Episode011 刑務所ファイト
まさかの幕間です。
おそらく……改稿前のヤツも含めた星々第1期を読み切ってくださった桜華絢爛さんであれば絶対懐かしむあの人及び、新キャラの登場です(ぉ
9月3日(土)
惑星アーシュリーに存在する刑務所の1つ――異星に逃走し、そして逮捕した犯罪者専用の刑務所にして、宇宙連邦の管轄下にある刑務所。通称を『連邦刑務所』というその施設では祭りが行われていた。
と言っても、屋台が並ぶような祭りではない。
囚人達のストレスの発散のために、ひと月に1回は行われている行事が1つ……基本的には囚人対囚人という組み合わせの、キチンとしたルールに則った上での格闘試合こと、刑務所ファイトである。
それは、地球のタイ王国のとある刑務所でも行われている試合。
ただしこの連邦刑務所においては、タイのその刑務所とは違い、勝敗は問わず、その試合運びや選手の態度次第では、減刑の可能性もあり得るという特殊なルールが存在する。そしてそんな刑務所ファイトは、収監された囚人達にとって一世一代のチャンスを掴むための舞台であると同時に、血気盛んな彼らにとっての数少ない娯楽の1つでもあった。
『おぉっとアルセス選手!! 相手のレゴンゾ選手に攻撃が当たらない事で試合を諦めたか!? 空中の足場で、両腕を垂らして脱力しましたぁ!!』
刑務所内に存在する、1階まで吹き抜けとなっている地下3階の大広間。
普段は囚人達の運動の場として使用されているその空間に、灰色の囚人服を着せられた様々な髪色の囚人が集い、そして彼らは、看守の1人が担当する実況放送に合わせて熱狂する。
彼らの視線の先にあるのが、まさしくその『刑務所ファイト』の闘場。
とは言っても、地球で言う、ボクシングやプロレスで使われるような、四角く、そしてロープが張られた闘場ではない。
そこで闘う囚人2人が居るのは、3階分吹き抜けとなっている大広間とほぼ同じ高さの空間。正確に言うならば、直径、高さ共に10mほどの、円柱状の透明な強化ガラスの中である。
そしてその中には、これまた直径1mはあろうかという大きさのゴムボールが、上から下まで、それぞれ軽さの違う気体を注入された事で、等間隔でいくつも空中にプカプカと浮いている状態で入っている。
床の上での、平面的な闘いだけではない。
ゴムボールの上を足場にした、立体的な闘いも可能とする特殊な闘場である。
実況役である看守の言う通り、アルセス……地球人独自の黒色の髪を生やした囚人は、その足場の1つの上に留まったまま脱力していた。そしてそれを、彼の隙と見るや、相手の囚人ことレゴンゾが一気に、ゴムボールを足場に彼へと接近する。
「…………あー。また相手がアルセスの罠にハマったで」
そんな試合運びを観て、呆れの声を発する者が居た。
彼はなんと、この刑務所には似つかわしくない……まだ14歳の少年だった。
すると同時に、なんとその少年の懸念通り……突っ込んでいったレゴンゾが、脱力をしていたアルセスの強烈な、闘場の壁を利用した三角跳び蹴りを、カウンターでマトモに食らい……そう高くない場所から床へと落下し気絶した。
(戦闘中いうんは基本的に、いつ技を叩き込むか考えながら動き、そして相手からいつ技を受けるか分からず、警戒するから……基本的には力み続ける状態や)
アルセスのまさかの逆転に、吹き抜けの大広間に集まった囚人達が歓声を上げるのを最後列で聞きながら、声を発した少年……かつて【星川町揉め事相談所】副所長の地位に居た元中学生・白鳥銀一は肩を竦めながら思う。
(しかし脱力……その力みを無くした状態からの攻撃、静から動へと変わる瞬間の攻撃は一味違う。剣道の居合と同じく、仮に相手が先に攻撃しようとしても、後の先を可能とする反応速度を出す。強張らせるよりも、緩ませる方が、筋肉を素早く動かせるようになるっちゅう事や)
見事勝利したアルセスが、残心をゴムボールの上でした後で、自分がかつて所属していた組織のリーダーの1人であった銀一に視線を向ける。すると彼は、なんとその銀一に対してサムズアップしてみせた。
(しかも一見、攻撃を諦めているようにも見える。相手を油断させた上で反撃するにはもってこいの戦術。さすがはウチの組織ではまだまだ珍しい、空手の経験者にして……海外産特撮作品の元スーツアクターやな)
そして、元同じ組織の仲間……脱走の計画を気心の知れた仲間と立てる可能性を考え、収監された牢屋こそ別々になったが、とにかくその仲間の誼み、という事でサムズアップに応じた銀一は、闘場から降りてきたアルセスとハイタッチくらいはしようかなと思い身構えた。
逮捕され、異星人を忌避する自分達にとっては屈辱的な事に、異星人だらけの刑務所に収監されても……『セーブ・ド・アース』の構成員としての彼らの関係性はさほど変わらないようである。
そしていざ、アルセスが闘場の出入り口から出ようとした……その時だった。
『おぉっとぉーーーー!? こ、ここで緊急発表!! なんとシャバより……アルセス選手への挑戦を希望するゲストがいらっしゃったとの事です!!?』
「「……………は?」」
実況役の看守からのまさかの発表に、銀一とアルセスは唖然とした。
しかしそんな彼らとは対照的に、刑務所の囚人たちは歓喜に沸いた。
アルセスどころか、銀一すら知らなかったが、連邦刑務所に収監される者の中には、アルセスのような格闘技経験者が何人も居る。それも、シャバに多くの好敵手を残したまま収監される格闘技経験者が。
するとその、シャバに残された方の格闘技経験者が『勝ち逃げは許さん!』などの理由で…………時々面会ではなく、刑務所ファイトでの試合を所望する、という事態が、この刑務所では発生するのである。
『ご紹介しましょう!! アルセス選手を求めて数光年!! 今こそあの時のリベンジ果たす!! マスク・ド・ダイオジョーの登場です!!』
そして、実況役の看守の緊急放送と同時。
大広間の片隅から、その今回のゲストたる挑戦者がセコンドと共に現れた。
見るからに少女と思われる体型をした挑戦者と、その少女より、頭2つ分は背が高い少女と思われるセコンドだった。彼女達はそれぞれ空手用の道着を身に纏い、どこかで見たような覆面を被り顔を隠していた。
道着からわずかに伸びた手足の肌の色からして、おそらく挑戦者は西ユーラシア人、そしてセコンドは東ユーラシア人、もしくは南北アメリカ人と思われた。
「ッ!?」
そしてそんな、大人のアルセスとどういう関係なのか、誰もが疑問に思うような挑戦者の姿を。大広間に作られた、闘場へと続く道を歩く、その挑戦者とセコンドを見るなり……銀一は驚愕のあまり口をパクパクと、まるで酸欠状態の魚のように開閉した。
「ちょ、ちょぉ待ちぃ……あ、あの体格……ま、さか!?」
しかしすぐに彼は、我に返る。
そして改めて、挑戦者とセコンドの少女2人の体格を目視で確認する。
少なくとも顔は、2人とも覆面をしているために断言する事はできないが……胸部を触っただけで、バストサイズを言い当てられる銀一である。相手の体格を見ただけで、ある程度は相手が誰かを判別するくらいはできる。
「アッッッッ……カァァァァ~~~~~~~~ン!!!!」
そして、その挑戦者の後頭部……覆面から少々見えた金髪を見た瞬間、ついに彼は相手の正体に確信を持った!!
「アルセス逃げて超逃げてぇぇぇぇーーーーーーーーッッッッ!!!!!!」
しかしその警告は。
無慈悲にも囚人達の歓声により掻き消され……。
※
「おいおい、ガキが挑戦者ってなんだよ」
一方その頃アルセスは、ついに闘場へと入ってきた挑戦者――銀一が恐れる謎の覆面少女を見るなり怪訝な顔をした。
「まさか俺の子供だとか言うんじゃないだろうな? 養育費を払わなかったせいで母親が死んだ、とかって理由でよ」
だが、彼にも恨まれる覚えはあるようだった。
「いや、確かにたくさんの女を抱いた経験はあるけどよ、俺の、スーツアクターとして今まで稼いだ金にはまだ余裕があるから、もしもって時は連絡しろと、その時は名刺を渡したぞ? まさかその名刺を無くしたとかか? もしそうなら自業自得じゃねぇか。逆恨みもいい加減に――」
「残念だが、そんな不埒な関係性じゃないぞ私達は」
しかし、そのアルセスの話は途中でぶった切られた。
そんな言い訳など、聞く耳持たないと言いたげな……覆面少女によって。
「…………ん? どっかで聞いた声だな。どこだったっけか?」
するとアルセスの脳裏で、一瞬何かが掠ったような気がしたが……全然思い出せなかったため「まぁいい」と、彼は気を取り直す。
「どっちにしろ俺が勝って、その覆面を脱がせば分かる事だ」
「…………」
アルセスは挑発じみた発言をした。
だが彼の、そして囚人達の予想に反して……覆面少女は揺るがない。
ただただ無言で、相手への熱き思いを胸に。しかして頭は、どこまでも氷の如くクールに保ち……前羽の構えを取った。
アルセスも、すくに天地上下の構えを取った。
観客が、さらに大きな歓声を上げる。
そしてそれと同時に……ついに対決のゴングが鳴り響いた。
※
「やれぇアルセスー!!」
「ガキ相手に負けんなよー!!」
「今度も楽勝だぜアルセスー!!」
「引ん剝いちまえー!!」
次の瞬間。
『引ん剝いちまえ』発言をした囚人が気絶した。
周囲の囚人はみんな同時に『ご愁傷様』と心中で思った。
なぜ気絶したかと言えば、彼らの腕に装着されている腕輪の電気ショック機能により感電したからだ。
彼らが装着しているそれは、地球で言う手錠である。
だがその腕輪には、鎖など付いていない。だがその代わりにその腕輪には、囚人の脱走や暴動が起こった時に活躍する、看守が持つ小型端末による遠隔操作が可能な、電気ショックを始めとする様々な機能が付いている。
そしてその電気ショックで、囚人が気絶させられたワケであるが……発言を始めとする問題を囚人が刑務所内で起こした場合に、電気ショックなどの懲罰が看守達により執行されるのがこの刑務所でのルールだからである。
なんだか非人道的なルールかもしれないが、これくらいやらねば、シャバに出ても大丈夫なほど反省しない囚人が大半なので仕方がない。
ちなみに今回気絶させられた囚人は、強姦罪で逮捕された――いわゆるピンクな犯罪者――シャレにならない人物なので、さすがに電気ショックを決行したという裏事情があるのだが……その事実はさらなる熱狂により上書きされた。
「ッ!! ああっ、アルセスぅ」
その、心中で『ご愁傷様』と思った1人である銀一が、泣きそうな顔で呟いた。
なぜなら彼の目に映る闘場で、元部下の戦士がこめかみに一撃を貰ったからだ。
※
1分前。
試合のゴングが鳴り響いた瞬間。
覆面少女はなんと、その場で跳躍した。
頭上に浮遊するいくつものゴムボールを足場に、上へ上へと移動する。
観客たる囚人たちの中から、ブーイングが巻き起こる。
ルール違反ではないし、そもそもそういう用途の闘場。
なのでブーイングは筋違いである。だが一方で囚人の気持ちも理解できるため、看守は腕輪の電気ショックなどの機能を発動させなかった。
「待て!! いきなり逃走するのかお前!!」
思わずズッコけ、脱力するアルセス。
だがすぐに気を取り直し、覆面少女を追う。
「勘違いするな」
高さ7m地点のゴムボールの上で、改めて前羽の構えを取りながら、覆面少女は冷淡な声を返した。
「お前の反応速度を確認したかっただけだ。おかげで……お前の動きは、完璧に見切った」
「戯れ言を言ってんじゃねぇ!!」
アルセスは覆面少女の正面に位置するゴムボールの上に着地をし、そして改めて天地上下の構えを改めて取り……2人は空中で対峙した。
そして、その次の瞬間。
なんと今度は、覆面少女の三角跳び蹴りが炸裂した。
「ッッッッ!?!?」
先ほどまで、上下の動きを気にしていたあまり、横や斜めの動きをする三角跳び蹴りに対し、アルセスはすぐに反応する事ができなかった。
(ま、さか……これが狙いでッ。……上への、移動を……?)
こめかみに一撃をもらい、そしてそのままアルセスの体は……闘場を囲っている強化ガラスへと激突し、重力に捕まり落下を始めた。意識が明滅する。すぐに別のゴムボールに移らなければ、先ほどのレゴンゾの時とは異なり、墜落死する可能性さえある。だが体がうまく動かない。
このままでは確実に床に激突する。
銀一を始めとする囚人が、息を呑む。
だが、目を逸らす囚人は1人も居ない。
なぜならば、彼らは知っているからだ。
人道的に見て、そもそも看守が、対策も無しにこの闘場を用意するハズがないのだと。
そして、そんな彼らの想像の通りに……突如複数のゴムボールがひとりでに動き出し、アルセスの真下に集合する。その場に、簡易トランポリンが出来上がった。ゴムボールの位置を遠隔で操作できるように、ゴムボールの中に、あらかじめ遠隔操作で動く錘が仕掛けられていたためである。
おかげで、アルセスは命拾いした。
何度かゴムボールトランポリンの上を跳ねた彼は、頭部に受けた一撃もあり少々吐き気を覚え、うまく立てなかった。いや、その気になれば立てるやもしれないが相手が健在である以上、今度こそトドメを刺される可能性もある。どっちにしろ、アルセスの負けも同然の状況だ。
「シット……み、見えなかったぜ……お前の、動き……」
アルセスの様子を見るためか。彼の目の前の、集合しなかったゴムボールへ着地する覆面少女を見ながら、アルセスは、彼なりに彼女を称賛した。
「よ、ければ……本、当の……名前、教えてくれよ……?」
そして、ついでとばかりに。
覆面をしているところからして、正体を隠し通すかもしれないとは思いつつも、自分よりも小さい挑戦者の名前を、敗者として聞きたくなった……のだが。
「…………そこまで態度が軟化してるとは……連邦刑務所式のブートキャンプでも受けたのか?」
覆面少女の呆れたような声が……全くの想定外の言葉が、返ってきた。
途端に、アルセス及び、周囲の観客たる囚人のほとんどが目を点にした。一方で銀一は相手の正体が分かっているため「いったいどんな因縁があるっていうんや」と言いつつ緊張していた。
そしてそんな中で、なんと躊躇う事なく、目の前の戦士は……覆面を脱いだ。
まさかの展開。
悪役格闘家に負けて、覆面を剥がされるのではなく、自ら覆面を脱ぐというその展開に、そしてそのおかげであらわとなった少女の顔に、ほとんどの囚人が色めき立ち、一方でアルセスと銀一……地球出身の囚人は冷や汗を出した。
覆面をする関係上、長い金髪を後頭部で結った髪型をした少女。
さらに言えば、整った目鼻立ちと、碧き瞳に白い肌……道着ではなく、異世界系のファンタジー漫画やアニメに出てくる、妖精が着るような服の方が似合うのではないかと誰もが思うような美しさと神秘性を帯びた容姿。さらに、ついでとばかりに言うならば、左目の下の泣きボクロが特徴の美少女。
それが、マスク・ド・ダイオジョーの正体であった。
「ま、まさかお前ッ!!?」
そして、正体を明かした事で。
ようやくアルセスは、彼女と、そしてセコンドである少女が、何をしに刑務所にまでやって来たのかを理解し瞠目した。と同時に、彼は確認のため、挑戦者である少女のセコンドの方へと試しに目を向ける。
するとその視線の先では、既にそのセコンドの少女も覆面を取っていた。
彼女は、黒い髪と瞳が特徴的で、これまた整った目鼻立ちの、東ユーラシア人、もしくは南北アメリカ人と思われる美少女だった。
「お前に、私が1番……実用はさすがに倫理的に考えればできないだろうが、それでも個人的に好きなルールを教えてやる」
瞠目するアルセスに対し、目の前の少女は不敵に笑いつつ言った。
「目には目を。歯には歯を……ハンムラビ法典に書かれているルール。やられたらやり返せ、ではなく、相手に必要以上の報復をしてはならない、という意味合いを持ったルールだ」
「ま、まさか……俺に、トドメを、刺さない……のは……?」
それを聞いた途端、アルセスは衝撃を受けた。
彼女達の正体を知った瞬間、彼は彼女達が、自分を徹底的に、2度と逆らえなくなるほどにまで痛めつけるために現れたと思った。
しかし違った。
挑戦者として現れた少女は、セコンドである少女が受けたこめかみへの蹴りを、それをおこなったアルセスに返すためだけに現れた。
下手をすれば、アルセスからの報復……いや、それどころか悲しい報復合戦へと発展するやもしれない目的のためだけに、ここまでわざわざやって来たのだ。
驚き、さらには呆れる者が居てもおかしくはない……驚きの理由である。
「私はただ、お前に……私の臣下が受けた痛みを知ってもらいたかっただけだ」
そして金髪の少女は、最後にそう言い残し、闘場の出入り口から出て行った。
会話が聞こえていた囚人も、そうでない囚人も、彼女に拍手喝采を浴びせる。
挑戦者である金髪の少女は、右手を天に挙げる事で応えた。
しかしてその勝者の顔に笑顔は見られない。代わりに彼女は、これからも続くであろう、様々な戦いを見据え……鋭い眼光を見えない明日へと向けていた。
※
一方で……そんな彼女達からは、遠く離れた観客席。
そこに座る、彼女達の正体を早い段階から察していた銀一は、緊張のあまり拍手ができず――。
「ま、まさか……〝あの人〟が来るなんてッ」
――驚愕のあまり見開いたその双眸で、ただただ、少女達の歩みを見守る事しかできなかった。
暁!! の『沙梵玉の間』みたいな?(ォィ
ちなみに少女たちの名前などは、次回で!?