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 突然ですまないが、瞬間移動という摩訶不思議な事象は本来ならば実行に起こすことが不可能な事象である、ということをここに思っておこう。昔テレビか何かで拝聴したのだが、宇宙を戦艦で駆け抜けるアニメーション上に使われるワープ――所謂瞬間移動的なものを現実世界で使えるかあらゆる観点から調べたらしいのだ。その結果、「ワープを行うことは不可能」という結論に世の科学者達は至ったという。この話が真実であることは間違いないと思うので、本来ならば、俺と零久慈零は瞬間移動などといういわくつきの回避方法により、アルエが腹部から放ったレーザーを避けることは不可能な筈なのだ。しかし、俺達二人はアルエによる攻撃を回避することに成功した。何故だ。何故なのだ。「何故瞬間移動など出来るのだ」

「知りませんそんなの! 死ななかったんですから別にそんなことどうでもいいじゃないですか! と、とにかく! ここは何処なんですかって聞きたいんです私は!」

 俺の悲痛な疑問に対し、「すいませんが死ななかったっていう結果が全てだと思います!」と結論付けようとする零久慈零。どう、なのだろうか。このまま、実現不可能なワープが出来るリモコンを無意識で造りだしてしまった俺の快挙を触れずに流してしまってよいものなのだろうか。いや、というよりも、もしかしたら俺はこの短時間の間にとてつもないものを作り上げたことになりはしないだろうか。何かの賞を獲得するどころか、この技術を応用すれば何でも出来てしまうのではなかろうか。先刻までのアルエが襲いかかる恐怖で震えていた手が、今は別の理由で震え始めた。瞬間移動って。凄すぎる。しかも単なる瞬間移動ではない。このリモコンが持つ瞬間移動機能は、アルエが放った巨大なレーザーでさえ瞬間移動することも可能だったのだぞ――。

「いいですか! すいませんがとにかくうだうだ膝丸めてないで私の質問に答えて下さい!」俺の頭の中で行われている緊急会議にまるで気付かないまま、零久慈零は俺の顔の前で指を三本立てる。「質問は三つです! 何で私達はここにいるのか、アルエのレーザーはどうなったのか、そして今この場所がどこでどんな場所なのかっ!」

「質問が四つではないか」

「……すいません四つでしたこの揚げ足取り野郎いいから答えやがれや」

 膝を抱えて座る俺と視線を一緒にして座り、暗い顔で質問してくる。右手の指を三本から四本に変更したことに関してはこの際言及することをやめよう。それよりもまずは零久慈零の指摘に答えるべく、周りの状況をよく理解しなくては。震える手をなんとか抑えつつ、零久慈零の顔を見る。

「よし、少し待っていろ。俺も正直よくわからないから、これよりなるべく早く状況を把握する」言うと俺は立ち上がり、周りを見渡した。

 上には相も変わらず満月が照り続けていると思いきや、雲が陰り、全く満月を見ることが出来なかった。腕時計を確認したところ、午前五時を越していたので、恐らくではあるがもし雲が陰っておらずとも先刻程照ってはいないであろう。街頭はゆっくり消され、今頃は太陽の光りで街が明るく照らされていた筈だ。

 アルエが放ったレーザーに関しては先程思考した通りだ。一度使ってみて改めて理解したのだが、どうやらこのリモコンは同時に三つの存在を瞬間移動出来るらしい。この事実が有無なのか、はたまた正否であるのかは俺の目が白い内はここではっきりと断言してやる。そうだ。この事実は有ることで、正しいことなのだ。それをごたごたと不可能などなんなどいうことは時間の浪費に等しい。零久慈零の言う通り、ここはひとまず状況把握に徹した方がいいのだろう。

 スイッチを押す者の思考次第で、何をだけでなく、何処から何処に移動するかさえも簡単に設定出来る瞬間移動。そんな大層な代物を俺は無意識の内に作り上げてしまったのだ。我ながら恐ろしいことである。原理云々はこの際置いておこう。零久慈零の言う通り以下略。

 そうして俺は瞬間移動を可能にし、三つの存在を同時に瞬間移動した。その三つの存在とは今更言うまでもなく、俺、零久慈零、そしてアルエが放ったレーザーだ。

 まず、俺と零久慈零をあの場所からこの場所へと瞬間移動させた。あの場所にあたる正確な名称はすまないが俺でもよくわからない。アルエから逃げることだけで精一杯で、周囲の確認を怠っていたからに相違ない。まあ、家の屋根上やら屋根近くやらそういう名称に置き換えておこう。

 そして俺達二人は、この場所という代名詞に置き換えることの出来る、壁の前へと瞬間移動した。『不出来な人間』と『出来る人間』を分ける、巨大で酷く侮辱的な壁。思えば俺の兄と姉は、この壁の向こうに住むことになったと決まった途端に俺への不満をあらわにしたのだった。この壁が悪いとは言わない。だが、この壁がなかった場合、俺は兄と姉の罵声を浴びることもなく過ごしていたことだろう。壁のつくる、街ではないのに街という矛盾めいた空間のせいで、俺は今こうして訳のわからないことに巻き込まれているのだ。いやあ、しばし待たれよ。何も俺は苦情をいいたい訳ではない。寧ろ、感謝すらしているのだ。万歳、万歳、負の感情万歳。人間という存在はやはり負の感情が動力源となる。どうだ。そのおかげで俺は瞬間移動を可能にしたぞ。この流れでいけば未来に行くことも過去に行くことも可能に出来そうだ。ふはははは。

 今さっきまで俺は壁を背にもたれていた。膝をかかえ、第三者が見たらさながら職を失った五十代前半男性さながらの姿だった筈だ。瞬間移動が出来るようになったのはよかったが、それでもやはりあまりの展開に疲れてしまった。背から伝わる壁の温度はまさしくコンクリートといったところかやけに冷たく、「ほらほら何黙ってるんですかさっさと喋ってくださいよ」と話を催促する零久慈零の背景には暗い雰囲気の家やらマンションやらビルやらが建ちならんでいる。勿論、誰も居ない。右を見たが、俺の視線は誰にもぶつからずにこの街を囲む大きな円形の壁に行き着いた。左も同じだ。ロボット君やロボットちゃんも誰も居ない。そういえばロボット君は何処だ。いい加減に現れてくれ。再度、カムバック、ロボット君。

「ぼーっと黄昏れないでください」溜息をついていると、零久慈零に叱られた。「アルエはとりあえずもう来ないみたいですが、とにかくとっとと喋ってください」

 言われて二つのことに気がついた。他のアルエとやらは一体全体何処にいるのだ。確か先刻零久慈零から聞いた話では十体以上居るといっていた。これまでで俺と零久慈零が遭遇したアルエは七体。内一体は俺が瞬間移動させた自身のレーザーで貫かれている筈だ。我ながらレーザーをアルエの頭上に移すということを思いついたのは拍手喝采に値すると思う。だから拍手喝采してくれ。零久慈零と兄と姉以外なら誰でもいいから。

 それと。

 俺と共に軽い空中遊泳をし、超高位置からの落下の衝撃をやわらげ、アルエを軽々と壊し、アルエから追われている女。

 零久慈零は、一体全体何者なのか。

「二つ、聞かせてくれないか」とりあえず二つの疑問を問い質そうと、俺は零久慈零を真似て指をたてた。「他のアルエは何処にいる。そして、お前は何者なんだ」

 そう言ったのだが、途端涙目になった零久慈零に「私の質問は完全に無視ですか?」と逆に言われたことにより今の俺が質問されている立場だったことを思い出し、慌てて四つの質問に答える。すると零久慈零は一喜一憂しながらも、最終的には「そうですか。これが街を分断する壁なのですか。ようやくここまで近づけました」と、憂い顔で開いた右の手の平を立った状態で壁に付けた。依然座る俺が左上を振り向くと、何やら意思を固めたらしい零久慈零の表情が伺える。その顔は今まで見てきた申し訳なさそうな顔とは違い、なんだかこう、痺れるものがあった。

 そして。

 改めて、俺は零久慈零という存在を知りたくなったのだ。「今度は俺の番だろう。質問に答えてくれ」

「あ、はい、すいませんぼーっとしてました。えと、確か他のアルエは今どうしてるか、でしたよね」

「お前のことを教えてくれ。アルエに関しての答えは少なめでいい」

「え? いいんですか? 私のことなんかよりアルエに関しての方がよっぽど重要だと思うんですけど」

「どうでもいいであろう、そんなことは」

 俺の言い分に首を傾げて訝しげに俺を見た零久慈零だったのだが、「わかりました。では、アルエのことをとりあえず簡潔に」と言い、話を切り出した。

「他のアルエは現在この壁の向こうに待機しています。さっき、私の頭の中にそう受信されました」

「そうか。では、次は零ちゃんのことを」

「いいんですかそれで! 今の私の発言は何も知らない人にとっては質問所満載だと思うんですけど!」

 すいませんが正気ですか、と言われて零久慈零の発言内容を気になった。確かに何を言っているか訳がわからない。だが、頭の中に受信とは一体何のことなのだろう、などということは、現在の俺には関係がないのだ。ほんの数分前の俺ならば根掘り葉掘り聞いていただろう。「けれども、あの時の俺と今の俺は違うのだ。零ちゃん、早く素性を述べろ」

「すいません正気じゃないですねイカルガあんた頭ぶっとんでるっ!」頭を両手で抑えて唸る零久慈零。「あーもう! 説明したいんですよ私! 説明してイカルガが「何っ。それは本当なのか。いやーんマイッチング」って下着をさらけ出す所見たいんです!」

「そうか。すまない」

「まさかの指摘能力皆無!」立ちながらを見下ろすと、零久慈零が人差し指を俺にさしてきた。「あー、なんなんですか! さっきまであんた私に対して指摘ばかりしてたじゃないですか! 嫌です私今のイカルガ! こう、もっと柔軟に私に指摘してください!」

「だから言っただろう。あの時の俺と今の俺は違」

「すいませんそのムカつくフレーズもう一度言ったら星にするぞこら!」

「そうか。すまない」

「っ! もうヤダこんなイカルガ!」

 すると零久慈零は顔に手を当てて嫌だ嫌だと呻き始めた。うーむ。俺はただ、零久慈零のことが知れればそれでいいのだが、零久慈零は俺に指摘をしてもらいたいらしい。というよりツッコミか。ツッコミを望んでいるのか零久慈零は。いいだろう。それが零久慈零の望みならば、いくらでもそれに応えてやる。

「あー、ツッコミ待ちってお前はどれだけ受け身体質なんだ」

「…………」瞬間、絶句してこの世のものを見ているとは思えない目で見られた。「嫌。汚らわしい。見ないでください」

「今俺そこまで酷いことを言ったか!」思わず立ち上がって俺は大声を出していた。

 反面、零久慈零は冷ややかな目で俺を見つめる。

「すいませんが、貴方はどなたでしょうか。貴方みたいなドのつく変態に大声を出される筋合いないです」

「そ、そんな言われようはあんまりではないだろうか!」

「おすいませんでしたお変態さん。私にお構わずお引き取り下さい」

「必要以上に丁寧なのに何故だか俺が消える運命に!」

 何故俺がこのような扱いを受けているのであろうか。俺が零久慈零のことを知りたいと思ったからであろうか。これは罪なことなのか。そうなのか。わからない。思えば俺は何を考えているのだ。こいつは俺を拉致し、揚げ句の果てに訳のわからぬ逃亡劇に巻き込んだゴリラの末裔か何かなのだぞ。

 それなのに。

 何故、俺はこいつのことを知りたいなどと思ったのだ。

「ぷっ」

 そう思っていると。

 零久慈零が、唐突に口を抑え、次に腹を抱えた。そして、そのまま笑い始めた。「アハハハハ!」

「な、何がおかしい」

「アハハハハ! だって」零久慈零は、続けてこう言う。「こういう応対してくれるのが、イカルガじゃないですか。さっきまでとは大違いです。ん? あれ? じゃあさっきまでのイカルガって何なの? とか思ってたらギャップで爆笑してました。アハハハハ! ご、ごめんなさい、あんまりにも滑稽で」

「……滑稽とはどういう意味だ」

 指摘をしたのにも関わらず、零久慈零は尚も笑い続ける。その姿に苦笑しながらも、俺は零久慈零を見つめていた。浮世離れしたような、そんな存在。本当に零久慈零はどんな存在なのだろう。

「零ちゃん」気付くと俺は、静かに質問していた。「結局、お前は一体何者なんだ」

 質問を聞いたにも関わらず笑い続けていた零久慈零。しかし、俺の真剣な表情を見るとようやく俺の意思を汲んでくれたらしい。やがて静かになると、零久慈零はこう言った。

「私の名前は零久慈零。この街の王様が持っているといわれる機密事項を探りに派遣された、隣の街の改造人間です」

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