第7話 新たな異世界
凄い勢いで吸い込まれ、もみくちゃにされた今、どちらが上か下かも分からない。ただ確実に移動している。
だが風が唐突にやんだ。
気が付けばさっきまでオレを包んでいた霧も辺にはない、そこは――そこは空中でした。
グイッと重力に引っ張られ、頭から自由落下を始めた。
「ウアーアアァァァァァァァァ!」
怖い怖い怖い。それに目が乾く。このまま落ちたら――――。何か手はないか――、あっムリだ。もう地面っ!
ズドン! ズン! ザシュ。
「……っ! ペッ、ペペペ! オレ生きてる! ……いや、良く生きてたな」
砂を吐き出しながら辺りを見回すと、オレの目の前にはジタバタと砂に、胴体の半分まで突き刺さってもがいてるブーくんと、同じく突き刺さってるが、一切もがいていないコッコさんの姿があった。
ブーくんの方が苦しそうだったので、先に救出する事にする。脇の下? にあたる部分に手を入れ――。
入れようとして、ブーくんの脇の下? に触れた瞬間に、くすぐったかったのか地表に出ているお尻としっぽがのたうちまわり出した。
くぐもった、ブッ! ブッ! と言う笑い声? も聞こえる。
こんな時にも笑ってるのかと思うといたずら心が芽生えてきて、ブーくんをツン、ツンと優しく突っつく。
こりゃたまらん! と、より一層のたうちまわった結果、自力で砂の中から脱出成功。ゴロンと横になって荒い息をしている。
んん? なんか忘れてるような……。そう思って辺りを見ると、砂に突き刺さったまま、しんなりと萎れているコッコさんの姿があった。
「すまん、コッコさん! 大丈夫か!」
慌てて砂を掘り返すと、ぐったりとしながらも息をしているコッコさんが弱々しく、コケ、と鳴いた。
危なかった、旅が始まってすぐ相棒を一人失う所だった。
しばらく、砂の上に横になって休憩してる時に、復活したコッコさんの身振り手振りトサカ振り教えてくれたのは多分だが、ジグじぃとベルの事らしい。
というのも、この急な旅立ちは、明後日にジグじぃとベルがヤマットンのハッコネに二人っきりで温泉旅行に行きたかったかららしい。
オレたちに留守番させとくって選択肢はなかったんかいっ! といつか会えた時に聞いてやりたい。牛のウンチを顔に擦り付けながらな!
覚えてろよー!
オレはそう、水平線の向こうへ向かって叫んだ。
そう、ここは、海。
落下して突き刺さっていたのは海岸。
硬い地面に頭からでなくて良かったと安堵したが。
サンタになった今のオレなら案外平気なのかな?
試す気は無いが……。
○ ○ ○ ○
「異世界への旅立ちは森の中って相場が決まってんじゃないのかい」
誰も答えてくれない。
そりゃそうだ。オレ意外に言葉を喋れる存在が居ない。
いや、ブーくんとコッコさんは、ブヒブヒ、コケコケ会話してるけど、それを聞いてもなんの会話なのかオレには理解できない。
理解出来ないながらも、わかったふりをして頷いてる状態だ。この状態は良くないな。英語が分からない日本人が海外でイエスだけでなんとか会話をくぐり抜けるのと同じだ。
とんでもない質問に笑顔でイエスと答えてしまって、取り返しがつかない状態になる前になんとかしたい所。
二人が身振り手振り、トサカ、果てはくるりんと丸まったしっぽまで使って説明してくれるのを見て理解できるのが良くて三割かな。約半年も一緒に暮らしていてこれだからな……。ふぅ。
結局は慣れか。
○ ○ ○ ○
しかし、海岸か……森の中なら果物とか食べられる物を期待出来るんだけどな。かなり遠くに山が見えるけど、そこまでは草原だし……。
波打ち際には、どこからか流れ着いた流木とクラゲ? の様な色が黄緑色のプルプルしたのがあった。
ブーくんは早速近寄って、鼻をブヒブヒ言わせてたけど、ブッ! っと一鳴きして、プイッと顔を背けた。
これは食べられる物ではないらしい。
興味がなくなったブーくんは、辺の砂浜のニオイを嗅ぎまわっている。
コッコさんはと言うと、砂浜をツンツンとつついて何かを食べてた。
何を食べてるのか分からないが……。
その姿を見て、地球の鳩を思い出した。何もない様に見える地面を啄んでる鳩たち。
人には見えない何かをコッコさんも食べてるんだろうな。
いや、この海岸では、砕けた貝殻とかもあるからそれかもしれないな、じゃあアスファルトを啄む鳩は何を……? アスファルト?
どうでもいい考えを巡らしていると、ブーくんが、ブー! と一鳴き。慌てて振り返ると何かをムシャムシャ貪り食ってた。
オレも慌てて近寄って、ブーくんオレにも頂戴! と言うと、ブーくんは、しぶしぶとそれを鼻先で押して差し出してきた。
それは、ブーくんが粗方食い散らかした残り。何かの作物の葉の部分だった。
いや、これ出されても……。見た目は大根の葉っぱの様にも見えるけど、大根は海岸では育たないんじゃないかな、塩とかの影響とかあるだろうし。
葉っぱについて考えを巡らせている間も、ブーくんは羨ましそうに葉っぱを眺めていた。
ブーくんの視線に耐えられなくなったのでオレは、葉の先を少しだけもらって残りは二人にあげた。
葉っぱを食べた感じは、やはり大根の葉っぱに似てると思う。場所柄か、かなり塩味も効いてるし、漬物っぽいな。でもこれ食べ過ぎると喉が渇くだろうし、水を確保出来るまで控えといた方が良いかも。
オレの心配を余所に、手当たり次第に大根を食い散らかすブーくん。
「ブーくん、そんなに塩分高い食べ物食べてたらえらいことになるよ。昔どこかの海で遭難した人が喉が渇いて海の水を飲んでしまってえらい事になったって……言ってたような」
うろ覚え過ぎて尻すぼみになってしまった。でも、死んじゃったり、内臓に大ダメージ! とかだった様な気がするんだけど勉強嫌いだったツケがここに来て発揮されるとはな!
注意はしたものの、食いしん坊のブーくんは食べられる物があるのに、ほったらかしにしておくのが体質的に無理らしく、うんうん、わかったわかったとでも言う様に、ブッと返事をしつつも食べ続けている。
全然わかってないな、やれやれとため息が出たが、好きな様にさせておく。オレも非常食用に大根を掘り起こして背負袋に収納した。
初めて収納した食べ物が、自生している漬物大根だとはね、いや、今勝手に命名したんだけどさ。
こんな事なら、ジグじぃの家の食料を無理やり、根こそぎ奪って来るんだったと今更ながら悔しく思った。そんな時間は無かったんだけどね。
漬物大根を十本程収納した頃、辺にはもう、食べれそうな物は何一つ残ってなかった。
そうだ、ブーくんが食い荒らしたのだ。
お腹が膨れて人心地、いや豚心地ついたブーくんは、ニコニコとオレの方を見てくるがオレは今後、ブーくんの食料問題が付いて回るこの旅の行先を案じて、再度のため息と共に空を見上げた。
綺麗な青空だ。夏の空みたいだな。
「ん? なんだアレ」
空を見上げたオレの目に写った茶色い何か。それがどんどんこちらに近づいてくる。
鳥だ、飛行機だ! いや、スーパー――――引くぐらいデカイ怪鳥だ。
このままじゃあ、ぶつかる。でも、怪鳥から目が離せない。
そんな時、いきなり服の襟首を引っ張られて転がる様にして、その場から移動した。
そして次の瞬間、大きな衝突音と共に、海岸の砂が巻き上がった。
一体何がどうなったんだ? うつ伏せのまま少し顔を上げると、オレを覗き込んでいるコッコさんの顔があった。
コッコさんが手を、いや嘴を貸してくれたらしい。
「助けてくれてありがとう、コッコさん。あのままだったらオレぺちゃんこに、いや、そんな可愛らしい物じゃなくて、グッチャグチャのミンチになってたよ。ハッ! そういえばブーくんは!?」
そうコッコさんに訪ねた時だった。
ブヒーンと悲痛な鳴き声が聞こえてきた。
どこだ!? 辺りを必死に見回したが。巻き上がった砂のせいでブーくんの姿は見つからない。
オレは焦るがどうする事も出来ない。もう一度ブーくんの鳴き声が聞こえてきた時、砂が晴れて状況が明らかになった。
海岸に立つ怪鳥は、その鋭い足の爪でブーくんをガッシリと掴んで、必死に逃げ出そうとするブーくんを離さない。
ブーくんを餌にする気か!
なんとか助けようと駆け寄ろうとした時、怪鳥が大きく翼を広げた。
おいおい、このまま飛び立とうってのか。
羽をはばたかせ、ふわりと浮き上がる怪鳥の体を見て咄嗟に、させるか! と叫んでブーくんが捕まってる足にオレも取り付いた。
でも、格好良く叫んだもののオレの事などお構いなしで、ぐんぐん空へ上昇していく怪鳥。
足にしがみついている事しか出来ないオレと、めそめそ泣いているブーくん。
コッコさんは!? 足には捕まってない。ならどこに?
後ろを振り返ってみると、少し後ろにこちらに向かって空を飛び、追いかけてきているコッコさんの姿が目に入った。鶏皇種のニワトリって飛べるんだ……。
オレたちに追いついて、オレの頭の上に着地したコッコさん。まるで、失礼しますとでも言う様に、着地の瞬間コケッと鳴いた。
やれやれ、とんでもない事になったな。
ここに来てから、やけにため息の頻度が増えたなと実感しながら、これからの事を考える。
一応は、皆無事だ。今の所は、だが。
こんなに空高く舞い上がられては、飛び降りる訳にも行かないし、そもそも、ブーくんが囚われの身だ。
二つの問題に直面して、そのどちらも簡単に解決する事が出来ない。
このまま、時間が経てばこの怪鳥は巣に帰るだろう。巣に降りてさえくれれば足場が増えるから取れる手段も増えるが、そこまで行ってしまうとブーくんが餌まっしぐらだ。
怪鳥は巣についてみて、いつの間にか餌が三つに増えてる事に喜ぶかもしれないがこっちは全然喜べない。
ブーくんは相変わらず、めそめそ泣いていて役に立たないので、コッコさんと作戦会議を行う。
が――――うん、何言ってるのかわからん。
オレは振り落とされない様に必死に両手で怪鳥の足にしがみついているし、コッコさんはオレの頭の上だ。
つまり、姿が全然見えないので、ジェスチャーが見えないのだ。
いや、こんな振り落とされそうな状態でジェスチャーしてんのかはわからんが……。
○ ○ ○ ○
あれから二時間は経った。
たまに気流の関係か、ぐらりと怪鳥の姿勢が揺れる事がある。
その度にオレは、ひやりとしながらも両手に力を込める。コッコさんも同様だ。
――――そう、両足に力を込めるのだ。
力を込めた先の爪が握るのはオレの頭――頭皮だ。
ガッシリ食い込んでる。いやこれ、これ絶対血が出てるって! むっちゃ痛いもん。
でも、力を緩めてくれとは言い辛い。それが原因で振り落とされたらね……。いや、コッコさんは落ちても飛べるから命に関わる事にはならないだろうけどさ。
さて、怪鳥と対面してパニックになってた時から時間も経って大分落ち着いたので、そろそろこの状況から脱出したいと思う。
「コッコさん聞こえてる?」
「コケッ!」
「これから、この状況を脱出する作戦を伝えるからそれを何が何でも実行してくれ、悪いけど顔が見えないから拒否も質問も受け付けれない、でも頼む」
「コケッコー!」
元気の良い返事を聞いて、おっ、ニワトリっぽいなとか当たり前な事を考えながら、これなら大丈夫そうだと思いコッコさんに計画を伝えた。その間、ブーくんはめそめそ泣いて――いや、今見たら寝てた。パニックにを通り越してリラックスしちゃったんだろうか。
さぁ、準備は整った。
「いくぞコッコさん!」
「コケーッ!」
二人で気合を入れて作戦開始。
コッコさんがオレの頭の上から後ろに飛び立ち距離を取る。
暫く後ろを飛んでいたが、そこから勢いをつけてブーくんが捕まってる足に突撃。鋭い嘴で何度も切りつける。
いいぞやれやれ! と、のんきに応援していたが段々とコッコさんのスピードが速くなって来て、動きも縦横無尽に飛びまわり、いい加減オレの目で追えなくなって来た。コッコさんすげぇな……。
怪鳥にも攻撃が効いてる様で、先程から体を大きく揺らしてオレを振り落とそうとしてくるので、こちらも必死になってしがみつく。
攻撃を受けた怪鳥の足の肉が徐々に抉り取られ、傷が深くなって来た。うーんグロイ。
しかし、未だしっかりとブーくんを掴んで離さない。
そろそろ作戦の第二段階を実行しよう。コッコさんに向かって大声で叫び、攻撃中止と少し離れた場所での待機を伝えた。
「よし、とどめといきますか。これでも喰らえ!」
オレは背負い袋から漬物大根を取り出して、怪鳥の肉の抉れた足に擦り付けた。そう、何度も何度も大根をおろしがねで擦りおろす様に、ゴシゴシと擦り付けた。
そのとたん、怪鳥が咆哮をあげた。
そして――――ブーくんが投げ出された。
「ブゥウーーーーーーーー」
ブーくんは悲鳴とも非難ともつかない鳴き声をあげている。
「傷口に塩、うひー考えたくない!」
自分の身に降りかかって来たらと思うとゾッとすると、オレは体をブルリと震わせた。
「コケー!」
コッコさんの鳴き声で、ブーくんが地面へ向かって自由落下してるのを思い出す。
「コッコさん!」
いつの間にか隣を飛んでいたコッコさんをオレは抱え込むと勢い良く体を空へと投げ出した。
「あーあっああああああああああー」
つま先からブーくんに向けて恐ろしいスピードで落下しながら、ターザンの様な叫び声をあげるオレへと、済ました顔したコッコさん。
耳元で風を切る音がうるさい。
今、オレ傍から見たらミサイルみたいに見えてんのかな。そんなどうでも良い事を考えてるとキュンキュンと聞いたことのない鳴き声を上げているブーくんに追いついた。よしよし、怖かったな。
これでやっと三人が揃う事が出来たが、問題は着地だ。それが上手くいかないと、やっと揃った三人もすぐにお別れ、死後の世界でまた再会。……いや今そっちの世界での再会は望んでない。なので――
「よっしゃ! いくぞ! 三人揃って、超ミラクル全手動合体!」
うぃーんがしゃん、うぃーんがしゃんと口で喋りながら、さっとブーくんを両足で挟み込み、両手でコッコさんの足に掴まる。無事合体を成功する事が出来た。
後は、これでなんとか着地してくれ! してくれないと困る! 頼む!
その叫びに答えるかの様に、両手で三人分の体重を支え徐々に高度を落としていくコッコさん。よっ! 流石かっこいいぞ!
そう言えばと、頭上を見上げると巨大な怪鳥はオレ達の事を諦めた様で飛び去っていく所だった。
あの怪鳥やけにあっさり諦めたな、オレだったら怒りと共に追撃を仕掛けるところだけど……ま、いっか助かったんだし。ありがたやありがたや。
無事に、ふわりと地面に着地したオレ達は、やれやれと座り込んだ。
頑張りすぎて荒い息を吐くコッコさんと、涎を垂らして寝ていたブーくん。
うそーん。さっきまでキュンキュン可愛い声で鳴いてたのに、寝とるー。
まぁいいや、今は何もする気が起きない。頑張ってくれたコッコさんに、ありがとうコッコさん。かっこよかったよ。と告げるとコッコさんは、荒い口呼吸を無理やり押さえ込み、荒い鼻息に変えて――敬礼した。
荒い口呼吸は失礼になると思ったようだ。まぁ荒い鼻息もどうかとは思うけど、そもそもそれをオレは気にしてない。
その場でしばらく休憩して、怪鳥から落下してる時にチラリと見えた街の方角へと移動を開始する準備をする。
そんな訳で、オレはいそいそとブーくんの背中に跨る、コッコさんはオレの右肩へ。ブーくんは、えっ、この人何してんの? って目で見てくるが、気にしない。
オレは当たり前の様に、背負袋から新しい漬物大根を取り出して、休憩の時に拾っておいた木の枝にぶっ刺して、ブーくんに見える様に突き出した。
当然、漬物大根に気づくブーくん。ブヒー! と鳴いて目の前に突き出された漬物大根を追いかけだした。
食べれそうで食べれない、追いつけそうで追いつけない。でも、必死だから気がつかないブーくん。
ブーくんの乗り心地はまぁまぁって所かな、お尻への衝撃はブーくんの分厚い脂肪で吸収されるから馬車よりはマシだと思うけど、かなり揺れる、三時間ぐらいこれで頑張ってたら街に辿り着いた。