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第十二話 闇夜に浮かぶ灯火

リレー第一弾、名木です。

進展遅いですが……しばらくお付き合いください。

 いよいよもって騒がしくなってきたな、と竪穴式の壁に身を潜ませた小次郎は夜の闇にぼんやり輝く灯火に目をやって、舌打ちしながら呟いた。


 おそらく、自分が牢を脱したことを卑弥呼はすでに察しているはずだ。

その手助けをしたのが壱与であることも、宮殿内に彼女の姿がないことから想像するのは容易いように思う。


 ――さて、どうしたものか。


 と顎に手をやりつつ、やはり先ほどから彼の思考を妨げ続けている騒音を封じることを優先しよう、と首を後ろに向けた。


「――マリア」

「Yes?」

「武蔵の鼻に、何か詰め物を」

「Oh, leave the matter to me. 任せて下サーイ」


 軽快にそう言い放ちつつマリアは、命の危険が眼前に迫りつつあるこの状況にていびきを振りまきながら豪快眠る大男のエージェントに近づき、足元のきめ細かい砂をひと掴みすると、それを相手の鼻の穴に押し込みはじめた。徐々にガマガエルのようないびきが小さくなっていく。


 それでは死んでしまうのではないか、と目を瞑り量の手のひらを合わせたが、気にせず現状の打開策を練ることに集中した。


 敵の数はおよそ千より千五百の間。


 間違えても二千を越えることはあるまい。小次郎と武蔵の二人ならばたやすく突破し、近くの山林に身を潜ませることも可能だろう。


 ――しかし。


 小次郎は片隅で小さくうずくまった壱与に目をやった。見るものすべてを悲しみ包み込みそうな表情で首をうつむけている。


 それに、多少の豪快さは備えているものの、一応女であるマリアもいる。この二人を率いて逃げ切ることは、不可能とまでいかなくとも難しい。かといって、これ以上この場にとどまれば那癸の家族に迷惑をかけることになり、かえって状況が悪化しかねない。


「ぶはぁっ。何しやがんだ、この女ぁ!!」


 その大声に振り向くと、窒息状態からようやく目を覚ました武蔵が、鼻からぽろぽろと土砂崩れのように固まった砂を垂らしながらマリアに怒号を飛ばしていた。


 ノー、あんまり怒りっぽいの良くないデース、とマリアはけらけら笑っているが、対する武蔵は怒りと呼吸困難から顔を真っ赤にしている。


 それだけ大きな声を出しては、見つかってしまうのではないか、と小次郎は案じたが、ふと小さな話し声に気づき、耳を澄ました。どうやら、外から聞こえるようだ。次第に声量が大きくなってきていることから、こちらに向かっているものと伺える。


「しかし壱与様もご乱心だねぇ。まさか狗奴の人間を牢から連れ出すなんて」

「ということは、あの話は本当なのかね? 壱与様が卑弥呼様の跡を狙っている、とかいうやつ。狗奴とつるむってことは、つまりそういうことだろ?」

「案外、ありえるかもな。まぁ、俺も前々から怪しいとは思っていたけどね」


 話の内容からして、宮殿の衛兵か何かなのだろう。


 その相手を中傷しかねない内容に、思わず壱与を振り返るが、彼女は相変わらず膝を折りたたみ、顔をその間にうずめていた。話が聞こえていた様子はない。

 小次郎は再び壁に顔をくっつけた。


「ところで、その狗奴の連中ってどんな人相してるか知ってるか?」


 狗奴の連中とは我々のことなんだろうな、と苦笑い。


「俺は変な武器を腰から下げた二人組み、って聞いたけど」

「いや、牢の番兵の話ではもう一人、女がいるって話だ」

「ほう、女か。いいねぇ、美人だったら条件次第で俺、逃がしちゃうかも」

「残念ながら、なんとも妙ちくりんな言語を使う、背丈が小山ほどもありそうな大女らしい」

「……」


 ――小山ほどの大女……物の怪か?

 小次郎は一瞬首を傾げたが、すぐにそれが大げさな比喩であることに気づいた。確かにマリアは小次郎や武蔵の知るところの女人おなごとは違い、背が異常に高い。むしろ、男として大柄な類に入るはずの小次郎よりも一寸ばかり大きいように感じる。だが彼女の生まれを知る二人は「えげれすの人間は皆こうか」と頷きあっていたので気にするまでもなかったが訳だが、初めて見る者にとっては、やはり脅威でしかありえないのだろう。


「……怪物か」

「だな。見かけたら逃がすどころか、俺たちが逃げちまうことだろうよ」

「あっはっは、違いない」

「What!?」


 楽しそうな高笑いに対抗するかのごとく、突如甲高い叫び声があがった。何事、と反応した小次郎の鼻先を、切り裂くような疾風が駆け抜ける。長い黒髪が外套のように揺らめくのを見て、ようやくその風の正体に気づき、捕まえようと手を伸ばすが、わずかなところで白い手首はすり抜け、闇の中を一直線に駆けていってしまう。


 ――まずい。

 小次郎がそう思った刹那。


「Shut the fuck up!!(黙れ、この糞野郎)」


 耳元を劈く様な怒声が周囲に広がった。舌打ちした小次郎は意識を高め、周りに集中するが、どうやらその大声はかなり遠くのほうまで届いてしまったらしく、思いがけぬ数の気配がこちらに向かいつつあった。


「なななななな、なんだこの女は……」

「Son of a bitch!! ダレが怪物ネ!?」


 そんなことはお構いなしに怒り狂うマリア。相手はひょっとするとこれが狗奴の怪物か、と火に油を注ぐようなことを呟きながらも、彼女の剣幕に押されてたじたじになっている。


 だが、物腰からしておよそ素人ではない奴らが冷静さを取り戻すのにそう時間はかかるまい、といつの間にか小次郎の隣に座り込んでいた武蔵が呟いた。眠そうに欠伸をしているが、眼光はすでに鋭い。


「そうですね。……武蔵」

「あん?」

「私は壱与殿とマリアを連れてあの小山まで駆けます」

と、闇の向こうを指差し、

「あなたはしんがり(※しんがり=最後尾)で追っ手をやりくりしてほしい」

「……逃げる、のか」

「武蔵、これは……」

「構わん、わかっている。それに、これだけの大人数を相手にするのは関ヶ原以来だ。どんな形の戦だろうと、血がうずいてたまらん」

「戦は戦でも、勝ってはいけない戦です。彼らを滅ぼすのは、本物の狗奴の連中なのですから」

「勝ってはいけない戦、か。こりゃまた難しいな」

「ふふ、配役を変更しましょうか?」

「……いや、腰の大小にかけて、しんがりを守り通してみせる」


 いじわるそうに言う小次郎に眉をひそめながらも、口元に自然な笑みを浮かべる武蔵。再び自分の肉体で戦ができることが嬉しくてたまらない、といった様子だ。


「……では、そろそろ」

「うむ。あの怪物は任せろ」


 どうやら先ほどのやり取りを聞いていたらしい武蔵は、頷くと一足飛びに闇へと身を投げ出した。脇差の鯉口を切り、目標を定めると、えいや、と掛け声を発しながらそれを薙いだ。勢いのついたそれの峰の部分が興奮状態のマリアのわき腹に食い込み、ぐうっと声をあげて彼女が倒れる様を作り上げた。


 地に伏したマリアを一瞥してから、ゆっくりと視線を前に戻すと、躊躇せずに腰にぶら下がったままの太刀を抜き払い、顔を青くしている衛兵の眼前に片手で突き立てる。脇差を握った左手は、真っ直ぐ上に振りかぶり、天を仰いでいる。


 二つにして一つ、ゆえに天下無双。武蔵が自らの手で編み出した流儀、二点一流独特の構えである。極め付けに不気味な笑みを頬に浮かべると、相手の怯えは顕著なものとなった。



 ――おそらく相手はあなたの足元にも及ばないでしょうが、くれぐれもお気をつけて。


 武蔵の身を案じ、手のひらを合わせると、小次郎は立ち上がり、さあ、行きましょうと部屋の隅で怯える壱与の手を取って、騒がしくなりつつある夜の闇へと駆け出した。


 身をかがめ、地に突っ伏したままのマリアの体を拾い上げると、それを肩にかつぎながら、最後にもう一度、気をつけてと呟いた。あなたはいずれ、私が倒すのですから、と。

遅いな……確かに。指摘されるまで気づかなかった自分が恥ずかしい。

えっと、次回予告ですが、この後武蔵は最後尾で衛兵どもと斬りあいを開始して、その無骨っぷりをアピールします。

小次郎は目的どおり小山にたどり着き、そこでこちらに向かってくる匈奴の大群が邪馬台に向かっているのを発見します。

こんな感じで。では、次の人よろしく〜。

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