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直結

「「ギャイー」」

 二つの低い音が地下道をこだまする。それを聞きながら、俺はまず周りの把握に努めた。振り上げられた重い拳から逃れる為には、何がなんでも俺達二人が生き残る活路を少しでも開かないといけない。

アルエ二体の全長がギリギリ入る縦幅の暗い地下道。天井にある蛍光灯が微かに光りを放っているおかげでなんとか目の前が見えないということはない。しかし目の前にはどこまでも続く地下道が。トンネルのような半円を模るコンクリートの壁に囲まれたこの地下道を通り抜け、『出来る人間』が住む街へ誰にも見つかることなく侵入するには果たしてどれ程の時間がかかるのだろう。些か、考えるに堪えない。

 傍らには「ど、どどどどうしますかこれ!」とこれまた慌てふためく零久慈零が居る。どうするも何もお前の馬鹿力があればなんとか逃げられるだろう、と思ったのだがそうすると俺一人だけがアルエからの攻撃を逃れることが出来ない。かと言って先刻のようにドライバーを片手にアルエを分解出来れば良いに越したことはないのだが、残念ながらそれは不可能だった。

「い、イカルガ! 何をしてるんですか、早くさっきみたいにババッとカッコつけながらアルエを分解してくださいよ!」

「残念ながら、無理だ」

「何でですか!」

「実を言うと」出来る限り、俺は申し訳なさそうに言う。「もう、走れない」

「ハァ?」

 傍らで慌てふためいていた筈の零久慈零の口調が突然変化した。ヤンキーだ、ヤンキーが地下道に潜伏しているぞ。頼むから誰かこのヤンキーゴリラを地下道から追い出してくれ。見ろ。アルエが以前腕を振り上げているにも関わらず、零久慈零はそんなことなどお構いなしに役立たずの俺を睨むのだぞ。というかいつになったらアルエ達は拳ん振り下ろすのだと疑問に思って上を見てみると、既に二体のアルエは行動を実行に移していた。俺とアルエを叩き潰す。ただそれだけの為に。

「うおおおお!」「キャアアア!」

 二種類の悲鳴が重なったと思うと、いつの間にか俺の体は零久慈零の両手によって浮かされていた。先刻と同じ、上空が見える仰向けの恰好のまま零久慈零の体移動と同様に動く俺の肉体。

 この時確かに俺は見た。

 全力で振り下ろされたアルエの二つの拳が、重力も加算された速さで俺を潰そうとしたのを。

 全速力で進む零久慈零のおかげで、俺の視線が捕らえた大きな拳と直撃せずに済んだ瞬間を。

 零久慈零は俺の体という重りを持ち上げながら、二体のアルエの足の間を通過した。ただでさえ巨大な四足の間のただでさえ小さな空間だ。なんとか零久慈零はアルエを背に走ることに成功したのもつかの間、振り下ろされた強固な拳によって地下道全体が揺れる。「うわっ」「何でですか!」と互いに戦きながら、その揺れになんとか耐えることが出来た。

 ここで終わればこれ程楽なことはない。

 だが、二体のアルエは。

 体を捩らせながら、アルエの体に対しては小さな地下道という空間を飛び始めた。足から煙りのようなものを出しながら、ゴゴゴゴゴと大きな音を起てながら。アルエ達は、俺達を消す為だけに飛び上がる。

「このような小さな空間で飛ぼうとするな! 無理があるだろう、無理が!」

「何考えてんですか貴方達! ほら、崩れちゃいますよ地下道が! だから落ち着いて! お願いだから落ち着いて話をしましょう!」

 俺と零久慈零の必死の説得も虚しく、アルエはそれなりの速さを保ちながら地面と平行に飛ぶ。一体が前に、一体がその後ろに。改めて思うが奴らはどのようにして飛んでいるのだ。腹部を下にしながらの飛行はどう考えても足からの噴出だけでは実現不可能な筈だぞ。「何で奴らはあれで飛べるんだ!」

「知らないですよそんなの!」風を切る、というような感覚が俺を包む速度で零久慈零は走る。顔が自然と引きつる速度を成人男性一人持ち上げたまま出せるとはこれ如何に。「どうでもいいですそんなこと! それよりもイカルガ! 何で貴方、走れないんですか!」

「ああ。そんなことか」

「そんなことかとはどういう意味ですか!発言には気をつけろよいい加減にしろよテメーこのヤローすいません!」

「お前の方が発言に気をつけろ!」

「うっさいです! すいませんがとにかく早く理由を言ってください! イカルガを担いでいるせいでアルエを倒せない私の不甲斐無さがそれによって解消されるかもしれませんから!」

 依然アルエは俺と零久慈零を追い掛ける。というより、前方の一体がたまに拳を振るせいで大変危ない状況に俺達は居るのだ。早く出口を見つけなければ。いや、そういえば入口はあったか。瞬間移動で来たせいでよくわからないが、なんだか入口すら無いかもしれないという一抹の不安が頭をよぎる。思い返してみると、瞬間移動した直後の俺達のバックには壁があったような。ならば、出口に辿り着いてアルエから逃れるどころか、もしかしたら出口そのものがないのでは――。

「なあゼロちゃん。この地下道って、出口はあるか」

「またもや私の質問は無視ですか! ……だったら私も、またもやイカルガを投げますよ」

「すみませんでした」

 投げますよと言う零久慈零の口調がとてつもなく低かったせいで、無意識のまま腰が低くなる。体を持ち上げられた状態で腰が低いというのもおかしな話だが、表現上の齟齬という奴だろう。あまり気にしない方がいいに決まっているので、それと同じように零久慈零の口調を気にしない方向で俺は説明する。

「この街は『不出来な人間』が集う街だ。そんな屈辱的なカテゴリーに割り振られた皆は初めは憤りを感じていたのだが、だんだんどうでもよくなり現在では誰も外に出ない状況が続いている」

 アルエの攻撃を肌で感じながら、それでもつらつら語れる俺の精神状態は恐らく強靭なものなのだろう。それが、『出来ない』と思ったら抗いたくなる俺の性からなのか、零久慈零が真下にいるからなのかはわからない。「俺の両親はネトゲに嵌まって、そして現実から逃げた。それから一向に外に出ないようになったのだ。詳しくは把握できないが、恐らくは他の皆も同じような状況なのだと思う。そんな中、一人で外に出るのは苦難を極めた。俺はあまり外に出たくなく、自動的に運動しなかったのだ」

その結果がこれだ。先程は無我夢中に華麗な動きをしてみせた。「理解、分解、再構築」などこっ恥ずかしい残念な台詞を吐きながらアルエを分解した過去は今にしてみれば懐かしい。あれ程力の限り動いたのは何年振りであろうか。おかげで俺はほとんど体が動かなくなっていた。『出来る人間』と『不出来な人間』を阻む壁に寄り掛かっていたのもその為だ。すぐ立ち上がろうにも、立ち上がれなかった。少し休憩したおかげでなんとかあの場は立てたが、今ではもう歩くことさえ困難であろう。どうだ、見てみろ。俺の体は、零久慈零に運ばれるその振動だけで酸素を極限まで求めている。ゼーハーと口からもれる肉体の限界を示す行動は、俺の体に少しだけだが酸素を供給してくれる。感謝感激だ。ありがとう、我が肉体の構造と酸素よ。二酸化炭素よ、グッバイ。

「事情はわかりました。この街が二つに分かれているのは知っていましたが、まさかそういう分け方をしているとは。すいません、馬鹿にして。イカルガの評価を訂正します、すいません」

 俺が呼吸を繰り返していると、零久慈零がゆっくりとこう言った。後方からは尚もアルエが二体。何だろう、不思議と怖くない。一撃が掠るだけでも致命傷なのは間違いない筈なのに、俺は全くアルエが怖くなかった。そんな意味のわからない心理状態に陥っているとは露知らず、零久慈零は上に居る俺へ喋る。

「つまり、イカルガは運動不足のニートということですね」

「あの話聞いてそこに行き着くのかよお前!」

「え、あの、お気に召しませんでしたか」しんみりと言う零久慈零。「ニートって日本語でカッコイイという意味だったと思うのですが」

「…………」言われて思い出した。確かにニートはそんな意味を持っている。引きこもりの最先端の異名を持つあれとは全く別物な筈なのに、何故同じ名称なのだろう。紛らわしいだけなのに。

「怒鳴ってすまなかった。運動不足という点は否定出来ないからな。素直にありがたく、その評価を受け取ることにする」

「わかったかよニート」

「……ん? 何故だか今罵倒されたような気がしたのは気のせいであろうか」

「気のせいに決まってますよ、すいません」

 そう言うと、アハハ、と笑う零久慈零。とてつもない速さで走っているにも関わらず、地下道の出口とやらにはたどり着く気配すらない。アルエは未だに追い掛けてきて攻撃を繰り返している。何なのだ、この安心感は。全くこの状況が怖くない。俺だけではなく、アルエも同様らしい。「すいませんがイカルガの汗が気持ち悪いです」と軽快に俺を罵倒する様に、恐怖のきの字も見当たらない。

「おお」何故なのだ。そう思った俺は、ある一つの物体を思い出した。左手に今の今まであったその存在をすっかり忘れていた。改めて思う。阿呆か俺は。「今の俺には、瞬間移動装置があるではないか」

「やっと気付きましたか。このままずっと走り続けることになるかと思いました」零久慈零は、馬鹿ですねやっぱり、と呟きながら笑う。「この地下道は元々走るだけでは出口に辿り着けない仕組みになっているそうです。アルエに遭遇した時は少しだけテンパりましたけど」

「あれが少しか」

「だから私は、イカルガがその言葉を言うのを待ってました」

「俺の発言を無視するそのリアクションは一切無視しよう。それより、何故、待っていたのだ。そのようなことを思い出したのなら直ぐに言えば良かろうに」

「何で、でしょうね」そう言うと、零久慈零は静かに呟いた。「出来る限り、私はイカルガに助けて貰いたかったからなのかもしれません」

 その呟きを皮切りに、俺達二人は一瞬だけ無言になった。何だ。何だこの無言空間は。きりきりと胸が痛む。理由はわからないが、一刻も早くこの無言状態から、しいてはアルエが後方で俺達を追い掛ける状態から抜け出さなければ。

「では、ゼロちゃん。押すぞ」

「はい。すいませんがお願いします」

 瞬間移動は自分が知っている場所でないと移動出来ない。

 そうであるならば。

 暗がりでも一応は見える『目の先』という場所に瞬間移動することも、可能になる。

 零久慈零の了解を聞くと、無言でスイッチを押した。一瞬だけ視界が途切れ、そして視界が復活する。先刻まで聞こえていたアルエの飛行時に出る音が遠く聞こえるのがわかる。どうやら瞬間移動は成功したらしい。

「やりましたね、イカルガ」そう言うと、零久慈零は何故だかその場に止まった。何を突然、と問いかけようとした俺を地面に降ろす。

「何をしている! 瞬間移動したといってもアルエはまだ近くにいるのだぞ! それなのに何故止まるのだ」

「うるさい声を小さくしながら後方をご覧ください、すいません」

 言い方がカンに障ったが言われた通りに零久慈零の指先を見る俺。そこには、アルエが二体居た。ただし、飛行した状態のまま、その場に固定されたように動かない姿で。

「……ジョースター家の輩が時間を止めたのか?」

「誰ですかそれ。違いますよ。さっき言ったじゃないですか。この地下道は走ったりするだけでは前に進むことは出来ないって」

「いや、それにしてもこの光景は信じがたいぞ」

 ゴゴゴゴゴと確かに音を起てているにも関わらず、全くこちらに近づかないアルエが二体。三角の顔は依然俺達を睨んでいる。小さな子が見たら一生もののトラウマになりそうだ。否、二十代前半の男性が見てもトラウマになる。

「さあイカルガ。なんやかんやありましたが、ついに辿り着きましたよ」呆然とアルエを眺めていると、零久慈零が唐突に言った。「ここが、出口です」

「出口? 出口など何処にもないではないか」

 言われて周りを見てみても周りには暗がりしかない。光りが届く大穴もなければ、地上へと繋がる橋もない。これの何処が出口なのだろう。

「アハハ。大丈夫ですよ。そんなに心配そうに周りを見渡さなくても」

「いや、俺はお前の頭を心配に思っている」

「おいおいって感じですよ本当に」

 言いながら零久慈零が拳を握り始めたので「すいません」と謝ると、零久慈零は満足したのか「えっへん。わかりましたか私の凄さが」とまたまた薄い胸を張る。凄くないぞ零久慈零。何処が、とはあえて言わないが。

「この地下道は歩いても走っても前に進まないんです。ですが、少しだけ前に進めばそのすぐ上は壁の向こう側なんですよ」

「なんでそんなことがわかる。もしかしたここは壁の真下かもしれないのだぞ」

「わからない男ですねイカルガは」軽やかに冒涜しながら零久慈零はため息をつき、人差し指をアルエがいる方向とは反対に向ける。「だったらほら。もう一度向こうに瞬間移動してみてください」

 言われるまでもない。願ったり叶ったりの提案に乗った俺は、前フリも何もなしに前方へ瞬間移動すべくスイッチを押した。視界が途切れ、視界が復活する。さあこれで零久慈零とはおさらばだあっはっはと思っていたら、横にはニヤケ顔の零久慈零が居た。

「なっ、これはどういう」

「わかりましたか。結局ですね、この地下道も二つに分けられているんです。イカルガが住む街に繋がる地下と、王が住む街に繋がる地下。この二つしか、地下道は存在しないらしいのです」

 全部受け売りなんですけどね、と笑う零久慈零。その顔にはしてやったりと書かれていた。俺をこけに出来たのが嬉しいのだろうこん畜生。

「まあいい。わかった。ゼロちゃんが言いたいことは充分わかったから。早く地上へ向かおう」

「アハハ。合点承知です」

 いやいやいやいや。

 俺は今、悔し紛れに言ったのだが。何故零久慈零はそんなに簡単に地上へ行けるような口調で喋るのだ。考えてもみろ。出口とはいっても口だけだ。地上に繋がる梯子も何もない――。

「えいっ」

 零久慈零は。

 地面にヒビを入れながら、思いっ切り飛び上がった。

 握った拳を、頭より上にして。

 あろうことか、零久慈零は地上へと向かう為に地下道の天井を力尽くで破壊したのだ。

「何ををを!」スタンと着地する零久慈零は、直ぐさま行動を切り替えて地面に落ちる天井の残骸を高速で粉々にしていく。その間、俺は呆れながら眺めるしなかなった。

「驚いてるだけじゃ、待っているだけじゃ何も変わりませんよ。すいませんが、さあ選んでください。私に持ち上げられて地上へ行くか、瞬間移動で地上へ行くか」

 零久慈零は天井を粉々にしつくすと、アハハと笑いながら俺の横に着地した。上からは光りがもれる。地面に散らばった残骸の残骸の中には明らかにコンクリートでない物体が交じっているので、零久慈零は地上から落ちて来た物をも粉々にしたのだろう。馬鹿力も程ほどに。限度を考えろ、限度を。

 まあ。

 朗らかに笑う零久慈零に。俺に向けて右手を差し出す零久慈零に。文句が言える訳ないのだけれど。

「行くとするか。地上へ」零久慈零の右手をとって、俺は言った。「一緒に、連れて行ってくれ」

「あ、あれ。イカルガのことなのでてっきり瞬間移動で地上へ行くとか言い出すと思っていたんですけど、すいません」

「細かいことは気にするな。さあ行こう。無限の彼方へ、さあ行こう」

「何処ぞのスペース関連の玩具ですか貴方は」

 アハハと笑う零久慈零に体を抱き寄せられ、地上へ向かう俺の体。またもや風を感じるが、まあ、悪い気分ではない。

 それなのに――。何の前兆も無しに、ふと思い至った。

 もし。もしだ。

 地上に居るのが兄か姉だった場合、俺は一体どうすればいいのだろう――。


「来たようだね、ソラ。盛大に穴をあけてくれちゃって。どうするんだい、この床。台なしだ」


 悪い予感は大体当たる。

 地上に着地した俺と零久慈零の目の前には、俺の兄が居た。

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