスの炎は見えない。熱もない。それならどうやって対象にダメージを与えるかと言えば、触れると爆発を伴って霧散するのだ。
つまり、守るためには先に触れればいいと言う結論に至る。
「装甲をパージしろ」
あらかじめ音声とともに、用意していた機能。パージした装甲と炎がぶつかり爆発が起きる。
「やったか」
デウスのそんな声が聞こえる。
やつは油断している。煙を展開してやつは見えるかもしれないが、俺はやつの位置が分からないからだ。しかし、それこそがブラフ。視界ゼロの深海で人はどうやって、前に進むかしっているか?
答えはソナーだ。人間の耳では聞こえない音の反響によって、相手の位置がマスクごしに表示される。
厚い装甲の中から、大きなブレードが顔をだす。右のシールドの下に刃が隠されていたのだ。マスクだけは飛ばすわけにはいかなかったので、マスクと両腕のシールドを残してほぼ生身だ。
大地を蹴った。やつは直ぐに気付くだろう。そして、俺の非力な体ではデウスの無色透明火を受けることは出来ない。チャンスはこの一瞬しかないのだ。
左腕のシールドを前にして突っ込む。シールドアタックというやつだ。シールドにブースト機能が付いている。大盾とブレードをもって進めないためだ。
ブレードが形を変える。ブレードと言っても機械の刃だ。そうしないと、俺の腕力ではデウスの体を切り裂けるとは思えないためにこうせざる負えなかった。本来は技ではなくパワーで切るのは好まない。
「っ」
俺は煙の中、デウスが笑っているのを見た。分かっていましたと言う顔をしている。油断など一つもしていなかったのだ。
ヤバいと本能が叫んだ。全てがスローモーションになっていく。これはあれだ。死ぬ前の一瞬だ。
「お前の大事なやつも、皆、お前のお仲間と同じにしてやるよ」
……この屑、今、何て言った?
同じにする。あの鳳凰院先輩と同じにする。うちの桃ちゃんをか?
それは口から出たまやかしで、今ここに彼女はいない。良く考えれば分かることだった。しかし、今の俺にそんな余裕はなかった。
怒りがさらに俺を加速させた。
ブレードはデウスの体を真っ二つに切り裂く。しかし、そこにはデウスはいなかった。それは炎で出来た分身とでも言える存在だったのだ。
そして、爆発した。
爆発に飛ばされて、俺の体は煙の外に吹っ飛んで行く。辛うじて息があったのは、無理やりシールドを反転させて、威力を殺したからだ。しかし、側面で受けたためにシールドは吹き飛び、ダメージを負った。
俺は、煙の中から出てくるデウスを見た。やつめ、変身しないと思っていたがどうやらデウスの変身形態は炎そのものだったようだ。炎が集まり奴の体を形成しだす。
良い目を持っていると思考した時点で俺の負けだったのだろう。炎になって俺を監視していたようだ。
「どうした?悲しい過去でも話して命乞いしたらどうだ?」
意趣返しだろうか?デウスはそんなセリフを吐いた。でもな、まだ勝負は終わってないんだぜ。文字通り俺は手段を選ばないことにしたからな。
「……お前は、親に虐待されてたんだってな。殴られるなんて日常茶飯事で、腕には、親にやられた火傷の跡がある。理由は母親のプリンを勝手に食ったから……飯も碌に食わせてもらえなかったお前は、我慢できずに親の物に手を出した。その結果がそれとは、わりに合ってないよな、テンプレ的な可哀想なやつだ」
「……黙れ」
「そのトラウマで、お前は女が怖くて傷つけて、おもちゃにして、安心感を得ようとするんだろ」
「黙れと言っているんだよ」
デウスが激高した。炎ではなく生身のほうで俺の首をもってつるし上げられる。
計算通りだ。お前はそうだよな。あの時もそうだったもんな、お前は興奮すると相手の首を絞めて殺そうとする癖がある。
そうやって、昔誰か殺したんだろ……同情はしないよ。
俺は暴れることはない。その腕に既に力はなかったためだ。地面に落とされる
「あーあー、お前の代わりに命乞いしてやったのにな」
「……何をした?」
「実体化したのが仇になったな。毒だよ」
「そんなのいつ……!」
「気づいたか? 最初からだよ。このスモーク自体猛毒を含んでいる。騙されただろう。最初から正々堂々戦うつもりなんてなかったんだ」
「卑怯な……」
「卑怯? 俺は弱いからな……ただ一生懸命やってるだけだよ。不幸を傘に誰かを傷つけた、お前と一緒にするな」
最初から能力が分かっていたから、メタをはりシナリオ通り進めた。上手くいったといえるだろう。
痛む体に鞭を打ちながら、ほぼ、半壊したブレードを構えた。威力は半減しただろうが、デウスは相当弱っている。変身もとけた今ならば切れるだろう。
「止めろ。ヒーローなんだろ? 助けてくれよ」
ヒーローやってれば、聞き飽きたセリフだ。
「悪いけど、俺が救う対象にお前は入ってない。むしろ、お前は俺の守るべきものたちのために、娑婆にいたらダメな側の人間だ」
ヒーローは悪党を助けない。ヒーローが助けるのは、か弱い住民だ。
「何だよそれ、お前も俺を差別して見下すのか、俺が薄汚いから、俺が要らない子供だから」
悪党の過去なんて知ったことではない。そういうことは裁判所で言うんだな。
「もう一度きく、懺悔の用意はできているか?」
俺は、デウスの言葉に耳を傾けるつもりなどなく、それだけ言うと切りかかった。
「やめ……」
油断も隙も与えない。それがどれだけ命取りになるか知っているからだ。
その後、デウスの悲鳴が響いた。動けなくなる程度に切り刻んだのだ。人を切る何て嫌な仕事である。こんなことを喜々としてやる人間がいるなんて信じられないな。
「見事ですね」
だから、その言葉は不快でしかなかった。俺が動かなくなったデウスを引きずって歩いていると、そいつが現れたのだ。
「アモン」
「勝つために手段を選ばない。その勝ちへの執念。好感すら持てる。あなたはこちら側の人間のようですね」
保健室をでた廊下で、アモンと出会った。
これは計算外だ。何故、こいつがここにいる?
「そこのボロぞうきんは、私がお持ちしましょうか?」
「何故だ?」
「あなたのお役に立ちたいからですよ。新生徒会長であるあなたのね」
「俺の役に立つ? 思ってもないことをぺらぺらと……」
そう言って、アモンの横を素通りしようとすると肩を掴まれる。
「本当に嫌なガキだ。気づいているんだろ。置いていけば見逃してやるって言ってるんだよ」
今までとは違う声音で、アモンがささやいた。
「嫌なガキはお前だろ。アモン」
「……何で?」
驚いた声を、アモンが上げる。そいつは俺の影の中から突如として現れたためだ。俺はベルと作戦をたてた。
いつかアモンが俺に接触してくると読んでいたためだ。
デウスを捕まえれば必ず現れると思っていたが、こんなに早くやってきてくれるとはな。
「おい、逃げようとするなよ。俺の能力は分かっているだろ」
ルシファーの白い炎を展開したアモンだったが、ベルの紫の炎に捕まった。
「卑怯者のお前なら、デウスがやられたら出てくると思ったよ」
「ベル!」
憎らし気に、アモンが呟く。
ベルの炎は紫色の影の炎だ。この炎に影が焼かれるとどこにも逃げることが出来ない。だから、接触するタイミングをずっと待っていた。
それだけで良かったのだ。
「2回戦と行こうぜ」
あんなに頑張ったのに、完全に俺のことは、置いてきぼりである。