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第13話 おばあさん

 次の日も朝から騒がしかった。


 階下で誰かが何か叫んでる。


 よくよく聞いてみると、生えた生えたよ! と聞こえる。


 あぁ、昨日のおじさんか。


 寝ぼけ眼で太ったおっさんに変身して食堂に向かうとそこには、はしゃいでる右頭部だけ金髪が生えたおじさんがいた。


 おじさんは食堂に入ってきたオレをさっそく見つけた様で、こちらに走り寄ってきて嬉しそうに言った。


「あんたが塗ってくれた薬のおかげで髪の毛が生えてきたんだ! ぜひその薬を売ってくれ!」


 その声に周りにいた他のハゲが寄ってくる。


「オレにもその薬を売ってくれ!」


「ワシも欲しい」


「こっちもだ!」


 やんややんやのおじさん祭りだ。


 ハゲてて太ってるおじさんが、太ったオレにずいずいと詰め寄る。迫りくるハゲたちのお腹とオレのお腹が触れ合ってぎゅうぎゅうのおしくらまんじゅうだ。


「待った待った! 順番に並んでくれ。後、代金は銀貨二十枚だ!」


「二十枚だって!?」


「そりゃ高すぎるだろ!」


「ぼり過ぎだ!」


 銀貨二十枚、日本円にして二十万円だ。確かに高い。


「静まれいっ!!」


 ノリで叫んで、辺りをギロリと睨みながら見渡すオレ。睨んだのもノリだ。雰囲気って大事だよね。


「いいかよく聞いてくれ。確かに銀貨二十枚は高いと思う。だが、今まで確実に髪の毛が生えてくる薬があったか? いやない! しかもこの薬、一度塗って髪の毛が生えてきたらもう塗らなくて良いんだぞ。次からは塗らなくても生えてくるんだ。どうだ? そう考えたら激安だろ!」


 オレは、勢いで説明した。勢いがあればそれっぽく聞こえるだろうというふわっふわした思い込みからだ。


 オレの説明を聞いたおじさんたちは、ほんとだ……という顔をして固まっている。


 今まで何年も、髪の毛に未練がありながら生えてこないものは仕方がないと思っていた人たち、でも確実に生えてくるとなったら話は別だ。しかもそれが銀貨二十枚で確実に買える。自分で髪の毛を剃ってない限り欲しいと思う人が大半じゃないだろうか。安いもんだろ?


 「たっ確かに……」


 納得した様子のハゲの太っちょおじさんたち。まぁそこにオレも混ざってるんだけどさ。


 その後、オレの前に街の太っちょハゲ達が行儀よく列を成して頭を差し出してくるという怪奇現象が起こったが、おかげでかなりの稼ぎを得ることができた。多分金貨二十枚分ぐらいはあるんじゃないかな。これなら夢の店舗を買い取る事ができる。


 ここらが潮時と、とりあえず育毛剤は品切れになりましたと言って塗ってもらえなかった太っちょハゲたちにはお帰り頂いた。むちゃくちゃ悔しがってた事は言うまでもないだろう。もう少し早くこの行列の意味に気付いていたら! とブツブツ言っていた。


 さっそく女将さんの元へ行って店舗を借りる契約をした。


 契約が終わると女将さんは厨房の奥の居住スペースへ向かって大声を張り上げた。


「おかーさーん! 家を買い取りたいって人が来たから売るよー! 案内してあげてー」


 いっいいいいいい! すごい声量だ……。耳が……。


 その声に反応して、奥から腰の曲がったぽっちゃりしたおばあさんが出てきた。


 オレに向かって何か話しかけてる様だが、耳の調子がおかしくて聞き取れない。なんとかして聞き取ろうと耳をおばあさんの口元へ近づけた。


 ガブッ。


 おばあさんに噛みつかれた。慌てて身を引くとおばあさんはフガフガ言って焦ってる様だったが、いきなり噛みつかれたオレも焦っていたので二人してアワアワしていると女将さんが笑いながら近づいてきた。


「あらあらお客さん、うちのお母さんに気に入られたみたいね、っとお客さん耳に入れ歯が付いたままですよっと」


 そう言って、耳に噛みついたままだったらしい入れ歯を取り外してくれた。


 女将さんから入れ歯を受け取ったおばあさんは、恥ずかしそうに頬を赤く染めて入れ歯を嵌め直して、口をもごもごさせていた。


 一体なんでこんな状況になったんだ……。そんな事を考えているとそれを察した女将さんがおばあさんに聞いていた。


 すると、おばあさんは女将さんの耳に手をやり、もしょもしょと耳打ちをして説明を始めた。


 そんなにオレに聞かれたくない話なんだろうか。でもこの後女将さんから聞くわけだし……。そのこそこそ話意味あるのか?


 オレが首を捻っていると、女将さんが楽しそうにうふふふと笑ってオレに教えてくれた。


 なんでも、二十年前に亡くなった。おじいさんの若い頃にそっくりだったらしい。


 昔を思い出して興奮して、おじいさんと同じようにぷるんと美味しそうだった耳たぶに噛みついてしまったのだそうだ。


 ほっこり胸が温かくなりそうな話だが、耳に噛みつかれてしまったオレとしては、そう簡単に割り切れない。えらい目にあったというのが正直な所だ。


 でも、そうですかと笑ってこの話を終わらせる日本人的な技はギリギリ持ち合わせてたので、その技でこの場を凌いだ。


 

 ○ ○ ○ ○



 はい、こちらただ今おばあさんを小脇に抱えて家の中を案内してもらってるジンでございまーす。


 よっこらよっこら移動するおばあさんを見かねていたっていうのもあるけど、少し歩いて疲れたのか、ふぃーっと大きなため息を吐いた後、おばあさんがオレの服の袖をくいくいと引っ張って身振り手振りで抱えてくれと頼まれたのだ。


 それにしても、抱っこでもおんぶでもお姫様抱っこでもない、小脇に抱えるという行為。周りからみたらぐったりと垂れ下がったおばあさんを何食わぬ顔で抱えて歩くおっさんだからなオレは。怪しさ炸裂だわ。


 でも家の中に入ってからだから誰かに見咎められる事もないので、その辺は安心している。


 このおばあさんが昔やっていたという店舗は宿の隣の裏道に入ってまっすぐ進んだ突き当りを左へ曲がった所にあり、王都の開発に置いて行かれて大通りにも面してないかなり奥まった所にあった。


 隣の裏道も込みで宿屋の土地と言う事らしいが、この買い取りではこの裏道が込みらしい。ここを買い取ったという事は、ここはオレの裏道になるということになるらしい。ザ・オレの道。いや、もういいかこの話は……。


 裏道が店舗の目の前まで続いていて寂れてはいるがまだまだ使えそうな店構えだ。

 

 店舗に入ると棚が壁に備え付けられていたが今は何も並んでいない、店舗の奥にカウンター。カウンターの奥には上り框があって休憩室の様な小部屋があった。いずれ改装してここは畳と囲炉裏がある部屋にしたいな。いや畳なんてこの世界に存在してるんだろか……。


 休憩室の右側にトイレ、左側には客間。休憩室の奥の扉からキッチンへ。


 キッチンは広くて使いやすそうだった。キッチンの隣はお風呂。五右衛門風呂だけどね。普通の住宅にはお風呂は無いそうだけど、おじいさんが好きだったみたい。ナイスおじいさん!


 少し急な階段を上った先の2階は3部屋あった。


 掃除すればすぐにでも暮らせそうだったのでホッとした。


 間取りを見終わったので店舗の前まで来ておばあさんを下す。


「おばあさん、案内ありがとう」


 そういって頭を下げると、おばあさんはもごもごと返事をした。


 なんて言ってるんだろと思って耳を近づけたら――ガブッ!


 また噛まれた。いや、なんとなく嫌な予感はしたけどさ、ここはお約束でしょ! あえて行ったぞ!

 

 おばあさんの入れ歯を耳に付けたまま、もごもごと喋るおばあさんの話を聞いた所によると、帰りたくないと言ってる様だ。


 いやいやいやいや、困りますよ!


 可愛い若い娘ならまだしも、こんなほっぺたスベスベでテカテカぷるんっのおばあさん。一体どうしろって……。


 あ、店番頼もうかな。


 宿に帰るのを嫌がるおばあさんに、オレはこの店舗を使ってお店を開くからそこでおばあさん店番してよ。でも、夜は家に帰ってね。とお願いすると口をもごもごっとさせた後、こくりと頷いて、そんなに早く動けたの!? とオレが驚く様なスピードで宿へと帰って行った。


 間取り案内の時の小脇に抱えてくれと言ってたのは疲れたからじゃなくて、若い頃のおじいさんに似てるオレに触れていたかったからなのかもしれないな……と思った。


 裏道に誰も居ないのを確認して、オレは元の姿へと戻って宿へと帰った。


 部屋に戻るとブーくんはまだ寝ていて、コッコさんは自分の毛づくろいをしていた。コッコさんの羽毛がかなり溜まってきてる。触ってみるとふわふわだ。もしかして、これも売れたりするのかな?


 コッコさんに、この抜け毛使わないなら貰ってもいい? と聞くと、少し頬を染めてこんな物で良ければと言う様に頷いてくれた。小さくコケッという鳴き声も付けて。


 そんなやり取りをしていると、ブーくんがオレの気配に気が付いて起きてきた。


 ブーくんがオレの足に纏わりついてくる。いや、足と足との間をインフィニティの形をとりながらグルグルと駆け回っている。


 何をオレ伝えたいんだろう……?


 しばらく周り続けていたが、一向にオレに気付いてもらえないのと体力が限界に来たようで、ゼイゼイと荒い息を吐きながら床に寝そべった。


 そして、オレの方を見ながらブーと弱々しく一鳴きして自分の前足をガジガジと齧った。


 その姿を見て気が付いた。しまった! お土産買ってくるの忘れてた……。


 オレがハッとしたのにブーくんも気付いて、やっと思い出してくれたかとニコニコしながら近づいてくる。


 どこ? どこにお土産しまってるの? とオレの体の匂いを一生懸命嗅いでいる。


 マズイ、これはマズイぞ。


 こんな空気の中で、お土産買ってくるの忘れました。とは言えない……。


 そんな事言ったらブーくんきっと泣いちゃうよ。


 こうなったら、困った時のスキル頼み! これでなんとかお願いします。と祈りながらブーくんのステータスを覗き見すると12Pあった。


 毎日ブーくん、食っちゃ寝生活してんのに、どこに徳を積む要素があったのか……? 疑問だが今はそんな事はどうでもいい。むしろ、徳を積んでいてくれてありがとう状態だ。


 ブーくんの貯めた徳をプレゼントしたいからじゃなくて、オレの失敗の穴埋めする為に使うのは気が引けるけど、今は他に手段がない。すまんブーくん!


 オレは一瞬でそこまで考えて、何食わぬ顔で背負い袋に手を入れてスキルを発動させた。


 そこで、ジグじぃが好きだったこの世界の芋を甘く煮詰めたカッチカチのお菓子を具現化させて、ブーくんの前に差し出した。


 どうせスキルを使うんなら地球産のお菓子を出してあげたかったが、この街のお土産が地球産のお菓子だと辻褄が合わなくなる。なので、芋になった訳だ。


 がりぼり噛み砕き芋を一人で食べてしまうブーくん。コッコさんの方を見ると、余れば頂きますけど、無ければ無くても平気です。お気持ちだけ頂いておきます。と言うような顔をして一礼した。大人だ……。


 食前のおかしを食べた後、食堂へ降りて晩御飯を3人で食べた。


 女将さんから、お母さんがやけにご機嫌だったんだけど何かあったの? と聞かれたので事情を話して店番をしてもらう事にしたと伝えた。


 すると――


「やっぱりあなただったのね」


 と言われ、何の事かわからずに首をかしげていると、自分のミスに気が付いた。


 やってもた……。


 せっかく姿を変えて正体がバレない様に振る舞ってたのに、食後のリラックスタイムだったので気が緩んでた様だ。


「どうして気が付いたんですか」


「今朝、食堂で騒ぎがあったじゃない。その時にあなた大人の恰好で上の階から降りてきたでしょ。でもあのイケメンは昨晩うちに泊まらなかったはずだもの。なのに寝ぼけ眼で降りて来た。最初は親子かなと思ったんだけどね。カマ掛けたら引っかかるんだもの! 安心なさい。うちの家族以外誰にも言わないよ」


 と女将さんは言うので、安心したが、それはおばあさんにも言うという事ではないか。


 それはどうなんだろう。とまたも首をかしげてしまう。


 その姿を見て、女将さんが最後の決め手は、うちのお母さんは若い頃のおじいさんに似てる人とあなたは同一人物だと気付いてたみたいでね。お母さんから私も教えてもらったのよ。と教えてくれた。


 どういう理屈だよ……。


 年の功って凄まじいわよね。と女将さんは笑うが、オレはそれだけで片づけられる問題か? と益々混乱してしまった。


 そんな訳わからない人物を、自分の店の店番として雇う事は既に決定しているのだし、一体これからどうなっていくのだろう。


 不安になったが「とにかく内緒にしといてください」と女将さんに内緒にしてくれるよう念を押してお願いした。


「うちのボスは、お母さんだからね。お母さんが気に入ってるあなたを無碍にする様な事はしないわ」


 と、言ってくれたので、少し安心した。


 それにしても、あのおばあさんそんなにすごい人には見えないけど、すごい人なんだろうか?

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