サイボーグ婦警さん!
場所は日本。
誰も知らない小さな港。
時刻は深夜。
まだ起きている人はいるが、それでも多くは寝静まる。
そこでは、もくもくと船から荷を降ろす男達がいた。
「…っしょっと、あとどのくらいだ?」
「ん?…あぁ、あともう少しだな」
その会話だけを聴けば、ごく普通の労働者なのだが。残念ながらその場所や時間、そして男達の見た目やしぐさが『普通』の運び屋でないことを物語っていた。
「ふぅっ、これで全部か」
「いよし、皆、お疲れさんだ。さっさと片付けて、飲み明かすぞ」
一人のリーダーらしき男が言うと、男達は皆笑みを浮かべ、早く酒にありつこうとより一層張り切りだす。
結果、片付けは思いの外早く終わり、男達は予定通り飲み明かすことにしたのだった。
その会場となった港近くの大きな倉庫。
「しかしまあ、割のいい仕事もあったもんだよなあ。荷物運ぶだけで金がたんまり。しかも武器までむこうで準備してくれるなんてよぉ。ま、その荷物の中身が秘密ってのがちと不気味だが」
「俺達に運ばせてるって時点でヤバいもんなのは確実だがな。ま、触らぬ神になんとやらだ。ここまできて『スポンサー』様を怒らせちゃ、元も子もねぇよ」
「ちげぇねぇ」
そんな会話を続けながらも、彼らも油断していたわけではなかった。現に酒こそ飲んでいるものの騒ぐ様子はなく、見張りも何人かつけている。明らかにそこらのゴロツキとは違っていた。
だからこそ、虚を衝かれた。
油断などなかったのに、奇襲を受けた。
倉庫の扉が弾け飛ぶ。
当然、全員が反射的にそちらを見る。中には銃を手にする者もいた。
だが、そこから現れた人物を見て、一様に固まることとなる。
「ふぃぃ~、意外と重いですねぇ、この扉。……あ、皆さんこんばんは。いい夜ですね!」
そう言ってニコッと笑う、可憐な少女だったのだから。
その場の全員が唖然とし、動けずにいた。中には少女にあわせて「こんばんは」と挨拶をする者までいる始末。
最初に復活したのは、やはりリーダー格の男だった。
「おい、嬢ちゃん。ここが何処だか分かってんのか?遊び場じゃねぇんだ。もう夜も遅い、早く帰んな」
「むぅ、私は嬢ちゃんじゃありません。これでも街を守る婦警さんなんですよっ!今日はあなた方を捕まえに来たんです!」
一瞬、沈黙。
その後、弾けたように笑いが起こる。
少女の見た目は、耳元までの黒髪に茶色の大きな瞳。身に付けている制服と帽子は、確かに警察の物のようだが、童顔かつ身長の低い彼女が着るとどうしても『警察ごっこ』、良くて『コスプレ』である。
下がミニスカートだったことも、その雰囲気に拍車をかけている。
男達の笑いも仕方ないと言えるだろう。
「ははは……まぁいい、百歩譲って、婦警さんだってことは信じてやる。だがな、見た所、あんたは一人みたいだが。それで俺達をどうにかできると思ってんのか?」
「ふふん、どうにかできるんですよねぇ、これが。ちょっと待っててくださいね~……」
そう言いつつ、少女は背負っていたケースらしき物を降ろす。そして「うんしょ」というどこか間の抜けた掛け声とともに『それ』を取り出す。
ガトリングガン。
長大な六本の銃身など、形状はかの有名な『M134ミニガン』に似ているが、いくつも部品が取り付けられているなど明らかな差異もある。
しかし、そんなことは男達にとってはどうだってよかった。問題は、『それ』によりもたらされる被害。その見た目も実力も、ガトリングは人に恐怖を与えるには十分の武器であった。
が、ここでも最初に立ち直ったのは例のリーダー格の男。
「おい、お前ら!ひびんじゃねぇ!よく見ろ!あんなもん、手に持って使える訳ねぇんだ。固定される前に押さえちまえば、何も問題ない!」
リーダーの言葉に、男達は多少冷静さを取り戻す。
そうだ、自分達は何を恐れていたのか。
そんな余裕が場に広がってゆく。
「ざーんねん、不正解です♪」
瞬間、地鳴りのような銃声が、倉庫を支配した。
「全構成員、22人中、21人を制圧完了。あとは貴方だけですよ、リーダーさん?」
それはまだ幼さの残る可愛らしい声だったが、男には死神の囁きに思えて仕方がなかった。
「貴方の知識は正しいですけど、判断が間違ってましたね。まず、女の私だけで銃本体、弾薬、バッテリー。これだけの装備を運んでいた時点で疑うべきでしたし、それより前に扉を打ち破って入ってきた時に「ただの人間じゃない」って考えるべきです。……あ、ちなみに、さっき撃ったのは特殊ゴム製の非殺傷弾ですので、皆さんはたぶん死んでませんよ。安心して下さい」
全く安心できない、と内心で突っ込む。
男が無事だったのはほとんど偶然だった。男のいた場所が倉庫の奥の方だったのと、咄嗟に座っていたソファーを盾にしたことでなんとか生き残ったのだ。
跳弾に当たらなかったことに至っては、奇跡に近い。
撃ち込まれた弾が非殺傷弾とやらでなければ、今ごろは挽き肉になっていただろう。
だが、このまま隠れていてもらちが明かない。
慎重にソファーから這い出す。
「あ、出てきてくれました!どうですか、降参してくださいますか?」
「だ、誰がするかよ……はぁっ、お前、いったい何者だ?」
そう言ったとたん、少女は一瞬キョトンとした顔になると、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「ふ、ふふふ、そうですか、私の名前が知りたいと。ふふ、ならば、答えなければいけませんね。いいでしょう、教えてあげます!私の名は……」
ひたすら楽しそうに笑いながら、少女は左の袖を捲る。
「……サイボーグ婦警さんっ!イザナミです!!」
ビシッとポーズを決めた左腕には、『瞳の色と同じく』、『蒼く光り輝く』「IZANAMI」の文字。
少女―――機械仕掛けの戦女神・イザナミは、満足気に微笑みながら、男を見下ろしていた。
《……おい、イザナミ。何をしている》
「あ、部長」
と、不意にイザナミに通信が入る。
もちろん男には聞こえていないが。
「何って、名乗りですけど」
《ですけど、じゃない。敵の前であんなでかい隙を見せた上、自らの情報を与える馬鹿が何処ににる》
「んもう、相変わらず部長は分かってません」
ただ、こんなあからさまな隙を逃さないほどには、男は落ち着きを取り戻していた。
《分からなくていい。さっさとやつを捕縛しろ》
「はいはい、分かりまし「死ねえええぇぇえ!!!」
叫びと共に撃ったのは、ロケットランチャー。ソファーに隠れていた時から隠し持っていた物だ。
再びソファーに身を隠す。
爆発。
熱と轟音がソファー越しにも伝わってくる。がらがらと、壁か天井が崩れる音も聞こえる。
本当は室内で使いたくなかったが、これであの少女がいかに化け物だろうと木っ端微塵だろう。
確信をもって再び這い出る。
「もー!いきなり何するんですか!制服ちょっと汚れちゃいましたよ!…あぁっ!銃も壊れてる!作ってもらったばかりなのにぃ!」
絶句した。
木っ端微塵どころか、服にすらダメージを与えられていない。
あれの直撃を受けて、ちょっと汚れただけ?
訳が分からない。
《……イザナミ、無事……の、ようだな》
「無事じゃないですぅー!」
流石の男も、混乱の極みに陥っていた。
何なのだ、あの少女は。本当に神だとでも言うのか。そもそも、なぜ自分達があんな化け物に襲われている?
「……わかんないって顔してますねぇ。私の皮膚はですね、えぇと、衝撃硬化式軟装甲、でしたっけ?…とにかく、衝撃を受けるとすっごい硬くなるんです」
《イザナミ……敵に情報を与えるなと、さっき言ったばかりだろう》
「もぉっ、ホントに部長は頭カチカチですねっ。彼女できませんよ!」
《はぁ……もういい、早く捕縛しろ》
「了解です!」
その言葉と同時に、イザナミの掌から白い糸のような物が飛び出し、男に巻き付く。
「うわぁっ!くそっ何だよっこれ!」
「新開発の超細強化ワイヤーです。そうですねぇ、ゾウさんを5頭くらい持ち上げる力があれば、引きちぎれますよ」
「……っ、ちくしょう…!」
《任務終了だ。イザナミ、帰還しろ》
「了解です……っ!」
瞬時にしゃがみこむ。
ほぼ同時に、一瞬前までイザナミの頭があった場所を何かが通過し、コンクリートの地面を砕く。
狙撃だと理解する前に腿のホルスターから拳銃を引き抜き、ロックオン。
明らかに拳銃弾の射程距離外だったが、銃口から飛び出したのは鉛ではなく光。一筋の光線が、確かに標的に突き刺さった。
《イザナミっ!》
「大丈夫です。分かってます。武器を破壊しましたが、逃げられました」
《ああ、こちらでも捕捉した。こっちはまかせろ、追え!》
「了解です!」
明らかに人間には不可能な速度で跳躍し、謎のスナイパーを追う。
ビルからビルへ飛び移る。
相手も、かなりのスピードで移動している。
(……なんてスピード、最悪逃げきられちゃうかもですね……!何か特殊な装備か、それとも……)
《……イザナミ、聞こえるか?》
「はいっ!」
《このままでは逃げられる可能性がある。『カグツチ』を射出する、そのまま真っ直ぐ移動しろ》
「ってことは、空中換装ですか?!やったー!久しぶりです!」
《射出》
「あぁっ、ついに無視ですか!」
イザナミから少し離れた場所、深夜の道路上を巨大なトレーラーが走行していた。その屋根から、太い砲身のような物がせり上がってくる。そして、イザナミに向けてコンテナが射出された。
ちょうど人が一人入れる程度の大きさのそれは、自身に付けられたブースターにより加速する。そしてイザナミの真上を通り過ぎたあたりで二つに割れ、その中身を吐き出した。それに合わせてイザナミも大きく跳躍。縦に回転しながら滞空中に両脚に装着。そのまま空中でひねりを加え、両足と片手を付いて着地する。
「『カグツチ』、装着完了です!」
《…だから、余計な動きを加えるなと言っただろうが!!》
「何言ってるんですか部長!こういう事こそかっこよくやらないと!」
《あぁもう分かった、分かったから早く追いかけてくれ!》
「了解、ですっ!」
脚部に装着された追加装備、『カグツチ』から爆炎が吹き出す。炎が立っていた場所を焦がし、爆発的な加速を産む。イザナミはさらに空中と跳躍に合わせて加速し、それまでの倍近いスピードで目標に迫る。
そしてついに、一つのビルの屋上に追い詰めた。
「さぁ、もう逃げられませんよ!」
火花を散らしながら強引に減速し、敵の前に立ち塞がる。
相手も観念したようで、その場で足を止める。
厚手のコートに大きな帽子を目深に被り、男か女かも分からない。
だが、イザナミの高度なセンサーシステムは相手の正体を確かに見抜いていた。
――それが人ですらないことを。
「……やっぱり」
イザナミがさらに言葉をかけようとすると、それを遮るかのように、突然自らの服を破りだした。顕になった胸元から見えるのは肉ではなく、黒い銃口。
それに驚く間もなく、放たれたレーザーがイザナミを襲った。
《イザナミっ、おい!イザナミ!無事か!?》
すぐに通信が入る。
システムチェック。胸部ダメージ3.07%。他、異常無し。
「あいたたたぁ~……ふぅ、いきなりレーザーとかずるいですよぉ」
《おい、無事なのか?》
「あ、はい。若干のダメージはありますが、ほぼ無傷、オールグリーンで………っ!!」
突然、イザナミが顔を紅くしてしゃがみこむ。
《おい、どうした!?本当に大丈夫なのか!?》
「……訂正です」
《は?》
確かにその肌にはほとんど傷は無かったが。
制服の胸には大きな穴が空き、身長の割にははっきりと自己主張する谷間が覗いていた。
「乙女のハートに傷がつきました……!」
《…………》
「部長っ!」
《はぁ……分かった、どうせしたっぱのロボット兵だろう。目標の消去許可する。……思い切りやってやれ》
「了解です!」
炎を吹き出し加速、そのまま高熱の炎と蹴りを放つ。
かわされる。
しかし予測済み。
炎が一瞬視界を奪い、熱が温度系センサーを無効化する。
ようやくその姿を捕捉した時には、既に手遅れ。
「必・殺!バーニングハートキイイィック!」
上空から襲いかかる爆炎。
それが、名も無いロボット兵が、最後に記録した映像だった。
「…ふぅっ。消去完了です、お疲れ様でした!」
《何がお疲れ様だ。思い切りやれとは言ったが、もう少し周囲への被害も考えろ!》
「何言ってるんですか部長、やっぱり決め技はキックでないと!」
《……早く帰還しろ》
《まあまあ大和君、女性の趣味を理解してあげるのも、良い男の条件だよ》
《余計なお世話です、博士。それに貴女もアイツも、まともな女性の趣味してないでしょう》
《ふふっ……ああ、イザナミ君、お疲れ様。今日は美味しい和菓子を用意しておいたから、早く帰っておいで》
「ホントですか?!やったー!さすが博士!大好き!」
これは少し未来の話。
無数のIF により枝分かれした、その一つ。
人知れず悪と闘う、小さな女神の話。
読んで頂き、ありがとうございます。
この小説は素人の作者が練習のために書いた物ですので、色々と見苦しい点もあったと思います。
ですので、それを踏まえて感想や指摘、アドバイス等を頂ければ、とても嬉しいです。
以下、本編にも使われなかった無駄な設定集
●イザナミ/石坂 七美(いしざか ななみ)
主人公。
普段は都内某所の交番に勤務するお巡りさん。その正体は人知れず悪と闘うサイボーグ。
ひょんなことで命を落とし、博士に改造される。
かなりのハイスペックだが、本人はあまり分かってない。
低身長、童顔だが胸はけっこうある。
主人公なのに本名呼ばれなかった。
●部長/大和 武人(やまと たけひと)
イザナミの上司。
けどやっていることは保護者。
黒髪、長身のイケメンだが、真面目過ぎる性格のせいで今まで彼女なし。
主要キャラなのに声だけだった。
●博士
イザナミを改造した人。
なんかもう色々と謎な女性。年齢も謎。本名すら謎。
常に白衣の大人な女性。イザナミの使う装備もこの人が作っている。その技術力がどこからくるのかも謎。
なぜ主要キャラなのに最後に声がちょっと出ただけなのかも、謎。
●運び屋の皆さん
モブ。