第6話 ジグじぃの都合 ハッコネ
二人の相棒が来てから今日で約半年。
ジグじぃが大事な話があると言うので皆で席に着いている。
一体なんの話なんだろな。
「よしよし、皆集まったな。大事な話と言うのはジンについてじゃ」
「えっ、オレ?」
「ブッ?」
理解できなくて首を傾げるオレのマネをして首を傾げるブーくん。コッコさんはジグじぃから視線を外さない。
「そうじゃジン、お主が一人前のサンタクロースになる為の最後の仕上げに修行の旅に出てもらう!」
おぉ、そうきたか……。いつかは旅に出る事になるかもと思ってはいたが、後二、三年は猶予があると思ってたけど案外早かったな。
「いきなりだな。出発はいつになる?」
「説明が終わり次第じゃ」
「終わり次第!? また急だな、何にも準備してないんだけど……」
「明後日からワシはハッコネに――うおっほん! ジンも今なら、自分の身は自分で守れるだろうし、平気じゃろ。後、旅立つにあたって渡す物と秘伝を教える」
「なんか今言いかけたな……、まぁいいけど。貰える物なら貰うさ、ん? 秘伝って?」
「まず、やるのはこの赤い帽子と背負袋じゃ」
「おっ、サンタクロースぽい帽子だな」
「いかにも! この帽子はサンタクロースの標準装備じゃ常に身に着けておけ。帰還機能があるから無くす事はないがの。後、いざとなれば護身用の武器として、帽子の先のポンポンが役に立ってくれるはずじゃ」
「えっ? この肌触りが良くてふわふわのポンポンが?」
「そうじゃ、まぁそれはその時になったらわかるじゃろ。それで、こっちが背負袋じゃ、これは一人一つが原則じゃ」
「その時になってからじゃあ遅いと思うんだけどな……」
そう言いながら受け取った背負袋は、ジグじぃの白壁と同じ最高の肌触りだった。袋を撫で回しているとジグじぃが袋の説明をし始めた。
「この背負袋には、素晴らしい機能が付いておるんじゃ。まず……」
ジグじぃの話は長いのでオレが纏めたのがこれだ。
一、この背負袋に収納限界はない。いくらでも何でも入れる事が出来るらしい。
二、この背負袋に収納されている間、時間の経過はない。いつまで経っても新鮮って事だな。
三、この背負袋から物を出し入れ出来るのは、持ち主であるオレだけ。他人が見ても中身は空っぽだ。
四、この背負袋がオレから三メートル以上離れると、オレの背中に勝手に戻ってくる。無くさないよ。
五、この背負袋もいざとなれば武器になる。どんな武器になるかは、いざという時にれば分かるらしい。これもか……、なんか不安だ。
他にもあるけど、後は自分で見つけてみよ、だってさ。
「最後にサンタクロースの秘伝を渡すかのぅ」
そう言った、ジグじぃの右腕が光り出し、手のひらの上には光る球体が乗っかっていた。そして、それをオレの胸へと押し込んだ。
いきなりジグじぃ、何すんだと思ったが体がじんわりと暖かくなった。
「よし、これで良いじゃろう、これでサンタクロース秘伝の変身が使えるようになったはずじゃ」
え? 変身?
「サンタクロースの秘伝の変身を行うとな、身体能力が爆発的に強化されるんじゃ。元は、世界中へプレゼントを配達する時の補助と考えてワシが作ったんじゃが、オフの日に出掛けたバカンスで盗賊と山賊と海賊の団体に襲われた時に恩恵に気づいてな。変身中は何しろ強くなる。余裕で撃退出来たんじゃ。じゃからいざとなったらさっさと変身するんじゃぞ。でものぅジン、この力に溺れる事の無い様にのぅ」
「盗賊と山賊までは許すとして海賊は許せんな、組合せ的に……。わかったよ、ジグじぃ。でも、これがあるなら体術の特訓とか必要なかったんじゃないの?」
「いやいや、自力はあって困るもんじゃない、咄嗟の時にこの意味がわかるはずじゃ。それでこの変身じゃがな、使えば文字通り変身してしまうんじゃ。そう、プレゼントを配達している時の姿、全身真っ赤なスタイルにの」
「全身真っ赤か……目立つな。どうしても真っ赤になるのは避けられないのか?」
「うーん本当は教えるつもりはなかったんじゃが、おまけじゃ。この変身能力には応用が効く、変身する時に、変身したい人物と服装を想像して変身すれば想像した通りに変身する事が出来るんじゃ。試しにワシの事を想像しながら変身と唱えてみるのじゃ」
おぃおぃ、そんな事出来るのかよ、と思いつつ試してみる。「変身」と小さく呟いた。
「うむ、ちゃんと変身出来ておる。悪用せんようにな」
「生活習慣病体型の二人がこうして立ち並ぶとなんとも言えないわね、やっぱり晩御飯は豆が良いかしら?」
それを聞いたジグじぃが半泣きになっているが、オレは今日旅立つ身、関係ないので聞こえなかったふりをしとく。
それよりも、変身の時に光ったりとかしてないのにもう変身出来たのかと、自分の手を見てみると確かにジグじぃのふっくらした手になっていた。
というか、お腹が出っ張りすぎてて足元が見えない……。
何も考えずに変身と唱えるとオレの姿のままでサンタクロースの赤い服を身にまとい身体能力の爆発的な向上、応用で変身したい人物の姿と想像した服装に変身でき身体能力も向上してると。
「なるほど、こんな風に顔が違えば変身した後の顔は覚えられても素顔を見られることはないんだな。仮の姿なら見られても平気か」
「いや、やっぱり面倒事は増えると思うのぅ。ジンのスキルなんかがバレたら、偉ぶったアホタレ共がわんさか押し押せてくるハズじゃ。ちなみに、変身したらその人の重量と声になるんじゃ。後、記憶の共有は出来んぞ」
そして、餞別だ、と言って渡されたのは、フォレストローズの恵を加工した木札、数枚だった。何かの役に立つだろうと言われて受け取ったが、この世界でこれだけの量のフォレストローズの恵を売却したら、一生遊んで暮らせるなと思った。
旅立って早速これを売れば、金銭面での不安はないなと安心した。
ホッと息を吐いたオレを見てジグじぃは、うむっと頷き立ち上がった。そして暖炉の横に付いていた灯りの装飾をグイっと引っ張った。
すると、壁の裏から何かが噛み合わさるような音が聞こえて、暖炉が上に、せり上がりだした。その先には……靄が立ち込めている。
「え? 何そのカラク――」
「説明が終わったから今から旅立ってもらう。後ついでに言っておくけど、これからジンが旅するのは、この世界とは違う異世界じゃサンタクロースなぞおらん。異世界転生して、その世界からまた異世界にいくなんてシャレオツじゃのぅ~、しびれる~。ちなみにこれから行く世界ではフォレストローズは魔力の詰まったただの木じゃ、加工すれば役に立つじゃろうが売っても金に困らない生活が出来るほどのお金は手に入らぬじゃろう。ならば加工して身に着ける方が良いと思うがのぅ。まぁスキルもあるし相棒たちもおる、お金は無いがその辺自分たちでなんとかせいっ」
いきなりせり上がった暖炉のカラクリについて質問しようとしたら、怒涛の早口で自分の伝えたい事だけを伝え始めたジグじぃ。重要な話の様な気がしたので、その話を聞き漏らすまいと耳を傾けていると、暖炉の後ろにあった靄の空間が物凄い勢いで風を吸い込み始めた。
そして、オレはいつか感じたような浮遊感を感じた。
オレの両足は既に床に着いていない。咄嗟に伸ばした手が宙をかく。
目の端に、ブーくんとコッコさんも吸い込まれそうになってるのが見えた。一番暖炉に近かったジグじぃはというと、いつのまにか変身して身体能力を向上させた上で、吸い込まれない様に装飾にしがみついていて、ジグじぃのはためく赤い帽子は、いつの間にか赤い衣装を身に着けたベルが押さえていた。こいつらグルか!
この野郎! と思ったがなすすべなく、オレとブーくんとコッコさんは靄の中に吸い込まれていった。
最後にジグじぃの「いってらっしゃ~い、れっつえんじょぉ~い」と言う見送りの言葉がオレをイラッとさせた。