第九話 飛燕再臨
CIPHERです!早く!早く!壱与ちゃんに服を着せないと!(>_<)
さわさわと風が吹く。
「やはり。」
小次郎は呟いた。
「何が“やはり”なのです?」
壱与が訝しそうに訊く。 (聞こえてしまったのか!)
「いや、それは……。」
小次郎は慌てて弁解しようとする。その際、思わず顔を上げてしまった。
「ちょっ!」
それを見て壱与はすぐ様後ろを向いた。
「何なのです。覗きですか!」
壱与が怒って言った。
「いえ!決してその様な……。」
再び小次郎は目を伏せる。
「後ろを向いて。」
壱与が言う。
「承知。」
小次郎は、言われてすぐに後ろを向いた。
(しかし、滝の音があるにも関わらず。
よく先程の呟きが聞こえたな……) 等と小次郎が考えていると、後ろ、つまり壱与が居る辺りからパシャパシャと音がし、布の擦れる音がした。
「もう、良いですよ。」
壱与から声が掛かる。
「う、うむ。」
小次郎は緊張しながら、ゆっくりと振り返る。
振り返った時、壱与は巫女の装束に身を包み、手にしていた小刀を腰に挿していた。
「小次郎と言いましたね?道に迷ったとか。」
壱与は小次郎に訊いた。
疑っているわけでは無いのだろうが、しっかりと小刀の柄を握り、小次郎に近づこうとしない。
「うむ。異国から来てな。」
小次郎はどう説明しようか悩みながら口を開く。
「この邪馬台国と言う国にも全く不案内なのだ。」
「それなら、この国を早く離れた方が良い。今この国は、狗奴国といつ争いを起こすか解りません。」
壱与が真剣な顔で小次郎に言う。
「狗奴国と争い……。」
小次郎はゴクリと唾を飲み込んだ。
「しかし、今すぐこの国を離れるわけにはいきません。」
壱与に負けじと、真剣な顔で小次郎が言う。
「それは何故?」
壱与が返した。余程の事があるのかと、小次郎の顔をマジマジと見る。
「二日酔いで、頭が割れそうに痛い。」
「え?」
小次郎の答えに、壱与が思わず聞き直した。
「いや、無理に酒を飲んだので。」
小次郎が苦笑する。 壱与はその言葉を聞いて、一瞬驚いたが、すぐに笑い出す。
「アハハッ。小次郎さんて面白いんですね。」
「そうでしょうか?」
どうやら小次郎は、壱与と打ち解ける事に成功した様だ。
証拠に、壱与がいつの間にか小刀の柄から手を離している。
そして、小次郎の隣まで歩み寄ろうとする。
「小次郎さんは、邪馬台国まで一体何を……」
「しっ!!」
小次郎が砕けた様に話し掛ける壱与を、片手を上げて制した。
そしてゆっくりと屈んで、愛刀を掴み。更に林の中の一点をにらみつける。
「小次郎……さん?」
小次郎は、壱与の声が聞こえないかの様に動かない。 と、不意に
「っ!」
林の、小次郎がにらんでいた場所から、ツブテが飛んできた。
明らかに壱与目掛けて飛ぶツブテを、鞘から抜いていない『物干し竿』で叩き落とす。
「キャア!」
壱与が叫び声を上げる。
その間に、今度は別の方向からツブテが飛んできた。
敵の数は二人! 小次郎は瞬時に、飛んできたツブテを払いながら相手の位置を確認し、壱与に背を向け、庇う様に立つ。 壱与は、小次郎の背中にくっつく。
「怖いのは解ります。安心して見ていて下さい。」
小次郎が優しく壱与に言う。
壱与はそれを聞くと、そっと一歩退いて小次郎が動き易くする。
小次郎は鞘に納めたまま、刀を構えた。
そして敵の気配を伺う。
あまりに隙が無いからだろう。
二人の男が、ヌッと林の中から姿を表した。
その手には、鈍く光る剣が握られている。
「あれは!」
壱与が男達を見て叫び声を上げた。
「貴方達は狗奴国の!」
その顔に入った入れ墨は、狗奴国独特の紋様であった。
「ちっ!顔を見られる前に殺っちまうつもりだったのにな。」
右の男が言った。
「あんなのが居るなんて聞いてねえぞ!」
今度は左の男だ。どっちの男も、頭が悪そうな、基い、凶悪そうな顔をしている。
「聞いてない?何の事です?」
小次郎が眉を寄せ、二人の男に問う。
「オメェには関係ねぇだろ!」
左の男が言い放った。
「で?こんな時、どうするんだ?」
さっきの勢いは何処へやら、又々左の男が右の男に訊ねる。
「オメェがさっき言ってたろ!」
右の男が左の男に怒鳴った。
「あんな奴は関係ねぇんだよ!」
右の男が小次郎を見ながら言う。
「関係無いとは……。」
小次郎が苦笑する。
「貴男方は何者なのです?」
「しつけぇなぁ!関係無いって……。」
「まあまあ、」
左の男が言い掛けた処で、右の男が宥めた。
「壱与と一緒に殺っちまえば良いのさ。」
右の男がニタリと笑って小次郎を見た。
「要するに、貴男方は刺客なのですね?」
会話をしていて、疾うに解っている事を、男達に確認した。
「はっはっはぁ。やっと気付いたか!」
左の男が笑い出す。
「もう、何も言うまい。」
小次郎は呆れて小声で言った。
「それじゃあ二人とも、死んで貰うぜ!」
右の男が叫ぶと、
「武器を持った者に、手加減は出来ませんよ。」
小次郎は刀を抜いた。
陽の光が白刃に反射する。
同時に小次郎の体から、殺気がほとばしった。
その殺気を受けて、刺客は一歩後ずさる。
「どうします?やりますか?」
小次郎が不敵に笑う。
「くそう!」
挑発され、刺客の二人は同時に小次郎に斬り掛かった。
しかし、何の型も出来ていない攻撃など、天才剣士である佐々木小次郎に当たるわけはなかった。
二人同時の攻撃を、体を少し開くだけで躱す。
刺客二人は無防備になった。
小次郎は刀を上段に降り上げ、向かって左の相手、右の男に、斜めに斬り掛かる。
敵も然る者、刺客に来るだけはある。
体勢を崩しながらも、小次郎の太刀筋に反応する。
小次郎の袈裟斬りを、剣で受け止めた……筈であった。
「覇阿!」
小次郎の刀が、受け止めた剣ごと、左の肩口から、右の脇腹まで真っ二つに斬り伏せる。
刺客の持っていた剣は銅剣であった。
鉄の刀を受け切らずに折れてしまったのだ。
勿論、小次郎の技量が圧倒的に勝っていた為に、物干し竿は刃こぼれ一つしていない。
「よ、よくもぉ!」
右の男が倒されてしまい、左の男は逆上して、小次郎を斬りに上段に構える。
並の剣士ならば、虚を衝かれていただろう。
しかし小次郎は、相手が剣を降り下ろす前に刃を返し、驚異的な速さで相手の体を横薙に斬る。
袈裟斬りからの横薙。
降った刀の刃を、急激に反転させて斬る。 『秘剣 燕返し』 であった。
「ぎやあぁぁ!」
二人目の刺客が、断末魔の叫びを上げて倒れる。
たちまち、辺りに血の臭いが立ち籠める。
「す、凄い……。」
思わず壱与が呟いた。
「危ない処でした。」
小次郎はそう言いながら、失敬して倒れた刺客の服で、刀に着いた血を拭う。
「何故、貴女に刺客など放たれたのでしょう?」
刀を鞘に納めると、壱与を振り向いて訊ねる。
「それは……、私が次期女王だと噂されているからだと……。」
壱与は言いづらそうに口を開く。
「噂?」
「はい。飽くまで噂です。私が卑弥呼様に取って代わろうとしていると。」
壱与は小次郎に涙目になって訴える。
「卑弥呼様にも、この噂が耳に入っているらしく……。あからさまに邪険に扱われて!」
到頭、壱与は両手を顔に当て、泣きだしてしまう。
小次郎は何をして良いか解らず、ただオロオロしていた。
小次郎は何となく、壱与の両肩に、自分の両手を置く。
壱与が顔に当てた手を離し、小次郎の顔を真っ直ぐ見た。
小次郎も壱与の目を見返す。 と、
「叫び声がしたのはこっちだ!」
声と供に二人の男達が走ってきた。
格好を見ると、恐らく門衛の兵士だろう。
「あ、壱与様!」
走ってきた兵士の内、一人が言った。
「侵入者だ!武器を持っているぞ!」
小次郎は最初、抵抗しようと刀に手を掛けていたが、門衛の兵士だと解ると、両手を高く上げた。
「確かに侵入者ではあるかも知れません。しかし私は……。」
「黙れ!壱与様から離れろ!」
小次郎が弁解し終わる前に、兵士が遮った。
「違うの!小次郎さんは……」
壱与が険悪なムードの兵士に語り掛ける。
「弁解なら、後で幾らでも聞きましょう。オイ!そこの怪しい男を引っ立てろ!」
ずっと話していた兵士が、隣にいる兵士に命令した。
「はっ!」
命令を受けた兵士が返事をし、小次郎に近づく。
「ちょっと待って!」
壱与が止めようとするが、兵士は小次郎の腕を後ろ手に縛り、刀を取り上げた。
「小次郎さん、何で抵抗しないの?」
「抵抗しても仕方無いでしょ?」
小次郎は壱与にニコリと笑いかける。
「後で返して下さいよ。」
刀を抜いた兵士に、小次郎が話しかける。 顔は笑っているが、目が座っていた。
「ひっ。」
恐怖で思わず声を上げてしまう。
「何をやっている!早く引っ立てろ!」
「済みません!」
兵士が気を取り直し、小次郎に縄を掛け、引っ張る。 小次郎は始終無抵抗であった。
「小次郎さん!」
壱与が後ろから声を掛ける。
振り返る小次郎。 (貴男は命の恩人です。この恩は必ず。) 壱与の瞳が語っていた。
書くの遅くて御免なさいm(__)m 壱与ちゃん風邪ひかないでね。 それでは、第十話に続きます。