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第14話 ブラックアウト

「ぐっ! はっはっはっ――はー」


 がばりとベッドから身を起こして荒い息を吐いた。


 嫌な夢を見た。


 太っちょでハゲたおじさんの頭に刷毛でぺたりぺたりと育毛薬を塗る夢を見たんだ。


 怖くないけど、気持ち悪かったんだ……。昨日オレがした事なんだけどさ。


 それのおかげで、店舗買えたのに、そんな言い方は無いだろうと思ったが、気持ち悪い物は気持ち悪いので、今後なんらかの対策を考えようと思う。


 そこまで考えが至って、オレはボスッとベッドに倒れこんだ。至福の二度寝の時間だ。



 ○ ○ ○ ○



 次に目が覚めたのは、昼過ぎだった。


 ブーくんがお腹が空き過ぎて我慢できなくなってオレを揺すり起こしたらしい。


 食堂に降りて朝兼昼食を摂る。山盛りにしてくれた。


 さて、今日は店舗で暮らせるように、生活用品を揃えたいな。


 お金も店舗を買った残りが少しあるし、ベッドとか必要だよね。なければ布団でもいいな。


 そんな事を考えていると、女将さんが話しかけてきた。


「今日は遅かったわねぇ。疲れてたの? 朝からうちのお母さんが張り切って店舗に行っちゃったんだけど、後で様子見て来てくれないかしら?」


「えっ、朝からですか」


「そうよ、まだ暗いうちから。まぁ年寄の朝は早いからね、そこは気にしなくていいんだけど、そんなに張り切って何してるのか気になってね」


「わかりました。じゃあこれから向かいます」


 そういって、ブーくんを右脇に抱え、コッコさんを左肩に乗せて店舗へと向かった。


 薄暗い裏道を抜けて店舗の前に辿り着き、そろりと窓から店内の様子を窺うと――居た。


 店内のカウンターでお客さんを待ち構えてる様に見えるおばあさんが居る。


 まだ商品も何もないし、宣伝もしてないからお客さんとか来るはずないのに……。


 とにかく声を掛けようと店舗の中に入る事にした。ドアを開けるとカランカランと鐘の音が鳴る。おばあさんが取り付けてくれたようだ。


 その鐘の音を聞いたおばあさんは、オレの方を見て、クワッ! と目を見開いたが、オレだと気付いて「おそいじょー」とか言った気がする。


「おばあさん、おばあさん。遅れてごめんね。寝てたんだ」


「……いい……よい……」


 もごもごと口を動かしながら話すおばあちゃん。


「でも、おばあちゃん。まだこのお店は商品がないから店番は早いよ」


「ええんじゃ……またやってみたかったんじゃ。気に……せんでおくれ……」 


「そう? ならいいけど、あっ、おばあさんオレの正体に気付いてたんだって? ごめんね。騙す様な事して、でも子供だと嘗められるかもしれないし、危険かもしれないって思ったんだ」


 話を聞きながら、うんうんと頷くおばあさん。


「でも、良くオレだってわかったね。どうしてわかったの?」


「一緒じゃった……雰囲気……」


 雰囲気……。そんな曖昧な物で同一人物と判別する事が可能なのだろうか……。まさに年の功か?


 雰囲気なんて、親子だって似てくるんじゃないだろうか。一概にそうとは言えないけど、そっちの可能性の方が高かったはずなのに……。やはりこのおばあさんは侮れないな。


「そうか。あっ、おばあさんこの二人はオレの相棒たちだよ。食べちゃダメだからね! 絶対だよ!」


「うんうん」


 チラリと二人を見て頷くおばあさん。ごくりと喉を鳴らした。


 それを見た二人はオレの背中に隠れた。


「おばあさん! 絶対に食べたらダメですからねっ。食べちゃったら店番辞めてもらいますよ」


 少し強めに言ってみた。本当に食べちゃったら、お店を辞めてもらったぐらいでは怒りは収まらないが、今はこれぐらいのでいいと思う。


 その後は、ここがこれから住む新しい家だよと二人を案内して、二階に上がって驚いた。布団が引いてある!


 驚いておばあさんに確認したら、必要最低限の物は準備しといたとの事。サービスらしいけど、凄まじいな。


 こんなに良くしてもらっていいんだろうか?


 おばあさんに訊ねても、ニコニコ笑っているだけだ。


 キッチンには地下室があり、ひんやりしているので冷蔵庫の様な役目を果たしてくれるらしい。日本の冷蔵庫とまでは当然いかないが……。


 ブーくんにはご飯を入れとく所だよと説明すると一目散に地下へ降りて行ったが、野菜しか入ってなかったようでしょぼくれていた。


 当然野菜を入れてくれていたのは、おばあさんの優しさだ。コッコさんは嬉しそうだった。


 おばあさんの優しさに触れ、布団などの買い出しをしなくても良くなったので、お礼に晩御飯をごちそうする事にした。


「おばあさん、布団とか色々ありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、晩御飯をご一緒しませんか?」


「……あい」


 口をもごもごさせながら頷くおばあさんに、何か食べたい物はありますか? と尋ねると


「おかゆしゃん」


 との事。お粥か……、そんなお店この辺にあるのかな? と思ったがおばあさんが歩き出したのでその後ろをついていく事にする。


 一度大通りに出てからまたすぐ裏道に入った。


 しばらくはただ建物の裏手を歩いてるという感じだったが、徐々に暖簾などが見え始め、提灯の明かりが目に付く様になってきた。


 おばあさんは後ろも振り返らずに、暖簾を潜ってある一軒の店に入って行く。オレも店内に入る前に店構えを確認した。


 【お粥庵 ドンガラガッ・シャン】


 と書かれた看板が掲げられていた。


 お粥って柔らかい感じなのに、何か固い物が崩れ落ちた様な店名を付けるのはどうなんだろうと、店名を付けた人物のセンスに首を捻りつつオレたち三人も暖簾を潜った。


 店内は――――無茶苦茶汚かった。


 入ってまず目に付くのは、カウンターとテーブルの上に乗る何かを模して造られた木彫りの置物や食べた後洗ってない食器。角が折れてシミがついている書類。


 よくこれでお店やってるな……と思ったが、味が良いから潰れる事無く未だ営業出来ているのだろうと当たりをつける。


 呆気にとられていたオレだが、いきなり店名と何一つ変わらない何かが崩れる様な音が聞こえ、そちらに視線をやると、おばあさんが一番奥のカウンター席の前に立ち、「てぃてぃっ」と声を上げながら自らの杖でカウンターと椅子の上に乗っかっていた置物たちをどんどん薙ぎ払っていた。


「ちょっ! おばあさんそんなことして大丈夫なんですか?」


「だ……じょぶ」


 おばあさん的にはセーフらしい。オレ的にはアウトだ。今いないであろう店主的にはどうなんだろう。この置物たちはゴミなのか?


 四席分の置物を薙ぎ払ってからおばあさんは、カウンターの裏の厨房に入って行く。


 え。店主の人に怒られるんじゃ? と今更ながら思った。置物の時も思ったけどね。厨房は料理人の聖域とかって言うじゃない、ありゃ? 女の聖域だったかな。


 厨房に入ったおばあさんは、急に背筋がシャキッと伸びて勝手知ったる我が家のように、様々な所から調味料や鍋を取り出して料理を始めた。


 その手際に三人とも口をぽかんと開けて見入ってしまっていた。


「おま……たしぇ」


 オレたちの前にコトリと音を立てて置かれたどんぶりから湯気がふわりと立ち上り、どんぶりの中心には分厚い角煮が四切れ美しく並んでいて、その下の白く輝くお粥とのコントラストが綺麗だった。


 ごくりと三人の喉がなった。


 三人で頂きますをして、当然角煮から攻める。


 レンゲで角煮にグッと力を掛けると、少しの抵抗の後、あっけなく角煮を切り崩す事に成功。その一口サイズになった角煮をレンゲに乗せたまま、その下のお粥もレンゲですくう。


 はわわ、我慢できない。急いでレンゲを口に運んだ。


 口に頬張れば、角煮の旨味が口に広がって、その後お粥のあっさりした味わいが追いかけて来る。


 お粥にもあっさりとした出汁が使われている様で下味がちゃんと付いていた、お米の味だけのお粥とは一味違う。あっさりした雑煮の様な感じだろうか。


 この薄味だけだと物足りないが、そこに角煮がある事で絶妙なバランスだ。美味い!


 ブーくんなんてレンゲも使わずに顔からどんぶりにインしているし、コッコさんの首もいつもの倍ぐらいのスピードで動いている。


「おばあさん、とっても美味しいです!」


 感激だ。そういう気持ちを伝えたくて、おばさんに向かってそういうと、おばあさんは自分用の角煮の変わりに漬物が中央に乗ったお粥から顔を上げ、少し頬を赤くした。


 いいいいい!? 何そのリアクション、なんでそうなった!


 そこはもっとさらっとした流れで行く所でしょうよ!


 おばあさんの好感度が変な方向へ伸びているのにオレが焦っていると、ブー! と鳴き声が聞こえて来たので振り返った。


 そこには、一度も使われていないレンゲを天井に向けて高々と突出し、後ろ足だけで立っているブーくんがいた。


 え。何? というかレンゲどうやって手に持ってんの?


 ……ああ、蹄の隙間に挟んでんのね。


 ブーくんの言いたい事が分からずに首を傾げていると、まだ一度も使われてないレンゲをれろれろ嘗め始めた。


 ……おかわりが欲しかったようです。



 ○ ○ ○ ○



 美味しいお粥を食べてお腹も膨れて、そろそろ帰ろうという事になり、おばあさんにお代はどうしたらいいですか? と尋ねる。


「いらにゃいよ……」


 いいんだろうか。


 多分本当は払わないとダメなんだろうなと思いながらも、素直におばあさんに従っておくことにした。


 お店を出てしばらく歩き、大通りに出ようかという時に、遥か後方で叫び声が聞こえた。


「うあああああぁぁぁぁ! うそだろぉぉ!? 俺のコレクションがぁぁぁぁ!!!! あのババァアァァァァァァァァ!!」


 その後は何を言ってるのか聞き取れなかったけど、泣き声が混じってたよ。


 高確率でさっきのお店の店主が出先から帰って来て、店に入ってみたら砕けた置物が床に散乱してる所を見つけたんだろう。あれはコレクションだったのか……。そうは見えなかったが。


 やったのはおばあさんです、あしからず。


 勝手に食材を調理したのもおばあさんです、あしからず。


 調理された物を食べたのはオレたちです、あしからず。


 叫び声はなかった事にして、店舗へ続く裏道に辿り着いた。


「おばあさん今日はどうもありがとうございました。とても美味しかったです」


 と、おばあさんに頭を下げると、うんうんと頷くおばあさん。


「では、今日はこれで失礼します」


 おばあさんは頷いて宿の方へ歩いていくのを確認してからオレたちもお店に帰る。


 お店のドアの鍵を開けて中に入ろうとした時に異変に気付いた。


 誰か後ろにいる!


 コトリコトリと音が聞こえる。


 ゾッとして一瞬身体が固くなってしまうが素早く体を反転させて構えをとる。


 そこにいたのは――――。


 さっき別れたはずのおばさんだった。


 おばあさんの色白のぽっちゃりした顔が裏道の暗闇に浮かんでる。怖わっ!


「おっおばあさんか……、脅かさないでくださいよ」


 そういうと、おばあさんは「すみゃんすみゃん」と言いながらどんどん近づいてくる。


 なんでこっち来るんだ。家に帰るはずだろ。それとも忘れ物かな?


 でも、嫌な予感がするのでドアの前にじんどり両手を広げてとうせんぼの構えだ。


 おばあさんがぐいぐいとオレを押して店の中に入ろうとする。オレも踏ん張るものの体重が軽いので押し負けている。


 こうなったら、人前では初めてだが変身を行う事にする。こんなおばあさん相手に最後の手段を使うのはどうかと思うが、何か身の危険を感じるのだ変身を使わずにはいられなかった。


 一瞬で変身したオレは、育毛剤でお金を儲けた時の、でっぷりしたおじさんの姿になっていた。


 これでおばあさんに押し負ける事もないだろうと腰を深く落とし、足にグッと力を入れた。


 どっからでも掛かって来なさい! ――いややっぱ来ないで。


 内心ビビりながら構えていると、おばあさんが両手をンバッと広げてオレのお腹に抱き着いてきた。両足もフルに使ってしがみ付いている。


 小さい声で「おじいしゃん、おじいしゃん」と呟いてるのが聞こえるが、オレがおじいさんの代わりになってあげる訳にはいかない。


 ある程度のことならしてあげたいけど、身の危険を感じるのだ。何がとは言えないが……。


 オレは悪いとは思いつつ、腕力にものを言わせて強引におばあさんを引っぺがしてドアの外にポイッと放り投げ、素早くドアを閉めて施錠した。


 ドアをドンドンと叩きながら、「おじいしゃん、おじいしゃん」と呟くおばあさんの声を聴いて申し訳ないことをしたなと思いつつも他に方法がなかったと思い直し、震える二人を小脇に抱えて足早に二階に上がった。今日は風呂は無しだ。明日、明るい内に入ろうと決めて今日はもう寝る事にした。


 二階に上がって階下の様子を探るも、ドアを叩く音はしなくなっていた。


 おばあさんも諦めてくれたようだ。やれやれと息を吐いたが、この先が思いやられる展開だ。


 怯える二人を撫でながら、大丈夫だよ。もう安心だ。と言い聞かせてやると二人も徐々に落ち着いてきたようだ。


「さぁ、もう今日は寝よう」


 二人に声を掛けて布団に入ろうと布団を捲る。


 捲ると中におばあさんが丸くなって寝ていて、一言「おじいしゃん」と呟いた。


「ひいいいいいいいい!!!!」


 オレはビビってブラックアウトした。

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