転生女神のお仕事 物語は私が作る! ~ 鏡編 ~
本作には視点変更があります。
「ここは?」
見渡す限り真っ白な、境界が曖昧な世界に俺はいた。
名前は宮地雄二で普通のサラリーマン……だったはず。
「あの猫を助けて……死んだのか?」
仕事の帰り道、トラックに轢かれそうになっている猫を見かけた。
気付いたら飛び出していた。
その後のことを思い出せない。
やっぱり死んだんだろうな俺。
とりあえず現状を理解しようと、再度辺りを見回す。
眩しい光が目に飛び込んできた。
光を背にした人が見える。
いや、正確にはシルエットしか分からないけど。
「神様?」
俺の呟きが聞こえたのかシルエットが動いた。
「貴方にはこれから別の世界へと旅立って貰います」
凛とした女性の声が何もない空間に響き渡った。
その内容が頭へと伝わると同時に俺は気付いた。
「もしかして、異世界へ転生ですか?」
「そうなりますね」
「流行りの?」
「ええ、最近地球では流行っているそうですね」
女神と思われるシルエットから回答がきた。
肯定だ。
ここが勝負どころだと思った。
異世界転生ものは沢山読んだ。
だからわかる。
「あのいくつか質問いいですか?」
「転生は生前の姿のまま。行ってもらう世界は、魔法なし魔物ありよ。特にチート能力は無いわ。他に知りたいことあるかしら?」
うわ、先手取られて色々潰された。
目も潰れそうだ、後光強すぎ。
「あ、そうそう言葉は分かるようにしてあげるから安心してね」
きた、これは翻訳チートが……
「一番流通している言語が理解できるだけで、翻訳チートは無理よ」
ならば知識チートで!
「後、知識チート防止対策は完璧なので悪しからず」
白い床を見つめる。
もう直視できない。
下を向いたまま気になったことを聞いてみた。
「あの、もしかして、心の声が聞こえてたりしますか?」
「いいえ、ここまでテンプレでしょ」
楽しそうな声が返ってきた。
「えっと、よくこのやり取りをするってことですか?」
「そうね、そんな感じよ」
少し動揺した?
「正直、今までの話を総括すると、わざわざ女神様に出てきて頂いた意味がないような気がするんですが」
今小声で笑った?
「ゴホンッ。先ほども言いましたがチート能力を授けることはできません。その代わりに、コレを授けましょう」
目の前に小さな鏡が現れた。
丸い鏡面に持ち手が付いた、昔ながらといった感じの手鏡だった。
その鏡を手に取ると、女神が話し始めた。
「説明します」
説明してくれるんだ。
「その鏡で敵を映します。そして、敵が映っている部分の鏡を割ると」
「割ると?」
「鏡の亀裂に沿って敵が割られます!後、鏡には自動修復機能があります」
「敵というのは?」
「え?そこなの?貴方が行くとこは魔物が多いし、悪い人族もいるわ」
「なるほど……敵が写した鏡通りになる……例外はありますか?」
「ないわ!」
なんだろドヤって顔してそうだな。
そっち見れないから表情はわからないけど。
んー手鏡を相手に向けると相手がどこに映っているか分からないよな。
高速で移動する相手や、そもそも鏡に映らない相手の場合どうすればいいんだ?
「後は貴方の創意工夫次第です!」
丸投げですね。
「わかりました。ありがとうございます。あの自動修復って……」
「それでは有意義な異世界ライフを!」
会話も意識も突然、ブツッと切られた。
目を開けると澄み渡る青空があった。
体を起こして見れば、青々とした草原が広がっていた。
そして、視界の端に緑色の人型の群れが見えた気がした。
「まじで異世界だ……」
都会の雑踏の中、日夜仕事に明け暮れていた俺は、この景色だけで異世界へ来たのだと実感できた。
ふと体に違和感を覚えたため、目線を下げる。
死の直前はスーツを着ていたはずが、浴衣になっていた。
そして、胸には女神さまから貰った手鏡が差してあった。
鏡があることに安堵する。
「スーツだと鏡を入れる場所がないから浴衣にしたのかな?」
そんなどうでもいいことを呟き、
「いや、ポケットあるでしょ」
と、つまらないツッコミを入れつつ、立ちあがった。
現実逃避はここまでである。
「「ギャアギャア」」
声は視界の端から聞こえる。
目を凝らす。
醜悪な顔をした緑の小人たちがいた。
手に持った木の棒を振り回しながら、こちらへ向かってくる。
「やっぱあれゴブリンだよな、定番だな。とりあえずこの鏡を試してみますか」
手鏡の鏡面を10体程いるゴブリンの集団へ向け、顔の前に構える。
位置を変えないように慎重に覗きこむ。
ゴブリン集団が中央に映っている。
「これで横に亀裂が走るように割れば……どうやって?」
―――――転生の女神 視点――――――
ふっふっふっ、ユウジくん気付いたようね。
そう!どうやってその鏡を上手く割るか、そこもポイントなのよ!
他にはね、どうやって敵を鏡に映すのか、とかね。
ゴブリン程度ならいいでしょうけど、この先に出会う強敵は映すだけでも大変になるわよ。
我ながら"鏡"いい案だわ。
きっとこんな展開が待っているのよ……
「くそったれ、この鏡に映すことさえできれば」
「情けねえ声出してんじゃねえよ」
ガシッ
「今だ!俺がコイツを押さえている間に……やれユウジ!」
「ふざけんな!そんなことしたらドズルお前まで」
「俺はもうダメだ、血流し過ぎた……なあユウジ。こんな俺だけどよ、ちったぁカッコ良く映ってるか?」
「お前目が……馬鹿野郎……いつも通りの不細工な髭面だよ」
「ハハッじゃあよ、上手く割ってカッコイイ感じにしてくれや。お前器用だからそんくらいできんだろ?」
「無茶言うなよ……」
「大丈夫だ。何でも割れるその鏡でも俺らの盃は割れねえ、そうだろ兄弟」
「ああ、そうだな」
「やれ!……楽しかったぜ兄弟」
「ドズル……じゃあな、兄弟!」
「おう!」
パリーン
「悪いドズル、やっぱカッコ良くは割れなかったよ。でもさ、勘弁してくれよな。俺の目にはカッコ良く映ってたからよ」
なぁーんちゃってなんちゃって、いいわいいわ熱い男の友情。
それでそれで……
ガシッ
「動くんじゃないよ。こんな絶世の美女に抱きしめられながら死ねるんだ、嬉しいだろ?」
「ぐっくそ離せ!」
「ミレ姉!」
「いい鏡だねユウジ、あたいの美貌が2割増しさ。さっさと割りな!」
「そんなミレ姉ぇ」
「男がメソメソすんじゃないよ!ほらっ早くしな……折角の化粧が崩れるだろ」
ミレ姉ぇー!くーたまらん。
さあユウジくん、早く鏡を割るのよ。
君の冒険は、鏡が映す虚像世界の、その先にあるのよ!
……早くしないとゴブリンの集団が来ちゃうわよ。
あーもう早く、無理よ握力だけで割れないわよ。
地面に固定させるのはいいアイデアね。
でも、草が生い茂っているところじゃゴブリンが映らないでしょ。
あーじれったい、早く早く!
何その棒いいじゃない、動物の骨かしら?
いいわねー程良く狙った通りに割れなさそうで。
鏡の損傷具合で回復時間に差異があるのよ。
今後の旅で検証しながらわかっていくのよ。
我ながらいい仕事したわ。
さあユウジくん!わーってしまいなさい!
―――――ミヤジ・ユウジ 視点――――――
鏡の淵を両手で持って、同時に鏡面を指で押して割ろうとした。
ビクともしなかった。
地面に固定して拳で割ることも考えた。
だけど、鏡に映る自分の拳がどうなるかわからず止めた。
何か物を使って割ろうと持ち物を調べたけど何もない。
やばいっ
10体のゴブリン集団はひと固まりになっている、まだ間に合う。
しかし、これから先どうなるかわからない。
それでなくとも近寄られると、1枚の鏡に収めづらくなる。
石、石だ!
慌てて四つん這いになり、膝まである草の中を探す。
「「ギャアギャア」」
ガサガサと草をかき分けゴブリン集団が近付いてくるのが分かる。
今ならまだ走って逃げられるか?
逃走を考えたとき、右手に固い物体が当たった。
慌てて掴む。
40センチ位の白く骨のような棒だった。
見た目と裏腹にかなりの重量があり、硬度も問題なさそうだ。
「これで無理なら全力で逃げる!」
ゴブリンの集団を鏡に捉え、勢い良く棒を鏡面に叩きつける。
パリーン
鏡は粉々に砕け散った。
前方のゴブリンも鏡と同じようにバラバラになり崩れた。
「は?」
間抜けな声が出た。
女神さまのいう通り例外はなかった。
鏡に映した空も大地も世界そのものが、鏡と同様に砕け、崩れ落ちた。
壊れた後の世界だった空間は、ただただ黒かった。
欠けた世界はバランスを保つためか周りの世界を壊し、黒が広がっていった。
呆然と立ちつくしたまま、俺はその黒に飲みこまれた。
―――――転生の女神 視点――――――
……。
違う、違うわよ!
流石に背景となる世界は例外にしたわよ、動作テストしたもん!
あ、真っ白なこの世界で創ったから『世界=白=例外』。
つまり、白じゃなきゃ割れるのか。
うん、謎が解けてスッキリしたわ!
またやっちゃったかー。
あー上司に怒られる。
怒られるだけで済むかな?
三度目はアウト?
これは、地球の転生ものが好きでコネを捏ね繰り回して念願の転生神になった女神のお話。
女神が再就職できたらまたお会いしましょう。
追伸
女神の上司の指示で、ユウジくんの転生直前にバックアップが取られており、世界は無事修復されました。
また、ユウジくんについてですが、他の転生神により好きなチート能力を授かって再転生し、幸せに暮らしているそうです。
本件なんとかなりましたのでご心配なく。
お読みいただきありがとうございます。