Episode007 椎名家送別会
情報機関の名前を『バロール』に変えました。
『ミネルヴァ』じゃ法律事務所とカブりますしね(汗
第1期の方はいずれは変えます。
星川町の地下世界からの脱出後。
地下世界が未だに熱気に包まれている事から、地下世界の案内の続行は不可能だと判断し、各々はそのまま家路についた。
案内してもらっていたラウルは不服そうな顔をしたが、さすがの彼女も熱中症で死ぬという間抜けな最期を迎える覚悟が無いらしく、大人しく引き下がった。
※
そして、それから2日後の9月3日。
「ではこれより……亜貴さんにランスとエイミー、そして亜貴さんの昔の仕事仲間である麻耶さんと秀平さんの送別会を始めます」
ハヤトの声が、静かに会場内に響き渡る。
すると会の主役たる者達へと向けて、その場に集まってくれた彼らの友人達から拍手が送られ……そして宴は始まった!
その会場とは、宴の主役達が現在住んでいる家である。
【星川町揉め事相談所】よりも少々小さいサイズの一戸建てなのだが、そこには、現在住んでいる亜貴達3人に加え、かつて亜貴の部下であった麻耶と秀平、さらにはハヤト、かなえ、カルマの相談所の現メンバーや、優やユンファ、さらには黒井和夫などの町民まで集結しているため、現在主役達の家の中は、満員電車ほどではないが、それなりに窮屈な状態になっていた。
送別会の主役たる彼らの新天地に、送別会で使う家具や食材以外を既に送ってはあるのだが…………それでも狭い。
というか椅子に関しては、仮に有ったとしても全然足らないため、送別会は自然と立食パーティー形式を取る事になった。
「というか……また俺の家なんだな」
「毎度すみません。というか、今回は亜貴さん達が主役ですからここでしないと」
ハヤトによる開会宣言の直後、亜貴は集まってくれた多くの友人達を眺め、苦笑しながら言った。
だがハヤトの言う通り、今から始まるのは亜貴達が主役の会なのだから、当然と言えば当然の開催である。
ちなみにまた、や、今回と言うからには前回も当然存在し、その前回というのは星川町宇宙クイズ大会の後に、今回同様、亜貴とランスとエイミーの家で行われたクイズ大会の成功、そして今はこの場には居ない少年の帰還を祝う会の事である。
「というか、ランス君とエイミーちゃんがこの星川町に来てから……もう2ヶ月半かぁ。時間が経つのは早いわねぇ」
テーブル上の料理を小皿に取りながら、ランスとエイミーが、星川町行きの荷物に紛れて密航した時の事をかなえは思い返す。
異星人を狙った人身売買組織まで巻き込んだその事件は、かなえの異能力である『感知』と、ハヤトと和夫の戦闘力が無ければ解決する事はできなかった。
と言っても、それは無事にランスとエイミーを確保できた、という意味での解決であり、事件そのものは半分も解決していない。
実行犯である2人組を捕まえる事はできたものの、その内の1人は謎の死を遂げもう1人は脱走。それも誘拐事件の首謀者が誰なのかを吐かせる前にだ。ふりだしに戻ったと言ってもいい。
もしかするとこの脱走のせいで、再びランスとエイミーの前にその組織が現れる可能性もあるかもしれない。現に亜貴は星川町テロ事件が起こる直前に、脱走した犯人と再び会ったのだ。これから先も、油断はできない。
「コーリングヤングゴトシってヤツだね、かなえお姉ちゃん!」
「それを言うなら『光陰矢の如し』ね」
しかしそんな不穏な未来を吹き飛ばすかのように、主役の1人であるエイミーがジュース片手に、かなえに笑顔で、覚えた日本語を使って話しかけてきた。
しかし、その覚えた日本語は大いに間違っていた。
なので勘違いさせたまま、彼女とその兄ランスが引っ越しをする事が無いよう、すぐにかなえは訂正してあげた。
「電話してる若者がゴト師? なんか怖い状況だな」
それを近くで聞いていたカルマは、その間違いに思わず苦笑した。
ちなみにゴト師とは、賭博行為において不正に金を得る犯罪者の事である。
「というか、なんでカルマ君がその単語知ってるの?」
たまたまカルマの近くに居た、クラスメイトである綾瀬清隆がツッコんだ。
「……というか、君、誰だっけ?」
「綾瀬清隆だよッ! クラスメイトの!」
しかし彼の名を、カルマは覚えていなかった。
いやそれどころか……既に読者にも忘れ去られているだろう(ぇ
「というか亜貴さん、ちゃんと日本語とか……教えたんですよね?」
亜貴と対面していたハヤトが、苦笑しながら彼に訊ねた。
おそらく今までランスとエイミーの2人と接してきたであろう人達の、ほとんどが抱いている疑問を。
すると亜貴は、難しい顔をしながら「教えたよ」と答えると、1度溜め息をしてから「俺だけじゃなく麻耶も修平も。だけどどうしてかあぁなるんだ」と告げた。
「翻訳機が壊れてるのか? それか……ことわざを、変換できなかったとか??」
ハヤトと亜貴は、ランスとエイミーが現在付けているネコミミカチューシャ型の異星語翻訳機を見ながら……本気で考え込んだ。
「それにしても、美味しいわねこの料理ッ」
「まっことだわ! まるで一流レストランの料理みたいだぎゃ!」
一口目を飲み込んでから、優とユンファは料理を絶賛した。
ちなみに土佐弁っぽい方が、異星人であるユンファの台詞である。
「嬉しいわ。そう言ってもらえて」
そしてその料理を作った1人にして、送別会の主役の1人である麻耶は嬉しそうに微笑んだ。
「一流レストランだけでなく、仕事帰りのサラリーマンが集う居酒屋や政府御用達の老舗旅館、さらにはアキバのメイド喫茶にまで潜入したも……ゴファッ!?」
しかし秀平が余計な事をうっかり言いそうになったので、麻耶は笑顔のままで彼に鉄拳制裁をおみまいした。
それを見た優とユンファは、麻耶に深く聞かない事にしようと心に誓い……そのまま話題を変える事にした。
「……この料理……リュンちゃんにも食べさせたかったわね」
「…………そうじゃねぇ……」
しかし心の奥底にある、植物状態の親友を差し置いて美味しい料理を食べている事への罪悪感からか……そんな話題が思わず出てしまう。
彼女達のかつての親友だった……否。
今でも親友である少女リュン=リリック=シェパード。
彼女は反地球人組織『イルデガルド』により送り込まれた間者だった。
しかし星川町での生活を通して、かつて孤児であった自分を拾ってくれた組織を裏切る選択をし、そして選択と同時期に起きた星川町テロ事件に関わる事になり、その過程で犯人の1人に重傷を負わされ……現在彼女は、植物状態になっている。
「大丈夫よ」
するとその時だった。
エイミーの日本語をようやく正したかなえが、リュンの事を思い出してしんみりしてしまった2人の所にやってきた。
「大丈夫って、どういう事?」
「まぁなんちゃーがやないであってほしいけんど」
しかし親友にそう言われても、今の優達にとってその言葉は……聞きたくもない根拠の無い自信。ありがた迷惑な妄言にしか聞こえなかった。
そして反対にかなえにとっては、ユンファの使っている土佐弁モドキな謎言語は
……うまく聞き取る事ができなかった。
「異能力『感知』を使える私には分かるわ。リュンちゃんの生命力は、全く衰えていない」
しかし彼女のその自信満々な発言を聞いた時、2人はハッとした。
そしてかなえが異能力者である事を。リュンの植物状態の事がショックで今の今まで忘れていたその事実を……改めて思い出した。
「それに私のお父さんもお母さんも、少しずつだけど……リュンちゃんが回復してきてるって言ってた。だから、すぐってワケじゃないけど……絶対、なんとかなるよ。だから私達も、元気でいようじゃないッ」
「……そうね」
優はすぐに笑みを……希望を取り戻した。
「だったらリュンが悔しがるくらい……今日はトコトン食べてやろうじゃない!」
「そうさな。ほんならあしも、このメイド喫茶で出そうな料理をいただきゅう!」
そしてユンファも、続いて笑みを取り戻すのだが……。
「ちょっと秀平! アンタの発言のせいでッ!」
「ベブシィッ!!?」
思わず言ってしまった台詞のせいで、1人の男の笑顔が代わりに消え去る危機を迎えていた……。
「……麻耶さん、メイドだったんですか?」
「……さすがに今回は黙秘させていただくよ」
エイミーの日本語間違いが、翻訳機に異常が起きているせいなのか否かについて考えている途中で始まった、麻耶と秀平のやり取り。それを見て、ハヤトと亜貴は思わず苦笑した。
「というか、あの調子で……向こうに行って大丈夫なんですか?」
とその時だった。
横から町長補佐である黒井和夫の声が聞こえてきた。
2人は声のした方に同時に振り向いた。
するとそこには、2人と同じく麻耶と秀平のやり取りを見て、思わず苦笑しつつも……招待客にぶつかるどころか一切触れる事すら無く、ハヤトと亜貴に近付いてくる和夫の姿があった。
さすがは拳法家、と言ったところだろうか。
空間認識能力が常人より高いだけでなく、己の周囲に居る招待客達の次の動きを完全に読み切ってこそできる見事な絶技である。
だが同じ事はハヤトと亜貴にもできるので、2人はあまり驚かなかった。
「英語に関しては、なんとかするよ」
和夫の疑問に、亜貴は溜め息まじりで答えた。
もしかすると、2人に正しい日本語の使い方を教えるだけでもかなり大変だったのかもしれない。だがその顔には、すぐに投げ出してしまう程の弱さは見受けられない。むしろどんなに時間が掛かっても成し遂げんとする、覚悟が見受けられた。
「それが、親ってモノだからな」
そして次に彼が告げた言葉に……ハヤトは心の底から安心した。
星川町テロ事件から暫くした後、亜貴はランスとエイミーを養子にする提案を、2人にする覚悟を決めた。
離婚した間柄とはいえ、妻子という、かけがえの無い大切な存在を、高校時代の友人の陰謀という、理不尽な経緯で喪った事で……戦争という、同じとは言えないがどちらにせよ理不尽な経緯で両親を喪った兄妹に、共感を覚えたのではないか。負け犬の傷の舐め合いのようなモノではないか。喪った子供の代わりではないか。
養子にすると本格的に決め、その話をランスとエイミーに持ちかける前……何度も何度もそう自問自答した。そしてその自問自答の中で、そもそもなんで、2人を養子にしたいのか……その理由を忘れてしまいかけた事もあった。
しかしその果てに、彼は思い出したのだ。
最初こそ、彼らの生活はルームシェアのようなモノだった。
だけど共に暮らす内に、その生活は、かつて亜貴が手にしていた生活と、なんら変わらない……幸せに満ち溢れたものになった事を。
そしてだからこそ、今度こそ……新たに出来た家族を守り抜きたいのだと。
それも肉体面だけの話ではない。精神面も守り抜きたい。そう思ったからこそ、彼はランスとエイミーを養子にすると決めたのだ。
そしてこの養子縁組の話に、2人は心の底から喜んだ。というか……亜貴が言わなきゃ、自分達から提案していたと逆に言われた。そんな2人の自分への想いに、亜貴は心の底から喜んだ。
「いや、それもそうですが」
しかし和夫が1番心配している点はそこじゃないようだ。
「そもそも亜貴さん、かつての職場の本部があった場所に行くために、イギリスの『異星人共存エリア』への引っ越しを決定したんでしょう? 私は、亜貴さん達の安全面が心配なんです」
「「…………あ、それもそうか」」
「そっちの方が重要だと思うんですが!?」
和夫は珍しくツッコミに回った。
「まぁ確かに……建物内にあった目に見えないヒビが悪化してたり、野良猫野良犬の住処になったりしていている可能性もあるから危け――」
「僕は敵が刺客を送ってこないか心配なんですッ!」
再び和夫はツッコミに回った。
星川町テロ事件発生前の、病院での戦いを和夫は今でも思い出す。
あの時も、事件の全貌の解明に乗り出した和夫達を狙い、刺客として……かつてランスとエイミーを誘拐しようとした2人組の片割れ・蒼樹翔也が、驚くべき事に宇宙武具付きで現れ、さらには翔也の上司にして、亜貴の高校時代の友人でもある上村ハルヒトまで現れた。
だから今回の、長期遠征と言い換えてもいい、イギリスの『異星人共存エリア』への引っ越しの後にも、再び彼らと遭遇しないとも限らない。
そもそもの引っ越しの目的が……亜貴の妻子を苦しめ、さらには地球上における異星人誘拐事件に関係していそうな組織を探すため、亜貴のかつての職場である、情報組織【バロール】のデータベースから、過去にそれらしい、怪しい行動をしていたと情報に上がった組織の情報を探すためなら尚更だ。
「ハヤト君、イギリスの【揉め事相談所】も調査に協力してくれるんだよね?」
「ええ。とりあえず話は通してあります」
しかし亜貴は、その心配は無用だと言わんばかりに微笑むと、ハヤトに目配せをした。ハヤトはすぐに返答する。
「なら大丈夫だろ。ハヤト君が強いんだから、向こうの所員も凄く強いだろうし。それに――」
少し間を挟んでから、亜貴は再び口を開いた。
「――これ以上、アイツに……ハルヒトの好きにさせるワケにはいかない。多貴子に奈央に奈美、それにランスにエイミーのような犠牲者を、これ以上出さないためにも。だから俺は、たとえ刺客が立ちはだかろうとも行かなきゃいけない」
己の家族を傷付ける危険分子に立ち向かう、親としての強い覚悟を……その胸に秘めながら。
「……はぁ。やっぱり何を言っても無駄ですね」
するとそんな亜貴の覚悟に、和夫は折れた。
短いながらも、一緒に戦ったから分かるのだ。
亜貴が背負っているモノがどれだけ重く。
それらを守るために決めた覚悟が、どれだけ強いのかを。
和夫としては、ハヤトが所属する組織の諜報組辺りに、異星人の誘拐事件の調査を任せ、亜貴には星川町でランスとエイミーと一緒に幸せに暮らす道を選ぶよう、説得したかったのだが……既に覚悟を決めているのであれば仕方がない。
彼はその右手を、戦友へと伸ばした。
「助けが必要なら、絶対に連絡してください。私も事件に関わった身ですから……最後まで関わります」
せめて亜貴が、再び手にした……家族という幸せを手放さないよう。
そのための保険として、もしもの時は自分も参戦する覚悟を込めて。
「ああ。その時は、よろしく頼む」
亜貴は、和夫のその覚悟を胸に刻み……握手で応えた。
「亜貴さん、もしもの時は俺も呼んでください」
そしてハヤトも、和夫に倣い、亜貴に右手を差し出した。
「あなたが死んでしまっては、元もこうもありませんからね……亜貴父さん?」
ランスとエイミーに、自分とハルカの2人と同じ悲しみを味わわせないために。必ず、亜貴を五体満足でランスとエイミーのもとに帰還させるために。
「ああ。ハヤト君も…………もしもの時は頼む」
亜貴は和夫と手を離すと、今度はハヤトの覚悟を胸に刻み……握手で応えた。
※
「へぇー。地球のこの料理もなかなかですねー」
そんな彼らの友情を尻目に、ラウルは並べられた料理を次から次に食べていた。というか料理が出る話でこの少女が出ないワケがなかった。
「さてー、次は何を食べ――」
とその時だった。
1人の女性が彼女の目に留まった。
「……あら? 確かあなたは……ウチのかなえと同じクラスの……? もしかして私、顔に何か付いてる?」
かなえの母である、天宮香織だった。
ランスとエイミーと亜貴の友人であるかなえの母として、そしてエイミーの持病を診断した病院の看護師として彼女も御呼ばれしたのである。ちなみに夫の哲郎もこの場に御呼ばれしている。
「いえいえー、ただキレイなあなたが目に留まりましてー」
ラウルは自然な流れで笑顔を繕った。
「いったいどうしたらあなたのようにピチピチの肌を保てるのかとー」
「まぁ、お上手ね」
「おい、どうした香織」
ラウルの言葉に香織が気分を良くしていると、複数の料理を載せた取り皿を片手に、夫の哲郎が声をかけてきた。
「ああ、アナタ。こちら、かなえのクラスメイトの――」
そしてお互いの自己紹介は始まった。
しかしその心の中で、ラウルは感じていた。
(かなえさんやそのお父さんは分かりづらいですがー、お母さんの方は、なんとか分かりますねー。なんらかの催眠暗示に現在進行形でかかっているのがー)
ハヤトが所属する『E.L.S.』の諜報組が仕掛けた……記憶操作の痕跡を。
次回投稿は未定です(ぇぇぇぇ