第13話:2人の邂逅
液体金属で塞いだあの槍の傷跡からは、赤い血が滲んでいた。
目の能力の解除とともに、目の痛みは引いたが別の痛みに襲われる。
大きく息を吐いた。肩で息をする。もう何も出来そうもない。焼かれた腕がズキズキと痛み、痛みで頭がクラクラした。
戦う力などもはや残されていなかった。
だから、動くそれをゆっくりと眺めていた。黒い影のようなのが地面を這って、水の中に潜っていく、それだけではない、やつが立ち上がった。デウスだ。
石に変えてやりたいが、いくら睨んでも力はやはり使えない。
死んだかな?
下品な笑いを浮かべながらデウスがこちらに向かってくる。
水しぶきがあがった。先ほどの黒い影が、人間の姿に変わっていく。その人間の影の中からは、全身石化させたアルルが出てきた。
影は人間の姿に完全に変わる。優しい目をしていた。愛おしそうにアルルを抱きかかえている。
あれは元に戻るのだろうか?
生き残るためとはいえ、これでは殺したのと大差ない。……悪いことしたかなと、しおらしいことを思ったのは、終わりを悟ったからだろう。
デウスの手が伸びる。どうやら俺の首を絞めて殺す気らしい。
もう痛みも何も感じない。
あれ? ゆっくりと落ちていく?
「いたっ」
条件反射で声が出た。気づくと、地べたに転がっていた。どうやら落とされたらしい。目を開けてみるとデウスがこと切れたように倒れている。
その代わりに、そいつが俺のことを見下ろしていた。先ほどの影だ。赤い髪に赤い瞳の少年が俺を見て口を開いた。変わった模様の刻印が体中に刻まれている。
嫌になることに、こいつもまたアルル並みの強さを感じた。勘弁してほしいな。こいつに勝てる奴はうちの学校にはいないぞ。
そう思って、意識を失った。
俺が目を覚ました時、それはもうベッドの上だった。
保健室のベッドではない。病院のベッドでもない。ここは俺の家のベットだ。それも悪の組織の方の……
「やあ、目が覚めたかいヤス君」
「ローリー博士」
「違うなヤス君、今はナースさんだよ」
アイデンティティかと思われた白衣をこんな時だけ脱ぎ捨て、ローリー博士は何故かピンク色のナース服姿で、俺のベッドの横にあった椅子の上に座っていた。
「何か感想はないのかい?」
「可愛いですね」
「そうだろ、そうだろ」
上機嫌になったローリー博士を眺めつつ、俺は自分の両腕を確認する。
「もう少し遅かったら、もとに戻らなかったよ」
急に真剣な表情になってローリー博士がそう告げた。
「……いつになったら、動くようになりますか?」
「1週間はかかるね」
「1週間……」
「安静にしてなきゃ駄目だよ」
そう言って、ローリー博士が俺をベットに寝かせて、布団をかけてくれた。
「体を休めるのも仕事だ。それに僕は、怒っているんだよ」
そう言って、ローリー博士は頬を膨らませた。俺のことをそんなに心配してくれているのだろうか?
「ローリー博士、俺……」
「僕の作ったベルトが、壊れているじゃないか」
「え?……そこですか?」
「他に何があるって言うんだい。このベルトは複製不可能なんだ。完全に壊れたら替えがきかない。君にあげたけれど、壊して良いとまでは言ってないよ」
そう言って、ローリー博士はベルトをどこからともなく出して、手に持っていた。
「いいかいヤス君、僕は神様じゃないんだ、完全に壊れたものは直せない。男の子だからやんんちゃしたいのは分かるけれど、勝てない相手には尻尾巻いて逃げな」
「でも、俺……」
こんな小さい子に叱られているのに、不思議な凄みがあった。
「出来ないって……なら、逃げなくても良い。せめて今度はもっと早くに僕に助けを求めな。出来たはずだよ」
「それは……」
「返事は?」
「は……はい」
圧に気おされて、俺はそう返事した。
「宜しい」
俺の返事に対して、ローリー博士がそう言って笑った。俺も思わず笑ってしまう。俺はこの人には勝てないようである。いつも道を示してくれる。頼りになる人だ。
「……ローリー博士、どうして俺はここにいるんですか? 皆は?」
俺は冷静になってそう問いかけた。
「普通の病院に運ばれた。そして、君は彼が連れてきたんだ」
ローリー博士がそういうと、そいつは影から現れた。
あの赤毛の少年である。
「お前は……」
「七つの大罪のメンバーらしい」
そうだ、あいつだ。
記憶が戻ってきた。
「銀子ちゃんは追い出せとうるさかったんだけど、僕は話を聞いてあげるべきだと思った。特に今の君にはね」
「今の俺に?」
「うん、今の君なら受けとめられると思うんだ。そして知るべきだ、悪の組織をね」
そう言って、若い2人はご一緒にとか、意味の分からない言葉を残して出て行った。
2人きりにしないで欲しいんだけど、俺、身体が動かない。
「…………」
そいつはずっと黙っていた。
俺はそのまま寝てしまっても良いのかなと思いながら、話し出すのを待ってやることにした。
「…………」
しかし、話始めない。
俺はいい加減イライラしてきた。
「お前がベルか?」
こっちから話しかけることにした。
「!」
「やっぱりお前えか。何で知っているって顔だな。アルルが言ってたんだよ」
「話したのか?」
「ああ、悪い子には見えなかったからな」
それでも、石に変えてしまったが……後悔はない。やらなければ俺がやられていた。
そこに文句をいうつもりはコイツにもないのだろう。
「何であんな子が悪の組織にいる?」
「俺もアルルもスラムの生まれだからだよ」
「……その力があれば這い上がれたんじゃないのか?」
「無理だ。これはボスにサタンに与えられた力だからな」
「与えられた?」
ローリー博士のような改造手術の類だろうか?
「サタンは俺たちスラム餓鬼を炎で焼いて、生き残ったものだけを子供として育てた。生き残った子供だけ、力が発現するからだ」
「逆らえないのか?」
「いや、逆らえた。だけど、スラムの餓鬼が生き方をしっていたと思うか? 使い捨ての駒のように扱われたが、それでも、必要だったんだよ居場所が」
「…………」
何も言えなかった。俺はスラムで生まれてないので、所詮コイツの気持ちはわからない。だから、責める気もない。
でも、だからって優しい言葉を投げかけてやることも出来なかった。だって、赤の他人からの気持ちのこもってない言葉なんて空虚だろ。
「ようやく終わるはずだった。この街で薬を売りさばいて、金を稼いでそれで幸せに暮らすはずだったんだ。だけど、ある時気づいた、なりたくない自分になっていたって」
「お前?」
「俺たちの売った薬のせいで廃人になった人を見たんだ」
ああ、一緒なんだなと始めて思った。
おれはずっと悪の組織と戦ってきた。どこか同じ人間と思っていなかった。ローリー博士や銀子さんが特別で、他は全部敵だとおもっていた。
でも、ヒーローの中にも悪の組織の中にも良い奴がいて、悪い奴もいる。
コイツが良い奴なのかはわからないけれど、悔いているのは痛いほどは分かった。
ずっと、見てみないふりをしていたのかもしれない。悪の組織の人間はほぼ例外なく極刑だ。大ヒーロー時代において、悪が許されることなどないのだ。
例え、どんな理由があろうと悪は悪として処理される。
俺はどうしてヒーローになったのか思い出していた。もちろん、お金のためだったのは嘘ではない。それもヒーローになった理由の1つだ。
でも、お金のためだけに、あんなしんどくて、危険なことをしていたわけではなかった。他にもやりようはいくらでも、あったのに、俺がヒーローになって、続けてこれたのは……
「俺、妹がいるんだ。妹と言っても血は繋がってないけど」
「え?」
相手が話してくれたので、俺も話すことにした。
誰にも話したことのない心の内をこんな他人に……
「うちの妹が、妹になったのは悪の組織に両親を殺されたから、親父が引き取ったんだ」
「じゃあ、何でお前はフェイカーなんてやっているんだ?」
ベルはそう聞き返した。
何でかな……
「両親がいない子供なんて、酷いもんでよ。昔は、いつもいつも泣いてたんだ。それを見て、俺はある日思った。俺は、誰かを助けてあげれる人になりたいって、そう思って、俺はヒーローになった」
「矛盾している」
「ああ、でもヒーローになって分かったことがある。ずっと見ないふりをしてきた」
正義では救えない人がいる。
正義とは大勢のためにあるもので、そこからふるい落とされる人がいるのだ。それを人は仕方ないという。確かにそうだ。多くを救おうとしたら必要な犠牲だ。
俺は誰かを救いたくて、ヒーローになったのにその人たちから目をそむけるのか?
それが俺のなりたかった自分か? 違うだろ、青田泰裕!
俺がなりたかったヒーローは、大勢のために小さなものを犠牲にするヒーローじゃない。その小さな人たちに手を差し伸べてあげられるヒーローだ。
「だから、俺もお前も一緒だよ。そして、悔いる気持ちがあるなら、俺に力を貸してくれ、お前強いんだろ、俺はサタンを倒したい、協力してくれ」
「何で俺に頭なんて下げる」
頭を下げた俺に、ベルがそういった。
「俺は、お前の学校を襲ったやつらの仲間だ」
「俺は、お前を差別しない……お前だから頼んでいるんだ。俺に力を貸してくれ」
*
「上手くいくと思うか?」
「さあね」
隣の部屋でローリーと銀子が話していた。
「私だったら、有無を言わさずぶん殴ってるけどな」
「銀子ちゃんとヤス君は違うよ。ヤス君は悪のカリスマになれる器だ」
「……あいつは悪というには優しすぎるところがある」
「だけど甘くはない。やるときは容赦なくやるよ。彼女みたいにね」
そこには、泰裕が石化させたアルルの姿があった。
何故か、メイド服を着せられている。銀子の趣味である。それを少し引いた眼でローリーが見ていた。
いろいろ試したが、アルルの石化はローリーでも解けなかった。それほどまでに強力なスキルということである。
ローリーはベルにその石化を必ず解くと約束していた。そのために出した条件は1つ、泰裕の話を聞くことである。それが2人のためになると彼女は考えたのだ。
その約束をベルは守った。きっと、その機会を泰裕は次の成長の糧にするだろう。どうしたものかと彼女は考え込むのだった。