第10話 ギルド
眩しくて目が覚めた。薄目を開けて確認してみると、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。
朝かと思いステータスを開いて時間を確認してみるとお昼をまわってた。
うーん、よく寝たな、やっぱり疲れてたのかな。
ベッドから体を起こして部屋の中を確認すると床の上でコッコさんが毛づくろいをしていた。相当身だしなみに気を使ったのか羽毛が床に一塊り落ちていた。
その辺に散らばせたままにしていないのが、コッコさんらしい。
コッコさんに、昼だけどおはようと声を掛けたら、良くお休みになられてましたよとでも言うような顔をした後、未だ寝ているブーくんの事を気遣ったのか小さくコケッと鳴いた。
そう、オレの隣には相変わらず涎をダラダラ垂らしシーツに地図を描き続けているブーくんが寝ていた。
オレも今まで寝ていたのでブーくんの事をどうこう言う事は出来ないが、それでもちょっかいを出したくなるような寝顔だ。
そしてオレは、遠慮を一切せずに寝ているブーくんの胴体を突然ぐむっと掴んで、お腹に顔をぐりぐり押し付けながら、昼だよー! とお腹に声を掛けた。
それでもまだ夢でも見てるのか、起きないブーくん。
いや、いい気分で見ていた夢が突然悪夢に変わったかの様に表情を歪めて、ブゥブゥと呻き声を上げている。
その様子を見て、ブーくんの耳元でそっと囁いた。
「ブーくんの昼ごはんオレとコッコさんで半分こして先に食べちゃおうかなぁ~」
そう言うやいなや、突然がばっと上半身だけ起き上がったブーくんは、半分寝ているのか目はうっすらとしか開いてなかったが、それでも右手を天井に突き上げてブーッ! と鳴いた。
楽しい生き物だなこれ。
その仕草からは、抗議なのか起きてるよって知らせてるのか良くわからなかったけど、とっても可愛らしく見えた。
その後ただブーくんの事を眺めていると、徐々に右手が下がっていき、そのままの格好で寝息を立て始めた。
やれやれ仕方ないなとため息をついてから、ブーくんをハンドバッグの様に小脇に抱えて、昼食を食べに食堂に向かった。
食堂は八割がた埋まっていて、おばさんが忙しそうに料理を運んでいた。それを見つつ、オレ達三人は空いてるカウンターに腰掛けた。
その姿に気づいた、おばさんがよく眠れたかいと声をかけてくれたので、はいとってもと笑顔で返事をして昼食をおまかせで三人前頼んだ。周囲からの食べ物の匂いで完全に目が覚めた様子のブーくんもお行儀良く椅子に座っている。
しばらく待っておばさんが持って来てくれたのは、オレとブーくん用に銅印ブタのサイコロステーキとスープそしてサラダ、そしてコッコさん様に山盛りのサラダとフルーツ、パン二個と水だった。
コッコさんは肉も食べられるけど別に食べなくても平気らしく、どちらかというと草とか穀物などの方が好きらしい、拾い食いも結構するからこの食事内容で満足しているみたい。
初めて食べた銅印ブタは、とっても柔らかくて脂が甘く大満足の味だった。
お腹いっぱいになってご馳走様を言った後もブーくんは食べ足りなかった様でオレの口元に付いてたソースをペロペロと舐めていた。これで、ティッシュいらず! いやティッシュとか無いんだけどさ。
腹拵えも終わったので今日のメインイベント、異世界定番のギルドがあるなら登録してみよう! の時間だ。
おばさんに聞いてみると、ギルド? あるよ! とのこと。場所と看板の柄を教えてもらえたので、ワクワクしながらギルドへ向かった。ちなみに今日はブーくんとコッコさんは留守番だ。お腹が膨れた上で、二度寝したいらしい。コッコさんはブーくんのお守りをするらしい。
うーん。やはり今日も街は太っちょさん達で溢れている。
そういう国だから当たり前なんだけどさ。
そんな事を考えながらオレは昨日の様に、うっかり転ぶと圧死しそうな肉の壁の中に飛び込んで潰されない様に慎重に、太っちょさん達の流れに乗ってギルドへ向かった。
街の人の熱気に、じわりと汗をかいた頃やっとギルドへ到着した。肉の壁のせいで見落としそうになったけどなんとかなった。
入口にぶら下がっているギルドの看板は、盾の上に剣と杖がクロスして重なり、その上に握り締めた拳が写っていた。木彫りだけどね。
それにしてもこの木造の建物、いかにもギルドって感じがムンムンだ。
中に入ってみると思っていたより人が少ないな、想像だと荒くれたハゲとか筋肉隆々の髭もじゃのおっさんとかいると思ったんだけど全然見当たらない。
今いる人を見てみても、筋肉とか皆無だ。ギルドの職員も冒険者も皆太っちょだ。敵が素早かったらどうするんだろ?
ぼんやりギルド内を眺めてたら受付の所にいた太ったおじさんが声を掛けてきた。
「どうしたんだい僕、迷子かな?」
「いえ、オレ冒険者になりたいので登録お願いします!」
「え! 冒険者に? おうちの人は一緒かな?」
「オレ一人だけです」
「うーん、そうか。……ところで君、歳はいくつかな?」
「十三歳です!」
「残念! 冒険者になるには十五歳から登録可能なんだ、後二年したらおいで! 登録は出来ないけど素材とか良い物なら買取はやってるからさ」
「えぇええぇぇぇえええええええ!?」
十三歳じゃあダメなのぉ!?
それにしても、残念! の所をやけに楽しそうに言ったなこの人は……。
唖然として口を開けっ放しにしているオレをじっと見つめて、気が済んだのかおじさんは一つ頷いて受付に戻っていった。
なんとかならないかと考えた結果、最近こればっかりで難所を乗り切っているスキルに頼る事にした。
おじさんに向かってスキルを使ってリストを確認する。
へー、欲しいもののトップが飴ちゃんって人は今までで初めてだ。
それにしてもこのスキル、初めて使った時からなんとなく思ってた事だけど、お肉とかお菓子とか飴ちゃんとか、かなりアバウトなんだよね。
ジグじぃにお菓子出した時、初めの方はジグじぃの好物が、後半になるにつれてオレが好きだった地球産のお菓子が出てきてた。
この事から、何も考えずにこのスキルを使うとその人が一番欲しいと願っている物がそのまま具現化し、オレがイメージをしつつスキルを使うとオレの想像通りの物を具現化できるんではないかってことだ。当然ながらその人のポイントを使って具現化させるんだから全然関係ない物は具現化出来ないだろうけどね。
どうせこの世界の飴ちゃんはべっこう飴系の砂糖を煮詰めましたって感じの物だ。
となれば、この場合このおじさんに渡す飴ちゃんは、この世界の飴ちゃんの遥か上を行く地球産の飴ちゃんを出すのが正解だ。
袋の中に手を突っ込んでバレない様にスキルを使う、出した飴ちゃんは五個。五個中四個はメロン味の飴ちゃんで、残りの一つはソフトキャンディと言われる、柔らかい飴ちゃんだ。
オレはこっちの柔らかい方が好きだ。
手の中に飴ちゃんを掴んだまま、おじさんが座る受付へ近寄って、おじさんの目の前にドンっ! と勢いよく飴ちゃんを五個とも置いた。
「…………」
「…………」
オレとおじさんは無言で見つめ合う。
おじさんの視線がオレから飴ちゃんへと移った。そして、目を見開いて覗き込むようにして一つの飴ちゃんを凝視しだした。
そう、ソフトキャンディだ。いや、他のメロン味の方にも興味がある様で、チラチラとチラ見してる。
ちっ近い! かなり近づいて飴ちゃんとおじさんとの距離が二センチもなくなってる。いや、なんか言えよ、こえーよ。
至近距離に近づいてから、おじさんは鼻をヒクヒクさせ始めた。
そして、限界まで開いたと思っていた目を更にカッ! っと開いたと思ったらいきなり、大きくて指が短い右手でソフトキャンディを掴んだかと思ったらそのまま口の中に放り込んで、どすんっと元の椅子へと戻った。
飴ちゃんを口の中でコロコロ転がしてるのがおじさんの左右のほっぺたに現れる、ちっこい突起物が出たり消えたりする事からわかる。
口をもごもごさせたかと思うと椅子に座った時に戻っていた目をまたカッ! っと開いて凄い勢いで鼻から息を吸った。
するとおじさんの前にあった、メロン味の飴ちゃんが二個ビュバッと音をさせて、おじさんの鼻の穴にくっついた。そしておじさんはピクリとも動かなくなった。もう、このおじさん無茶苦茶だよ。無言がこえーよ。
おじさんが大分気持ち悪くなってきたので、冒険者は諦めて帰ろうと足を後ろに引こうとした時、またおじさんがいきなり体を乗り出してきて右手で口、いや前歯を指差して、これなーに? と聞いてきた。
一瞬、意味がわからなかったが、よく見てみるとおじさんの前歯にソフトキャンディがしっかりと絡みついていた。ソフトキャンディを噛み過ぎて柔らかくなったのが歯にくっついて取れなくなったんだな。
「やっ柔らかい飴ちゃんです」
と、おじさんがあまりにも気持ち悪いので、若干どもりながら答えた。
おじさんは、ふーんと言った後、受付に残ってた飴ちゃんを二個、左右の手で器用に掴んで口の中に入れ、鼻から息を更に吸い込んで鼻にくっついていた二個の飴ちゃんを鼻の中へとしまった。鼻から口へと移動させたのかな? どっちにしても人間離れしてるね、おじさん。
口をもごもごさせる度に、カコっと飴ちゃんと飴ちゃんがぶつかる音が聞こえる。
そして、口の中から飴ちゃんがなくなったのか口が動かなくなってからおじさんが右腕をンバッ! と振り上げて言った。
「じゃあ、二年後に~」
手をひらひら振りながらだ。おじさんの脇汗が凄い。
スキルまで使ったのに、変な顔芸を見せられた挙句、登録も出来ない、トドメが脇汗なんて……とがっかりしたが早くここから立ち去りたかったので頭を下げてからギルドを後にする。
なんてこった。いやそんなに期待してなかったハズなのに、異世界定番のギルドにいざ入れないと分かるとなんとなくショックだ。
ギルドを宛てにしてたけど、ここがダメとなるとこれからお金はどうやって稼ぐか至急考えないとダメだな。腕組みをして考えつつ、肉の壁の波に乗りながら宿へと向かった。
自分の部屋に戻ると、どっと疲れが出てベッドに倒れ込んだ。
ホントはギルドなんて宛てにしてないもんねっ! 精神年齢三十九歳なめんなよ! ふんっ!
もう、寝るっ! 不貞寝じゃないよ、ホントだよ!
○ ○ ○ ○
目が覚めたらブーくんが目の前でフゴフゴ言ってた。
お腹がすいたらしい。
コッコさんはと言うと寝ているオレへと向かって羽を動かしてそよ風を送ってくれていた。うちわの様な優しい風だ。
ブーくんのリクエスト通り夕食を食べに三人で食堂へ降りていく。
良い香りが漂ってきて、晩御飯への期待が高まる。
いつもの様にカウンターに腰掛けておばさんに晩御飯を頼んだ。
自分達の料理が来るまでほかの人の料理をチラ見してみると、今日の晩御飯はジャガイモのポタージュにパン、そして拳大の鶏肉が二つの様だった。
鶏肉の皮が焼けた香ばしい匂いが食堂中に充満していて、オレは胃液が出過ぎて胃が痛い……。ふとブーくんが気になって見てみると、かなりのしかめっ面だった、胃が刺激され過ぎてるのかな。もう良くわからない。コッコさんはいつも通り胸を張って行儀よく座っていた。
胃液で痛む胃をなんとかしようと水を二杯飲んだ辺りで、料理が運ばれてきた。ほかの人に配られていたのと同じメニューだ。鶏肉はキョロキョロ鳥のソテーらしい。どんな鳥なんですかと質問してみたところ、絶え間なく辺りをキョロキョロと警戒し続けている臆病な鳥らしい。カリカリに焼かれた皮が旨い!
コッコさんのはスープとサラダとスタルガという実をお皿に山盛り載せられた物だった。スタルガの実はおつまみとかでよく食べられていて炒ってある様だった。
食後、カウンターに座ったままぼんやりと座っていたら、おばさんに声をかけられた。
「今日はギルドに行ったんだったね。ギルドどうだった? ちゃんと登録出来たかい?」
「それが、ギルドは十五歳からじゃないと登録が出来ないらしくって登録出来ませんでした……」
ちょっとしょんぼりした感じでおばさんにアピールしてみたが、そうだったのかい残念だったねぇ、まぁ冒険者は危険な仕事だからね、違う仕事が出来るならそっちにしておいた方がいいよと言われてしまった。
他に出来る事か……。
なんかあったかな。
また思考の海に浸かりそうになっていた時に、食堂内に居たお客の話し声が聞こえてきた。
「おばちゃん! 酒もう一杯おかわり!」
「おやおや、ちょっと飲みすぎなんじゃないのかい? 顔が真っ赤だよ」
「いいんだよおばちゃん、飲まねぇとやってらんねぇよ! さっき女房と料理の品数の事で喧嘩になったんだ。初めはそうでもなかったけど徐々にヒートアップした女房がいきなりこう言ったんだ! 「結婚して十八年、今まで黙ってた、あんたが傷つくと思ったからね! ……でもね! そこまで言うなら私も言わせてもらうよ、あたしゃハゲは嫌いなんだよ! このハゲ野郎!」そう言ったんだ。この十八年、毎朝後光が射さしてるみたいで好きって言ってやがったのに、嘘ついてたんだ! 畜生っ!」
「あらあら、そりゃ飲みたくもなるわね……でも、程ほどにしなよ」
おばちゃんはそう言ってハゲたおじさんに水の入ったグラスを渡して、さっさとほかのお客さんの所へと向かった。
おじさんはその跡も一人でムニャムニャと寝言の様な独り言喋っていたが、いつの間にか寝ていた。
寝落ちしたおじさんを見て、オレはこのアイデアは良いかもしれない、いやむしろこれしかない、なんで今まで気がつかなかったんだろうと思った。そして、おじさんにスキルを使う、ありました、ありましたよ奥さん。リストの一番上に育毛剤5Pって書いてあるよ! これに値段を付けておじさんに売れば生活出来るぐらいは余裕で稼げるハズ、あんまり稼ぎ過ぎると誰かに目をつけられるかもしれないから程々にする予定だけどね。
でも、ここでひとつ気になる点がある、地球でも育毛剤は売られていた、オレは使った事がないからはっきりとはわからないけど、効果がある人と無い人がいたんじゃないだろうか。本当に塗るだけで生えてくる育毛剤があったらほかの会社が出てくる訳ないし、一社で十分だ。それなのに色んな会社があった……。確実に生えてくるかどうかわからない育毛剤をこの世界で売り出して生えてこなかったら……。そう考えると怖かったので実験をしてみる事にした。
袋の中に手を入れて、スキルを使う。右手の中には小さな小瓶が現れて中には透明な液体が入っているのが分かった。
スキルを使う時に、確実に毛が生える育毛薬と念じながら使ったから大丈夫だとは思うけど……と思いながら寝ているおじさんにこっそり近づいて頭頂部に少しだけその液体を垂らしてスプーンでぬりぬりと塗った。これでよし。
勝手にやった事だが、何か良い事をした気分になって鼻歌を歌いながら自分の部屋に戻った。
髪の毛がうまく生えてきたら良いなと思いながらブーくんを抱き枕にしてベッドに転がる。明日が楽しみだ。




