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【短編集】生きてゆくために、忘れてはいけない。

雨に濡れ、神戸に祈る。

作者: パン大好き

 1月17日。

 いまだ明けやらぬ西の空。

 前日から降り続く雨は途切れることなく、街を冷たく等しく濡らしている。


 あの日の朝は、どんな空だったのだろう。


 着のみ着のまま、みな、寝巻き姿で真っ暗な道端に立ちすくんでいた。

 えらいことになったなぁ。

 誰とは分からない隣人の深いつぶやきと、寒さに震える家族の姿がただただ思い出されるだけだ。


 雨粒が傘を叩く。

 増水した川がざわめきを増すなか、朝日を待つ神戸の街へと向き直る。


 そして、静かに手を合わせた。


 あの日、傷付いた街をバイクで駆けた。

 道路の割れ目から吹き上がる水。

 へしゃげた電柱、垂れ下がる電線。

 崩れ落ちた瓦屋根と土壁のしけったにおい。

 下着にどてら姿で立ちすくむ年配男性の姿。

 大渋滞の淀川大橋からは、雲の立ち込めた大阪湾越しに、神戸から黒い煙が立ち上っているのが見えた。



 折れ曲がった高架の橋脚。崩壊した路面は斜めになり、地面へと突き刺さっていた。震災の断層を保存する施設の入り口には、倒壊した国道の巨大ジオラマが展示されていた。


 十五、六年ほど前、淡路島にある震災記念公園を訪れた。大学の後輩を連れての訪問だった。3学年下の彼には目的地を告げないまま、大阪からの日帰り旅に半ば強引に同伴させた形となっていた。


 断層保存館の入り口。何故か言葉少なとなっていた後輩は、地震の猛威を伝える倒壊道路の展示の前で突然、言い放った。


「これ、僕の家のまん前なんですよ」


 その言葉をきっかけとして、彼の家が神戸と大阪を結ぶ地域にあることを、急速に回転を始めた思考が認識した。ああ、だとすれば俺は何と浅はかなことをしたのだ。


 とっさに、この場に連れ込み申し訳ないと伝えようとしたのを、聡明な彼は察したのだろう。


「いつか来なきゃって、思っていたんです。これで区切りが付きました」


 ありがとうございます、と続けた彼の眼は強き意志と、普段とは変わらぬ誠実さにあふれていた。


 それから彼は訥々と、あの日に見た光景を語ってくれた。陰惨な光景も。希望溢れる情景も。


 俺はきっと間違っていたのだろう。けれども、そしてだからこそ、彼の言葉を受け止め、しっかりと、深く胸の内側に刻み込んだ。

 

 

 午前四時半の大阪。

 公園の水銀灯が、幾分激しさを増した雨粒を照らす。


 西の空を望み、もう一度、静かに手を合わせた。

 いまはまだ寒さに震える、桜の梢の下で。


挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
[一言] あの日を思い出しました
[良い点] 最後の写真から、被災後、被災者たちは強く前向きに生きているのだということが伝わってきました。 [気になる点] 主人公は最初どういう意図で後輩をそこに連れてきたのか。 [一言] 日記っぽさが…
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