1.出会い
私の名前は、エリーズ・アルドロワ。伯爵令嬢という身分です。容姿は平凡。黒髪黒目、真っ白な肌と化粧っ気のない素朴…といえば聞こえが良いけれど、要するにダサい女として認識されています。
父は、王宮の警護を務める騎士であり、兄2人も父と同様王宮兵士を担っています。
母は私が幼いころに亡くなったので、父も兄も私を溺愛してくれました。
そのせいか、外で遊ぶことはあまりなく、一人でも時間をつぶせる読書にどんどん嵌り、気が付いたら屋敷の中から一歩も出ないで生活する毎日。
父や兄には申し訳ないですが、こうなったら私はこのまま行くしかないと決めました。
とりあえず手始めに結婚しないと宣言し、家の中で出来ることを…と言っても、メイドや家令、庭師に料理番…と色々居るので特に何も出来ないのですが。。。
そうして、のんびり暮らしていた私は、社交界デビューの年になり焦りました。デビュタントと言われる一生に一回の大イベントに、父も兄も大張り切りだったのです。
「これなんてどうだ?」
剣しか握ってこなかった父が、ふわりと広がるドレスを持っているなど、どんなシュールな場面だ。
「いやいや、エリーズはこちらの方が似合うに決まっているさ」
長兄のリドアが別のドレスを広げる横で、次兄のラルフがまた別のドレスを広げている。
いやいや、お前らいつの間に用意した。
「私は出ませんよ。」
そっけなく言ってやる。悪いが私は平穏な日々を過ごしたいのだ。夜会だ、デビューだなどとそういう面倒くさい方面になど行きたくない。
「何でだ!?」
3人の声が揃う。というか、何でお前らは私が出たいと思っているんだ!!
「面倒くさいからです。」
正直に答えてやった。いつもなら納得してくれる父と兄たちだったが、今日はどうもダメなようだ。
「ダメだ。必ずデビュタントとして一度は参加しなさい。」
真面目な顔をして諭された。
「母さんと約束したのだ。お前を立派なレディーに育てて、必ずデビュタントの姿を母さんに見せてやると!!」
「そうだ!母上はお前のデビュタントの姿を心待ちにしていた」
「母上に見せてあげたい上に、俺たちも見たい!」
おいおい。母様との約束そっちのけになってないか?私は胡乱な目を3人に向けた。
「ラルフ、余計なこと言うな!」
「何だよ!父上だって兄上だって見たいだろ?」
「見たいに決まってるが、それは黙ってろ!」
子供みたいに言い争っている3人を見て、仕方ないかと諦めた。
母様が見たかったのなら、1回だけ行って、後は不参加を決め込めば良いのだ。
それに、働いていない私にあまりお金をかけてもらっても申し訳ないしな。
「1回だけ…ですよ?」
不承不承頷いた私に、3人は歓喜したらしい。ふるふると打ち震えてさらにドレス選びに夢中だ。私としてはどれでも良いのだが、どうもそうはいかないらしい。
まあ、こんな家族の顔を知っているのは私だけだから、とちょっと優越感だ。
…なんて思っていた先ほどの私を殴ってやりたい。
私はフルフルと震えながら3人に言った。
「それはネグリジェだ!!」
デビュタントには白いドレスを父親が誂える。その参考に色々見せてもらったのだろうが、今3人が持っているのは夜寝る用のドレスである。
なぜそんなものを来て夜会に出なければならないのか。私は乳母と相談するように父に進言した。
それから、数日。ドレスは結局無難なものに落ち着いて、私はそれに袖を通した。今まで適当に動きやすいドレスを選んでいたため、こんな可愛らしいドレスは初めてだ。
長い黒髪を結い上げてうなじを見せる。私の髪はストレートでキューティクルが半端ないため、メイドが落ちて来ない髪型を考えてくれた。
母様にこの格好を見せるのだと、父は絵描きを雇っていた。後日絵が送られてくるらしい。
まだ夜会に行っても居ないのに、朝から号泣する父に、私はハンカチを差し出した。
「どうぞ、父様」
「ありがとう、エリーズ。ライラが生きていたらどんなに喜んだか…。こんなに綺麗なレディーになって…」
「そこまででもないと思うけれど…」
「いや。今日もエリーズは綺麗だよ」
「今年のデビュタントの中で一番だな」
そうにこやかに答えてくれる兄二人は、嫌味に感じないほど良い笑顔をしていた。これは本気で思っているな。
親馬鹿、兄馬鹿はいつものことだが、こんなことで兄たちは結婚できるのだろうか…?早く良い嫁探してくれよ。
馬車に乗り込んで王宮を目指す。
父と兄たちと私の4人で馬車に乗るなど変な感じだ。いつも父も兄たちも馬だから、馬車に乗らないんだよなー。
そして、私は今日初めて馬車デビューである。…こんなに尻が痛いとは思わなかった。
何とか王宮に着いて、陛下に挨拶する順番に並ぶ。私の前には長い列。これを我慢しなければならないのか…。苦行だが、頑張るしかない!!
そう思って待っていると、私の前の子が真っ青になっているのに気付いた。
「どうしたの?」
「ええ、少し緊張してしまって…」
その子は蚊の鳴くような声でそう言った。金髪の巻き毛が可愛らしく、潤んだ瞳が目を引く。
すっと手が動いて彼女の両手を私の両手で挟む。
ビクっとされたが気にしないで温める。私の体温がこの子に移りますように。
「大丈夫。大丈夫だよ。」
そう落ち着かせるように囁く。
「目を閉じて、手に集中して」
「・・・・・・」
「大丈夫、怖くないよ。」
「・・・・・・」
「さあ、目を開けて…」
「・・・・・・」
彼女はどうやら素直なようだ。私の体温が彼女の手に移っている。
「どう?」
「ええ。何だか大丈夫な気がしてきたわ。ありがとう。私はアリーサ。アリーサ・ウェンブル侯爵令嬢よ。」
おっと。侯爵令嬢だったとは!しまった。身分なんてしらなかったからなあ…。
「失礼いたしました。アリーサ様。私は、エリーズ・アルドロワ伯爵令嬢ですわ。存じ上げなかったとはいえ、申し訳ありませんでした。」
とりあえず謝罪はしておかねばならない。格上の相手の手を取るとか私は馬鹿か。
「まあ、気になさらないで。エリーズ様。私、本当に感謝していますのよ?」
天使だ。天使が居る!何だこの可愛らしい生き物!!
「もったいないお言葉です。」
「先ほどのように話してはくださらないの?私、寂しいです。」
「いいえ、滅相もない!」
「では、エリーズ。私のことはアリーサと呼んで頂戴。仲良くしてね。」
「は、はい」
うふふ。私お友達が出来たわ。なんて、可愛らしく言っていますが、私たちいつの間にか友達扱いですか!!ちょっと、なんて恐ろしい!
というか、侯爵令嬢一人にすんな!!取り巻きはどこ行った!
そう一人でぷりぷりしていると、アリーサ様が寂しそうな声で仰った。
「私、今日初めての外出ですの。だから、あまり仲の良いお友達も居なくて…」
侯爵様が大事にしていると噂のご令嬢だから、女友達といっても厳選しているんだろうなー。なんて考えていたらついぽろっと
「実は私も今日初めて屋敷から出たのです」
なんて、言わなくて良いことまで言ってしまっていた。
「まあ、私たち同じね。」なんて、アリーサ様が笑顔を見せてくれたから、まあいっか。
いい加減待ちくたびれた時にやっと私の番が来た。名前を呼ばれて陛下の前に進み、挨拶をするという簡単なものだ。
しかし、そこに思わずまさかと思ってしまった人物を発見した。
ユリウス・アストランダム王太子殿下。
この国の王太子殿下である彼は、月光を集めたようなシルバーブロンドに、オニキスの瞳を持ち、高い鼻とすっきりした眉、薄い唇を持つ美丈夫だ。
身長も高く、体も鍛えられており、頭も良ければ性格も良いと噂のパーフェクト王子様だ。
どうやら彼は挨拶を終えたご令嬢のダンスの相手を務めるらしく、私が挨拶を終えて去ろうとした瞬間に私の前に手を差し出してきた。
「エリーズ・アルドロワ伯爵令嬢。私の手を取ってください。」
嫌だ。
思わず口から出そうになってしまって、慌てて押えた。唇に手を当てて物理的にである。嫌なんて言ったら、不敬罪だ。
私は意識を集中して、なるべく殿下のことを考えないように努めながら、彼の手に手を乗せた。
広間はデビュタントが踊るためにスペースが空いていて、そこまで連れ出してくれた殿下の合図で演奏がスタートする。
私は殿下のことを意識から抹殺し、踊りだけに集中する。
そして、何とかダンスを終えて礼をし、殿下の手を離して去るつもりだった。
しかし、ぐっと力を入れられて驚きのあまり目を上げたら、そこには獲物を見つけたような楽しそうな笑顔をした殿下の顔があって、私は失敗したことを悟った。こいつ、猫かぶってやがる!!
にんまりとした笑顔に、社交辞令の笑顔をくっつけて何事もなかったかのように去る。今度は手を離してもらえた。
安堵感に足がガクガクしているが、ここで気を抜くわけにはいかない。
広間を出るまでは根性で歩ききってやったわ!!