Episode003 再び『塔』の中へ
今年は他の作品もちょっとずつでも続きを書きたいと思います。
18時0分
ハヤトは星川町の中心部にある、ある建物の出入口の前に立っていた。
直径6mくらいで、円柱状の、灯台にそっくりな形をした3階建ての建物だ。
だがこれは、星川町へとやってくる宇宙船の進路誘導をするために造られた灯台ではない。むしろ灯台よりも重要な役割を担う建造物である。
そんな建造物の出入口前に、2人の男女が別々の道から現れる。
かなえとカルマだ。2人とも、そしてハヤトも、今夜は学校生活とは関係が無い集まりであるため私服姿である。
夜とはいえ、まだまだ残暑が厳しい。
少し歩くだけでも汗が出て、微風であろうとありがたくなる暑い夜だ。
そのためハヤトもかなえもカルマも、今夜ばかりは、半袖Tシャツと膝丈短パンといった出で立ちだ。
かなえとカルマはハヤトのそばまで来ると、ただただ無言で立ち続けた。
すると今度は、バリボリバリボリと、何かが砕ける音と共に1人の少女が彼らの前に現れた。
不思議に思い、ハヤト達は音がした方向を見る。
するとそこには、直径50cm前後はあろうかという巨大な煎餅を齧りながら、こちらへと歩を進める、半袖Tシャツに、制服のスカートよりも丈が若干短いスカートという出で立ちのラウル=ナーガスが居た。
その姿に、もうハヤト達は驚かなかった。
むしろ食べ歩きなど行儀が悪いと、呆れを含んだ顔さえしている。
そして彼女が煎餅を全て食べきり、同時に自分達の前へと来たのを確認すると、改めてハヤトは宣言する事にした。
「えーと、他の『異星人共存エリア』の所長達と協議した結果」
ハヤトは、普段ならば月一報告会で使うハズのスポットライト型立体映像投影機を使い、数十分前に一応おこなった所長間会議の事をふと思い出す。
他の所長達が、何度も何度も地球に来る『イルデガルド』に対する呆れと、もう全て明らかにする事でしか状況を変えられない、己への呆れから見せた苦笑いが脳裏に浮かび、溜め息が漏れる。というか自分も会議中同じ顔だったかもしれない。
しかし今は、そんな事を思い出している場合ではない。
彼はすぐに頭を切り替えると、目の前に居るラウルに言った。
「敵対組織にこの町をこれ以上引っ掻き回されないためにも、いい加減……正直に言えばかなり危険だけど、お前をこの星川町の地下に案内する事が決定した」
ただでさえ、テロ事件のせいで暗い雰囲気が漂っているのだ。
そこにさらに、ギンが所属していた『セーブ・ド・アース』とは反対に、異星人によって創設された反地球人組織『イルデガルド』の干渉があれば、今度こそ星川町を始めとする『異星人共存エリア』が無くなる可能性がある。
人によっては『異星人共存エリア』の存在理由を疑問視するかもしれない。
むしろ異星人絡みの犯罪が増えるというマイナス面があるかもしれない。だけどそれ以上に……異星人という、自分達とは異なる文化・技術などを持つ存在と触れ合えた事で、幸福になった者も存在する。
この星川町で、異星人と友人になれた地球人がまさにそれだ。
だからハヤトは、そして海外の『異星人共存エリア』の【揉め事相談所】所長達は判断したのだ。
もう『異星人共存エリア』に関する全てを、包み隠さず敵対組織に明かすしか、彼らを護る道が無いのだと。
というワケで、この星川町の心臓部とも言える『塔』へと、ハヤトはラウルを、そして見届け人としてかなえとカルマを呼んだのだった。
ちなみになぜ、同日の、逢魔が時と言うべきこの時間帯に集合したかと言えば、明日までに証拠隠滅をされる危険性を考え、ラウルが強引に放課後に集合する事を指示したためであり、ハヤト達の本意ではない。
「んんー、なんと言うかー……テキトーな仕切りですねー」
ラウルはそんなハヤトに対する正直な感想を告げた。
「そりゃあ適当にもなる」
ハヤトはもう1度溜め息を吐いた。
「そもそもお前達がこの町に干渉してくるのだって、噂じゃウチの宣伝担当が宇宙へ発信した、星川町を始めとする『異星人共存エリア』関連の情報を信じていないかららしいじゃないか」
「「は?」」
かなえとカルマは同時に、目が点になった。
まさか『E.L.S.』に宣伝担当なる存在が居たとは思わなかった。
だが『異星人共存エリア』などという場所をせっかく地球上に作ったのならば、宣伝して住んでもらわねば場所としての意味を成さないのも事実なので、むしろ、存在していなければ困るのだが。
「そんな情報、初耳なんだけど?」
たとえ少し考えれば分かり得る情報であろうとも、もう仲間なのだからある程度は伝えてくれてもいいじゃないかと、かなえはハヤトを非難の目で見つめた。
「ていうか、それってラウルさんの上に居る異星人じゃなくて、宣伝担当が悪いんじゃないの?」
そしてついでとばかりに、ハヤトが新たにもたらした情報を聞いて思った意見も述べておく。
「伝え忘れた事については、すまないと思ってる」
ハヤトはそれを聞き、申し訳なさそうに俯いた。
「いずれ全て話すつもりだったが……テロ事件の後始末で忙しかったしな」
「あ、そういえば……そうだったわね」
訊いたかなえは、意見を出した自分を恥ずかしく思った。
仮に訊かずとも、一緒に仕事をしているのだからある程度は理由も察せるだろうに、と。
「それにまぁ、宣伝担当者を責めるのはお門違いだと思うよ」
一方、ハヤトが全ての情報を話してくれていなかった事については、かなえ同様ショックを受けたカルマであったが、ハヤトの言う通り、この頃テロ事件の影響で忙しかったのも事実だと思い返し、ついでとばかりに宣伝担当者の弁護に回った。
「ちゃんと伝えても、受け手が曲解したら意味無いし」
その受け手たる『イルデガルド』構成員たる間者を一瞥するのも勿論忘れずに。
その間者ことラウルは、当然の事ながら「なにおー!?」と怒った。
「……そうね。ごめん、深く考えなかった」
かなえはすぐに非礼を謝った。
「まったくー。謝るくらいならー、愚弄しないでもらいたいですー」
「いやあなたにじゃないんだけど!?」
まさかのラウルのボケに、かなえは反射的にツッコミを入れた。
謝ったタイミングとしては、確かにラウルに向けているように思えるが、だからと言って早とちりしないでほしかった。
というかもし謝るならば、それはかなえではなくカルマではなかろうか。
「…………とりあえず、話を元に戻してもいいか? 天宮も、もういいから」
そんな2人を見ていて、ハヤトは思わず苦笑しながら言った。
※
なんとか話が一段落すると、ハヤトは懐から1本の鍵を取り出した。彼らの前に建っている『塔』へと出入りするための鍵だ。
ハヤトはそれを『塔』の出入口であるドアの鍵穴に差し込む。
すると驚くべき事に、ドアのデットボルトが鍵を回転させずして自動的に下がりドアの開閉が可能になった。
「え、ど……どうなってるの!?」
『塔』の存在こそ『E.L.S.』に入ってから知ったものの、そのドアの仕組みは知らなかったので、かなえは驚いた。
星川町は地球人と異星人が共存している町であるものの、SF系物語の中に登場するような、近未来的で、見方によっては墓標にも見える都会的な場所ではなく、自然豊かな環境の中に作られている。
そしてその景観を極力壊さないためか、町の中には超科学的アイテムは少ない。
あっても【星川町揉め事相談所】の立体映像投影装置や宇宙武具のように、町民に見つけられにくい所に隠されていた。
なのでかなえは、町内で超科学的アイテムをほとんど見た事が無い。
まだまだ町のどこかに、超科学的アイテムが隠されているのではと思ってはいたのだが、まさか『塔』の鍵がそうだったとは。
鍵がカード型でもなんでもない普通の形をしていたため、全く気付かなかった。
「この鍵は回して開けるモノじゃないんだ」
ハヤトがドアノブに手をかける中、カルマが説明する。
「団員じゃないラウルさんが居るから詳しく言えないけど……カードキーみたいな感じかな? 簡単に言えば」
「ちなみに言っておくけど」
かつてテロ事件で戦場の1つと化した『塔』の中へ、ハヤト、ラウル、カルマ、かなえの順番で入ると、ハヤトはラウルに言った。
「鍵を複製しようとしても無駄だからな」
「え、えー? な、何の事ディスかぁ~?」
わざとらしく、可愛げに小首を傾げるラウル。ついでに口調も、まるで日本語が怪しい外国人みたいになった。
何かを誤魔化している。
もしくは新たなキャラ付けか。
「とぼけるな」
しかしどちらにせよ、ハヤトにはそんな、一部の者にとってはハニートラップとして通用しそうな誤魔化しは通用しなかった。
「その目……光の反射具合でさっき分かったが、ずいぶん昔に宇宙連邦で夜間戦闘用に作られた、コンタクトレンズ型ウェアラブルコンピュータを付けているだろ」
ハヤトの指摘に、ラウルは無言で表情を強張らせた。
一目で看破されるとは思わず、動揺したのかもしれない。
「え、どういう事?」
『塔』のドアを閉めながら、かなえが問う。
初めて聞く用語なのもあり、どういう事かサッパリだった。
「簡単に言うと、ナーガスさんが付けているコンタクトはパソコンにもなるんだ」
ウェアラブルコンピュータ。
それは携帯電話などとは異なり、わざわざ取り出すというアクションを無くし、常に身に付けたまま使用できるコンピュータだ。
現実世界では時計型のそれが世界規模で流通しているが、かなえ達の時代の地球ではまだ、残念ながらその段階にも至っていなかった。
しかし異星においては既に発明されている道具であり、そしてその利便性から、先進惑星においては惑星規模で流通しているアイテムである。特に軍においては、遠くから見ただけで敵性勢力の数を把握できたり、夜間の戦闘を可能にするため、とても重宝されている。
「ぱ、パソコンんん――――?」
そしてそんな科学技術は、先ほども言ったが、この地球ではまだ普及していないため、かなえはいったい何を言っているのか全く理解できず、説明したカルマと、ラウルの両目を交互に見た。
コンタクトこそ、その性質故に視認できないが、どこからどう見ても、少なくともパソコンのようなモノを付けているようには見えない。
「まぁ、そういうモノだと絶対分からないよう偽装したモノだから、普通は分からなくて当たり前だよ、天宮さん」
カルマは、かなえをフォローするように言った。
「というかむしろそれが分かったハヤトの方が人間離れしてるというか」
「オイ」
だが親友のこの発言は、さすがのハヤトも看過できなかった。
「……まぁ、そうよね」
カルマのフォローに、かなえも納得した。
「まだまだ私が知らない事が多いって事よね、ようは。でもってハヤトが人間離れしてるって事でもあると」
「お前も何言ってる」
ハヤトは、今度はかなえにツッコミを入れた。
「……ん? ちょっと待って」
とここで、かなえは気付いた。
(なんでカルマは私にとっては初耳の用語に詳しいの?)
何度も言うように、ウェアラブルコンピュータは、かなえ達の居る地球ではまだ一般には普及していない技術である。にも拘わらず、なぜカルマは、かなえよりも異星の科学技術に精通しているのか。
まさかハヤトからかなえ以上に知識を与えられているのか。それとも自分の力で調べ上げたのか。もしくは両方か。
いずれにしろ、かなえは自分だけ遅れているような気がして悔しくなった。
だけどせめてハヤト達の会話に付いて行こうと、今まで説明された事を頭の中で整理して……かなえは、カルマが説明したウェアラブルコンピュータの特性から、ラウルが何をやろうとしていたのかを、ようやく理解した。
「ようはそれに、鍵の形状のデータを記録して、そのデータを元に鍵を複製する事も可能……って事よね?」
「その通りだ」
ハヤトは頷きながら肯定すると、今度は鍵を持ちながら説明した。
「そしてついでに言えば、この鍵とシリンダー錠は、1度使うごとに形状を変える特殊なモノだ。だから今この場で複製しようとも、複製した形では開かない」
「ぐ、ぐぅぬぬぅ~~……」
ハヤトの説明に、なぜかぐうの音を出しながらラウルは悔しがった。
「いやそれ同じ女子として……どうよ?」
悔しがるのはいいが、反応がちょっと嫌なかなえだった。
「ま、まぁともかく」
ハヤトは苦笑しながら言った。
「この『塔』の地下……もとい、星川町の地下世界に案内するよ」
※
『塔』の地下への出入口は、1階の床に隠されていた。
床の一部が、マンホールが丸いのと同じ理由なのか、直径が1m前後の丸い蓋になっていたのだ。
それを持ち上げると、中には暗闇が広がっていた。
しかしその暗闇も、出入口が開けられた瞬間に、壁の中に備え付けられた照明に自動で光が灯った事で、その全容があらわになった。
それは、地下世界へと続く深い縦穴だ。
「……いつ見ても深いなぁ」
縦穴を覗き込むなり、ハヤトは苦笑した。
「高所恐怖症の人が居たら、絶対見た瞬間気絶しちゃうな」
入った事があるのか、カルマは冷や汗をかきながら同意した。
「というワケで」
カルマの返事に無言で頷くと、ハヤトはかなえを見つつ、縦穴の出入口の一角を指差した。そこには下へと降りるハシゴが設置されていた。
「天宮、ラウルと一緒にお先にどうぞ」
「え、なんで……って、あぁそういう事?」
なぜ自分が一番手なのか、一瞬疑問に思ったかなえだったが、ラウルの方を見てすぐに合点がいった。
「?? な、なんで私が2人より先なんですかー?」
しかしラウルは分からなかったのか、ハヤトに質問した。
「いやお前、スカートじゃん」
ハヤトは即答した。
かなえとカルマはうんうん頷いた。
なるほど。確かにこの場合ラウルを先に行かせるのは正しい。
けれど一番手で到着させれば、下で何か細工をされるかもしれないので、かなえを一番手にするのも当然と言えよう。
「おやおやぁ~~? 事前調査によれば~、親友以上に親密な女性の影がほとんど居なかったハヤトさんも~、意識はするんですねー?」
しかしラウルからの返事は色々と斜め上だった!!
「「は?」」
予想外な返事に、かなえとカルマは思わず目を点にした。
しかし次の瞬間。
「いいから、さっさと天宮の次に入れ!」
とハヤトが大声でせっついたため、すぐに現実に戻り、慌ててかなえはハシゴに手足をかけた。
しかしかなえは忘れていない。
ラウルの返事を、ハヤトが否定しなかった事を。
そしてほとんど居なかったという事は、少なくとも1人は、ハヤトと親友以上に親密な関係になった女性が居る事を。
(もしかしてその人が、ハルカ……?)
ハシゴを降りながら、かなえは時々ハヤトの口から出るその名を、ふと思い出すが……誤って足を滑らせるといけないので、後で考える事にした。