第一話 剣豪
『第一話 剣豪』は、私CIPHERが書かせて頂きました!
「ぬ……。」
頬を厭な汗が伝う……。
「どうした?足が動かぬか?」
クククッと厭らしい笑いが漏れる。
(見透かされている!) 武蔵は驚愕し一瞬眉が寄る。
「解り易い男じゃ。」
達磨が言う。
「どうじゃ?儂に提案がある。」
「な、何を言う…。」
武蔵の舌が喉とくっついて、上手く言葉を発する事が出来ない。
これは達磨の威圧による恐怖なのか、それとも達磨の怪しげな術なのか……。
ただ武蔵に解る事は、天下無双である筈の自分が……、剣豪宮本武蔵が、一度刀を構えたまま、擦り足一つ出来ないという事だけだった。それも、掛け軸の老人如きに!
「なぁに、簡単な提案じゃ。」
武蔵はゴクリと唾を呑んだ。
「足が動かぬのなら、刀を投げてはどうじゃ?」
達磨は目を細め、武蔵を諭す様に言った。
「何……。」
武蔵は絶句した。
剣豪である己が刀を投げるだと?そんな事が出来るものか!と、怒鳴り付ける事も出来ない。
「迷って居るのか?どうじゃ?言うてみい。剣豪宮本武蔵の心はどうじゃ?」
(俺の心だと……?) 両手に構えた刀がカタカタと揺れた。
武蔵は己の思いを必死に否定しようとする。
刀が震えるのは、長いこと構えを持していたからだと。
「それは、恐怖であろう?」
達磨が言い放った。
武蔵の思いをズバリと言い当てる。
その一言は、武蔵の衿持を粉々に砕いてしまった。
次の瞬間、刀は武蔵の手を離れ、達磨めがけて飛んでいた。
武蔵は侍の命である〈刀〉を投げたのだ。
天下無双の剣豪、宮本武蔵の最後の闘いであり、最期の時であった……。
「こ……こは?何処……だ……?」
男は野をおぼつかぬ足取りで歩いていた。
頭が痛い。
割れそうだ。
一体、此処は何処なのか……。
それ以前に、自分が誰なのかすら曖昧だ。
男は当て所無く彷徨っていたが、妙に腰がカチャカチャと五月蠅い。
不思議に思い目をやると、そこには二本の太刀がぶら下がっていた。
「あぁ、俺は……、宮本……武蔵……だったな。」
俺は、何故こんな処を彷徨っているのか? 少しづつ、武蔵の思考が回り始めた。そうだ、俺は既に……。
「……!!」
そうだ、俺は既に死んでいるのだ! 何故死んでいる筈の自分がこんな処に居るのだ!?
「どうやら、貴方も同じ疑問に当たったらしい。」
突然、真後ろから声がした。
同時に殺気を感じた武蔵は、反射的に身を屈める。
すると、さっきまで頭の在った位置にピュンと音を立てて白刃が閃めいた。
武蔵は白刃を躱すと、体を捻りながら前転し、膝立ちの姿勢で相手と向き合う。既に相手は刀を上段に構えていた。
「お前は!?」
刀が武蔵を襲う。
武蔵は即座に、腰に挿した二本の太刀を抜き、十字に組んで受け止めた。
刀一本では受け切らなかっただろう。〈物干し竿〉と称される大太刀であった。
「お前は小次郎!!」
天才剣士、佐々木小次郎。確かに、武蔵が厳流島で斬った筈の男である。
「お前が何故生きている!」
言いながら武蔵は小次郎の物干し竿を撥ね除けた。そして、立ち上がり構える。
「さあ……?何故でしょうね?」
二人は構えを崩さずに対峙する。
次の一撃を警戒しながら、ジリジリと間合いを詰める。
「今度の死合いは冷静です。姑息な手は通用しませんよ。」
小次郎が言う。
確かに武蔵は、小次郎を斬っている。
しかしそれは、武蔵の作戦勝ちとでも言う死合いだ。
小次郎を苛立たせ、大振りになった処を斬った。
辛くも得た死合いであった。
一度、剣を捨てた己が勝てるだろうか?楽に勝てる相手ではない。
いや、間違いなく最強の敵だろう。
そう思うと、何故だか萎え掛けていた気力が湧いてくる。
この、佐々木小次郎と言う男は、好敵手だと実感できた。
「良い目です。」
小次郎は唇の端を片方だけ上げて笑うと、張りつめた緊張を払うように、無造作に一歩足を下げる。
同時に刀を鞘に納めた。
あとほんの少しで本気の斬り合いになる、という刹那であった。 武蔵も二本の刀を鞘に納める。
「何故我等は生きて動いて居るのだ?」
「さあ?それは解りませんよ。」
侍独特の挨拶を終えた二人は、砕けた様子で会話をする。
但し、お互いの間合いには入ろうとしない。
「時に武蔵、途中からもう一つ、気配が増えていますね?」
「あぁ。」
言って、武蔵は右、小次郎は左を向く。
これで二人は同時に同じ方向を向いた事になる。
そこには、黒のスーツに革靴を履いた男が立っていた。
「あ、お気付きになられましたか?」
やけに明るく、にこやかな男だ。それに
「変わった格好だな。」
「まったくです。」
二人の剣士は怪訝そうに男を見つめた。
スーツなど見た事も無い、江戸時代初期の剣客である。当然と言えば当然の反応だろう。
「変わった格好……ですか?」
男は自分の見形を確認する。
「で?お前は何者なのだ?」
男に、殺気どころか闘う意志すら無いのを確信した武蔵は、無造作に歩み寄りながら話し掛けた。
「はい。私、こう言う者でございます。」
懐から革製の名刺入れを取り出し、武蔵に名刺を差し出す。
「何だ、この紙切れは?」
そう言いつつも名刺に印刷された文字を読む。
『世界時空管理センター 日本支局 スカウトマン
浅井 裕樹 』
「意味が解らん。」
武蔵の率直な感想であった。
「時空管理……?」
いつの間にか小次郎も、武蔵の横から覗き込む様に名刺を読んでいる。
「あ、小次郎様にも……、どうぞ。」
スカウトマン浅井は名刺をもう一枚取り出し、小次郎に渡す。
「何故名を?」
名刺を受け取りながら小次郎は、益々浅井を怪訝そうに見る。
「はい。実は御二方を生き返らせましたのは、我々《世界時空管理センター》でして。」「生き返らせた……。道理で小次郎が生きている訳だ。」
「貴方もね。」
武蔵と小次郎は互いに目を合わせる。
「しかし……、人を蘇生させる事など、容易には信じられませんね。」
小次郎は浅井に目を移しながら言う。
「はい。至極ご尤もなご意見です。まあ、色々と面倒な手順を踏まなければならないのですが、簡単に説明しますと、甦る仕組みとしては……、『彷徨う精神に呼び掛けて、人工的に作った肉体に注入する。』と言ったところです。」 マニュアルの様な言い方で浅井は言った。
「作られた肉体……ですか。」
「人工的と申しましても、我々の技術力を持ちまして、生前の肉体と何等変わりのないモノになっております。既に御二方の肉体は完成しておりますので、いつでも蘇る事が出来ます。」
浅井は畳み掛ける様に言う。
「し、暫し待て。今、我等が『いつでも蘇る事が出来ます』と申したな?我等は今、蘇って居るのではないのか?」
武蔵が訪ねる。確かに今、武蔵と小次郎は生きて動いているのだ。
「いえいえ、完全に蘇っている訳ではございません。
御二方が御望みであれば、蘇らせる事が出来ます。
逆に、御望みでないなら、このままで居て頂きます。
現在、御二方は精神体でございますので、放って置けば、いずれ霧散して消えてしまいます。」
浅井が答えた。
「我々に選択岐は無い、と?」
小次郎は浅井をにらみつけた。
「いえ、飽くまで御二方の意志でございます。どうされますか?」
「その様な事、決まって居ろう。二度も死ぬ気は無い。」
武蔵は即答した。が、小次郎は黙ったままである。
「小次郎様はどうされますか?」
「何か、交換条件でも在るのだろう。それが何か解る迄は、軽率に答えられる物では無い。」
小次郎は浅井をにらみながら言った。
「はい。蘇らせるに当たり、交換条件の様な物はあります。御二方には、やって頂きたい事があるのです。」「それは?」
「ここでは説明もしずらい。蘇らせる事も出来ないですしね。《時空管理センター》に一度御出頂き、そこで条件の説明を受け、納得した形で蘇って頂きたい。」
浅井は言いながら、懐からペン状の機械を取り出す。
「来て頂けますね?」
浅井が強い口調で、小次郎に言う。
「まあ、武蔵殿と同じく、二度も死にたくはないですから。」
「それは良かった。」
浅井は、溜息を付きながら後ろを向き、先ほど取り出た機械を自分の前方にかざし、スイッチを入れる。
すると、機械をかざした位置の空間が裂け、大きな丸い空洞になった。
「さあこちらです。付いてきて下さい。」
浅井は、ちらちらと後ろを気にしながら空洞に入っていく。
「仕方無い。我々も行きますか。」
小次郎が武蔵に言う。
「そうだな。」
二人も、浅井の後に続いて空洞に入っていった。