直撃
「嘘をつくな嘘を」
零久慈零の告白に対して、俺は静かに否定する。王様が持つ機密事項を探る為に他の街から派遣された改造人間、だと。そんなよまい言を信じられる訳がない。「もう一度繰り返すぞ。お前は一体何者なんだ」
「だから言いましたよね。私は他の街から来た改造人間なんです。私みたいなか弱い乙女が単なる一般人ならあんな風に跳んだり跳ねたり媚びふったり出来る訳がないでしょう」
「媚びをふったか弱い乙女とは誰なのだ」
「あ、わかりましたよ。イカルガはか弱いアジアンビューティーであるこの私のなまめかしい身体が弄られた結果だとは信じられないのでしょう。すいませんがご安心ください、私の受けた改造はそんじょそこらの改造ではないのです」
「そんなことは今さっきまでのゴリラを見てわかっている」
「乙女に向かって間髪入れずにゴリラ呼ばわりってあんた正気ですか!」
「どうでもいいんだよそんなことは」
零久慈零の反応を無視して俺は追求しようとした。王様が持つ機密事項を探る為にうんだらかんたらというような有り得ない発言を問い詰めようとしたのだが、しかし言いよどむ。ここで追求したところで、零久慈零はこれ以上のことを言ってくれるのだろうか。いや、恐らくだが零久慈零は自分が信じていることを本当のことだと思って言っている。ならばこのよまい言の原因は、零久慈零を派遣した他の街の人間なのだろう。だったらこれ以上追求しても仕方がない。大人しく零久慈零の言い分を聞くとしよう。
「すまなかった。お前はそういう人間なのか。では、頭の中に受信した情報とやらと、今現在アルエがどうしているかを教えてくれ」
「ゴリラ呼ばわりされる覚えはないんですよこのブタゴリ……って、な、なんですかその変わり身。すいませんが怖いです」そう俺に侮辱を加えようとしながら身震いした零久慈だったが、深呼吸をして再び俺の質問に答える為と身構える。「えと、今、私の頭の中には他の街の科学者さんが作ってくれた二つのチップが埋め込まれています。一つは私の身体能力を飛躍的に向上させるもの。そしてもう一つのチップがこの街の王様の命令を受信するものです。どうやらこの街にも同じ構造をしたものが製造されているらしく、それを伝ってこの街の王様は街の人達に命令を出しているみたいなんです」
この街の人間、というのは間違いなく『出来る人間』達のことであろう。当然なのかなんなのか、俺の頭の中には王様の命令が伝わるチップという物騒な物は入っていない。『出来る人間』の皆さんの頭の中にはそんなものがあるのか。チップを頭の中に入れる、つまりは手術でもしたのだろう。頭に無機物をねじ込むなど想像するだけで恐ろしい。
そのような事実があれば零久慈零の一連の発言にも納得がいく。つまり、零久慈零は街の人々に出される『零久慈零を捕らえる為の命令』を街の人々と同じように受信することが出来るのだ。いわば作戦が筒抜けな戦争状態。情報をねこそぎジャックしているのだ、零久慈零は。科学技術が進んだらしいこの街よりも、零久慈零を送り込んだ街の科学技術の方が数段階上なのだろう。そう思うとやはり零久慈零を送り込んだ街は凄い。アルエを軽く倒す身体しかり、チップ複製しかりだ。
「となるとゼロちゃんは、先程アルエを街に待機させるなどというような旨を受信したのか」
「あ、はい、そうです。『皆の者、アルエを街に集中させろ。零久慈零はいずれ私の近くに来る。ならば、壁を越えてくる零久慈零を狙い撃ちにした方が早いのは至極同然の道理である』とかなんとか言ってましたね」
「そうか。ならば逃げよう」
零久慈零の発言を聞き、自然とこの言葉が口に出ていた。零久慈零は俺の反応に対して「はい?」と惚けた声を出したが冷静に考えてもみてくれ。壁の向こうにいる王様が何を考えてそのような命令を出したのかがわからない。わざわざ『出来る人間』が住む街で迎え撃たずとも、不必要になった『不出来な人間』の住むこの街で生き残ったアルエを総動員して零久慈零に仕向ければいいのは誰もが同意する結論であろう。なのに、零久慈零を自分に近づけるという王様の心中の底が知れない。余程機密事項を失うなど考えていないのか、俺などでは到底想像し得ない程残虐な罠をはっているのか、もしくは機密事項とやらが最初から存在しないかのどれかが、零久慈零のこれからの展開に含まれている。因みに俺は一つ目と二つ目が有力候補だと睨んでいる。三つ目の可能性は恐らくないと思うが、まあ正直よくわからない。
よくは、わからない。
けれども、もし、三つ目の可能性が本当だった場合、全ての話が大きく変わる。変わるのだが、しかしこれだけは思える。この先壁の向こうに何が待ち受けていようとも、『不出来な人間』である俺に関係のない話であることは間違いがないのだ。
「俺は逃げるぞ。お前に着いていく義理はない」
「え? 何を、言って、るんですか? 一緒に来てくれないんですか?」俺の提案に、戸惑いの声をあげる零久慈零。「私とイカルガは共にアルエから狙われる立場じゃないですか。私と一緒に来て下さ」
「嫌だ。何故俺がお前に着いていかなければならないのだ」
零久慈零の言い分に批判をすると、零久慈零はうっすらと涙目になりはじめた。だけども涙は流していない。嘘泣きと言われる芝居であるかもしれないのだが、悲しい顔をしている零久慈零の本心は泣きたい気分なのだろう。
そんなこと知るか。
零久慈零が例えどうなろうとも、俺には関係がない。「俺は、お前に巻き込まれたんだ。もう一度言う。これ以上お前についていく義理はない」
本心からそう思っていた。一時、零久慈零という存在に対して好奇心が生まれたことはあったにはあったが、今はもう欠片も残っていない。先程の訳のわからない発言で零久慈零に対する興味は全て失われた。
しかし、ここで予想外のことが起きたのだ。
「い、一緒に来てくれないんですか」両手を目に被せた零久慈零の声が震えている。「確かに私はイカルガを巻き込みました。本当にすいません。謝っても謝り尽くせないと思います。でも、私、正直ほっとしたんです。イカルガがいて、イカルガがアルエを倒して、私の方を見てくれたあの時、それより前、最初の時から」
私は今まで一人でアルエと戦ってきました。一人でいる時、アルエを倒すどころか私は逃げるのだけで精一杯だったんです。
「だから私は貴方の家の屋根に落ちました。逃げてたんです、あの時私は必死になってアルエから逃げてたんです。だけど」
イカルガが側に居ると、私はなんだかホッとして。何でだかわからないんですけど、それでもイカルガの顔を見ると、イカルガの声を聞くとホッとして。
「気付くと私はアルエを倒していたんです」
――今まで俺に散々暴言を吐き散らしていた零久慈零が、声を震わせながら心中を話している。
両目に被していた両手を外した零久慈零は、泣いていた。頬を目一杯赤くして、泣いていた。ゆっくりと近づき、俺の両手を握る零久慈零。その手は小さく暖かく、そして柔らかかった。巨大ロボットの一撃などくらえば簡単にひしゃげてしまいそうなきゃしゃな手。それらが今、俺の両手を握っている。
「すいません」零久慈零は泣きながら、俺の両手を握りながら、呟いた。「すいません。すいません。わがままだとはわかってます。イカルガを危険な目にあわせることはわかってます。でも、私には何故だか貴方が必要なんです。この胸の中のポカポカした何かが、貴方を私が必要とするんです。すいません。でもお願いです。私にはイカルガが必要なんです。アルエが貴方を襲おうとも、必ず私が貴方を守ります。だから、お願いです。私の側に居てください」
懇願の声はとてもおしとやかに、俺の中に放たれる。今まで何の好奇心も抱いていなかった零久慈零に対し、先刻のそれとは比較にならないくらいの好奇心が生まれた。それが何故だかわからない。零久慈零が俺を必要とする理由と同じように、わからない。
だが、少しくらい。あと少しくらい、この零久慈零という厄介な存在についていってもいいのではないだろうか。危険は元より承知だ。アルエが十体同時で俺を襲ってくるかもしれない。でも、俺には零久慈零が側にいる。零久慈零の側には俺がいる。それで何かが変わる訳ではないのだけれど、何かの奇跡は起きるかもしれない。
そうだ。奇跡だ。
『不出来な人間』と断言された俺に、何かが出来るかもしれないという奇跡。
実際に、零久慈零の側にいたおかげで、零久慈零が俺を巻き込んでくれたおかげで、瞬間移動が出来る装置を造ることが出来たのだ。
零久慈零が居れば、出来ることを一つでも多く増やせるかもしれない――。
などという誇大妄想をする程、俺の頭の中はオーバーヒートしていた。温もりが。俺の両の手から温もりが伝わる。その温もりは、何年も味わったことのないものだった。
誰かに必要とされている、この快感。
零久慈零に必要とされているとわかる、この温もり。
「俺の方こそ、キツイ言い方をしてすまなかった」パッと手を離し、零久慈零の両手を俺の両手で包み込む。「何故だかわからないが、俺もゼロちゃんの側にいたいらしい」
そう言うと、零久慈零は「今更そんなこと言うなんてズルイですなんて思ってすいません」と言って、涙ぐみながら俺を見上げて笑った。
ズルイのはどっちだ、と言うのをなんとか堪えた。