第3話 あっという間
「ふぅ、これで良いかな」
オレは、薪を一纏めにして、一息ついた。
今オレのいる場所は雪がしんしんと降っている雪山の山頂付近だが、山の麓には雪は積もってない森があり、さらにその遥か先には白い壁があった。
その白壁を眺めながら、物思いにふける。
五平の湯の煙突から落ちて気がついたら、ふくよかな体格のおじいさんと中型犬程度の大きさのトナカイに育てられていた。
地球に居た頃の記憶は物心が付いた頃に思い出した。
10歳になった時に思い切って前世の話をした所、あっさりと知っておったよと返され拍子抜けした。
が、地球の話は二人の興味を引いたらしく色んな事を根掘り葉掘り聞かれたが、質問に答えつつ、オレも今まで聞けなかったこの国の事なんかを質問していった。
そして、そこで初めてこのおじいさんがサンタクロースだと言う事を聞かされた。それまでは、ただのふくよかなおじいさんだと思ってた。
おじいさんの名前は、ジグルベール=サンタクロース。
この世界のサンタクロースらしい。
とてもじゃないがそうは見えないと心の中で思っていたら、大きなハンドベルが高速で飛んできた。
「今何を考えておったのかのぅ」
いやいやいやいや、何も考えてないよと、顔の前で高速で手を振って否定しておいた。
このおじいさんことジグじぃは感が鋭いから気をつけないとな……。
トナカイの方は、ベル=レインディア。
うん、わかり易い。
そして、このトナカイは赤鼻だ。
うん、わかり易い。
ベルは、人型にも変身が出来て、ジグじぃと一緒に家事や洗濯などを担当してる。好物は草だ。
今まで、この二人? の事に気が付けなかったのは、普段はなんの変哲もないおじいさんと言葉を喋るトナカイだったからだ。
まぁ、喋るトナカイが一般的なのかどうかは知らないが、家事の時に火の魔法を見た時点でここは地球じゃないなと気がついて、そういう事もあるかもなと自己完結していた。
魔法があるとわかって無茶苦茶テンションが上がったが、オレには魔力がないから魔法は使えないと言われて、上がった分、物凄い勢いでテンションが下がった……。
やはり、元異世界人だった事が影響しているみたい。記憶も残ってるしさ。しゅん。
最後に、今更だけど、オレの新しい名前はジン=サンタクロースってんだ。
ジンって言うのが地球の時と同じなんだよ!
親しみ沸くわぁ。
ちなみにこっちでも、ジンって付けられたのは意味があって、ジンって風って意味があるらしいんだ。サンタと風は相性が良いみたいでさ、まっ、魔法は使えないんだけどね。
じゃあジグじぃから聞いたこの国の事を説明するよ。
この国の名前はフォレストローズ。
この名前からして、この国も緑豊かっぽい感じがするけど、今この国は自国の森林を伐採し過ぎた煽りを受けて今までも高かった木の価値が更に爆発的に上がっている。
この国の木は他国の木とは訳が違う。
自国の木はフォレストローズの恵と言われ、物凄く頑丈で、木自体が魔力を大量に含んでいて、これを使って作られた武具や防具は最高級の性能と目ん玉が飛び出るぐらいの金額がするらしい。
だからこの国では、欲にまみれたアホタレ共がどんどん木を伐採して加工して売りに出し。その収益でホクホクしてたらしいけど木は有限だ。
無計画に伐採し過ぎて、今では程んど残っていない。
程んどと言うことはわずかには残っている、わずかの内の更に少数はこの国の博物館の中に、「これがフォレストローズの恵です」と展示されてるらしい。
それをガラスに張り付いて見学すると言う訳だ。
そして、後の残りは。
ジグじぃの家の庭にある。
先ほど眺めていた森がフォレストローズの恵だ。
ここの木は切られる事はない。
何故なら、森と国との境界を巨大な白壁が被っているからだ。
この白壁は、ジグじぃの白い背負袋のお古を巨大化させたものだったりする。
そんな白壁に、週一のペースで国から軍隊がやって来て、ここを明け渡せと、やんややんや叫び、白壁に向かって攻撃を仕掛けてきてるみたいだけど、ジグじぃの白い背負袋がその程度で傷つくはずがない。
最高の肌触りの白い綺麗な壁は如何なる攻撃も跳ね返す。
自分が放った魔法が、自分に跳ね返ってきてボロボロになっていく軍人たち。
いや、彼らはかなり昔に自分たちは無駄な事をやっていると気づいている。
気がついてないのは、軍の上層部や国のお偉方、所謂アホタレ共だけだ。
だから今日もこんなにボロボロになって、いかにも仕事をしました風の外見になった所で軍人たちは白壁に攻撃するのを止める。
そして、皆して白壁を撫でて、頬ずりしてから帰って行く。
白壁のファンは多い。
だが、白壁を撫でる為に軍人が列になって順番待ちをしている光景はシュールだ。
オレからしたら、アイドルの握手会の列に並んでいる様に見えた。いや、行った事はないが……。
それにしても、こんな広範囲を覆う事が出来る、本気を出したジグじぃの力に改めてブルった。
流石サンタクロース! でも話は長い。
〇 〇 〇 〇
オレは最近、ジグじぃから一人前のサンタクロースになる為の修行をさせられている。
修行の内容はと言うと、体術が中心だ。
ジグじぃの養子になる契約のおかげかサンタクロースの力を受け継いだオレは、かなりの身体能力がある。
魔法はつかえないけどな! しゅん。
サンタクロースが何故体術? と思ったかもしれないが、一人前のサンタクロースになる為の修行の仕上げに世界を旅して巡るというものがあるのだ。
その時に、自分の身を守れないものは、奴隷に身を落とすか、最悪命を落とす。
そうはなりたくなかったので、オレも真剣に修行してるわけだ。
投擲術も少しづつ上手くなってきている。
魔法が放てないのだ、なのでその辺にある物を手当たりしだい、敵に見立てた的に投擲する
小さな石ころから始まり、木片、生ゴミ、椅子、極めつけは牛のウンチ。
これをぶつけられた相手は相当怯むだろう。
だが、投げた後の手の匂いを嗅いだオレも相当怯んだ。
これをやれと言った、ジグじぃに向かってダッシュで駆け寄り、そのままの勢いでジグじぃの顔に手を擦り付けてやった。
その時のジグじぃを思い出して今でも笑える。
声にならない悲鳴を上げながら、地面をゴロゴロ転がってたよ。
うん。この技は効果はあるみたいだ。
ホントのピンチの時にはなり振りかまってられないからね。
でも、ピンチの時以外は使いたくないな……。