Episode001 新たなる始まり
隠蔽組を諜報組に変えました。
前作の方でも変えていこうと思います。
『星川町テロ事件』発生から、数日後。
当然の事ながらテロ事件は、発生から今日までに、地球へは一切発信されない、異星人のみが視聴するニュース番組によって報道され……この宇宙に存在する有人惑星全土を震撼させた。
地球と違い、地球以外の(確認されている限りの)全ての有人惑星は『星際化』が完了し、人種差別が存在しない状態が続いたために、そこに住む人達は人種差別を中心とした闘争をほとんど経験した事が無い。
いわゆる『平和ボケ』の状態であったがために『星川町テロ事件』はあまりにもショッキングな事件として、宇宙中のほとんどの人達の心に刻み込まれたのだ。
『おいおい、ジ=アースに移住できるのか?』
『絶対ムリっしょ? つーかジ=アース人、野蛮人?』
『何を言っている。我々の星でもかつて起こった事ではないか』
『そうだ。野蛮人と言うのなら、かつての我々も野蛮人だ』
『どちらにせよ、今のジ=アースは危険危険』
――なので、全惑星のインターネット上の交流サイトに、このようなコメントが出始めるのも時間の問題であった。
そんな、地球、及び地球人に対する熱い議論が繰り広げられているサイトを空間モニタで確認しながら、1人の女性は呟いた。
「で、どうするのかしらん? リュンの個人情報全てを抹消して、偽の個人情報をでっち上げて、なんとか『宇宙連邦』に叩かれない状況にはなったけど?」
「いろんなサイトで、ジ=アースについての非難やフォローの応酬がありますね。もしかすると非難の方が優勢になり、我々も表立って活動できるかもしれません」
女性の隣の席に座る男性が、別の空間モニタを見ながら分析した。
ハヤト達と敵対する反地球人組織『イルデガルド』の構成員の2人である。
そう。ここは『イルデガルド』の本拠地。
リュンがかつて戻ろうとした場所である。
現在彼らは『表』の仕事を一時中断してまで、再び集結していた。自分達が危険視する惑星ジ=アースについて、話し合うために。
しかしその話し合いの場である、相変わらず閉塞感を覚えるほど暗い円卓会議室の椅子の1つは空いていた。それはけっして1人分余っているワケでも、組織から1人抜けたワケでもない。
その席は、リュンの養父であり、直属の上司でもあった男性の席。
彼はリュンが植物状態になったという情報を貰った直後にショックを受け、会議に出る心の余裕が無くなったのである。
「ふん。確かに、今なら多少は表立って動けるかもしれん。しかし油断は禁物だ」
会議に出られない男性の事を気にも留めず、ある1人の男性が返答する。
この『イルデガルド』の構成員の1人である、かつて円卓を拳で破壊し、裏拳で壁にヒビを入れた事のある、あの恐ろしい腕力を持つ男性である。
「下手に手を打って『宇宙連邦』に目を付けられたら元もこうもない。今はまだ、あの星を監視するべき時だ」
「監視、というと……リュン以外の間者を送るのかい?」
「ああ。送るつもりだ」
「しかし、リュンという間者が居た事が知られた以上、ヤツらにそいつが、すぐに間者だとバレるんじゃ?」
「時期的にも、怪しいんじゃないかしらん?」
「それでもいい」
男性は即答した。
「とにかく今は『異星人共存エリア』の欠点を見つけ出す事が最優先事項だ。ヤツらがそれを知って隠す可能性もあるが……問題無いだろう。隠したモノは、見つけ出せばいいんだからな」
眉間に皺を寄せながら、男性は断言した。
他の構成員達は、静かに頷いた。
彼らには、あまり時間が残されていないのだから……。
※
9月1日(木) 7時30分
「……おはよう、進也さん」
【星川町揉め事相談所】の、自宅スペース唯一の畳部屋に置いてある机の上の写真――遺影に、ハヤトは挨拶をした。
ハヤトと、彼の義妹であるハルカがここに居る原因にして、太平洋上での航空機事故から救った人物にして、2人の養父でもある成年・光進也の遺影である。
なぜ遺影だけかというと、揉め事相談所の資金、いやこの場合はハヤトの貯金であろうか。とにかくそれが足りないためである。
ハヤトとしては、立派な仏壇を買ってあげたい気持ちがあるのだが、不可抗力にも貧乏である現状では買う事は不可能であった。
「あれから、星川町は変わったよ」
何度、遺影の前でそう伝えただろう。
ハヤトは、何度目かの報告を養父に告げた。
「住民は、またいつか起こるかもしれないテロから逃げたくて……何人も、町から去ったよ」
時に涙を流しながら、時に怒りをあらわにして『この町から去る』という選択をした住民を、ハヤトは何人も見た。
なぜなら、ここは【揉め事相談所】だから。
しかしほとんどの揉め事は最初の1年間で解決しきってしまったので、現在では揉め事に繋がりかねない相談も受け付けている。故に前日の夏休み最終日まで何人も何人も……町から離れた後の事を心配し、相談をするためにやってきた。
質問の数は、地球人と異星人を足して、50件以上もあった。そして、その質問全てにハヤトは適切な返答をし、時に住人登録から相談者に関する情報を削除し、次の移住地の候補を紹介した。
怖がる人を無理に引き止めようとするほど、星川町は身勝手な町ではないから。
町を去りたい、などと言われた側にしてみれば、その言葉を1つ1つ聞く度に、どれだけ精神がすり減った事だろう。
しかしハヤトは、それに耐え抜いた。
ギンが逮捕され、リュンが植物状態になり、そして町長が死んだ事で、既に精神がボロボロに近かったにも拘わらず……ハヤトは耐え抜けた。
なぜならば、今のハヤトには新しい仲間が居るから。
亜貴。麻耶。秀平。カルマ。そして、かなえ。
かなえとカルマの2人は、ハヤトが所属している団体『E.L.S.』に、正式に入団する事を決断した。ちなみにかなえは『武装組』に。カルマは『諜報組』の電脳系サポート要員として入団する予定である。
亜貴達は『E.L.S.』の『民間協力者』として、これからも協力してくれる事になった。
だから、ハヤトは乗り越えられた。
仲間の存在が、支えとなったから。
「でも俺……頑張るから。絶対にこの世界を、変えるから」
そして最後にそう誓うと、ハヤトは学校に行くため玄関へと向かった。
ドアを開ければ、まだ少々熱気がこもった外の空気が入ってくる。まだまだ秋は来ないようだ。
快晴の空の下、ハヤトは学生カバンを持って登校した。
道行く同級生達の「おはよう」と呼ぶ声が聞こえてくる。
自分への挨拶の時もあれば、他の誰かへと向けた挨拶の時もあった。
しかしその挨拶は、1学期に比べると、少し声量が低く――そして少なかった。
みんなの心には、未だに傷跡が残っているのだ。
「おはよう、ハヤト」
そう思っていた時、ハヤトの背後から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこにはなぜかメガネをしていないカルマが居た。
「……え~~……と……誰?」
「ぅおいっ!? 俺だよ俺!」
気分を切り替えるため、敢えてありきたりなボケをかましたハヤトであった。
「今時の漫画にそういうギャグが出始めてるって聞いてるけどさ、さすがにリアルで言われるとショックだよハヤト」
「スマンスマン。それにしても、イメチェンか? メガネじゃなくてコンタクトをしてるだなんて」
「ああ。だって俺も、お前が所属している組織に正式に入団するんだ。覚悟を決めなきゃな……って思って」
「なるほど。いいんじゃない? また割られる事もなさそうだしな」
『星川町テロ事件』の時、星川町のシステムをコントロールする『塔』を乗っ取りカルマの二つ名【Searcher】を騙っていた少女から、本物であるカルマが『塔』を奪い返した時、あろう事か少女は、自身の下着が見える覚悟で、カルマの顔に蹴りを、同時にメガネにヒビを入れ、そのまま逃走した。
そしてその後、ハヤトと、怒り心頭のカルマは町の隅々まで少女を捜したのだが
……結局見つからなかったのだ。
なのでカルマが、ハヤトからその事についてのコメントを聞いた瞬間――。
「…………ああ……そうだな……あンのガキぃ!! 次会った時は目にモノ見せてやる!!」
――再び怒りだすのも、無理もなかった。
「……ああ。なんていうか……頑張れ。犯罪者にならん程度で」
ハヤトは怒り心頭のカルマを見ながら、一応、釘を刺しておいた。
ハッキングをした時点で犯罪者であるが。
「あ、おはよう。2人共」
とその時、2人の左側から声がかかった。2人揃って振り返ると、そこにはもう1人の正式な入団の希望者である天宮かなえが居た。
「「おはよう」」
ハヤトとカルマは、揃って挨拶をした。
今では3人は、最初から仲間であったかのように、自然に挨拶を交わせるようになっていた。
かなえとカルマが、いろんな理由で【揉め事相談所】を訪れているから、という理由もあるかもしれないが、それ以上に、かなえとカルマも『E.L.S.』に正式に入団すると決めたので、もしかするとこれからは、背中を預け合う仲間になる可能性があるから、という理由もある。
とにかく、これから先どうなるにせよ、今まで横の繋がりが無かった間柄であるかなえとカルマも『仲間』として、積極的に意見を言い合うようになっていた。
「ねぇ、もしかしてまた誰か転校してくるの?」
挨拶するや否や、かなえは2人に、いきなりそう質問してきた。
「?? 何かあったのか?」
1度カルマと顔を見合わせた後、ハヤトが質問してくる。
「来る途中で、来る方の引っ越しの準備をしている家を見つけたのよ。2人とも、何か知らない?」
「ああ……そういえば昨日、和夫さんの家に誰かが訪ねてたな」
カルマは顎に手を当てつつ、ふと思い出す。
「髪色からして異星人っぽかったけど……もしかして、ソイツかな?」
「テロが起こってから1ヶ月と10日。まだ恐怖が抜けきっていない人も居るっていうのに、引っ越してくる異星人が居るなんて……怪しいな」
ハヤトは腕を組みながら言った。
「でしょ? もしかしたらまた『敵』とか? なーんて、そんなポンポン『敵』が来るワケ――」
「ああ、引っ越してきたのが異星人ならば……十中八九そいつは『敵』だろう」
かなえとしては冗談で言った台詞に、なんとハヤトは即、断言した。
「先日のテロ事件の影響で、この惑星の『異星人共存エリア』への悪評が出始める中、わざわざ引っ越してくる人は……怖いもの見たさ、もしくはなんらかの工作を計画しているヤツだけだ」
「えっ? 行動を起こさずにまず引っ越してくるなんて、そんな『敵』いるの?」
まさかハヤトに断言されるとは思わずに話を振ったかなえは、驚愕しながらまた訊ねた。
「いや、『敵』と言っても……すぐに行動を起こす人なんてそうそう居ないよ。行動を起こす前にまず、敵情視察しなければ、相手に勝てる可能性は低いからな」
カルマがかなえに説明する。
「いつの時代の戦争も、情報が要なんだ。情報が戦争の行方を左右すると言ってもいい。かの有名な『桶狭間の戦い』が良い例の1つだね。織田信長は自分の軍よりもはるかに多い今川軍が休んでいる場所を、今川軍に忍び込ませた『スパイ』から聞いたおかげで、奇襲をかけて勝利する事ができたらしいし」
「た、確かに……ていうかアンタ誰?」
「今さら!!? というか俺だよ!! カルマだよ!!」
本日2度目のボケである。しかも今回のかなえのボケは本気中の本気であった。相手がカルマだと知ってもなお、本当にカルマなのか全力で疑っていたのだから。
「と、とにかくその引っ越してきたのって……もしかして、だったり?」
「ああ、警戒するに越した事はないだろう」
なんとか相手がカルマだと認識すると、かなえはハヤトに確認を取った。
するとハヤトは、ようやく見えてきた町立星川中学校を見据えながら……改めて告げた。
「引っ越してきたのは、リュンと同じ……『イルデガルド』の〝間者〟である可能性が高い」