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第2話 夢じゃなかった

「よっこらしょ」


 ついつい、そんな声を出してしまった。

 まぁ年齢的に、じいさんなんだから問題ない。


 さて、ここが最後の家だ。


 顔を上げると、イルミネーションに彩られた街が賑やかに今日という日を演出している。

 

 そう、今日はクリスマスイブだ。


 ワシは、人様の家の屋根の上に立って街を見下ろした。

 良い子はとっくに寝ている時間だ、街を歩く人の姿はない。


 いや、そもそもイブの深夜は、ワシの魔法が世界に掛かっている。

 ワシと相棒のベル以外の時間は停止している為、動くことは出来ない。


 この世界のサンタクロースはワシ一人、一人と一匹で世界中にプレゼントを配る為に、この停止の魔法は必要不可欠だ。


 どれどれ、背中に背負った袋の中を覗いて、間違いなくプレゼントがある事を確認して煙突に足を掛ける。


 近頃は、ワシの体型もふくよかになってきて煙突に入るのがしんどくなってきた。


 当然ながらサンタたるもの、ふくよかでなくてはならん。


 ふくよかイコール豊かさの象徴なんだからの。


 どこに、ガリガリで栄養が足らなさそうなサンタを歓迎してくれる人がいるというのだろう。

 

 プレゼントを他人にやる前に、プレゼントを売り払って、そのお金で自分の食事をしろと言われてしまうだろう。


 豊かであやかりたいからこそのサンタだ。

 と、言うのがワシの持論じゃ。


 しかし、何事も行き過ぎてはいかぬもの。

 ふくよかを通り越して、おデ……、いや止めとこう。


 とにかく、最近はワシの体型の事までトナカイの奴に口出しされるようになってしまった。

 なんとかって言う病気になるのを心配してるらしい。


 ワシ、サンタだから種族的に病気になんてならんって言っておるのに……。


 ブツブツ言いながら、煙突の縁に突っ張っていた両手からゆっくり力を抜いていく。


「おっ?」


 ズズッズズズズズ。


 徐々にしか、トンネルの中に入っていけない……。

 豊かになり過ぎたお腹が煙突につっかえてしまっているのだ。


 ズッズズーズズー。


 実にゆっくりとした落下だが仕方ない。

 時間は掛かるが、このまま降りていく事にした。


 逆にサンタになりたてのスリムだった昔は、この煙突内部に、両手両足を突っ張って一気に落下しない様に徐々に降りていっていた。


 勢い良く、ドスンと降りて暖炉を壊してしまってはいけないからだ。


 それはそれで辛い、煙突から続く暖炉に降りた時には顔を赤くしながら荒い息をする事になる。

 

 どちらも、一長一短だな。

 スリムだったはるか昔を思い出しながら、徐々に沈みゆくサンタはつぶやいた。


「ん?」


 しばらくは順調だったのに突然、煙突の中程で体が下に降りなくなってしまった。


 おいおいおい、足はバタバタと動くだけでどこにも引っ掛けれないし。手で体を押し込もうとも取っ掛りが少なく力が入りにくい。

 このまま朝が来たら下の暖炉で火が焚かれ、いぶりサンタのいっちょあがり。


 全然笑えんの。


 気が進まないけど、最後の手段使うしかないか。

 ピンチになってすぐ最後の手段を使うのはアレだけど、他に手段がない。


 意識を集中させて、外で待機しているベルに声を掛ける。ワシが作り出した、遠隔対話のスキルだ。


「ベルやベル。聞こえるかの? 突然なんじゃけど煙突内部で身動きがとれなくなってしまっての、なんとかして手を貸して欲しいんじゃけど頼めるかの?」


「はい、こちらベル。聞こえてますよ主。だから普段からあれ程言ってるじゃありませんか帰ったらダイエット決定ですね。では、ご要望にお答えして……えぃっ!」


 最後の手段と言ってもベルに丸投げだ。しかし、予想通り叱られてしまった。だから言いたくなかったのに……。

 今日、家に帰ってからの食事が心配だ、そう思いながら以前のダイエットの悪夢を思い出す。


 晩御飯はお皿にお豆が三粒、アレを見た瞬間、心はガリッガリに痩せてしまった。

 

 体は相変わらずぶりっとしてたんだけどの。


 ベルは一体どんな手段で手を貸してくれるのか――ガンッ!


 硬い何かがワシの頭に当たって視界がブラックアウト、次に気がついた時には暖炉の中に尻餅をついていた。膝には一抱えもある程の大きな石を抱えていたが……。


 ベルの奴め! まさかこんな石を投げ込んできおったのか! 怒りでプルプルと震えるが違和感を感じて顔に触れてみた。


 べっとりと顔に血が付いていた。頭からと鼻から流血している様だ。


 ワシが本気の戦闘モードだったらこんな石なんかで体に傷なんてつかないのだけれど、今は他人の家の煙突の中うっかり壊してしまわないように力をセーブしていたらこのざまだ。


 帰ったら覚えておけよとベルに遠隔対話で話しかけ、返事が返ってくる前に打ち切った。


 散々な目にあったと立ち上がって一つため息をついて部屋の中を見渡した。


 一般的な家庭のリビングだ。


 クリスマスツリーも綺麗に飾りつけしてある。家族総出で飾りつけしたのだろうか。

 その光景を想像すると微笑ましくなる。この家がプレゼントを配る最後の家と言うことは当然だが、この家に来るまで多数の家庭を覗いて来た。


 時間を止めているのだから、時間の事を気にする必要は無いが、ゆったりと見ていてはいつまで経ってもプレゼントを配り終える事が出来ない。


 やっと落ち着けたのが、最後のこの家というわけだ。


 良い子は寝ている時間と言ったが、大人は当然起きている。

 

 そう、今このリビングには、ワシ意外に二人いる。


 この家の家主と奥さんじゃろうな。仲良くワインのグラスを鳴らしている瞬間だ。そこで停止してしまっている。ワシのせいなんじゃがの。


 テーブルの上にあるケーキを人差し指でひとすくい――ペロリ。


 うーん、甘味が足らん! 来年に期待じゃ。精進じゃ。


 んん? ワシここに何しに来たんだったかのぅ。


 そうだそうだ。この家の女の子にプレゼントを渡しに来んじゃった。


 やっとリビングから移動して、二階にある女の子の部屋のドアを開ける。ノックはしない。 


 部屋の中を眺めるとベッドには、すやすやと眠る女の子の姿があった。

 ベットの縁には、大きなソックスが引っ掛けてある。


 ワシは、早速背負袋から今日最後のプレゼントを取り出す。

 この女の子には、送ってくれたお願いの手紙に書いてあった通り、お人形をプレゼントしよう。喜んでくれるといいのぅ。


 お人形を大きなソックスにギュウギュウと詰め込む。お人形の髪の毛が乱れてしまったが女の子が起きたらクシで梳かしてくれるじゃろと気にしない。

 眠る女の子の頭をひと撫でしてからその場を後にする。


 ワシは、同じ轍は踏まないと、すました顔で今度は窓から出る。

 それが可能なら初めからそうしろよ、と思われるかもしれんがサンタはやっぱり煙突からじゃろ?


 そこは譲れん!


 窓の手すりからソィ! と掛け声を上げて外に飛び出たワシは、窓の外で待機していたベルのソリに着地する。

 

 ソリに腰掛けて一息ついている間に、ベルが外から針金で窓の鍵を器用に掛ける。


 手先が器用なトナカイってなんかイメージと違うのぅ、と思いつつ鍵かけはベルに任せて血だらけの顔を拭き、傷の具合を確認する。


 今年最後の家なのに、なんともしまらんな。


 こらこら、ベル、赤鼻を光らせたままこちらを向くでない。

 眩しくてかなわん!


 そうじゃ、そっちを向いておれ。


 さて、さっさと帰ってケーキと七面鳥を食べる事にしよう!

 ダイエット? そんなものは明日からじゃ!


 ベルに頼んで夜空へ駆け出す。

 街の上空を飛んでる時に鈴を鳴らすのがワシの役目。


 シャンシャンシャンシャン。

 

 夜空に鈴の音が響く。


 街を離れるとグンと高度を上げる。

 この頃には、もう誰も聞いていない鈴は鳴らさない。ワシ疲れるしの。


 そして、ベルとソリに風の魔法を掛けて一気に加速する。

 そうでないと、家に着くまで時間が掛かり過ぎてしまう、ワシも早く家に帰りたいのじゃ。サンタも寒いのは苦手じゃもん。


 家に着いたら、暖炉に火をつけて、とっておきのワインを飲んで、七面鳥とケーキを食べて、あぁ、早く家に着かんかのぅ。


 願望を膨らませている内に、ソリは高度を下げ始めた。下には我が家の赤い屋根が見えてきている。

 さぁ、早く入って暖まろう。

  

 家に着いたワシは、すぐさま暖炉に駆け寄って火を起こそうとしたが、その時に気がついた。

 暖炉の中に見たこともない布の塊があることに。


「なんじゃこれは……、何故こんな布の塊、いや……服か? 何故ここにあるんじゃ」


 不思議だと思いながらもそれを手でどかそうとした時、服の中に赤ん坊が寝ているのに気がついた。


 なっなんと! 赤ん坊じゃ! 一体何がどうなってるんじゃ! 誰がここまで運んできたんじゃ。

 いや、それは考えられん。ワシとベル以外はこの家に近づく事が出来ない様に魔法が掛けてあるのだ。


 なのに一体どうやって……。


 そもそも、こんな暖炉の中に生まれて間もない子供を置きっぱなしにする親なんかおらぬだろう。


 混乱するサンタをよそに、ベルが赤ん坊に近づいてクンクンと匂いを嗅いでいた。


「主、この赤ん坊この世界の人間では無いようです。見た事がない黒髪ですし。それにこれは魔力がない……?」


「なっなんじゃと! 黒髪!? 魔力がない!? ワシも、この世界の人間で黒髪は見た事がないし、誰でもわずかながらには魔力があるというのに……」


 びっくらこいたが、気持ち良さそうに眠る赤ん坊を見ていると黒髪で魔力が無いことなど些細なことに思えてきて取り敢えず赤ん坊をベッドに移動させ、おいしいワインと、七面鳥とケーキを食べてその日は寝た。

 

 面倒な事は明日のワシに任せた。



 

 

 


 翌朝、目が覚めたワシは驚いた。


 ワシのベッドに赤ん坊がおる!

 昨日の事は夢じゃなかったのか! ひいいい!


 赤ん坊はお腹が減っているのか、ちゅっちゅ、ちゅっちゅとワシの自慢の髭を吸っておる。

 ノォォォォ! 必然的に、わしの髭は赤ん坊の涎でべとべとじゃ……。


 面倒な事を全部今日のワシに任せた、昨日のワシに怒りを感じながら、この子をどうしたらいいかを考えた。


 考えて考えて考えて、面倒くさくなったのでウチの養子にする事にした。

 

 色々問題あるけど、まっ大丈夫じゃろう。


 可愛いから許す!


 さて、赤ん坊には、乳をやらんといかん。

 ワシは当然の様に服の前をはだけて赤ん坊の口に胸を宛がう。


「ぶっわっはは!」


 く、くすぐったい! 


 しかし、やっぱりダメか……。ワシ男じゃしのぅ。

 やっては見たものの、ワシの胸から乳は出なかった。


 いや、それは分かってた。やってみたかっただけだ。


 しかし、ミルクはどうするかのぅ、牛の乳でも大丈夫かのぅ、と牛舎に居る牛の事を、赤ん坊のぷっくらしたほっぺたをふにふに摘みながら思い出していた。


 この歳にして、子育てか……一度も経験ないのぅ。これから忙しくなりそうじゃの。のんびりとそう思った。

 

 赤ん坊は今も、ちゅっちゅ、ちゅっちゅと髭を吸っていた。

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