プロローグ―2
プロローグ続きです。
ゆっくりと、意識が浮上する。
目を開けて周囲を見回すと、先ほどまでボスのゴーレムと戦っていた部屋で意識を失っていたことがわかる。
(なんで、寝ていたのにログアウトしてないんだろう……?)
おかしい。
そもそも、VRゲームのプレイ中にプレイヤーが意識を失った場合、VRゲーム機は即座にVR機能を停止するシステムの搭載を義務付けられている。
いわゆる寝落ちであれば即座にログアウト処理が行われるし、それ以外の理由、例えば身体の異常による意識の喪失であればログアウトと同時に緊急警報が鳴り響き、然るべき機関に通報される設計となっているのだ。
故に、一度は意識を失ったエルネリアが未だにここに居るのはおかしいのである。
(それに……どうしてこんなに、感覚がリアルなの……?)
問題は一つではない。
何というか、感覚が生々し過ぎるのだ。
五感を再現し、まるで現実のようだと評されるAWOであるが、流石に肌に感じる空気の流れであるとか、細やかな環境音などの現象までは再現し切れていなかった。
しかしエルネリアは、乾いた空気の流れ、どこからか響いてくる風の音、石床のひんやりとした冷たさなど、AWOでは感じられるはずのない感覚を全身で受け取っていた。
そこまで再現するのは、いくら高性能ゲーム機であっても不可能だ。
困惑するが、取りあえずは手に持ったままのテンペストをストレージにしまい、現状の確認のためにメニューを開こうとする。
(とりあえずメニューを…………っ!?……開かない!!)
しかし、更に困惑を深める事になってしまった。
ログアウト等のコマンドを含むメニューウインドウが開けないのである。
アイテムを出し入れするためのストレージは、普通に操作できているのに。
ログアウトは総合メニューからしか選択できない。
つまり、エルネリアは今、ログアウトできない状態である。
これもまたVRに関する法律で規制されている事であり、VRゲームはどのような状態であってもログアウトできるように設計されていなければならないため、あり得ない事である。
ここに至って、エルネリアの脳内には一つの仮説が打ち立てられていた。
即ち、「異世界に来てしまった」説である。
流石にそんなことはあり得ないとは思うものの、一方で、そうでもなければ現状に説明が付かないのも事実である。
確かに、VRゲームが発展する前の時代から現代に至るまで、「ゲームの世界に転移してしまう」というシチュエーションは創作物の中でも人気のジャンルであった。
エルネリアもVRMMOにハマるタイプの人間であったから、勿論リアルで何度もそういった創作物を沢山見ていたし、多少の憧れを抱いたりもしていた。
自分はレイアースに来てしまったのか、それとも何か別の要因のために今の状態が引き起こされているのか。
ここで考えていても仕方ないと思ったエルネリアは、取りあえず広間を出て地上に向かい始めた。
行きに倒しながら来た祠の中の敵モンスター達は、試練をクリアしたためか一切現れなかった。
鎧型のゴーレムなどもそれなりの数居たが、全て機能停止して座り込んでしまっている。
恐らくだが、元からそういったギミックのダンジョンだったのであろう。
今回のように、クエストをクリアするための試練といった体のダンジョンでは、クエストを達成すれば雑魚モンスターが出なくなる場合が多い。
現状を把握するためには、モンスターについても把握しなければならないとは思っていたが、それなりに強力なこの場のモンスターよりは外の森の低レベルモンスターの方が都合が良いため、これに関しては運が良いのだろう。
とは言え、出口が先程までと同じ所に繋がっているかはわからないのだが。
考え事をしながら歩いていると、気が付けば入口に辿り着いていた。
心を落ち着けるために一呼吸の間を置いて扉に触れれば、入って来た時と同様にゆっくりと開いていく。
差し込んでくる日光と新鮮な空気は、やはりVRゲーム内で感じたことのない鮮明さを持っていた。
恐る恐る外に出る。
そこに広がる光景によって、エルネリアの疑念はほとんど確信に変わってしまった。
(やっぱりこれ、ゲームじゃない……。現実に、なっている……?)
祠の周囲を取り巻く森林、地面に生える背の低い草花、そして見上げた空。
その全てが、ここが現実であると訴えかけて来る。
ダンジョン内では感覚がリアルになっても今一つ現実味が無く、現状を判断しかねていたエルネリアだが、ここに来てこの世界がただの仮想空間ではないことを認めざるを得なかった。
(異世界に、来たってことなのか……)
こうして、異世界におけるエルネリアの冒険が幕を開けたのだった。