第八話 古の民
ども〜、らくだ参上! 長いけど読んでちょ♪
那癸に連れられて、マリア一行は彼の家にやってきた。
「父ちゃん、居るかい?」
那癸は家の中に呼びかけた。すぐに返事はあった。
「おう、那癸か」
家の中から、髭をぼうぼうに生やした男がのそりと姿を現した。年頃は三十半ばといったところか。毎日農作業をしているためか、日に焼けた体はかなり筋肉質だ。
「お客さんだよ」
那癸はマリア達を紹介した。
「どうも、小次郎といいます」
「マリア デース。こっちがムサシ」
二人は父親に挨拶がてら名乗った。武蔵はまだ目を覚ましていない。
「おう、よろしくな。俺はこいつの親父で伊日留ってんだ。しかし変な名前だな、あんた達。異国の人か?」
伊日留は髭面に満面の笑みをたたえて、二人と握手を交わした。異国の人か、という彼の疑問には、小次郎は「まあ、そんなところです」と適当にはぐらかした。
「そこのムサシって人はどうしたんだい?」
伊日留は小次郎に背負われている武蔵を見て言った。
「この人達、異国から来て迷っちゃったんだってさ。で、ムサシは腹が減って目ぇ回して倒れたんだって」
那癸は父に説明した。このことは、先程小次郎が那癸に仕込んだのだ。
「ガハハハ、腹が減ってか! そいつは大変だ。まあ、遠慮はいらねえからこっち入んな」
伊日留はあっさりとそれを信じて、マリア達を受け入れた。武蔵が気を失ってくれたことが、逆に那癸一家の同情を誘う結果となったのであろう。
「それでは、お言葉に甘えて」
「失礼するデース」
マリア達は伊日留にすすめられるまま、家の中に入っていった。
その夜、那癸の家ではマリア達のために宴が開かれた。今宵の食事は、まるまる一匹の大猪の肉と、色とりどりの果物であった。
「ワハハハハハ、もっと酒持って来い!」
米酒の入った杯を掲げ、武蔵がすっかり出来上がった様子で大声をあげている。
「ガハハハハ、ムサシはなかなか愉快な男だ!」
こちらも負けじと伊日留が騒いでいる。二人は、武蔵は目覚めてから、性格の似ていることで意気投合して、それからずっとこの調子だ。
「あ〜あ……我が家に五月蝿いのが一人増えちゃったよ」
那癸が二人の後ろで肉を食らいながら愚痴る。
「まったく……暢気なものですね」
家の隅で二人の様子を眺めている小次郎は、リンゴを齧りながら静かに呟いた。
「ほんとダヨ、ムサシは自分の仕事を完全に忘れてマース」
梨を片手に、小次郎の横に腰を下ろしたマリアが、まるで他人事のように言う。自分も先程まで邪馬台国の街並みにはしゃいでいたことなど、もはや記憶にないらしい。
「あら、仕事って何のことですの?」
マリアと小次郎の会話を傍で聞いていた那癸の母親――可留根が、興味深げに口を挟んできた。二十歳半ばの、柔らかい物腰の女性である。全く彼女の気配に気づいていなかった二人は、突然声をかけられて飛び跳ねた。
「き、聞いていたんですか!?」
小次郎が蒼い顔で悲鳴混じりの声を漏らす。
「途中までですけど」
可留根は小首を傾げて言った。
「で、仕事って何ですの?」
可留根はなおも訊いてくる。
「ええと……ええと……(コジロー、どうしマスか!?)」
マリアはおろおろと小次郎の袖を引っ張って、押し殺した声で助けを乞う。小次郎も困って黙りこんでしまった。可留根はまだ二人に興味を持っている。
そんな二人を窮地から救ったのは、またしても武蔵だった。
「おおい、二人とも! こっち来て一杯やれよ!」
武蔵が大声でマリア達を呼ぶ。
「ああ、しかし……」
小次郎は武蔵と可留根を見比べて言葉を詰まらせた。
「あ、私のことならお気になさらず。主人達のお相手をしてあげてくださいな。お話は、また今度にでも」
可留根は笑顔を見せてそう告げた。
「忝い。マリア、行きましょう」
「ハ〜イ」
二人は彼女に軽く会釈してその場を離れた。
「おう、小次郎、お前も飲め!」
武蔵が、やってきた小次郎に酒をすすめた。
「はあ……私はあまり酒は強くないのですが……」
「まあそう言わず、グイっと!」
伊日留も煽ぐ。
「むぅ……では!」
小次郎は気合を発すると、一気に中味を飲み干した。
「お、いい飲みっぷり!」
武蔵と伊日留が同時に囃した。ところが、酒を飲み終えた小次郎は、「げぷッ!」と大きなゲップを一つすると、ぐらりと頭を揺らせて、そのまま倒れてしまった。
「なんでぇ、情けねえ」
武蔵がからから笑いながら小次郎の肩を叩いた。小次郎は、もう眠っている。
「ガハハ、今度はそっちのアンちゃんが倒れちまったよ! おい、次はネエちゃんの番だぜ」
伊日留は言ってマリアに杯を押し付けた。
「ワタシお酒飲んだことありまセン」
マリアは戸惑いつつ、差し出された杯を受け取った。
「ハハハ、本当かい? 酒なんてのはな、グイッと一気に喉に流し込むもんだよ」
伊日留は言って手本を見せた。一気に呷る。
「Oh、ナルホド。じゃあ、やってみマス」
マリアは言われるままに杯に口をつけた。武蔵と伊日留が「いっき! いっき!」と囃し立てる。
マリアは片手を突き上げて、その体勢のまま杯を傾けた。ボタボタと溢れる酒が口から零れる。
ゴク、ゴク、ゴク、ゴク……
「ぷは〜!」
全部飲み干したマリアは、口を拭って歓喜の声を発した。
「お、こっちのネエちゃんはいける口だ!」
「こいつ、オッサンか」
武蔵と伊日留はその飲みっぷりに感嘆の声をあげる。
しかし、マリアの目つきは、何処か妖しいものに変わっていた。
「おい、こいつ目が据わってるぜ!」
異変に気づいた武蔵が叫ぶ。
「五月蝿い、ムサシ!」
マリアは自分の顔を覗きこむ武蔵の顔を押しのけて突然怒鳴った。
「ギャア、何しやがる!」
武蔵は顔を押さえて悲鳴をあげた。
「シャ〜ラップ! おい、イカル、もっと酒もってこ〜い!!」
「おいおい、こりゃえらい酒乱だ」
マリアに肩を組まれながら、伊日留は少し怯えたような表情でうめく。
「OK〜、今夜はとことんやりましょ〜!」
マリアは新たな杯を片手に大声を張り上げた。
「やれやれ、また五月蝿いのが一人……」
マリアの暴れっぷりを眺めながら、那癸はボソリと呟いた。
*
翌日、朝一番早く目を覚ましたのは小次郎だった。
「う……」
小次郎は二日酔いで痛む頭を抱えて半身を起こした。
(これだから酒は嫌いなのだ……)
胸中でうめきながら周りを見渡す。彼の傍にはマリアをはじめ、武蔵、伊日留がだらしない格好で眠っていた。那癸と可留根だけが、毛皮の毛布を巻いて眠っている。
頭が覚醒するにつれて、小次郎は激しい吐き気を催してきた。
(外に出よう)
新鮮な空気を求め、彼は刀の『物干し竿』を持って家を出た。
「まだ夜明け前ではないか」
空を見上げて呟く。空は東の方が僅かに白んでいるだけで、まだ太陽は見えない。
めいっぱい深呼吸をすると、少しだけではあるが吐き気が薄らいだ。
「少し、歩いてみるか」
言って歩を進める。とはいっても、なんの意図もないので、ただ適当な方向に進むだけだが。
しばらく歩いていると、昨日見かけた大きな建物を見つけた。
(あれは確か、卑弥呼の宮殿……)
暗がりのその宮殿はどんよりと佇んでいて、どこか近づき難い雰囲気があった。
(あの中に卑弥呼が……)
胸中で言って、宮殿を見つめる。
と、小次郎の耳に、水が流れる音が入ってきた。
川でも流れているのか――耳を欹てるとそれは卑弥呼宮の後ろの林から聞えてくるもので、滝であることが分かった。
小次郎は好奇心にかられ、滝を見てみたくなった。幸い、というか、宮殿の警備は手薄で、門番が二人しかいない。これならば忍びこむのは容易い。
裏の林に回り込んだ小次郎は二メートルもの柵を飛び越えて、楽々敷地内に侵入できた。太陽が少し照ってきたので、林の中でも何とか歩ける。
(滝は、こっちのほうか)
小次郎は音を頼りに足を動かした。
やがて滝の音は大きくなり、数十メートル先で林が途切れている。滝はすぐそこなのだろう。
そして林から抜け出すと、その目の前には小さな滝があった。小次郎はその美しさに息を呑んだが、下の池に人を見つけて声を漏らしてしまった。
「あ……!」
「誰!?」
相手は機敏に反応して返してくる。見ると、池の畔で体半分を水に浸した全裸の少女が、傍らの巫女の装束で胸を隠し、片手に小刀を持って怯えた表情でこちらを睨んでいる。年は十五、六くらい。美しい黒髪は水面に浮いて下半身を隠すほど長く、肌はまるで絹のように白くきめ細かい。
「し、失礼、私は怪しい者ではござらん! 道に迷って、たまたまここに来てしまった!」
小次郎は目を伏せ、刀を地面に投げて両手を上げた。
「あなたは……何者?」
「こ、小次郎と申す。道に迷って往生していたところを、この街の伊日留一家に救われ、一晩泊めていただいた」
少女の問いに小次郎は素直に名乗った。
「それでは、狗奴国の手先ではないのですね?」
少女は質した。
(狗奴国――)
その名を聞いて、小次郎は自分に与えられた任務を思い出し、もしやと思い、少女の名を訊いてみた。
「そなたの名は何というのですか?」
「え?」
少女は一瞬躊躇したような気配を見せ、しかし考えた後、こう答えた。
「私の名は、壱与と申します」
壱与、裸!?(;´д`) 早く次行こう!!