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パンドラの箱

更新が遅くなりました。


「じゃあまたあとでね。」


そう言ってさきは電話を切った。

担任の先生から連絡事項があると母に言われて電話を代わったのに、まさか橋口がさきの家に来ることになるなんて思ってもいなかっただろう。

「先生何て?」

母がバタバタと夕方からのパートの準備をしながら聞いてきた。

今日は朝から夕方までの仕事もあったのだが、さきのために休んでくれたのだ。

さきは千春が自殺してから熱を出して寝込むようになった。

中学の時は多かったが、高校に入ってからは1度も寝込んだことはなかった。

きっと周りにさきと千春のことを知っている人がいなかったからだろう。

また、橋口がいたことも支えになっていたはずである。

久しぶりにさきが熱を出して寝込んだため、母はとても心配していた。

自分の部屋とリビングを往復する母を目で追いながら

「えっとね、明日は学校来れそうか?って。

 7月のはじめに定期テストがあるから心配してくれたみたい。」

と、さきはなんとか答えをひねり出した。高校でできた男友達の橋口君が電話に出て家のほうに来ることになった、とは言いづらかった。

「そう、じゃあそろそろお母さんは仕事行くから。何かあったら連絡ちょうだい。」

「うん。わかった。」

会話が終わると同時に母は少し慌てて家を出ていった。

どうやらさきを心配して時間ギリギリまでいてくれたようだった。

 心配かけちゃったなぁ…お母さん仕事大変なのに…

 そういえば橋口君とはどこで話そう?さすがに家までは来てもらいたくない。

 それと…もう千春のことを話してしまった方が、きっとこれ以上迷惑かけないだろうなぁ…

 話したら橋口君、どんな反応するだろう…どんな態度を取るようになるんだろう…

きっと今までのようには話してくれなくなるんだろうなぁ…

そんなことを思いながら駅に行く準備をし始めた。


さきと母はマンションに住んでいて、一応それぞれ自分の部屋がある。

一応というのは、さきも母もあまり自分の部屋にいないからである。

さきの場合は朝着替えるとき、学校に行く準備をするとき、帰ってきて荷物を置くとき、寝るときだけ部屋を使っている。

そのほかは大体リビングにいた。

部屋に小学生の時から使っている勉強机はあるのだが、宿題もリビングのテーブルでしている。

リビングにいると母と一緒にいる時間が長くなるし、一人でいてもテレビがあるため暇はしないのだ。

さきの部屋は玄関から入って2番目にある右側の部屋である。

玄関から1番近い部屋は母の部屋だ。

さきは部屋に入ってすぐ左側にある押入れを開けた。

そこには服やアルバム、思い出の品などいろいろなものをしまってある。

それらを寄せて一番奥に置いてある正方形の小さな箱を取り出してきた。

紙製の箱で、たぶん100均で買ったものだろう。

さきは正座をし、その箱を自分の目の前の床に置いた。

「ふぅーーーっ。」

大きく息を吐いて深呼吸をする。

大丈夫。きっと大丈夫。

両手で箱のふたに手をかける。

「よし。」

意を決して、そっとふたを持ちあげた。

箱が開き中に入っているモノが目に入る。


笑顔のさきと千春―――


そこには中学1年で時が止まった千春がいた。

それまでにやり取りしてきた手紙や一緒に撮った写真。

箱のふたを持つ手が震え始める。

視界がかすみ、呼吸が荒くなった。

 怖い…

この箱はさきにとってはパンドラの箱。

楽しかった思い出、千春の笑顔が詰まった箱。

しかし、そこにいるのは中学1年の時までの千春。

もう千春はいないという現実を突きつける箱。

開いてしまうと後悔や悲しみが襲い掛かり、熱を出して寝込んでしまう箱。

さきは千春が自殺して思い出をこの箱にしまってから1度も開けたことはなかった。

「お…おちつ…い…て…」

必死で呼吸を整える。

「この…写真と…手紙だけは…」

そう言ってまるですりガラスを通して見ているかのような視界で必死に右手を伸ばし、一番上に置いてあった写真1枚と手紙を1通だけ取り出した。

さきはすぐに左手に持っていたふたを箱にかぶせた。

「はぁ…はぁ…全然…ダメだね…ははは…」

ふらふらと立ち上がりベッドに倒れこんだ。

頭を横にして右手に握りしめた写真と手紙を見る。

「私のせいで…千春は…自殺したんだ…」

めまいがする。

枕を引きよせ顔をうずめる。

「ごめん…千春…ごめんなさい…ごめんなさい…」




さきは「はっ」と顔を上げた。

どれくらいの間そうしていたかわからない。

時計を見ると橋口がもうすぐ駅に着く時間であった。

押入れから出してきたものはそのままで部屋が散らかっていた。

さきは慌てて財布やカギ、スマホなど必要なものを近くにあったカバンに入れ、最後に写真と手紙をそっと入れた。

「大丈夫、きっと大丈夫…」

何に対して大丈夫と言っていたのかはわからないが、気づくとそう口にしていた。

きっとうまく話せる?

きっと橋口君は最後まで聞いてくれる?

いつも通り接してくれる?

さきはどれもできそうにないと思った。


玄関まで行って靴を履くと、また大きく深呼吸をした。

 橋口君にちゃんと話す大丈夫。

 取り乱さない、きっと大丈夫。

 嫌われてもいい…きっと…大丈夫。

「ふぅーーーっ。」

息を全部吐き出して、さきは玄関の扉を開けた。


次回の更新も遅くなると思います。

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