白銀の女神
アルスターの街に住むDランク冒険者の少女ブリジットは、絶体絶命の危機に陥っていた。
目の前では、接近したら戦闘になる前に逃げなければならないと散々諭されてきたグレイウルフが、ウルフ達を引き連れてこちらを見据えている。
冒険者ギルドの教え通りに逃げようにも、足を怪我してしまっているのでこれ以上は走ることができそうにない。
「は、はは……。こうなったら、やってやる……!動けなくたって、まだ魔法があるんだから……!」
強がりを口にしてみても、身体の芯から震えが来るのを抑えることができない。
どう考えても、自分にはこの状況を生き抜くだけの余力は無いのだから。
思えば、これほどの危険が身に迫ったのも冒険者になって初めてだ。
ブリジットはどちらかと言えば慎重派であり、これまでは十分に余裕を持って冒険者としての経験を重ねてきた。
事情が変わったのが一週間前のこと。
どうしてもこの森の主、Cランク相当の魔物であるグレイウルフかサンダーホーンを早急に倒さねばならなくなった。
先に遭遇したサンダーホーンに攻撃を仕掛けるも、結果は惨敗。
なんとか撒いたものの、撤退する際に脚に深い傷を負い、その血の匂いを嗅ぎつけたグレイウルフ達に迫られ今に至る。
「風よ、集え……」
せめて一矢報いるために、魔法の詠唱を始める。
こちらが攻撃に移る気配を感じ取ったのか、グレイウルフが声を上げ、それを合図に周囲にいた5頭のウルフが一斉に飛びかかって来る。
「吹き荒れろ!」
それは、一般的な魔法の詠唱と比べて非常に短く、簡潔な詠唱だった。
魔法が発動し、彼女の周囲に暴風が吹き荒れる。
彼女に迫っていたウルフ達は、身体中を切り裂かれながら吹き飛ばされ、地面や木の幹に叩き付けられる。
立ち上がる個体は居ない。
が、その一連の経緯を後ろで観察していたグレイウルフは既に攻撃体勢に入っていた。
「風よ……」
なんとかもう一度魔法を、と詠唱を始めるが、当然グレイウルフはそれを許してくれない。
接近して来たグレイウルフの右の前足が振り上げられたのを見て、これ以上の長さの詠唱は不可能だと判断し、即座に魔法を発動させる。
「打て!」
集約された風が、グレイウルフの鼻先に強くぶつかった。
いくら強大な魔獣とは言え、弱点はある。
グレイウルフの場合は、敏感かつ守るものの無い鼻先であった。
予想外の衝撃と痛みに驚いたグレイウルフは思わず仰け反るが、同時にブリジットもその場で尻餅をついてしまった。
かなりの量の出血にも関わらず、精神力を消耗する魔法の行使を連続で行ったために、限界が来てしまったようだ。
(嫌だ……まだ、死にたく、ない……)
もう意識もぼんやりとしてきた頭で、そんな事を考える。
死が近付いてきたことで、半ば麻痺していた恐怖がまた湧き上がって来たようだ。
体はもう動かない。
目の前では、痛みに驚いていたグレイウルフが立ち直り、同じような魔法が来ないかを警戒している。
しかし彼女ができるのは、己の信じる神に救いを乞うことだけであった。
「女神ヘルミーナ様、どうか、お助け下さい……!」
もう目の前の少女に対抗手段は無い。
そう判断したグレイウルフが再度襲い掛かって来る。
目を瞑り祈りを捧げる彼女の前に――
女神が舞い降りた。
「ギャオォッ!!!」
悲鳴を上げて吹き飛んで行くグレイウルフ。
ブリジットが目を開けば、そこには確かに女神が立っていた。
後ろで一つに束ねられた白銀の髪は、まるでそれ自体が光を放っているかのように輝いている。
整った顔からは、ある種の神々しさすら感じられた。
美しい鎧と装飾品の数々もさることながら、その手に持つ長剣は、まさに女神ヘルミーナが振るったとされる剣、【聖剣ディアルマ】そのものである。
「女神、様…………!!」
ブリジットは理解した。女神が、降臨したのだと。
「もう少し我慢しててね。今、片付けるから……!」
吹き飛ばしたグレイウルフが走って来るのを気にも留めずにそう言うと、直後、女神様の姿が消える。
次の瞬間には、グレイウルフの首は斬り落とされていた。
助かった。
極限の状態で繋ぎ止められていたブリジットの意識は、安堵と共に深く沈んでいった。
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