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第1話 赤星便利店

「いってきまーす」


 そう言って、オレは家から出て自転車にまたがる。


 今日の依頼は近所の銭湯、五平の湯の煙突掃除か……。

 

「登るの大変なんだよなぁ」


 呟きながら、ここからでも見える、空へと伸びる五平の湯の煙突を眺めた。


 さて、さっさと行かないと五平さんうるさいからなぁと思いつつ、自転車をこぎ始めた。


「うーむ、眠い」


 明け方まで録画してたドラマを見てたのがここに来て響いてるな。


 昔は徹夜とか、全然平気だったのに歳かなぁ。


 ぼーっとしてるせいで、これでもかって言うぐらいフラフラと蛇行運転してる。


 今すぐ家に帰って寝たい……仕事なんかせずに!


 注意散漫で自転車を危なっかしくこいでいたら、気がつけば、五平の湯の前まで来てた。


「おぅ! 陣! おせぇぞ!」


 朝から元気なおじいさんが五平の湯の入り口から飛び出てきた。


「おはよう五平さん、今日も元気だな」


 そうだ、この人が、五平の湯の主。五平さんだ。


 この流れで、この人が五平さんじゃなかったら、色々問題あるしめんどくさい。


 五平さんは、年がら年中ハチマキしてる変なおじいさんだ。短髪の白髪で細身だ。お風呂は熱湯じゃないと入った気がしないみたいな顔してるな。


「うるせぇ! 今何時だと思ってんだ! おはようなんて時間はとっくに過ぎとるわ! 朝の8時には来るって言ってたのに今11時じゃねぇか! ワシを待ちくたびれさせて殺す気か、この人殺し!」


 おうおう、唾をオレの顔に盛大に振りかけながら喚き倒してる五平さんのこめかみの青筋がビクンビクンしてる。そろそろ死んじゃうんじゃないの? 興奮し過ぎてるし……。


 まぁ、確かに、26歳の社会人が遅刻する時に連絡しなかったのはマズかったな……。


 とも思ったが、起きたのがさっきだ。連絡しようにもその時はまだ夢の中。

 あっこりゃムリだ。リームー。


 寝てる最中に電話は出来ないもんね。寝てるのに電話してたらそっちの方が問題あるわ。


 というわけでその辺はスルーすることにした。


「人殺し違うわ! 生きてるし! 五平生きてる!」


「当たり前じゃ、ボケェ! 呼び捨てにすんな、さん付けろ、さんを! ……いやもうええから、仕事しろ!」


 依頼主にそう言われちゃあ仕方がない。

 さっさと煙突掃除に取り掛かることにした。


 さっさと登れと五平がうるさい。


 登る前の点検に一時間ぐらい掛けてやろうかと思ったけど、五平さんがめっちゃ睨みつけてくるのですぐ登りますよ。


 しばらく登って今やっと中腹ぐらいまで来た。ちょい、休憩。かなりの高さで既にビビッてるのは内緒だ。


 それになんだか風が出てきた。


 ここで落ちたらオレ死ぬなー。とか当たり前の事を考えつつ休憩を終了してまた登る、未だに下から五平さんが叫んでるからだ。

 はいはい、わかってますよ、今登ってます、登ってますから。


 距離あるから何言ってるのかわかんないんだけどね。


 さて、一番上まで登りきりましたよ。


 わかってたけど、すげぇーたけぇ。

 風もあるし、正直今日は掃除やりたくないなと一人つぶやいてみる。


 ちょっと休憩しようと煙突の淵に腰掛けた。


 すぐに仕事に取り掛からなくても、誰かに文句言われるわけじゃない。

 いや、地上では米粒みたいな五平さんがなんか言ってるけど聞こえないから、いいのいいの。


 それにしても凄い景色だ。

 この景色を知ってるのはオレと親父と五平さんぐらいかな。


 希少価値があるなと思いつつそろそろ仕事を始める事にした。


 そういえば、オレとした事が登ってくる時、命綱付けてなかったな、死ぬ気か! と登る前のオレを叱り付けてやりたい。


 何事も安全が第一だ。


 だが今からでもまだ間に合う。

 作業を開始するに当たってまずは、命綱をここのフックに引っ掛けて――


 その時、突風が吹いた。


 おろ?

 体が浮き上がってる。

 今どこにも体が触れてない。


 おぃいいいいいい! 言ったそばからか!

 当たり前だけどマズイよぅー。


 なんせまだ命綱を付けてない。

 

 慌てて手を伸ばしたら何とか右手が淵に触れた。

 力を入れて体を支える。


 よっしゃー。助かった!

 煙突内部に体がぶら下がった状態だが、何とか両手で淵を掴む事に成功した。


 ホッと一息ついたが、良く考えたら全然助かってない事に気づいた。


 命綱も付けてないし、何より自分の体を引き上げるだけの腕力がオレにはない!

 煙突内部は足を引っ掛けれそうな段差もない。


 しばらく煙突の中でぶら下がりながら足元の暗闇を見つめていたが、ついにその時が来た。


 えぇ、手が痺れてきたんです。

 上には、よじ登れない。

 手は痺れてきてる。

 ヒーローも助けに来てくれない。


 となれば……。


 ごくりと喉が鳴った。


 そうだ、待っているのは落ちるだけ。

 当然オレだってまだ死にたくはない。

 でも、手はもう限界だ。


 こんな時にも関わらず、ふと思い出した顔があった。

 あぁ、あの子どうしてるかな……。


 生きるか死ぬかという時になって、以前告白して振られたあの子の事を思い出していた。

 今、どこで何してんだろ……。


 どうせ死ぬなら、あの時、もっとなんとか出来たんじゃないのか、死ぬ気になれば――


 そう考えた時に、握力に限界が来て、自分の意志とは関係なく煙突の淵からずり落ちた。


「おいいいいいいいいっ! まだ回想ちゅぅぅぅ!」

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