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直前

「私の名前は零久慈零といいます。零に久に慈に零と書いてゼロクジゼロです」

「その説明の仕方ではその読みに至る漢字が皆目検討つかないのだが」

「察しろよすいません」

「……もう、あれだな、お前は謝る気がないというか俺を罵倒する気しかないのだろう」

「す、スゴイですね! 漢字は察せなかったのにそういうことは察することが出来るなんて!」

「謝罪しろ」

 零久慈零と名乗る女は簡素な格好をしている。白色のワンピースに白色の短パン。着用している衣服はそれだけだ。いや、その、本当なのだ。聞いただけでは靴も靴下も下着も何も着けていない格好になってしまうのだが、本当にそれだけしか着ていないのだ。因みにこの結論に至るまでに俺が零久慈零をなめ回すように観察しただとかそういう経緯は存在しない。本人が唐突に何の脈絡もなく「あ、私、下着も何も着けていませんが、寒いということはないので気にしないでください、すいません」と公言したのだ。なんともまあ、筆舌にしがたい話なのだが、そうは言われても女の背丈は俺より頭一つ短く、かつ小柄なのでスタイルがいいとは言い切れない。なので下着着用無し発言をされたところで、「そうなのか」と冷たい反応しかせざるを得なかったことをとりあえずここに公言しておこう。本当だ。信じてくれ。

 しかしながら、この零久慈零という少女は、顔のつくりだけいえば可愛いという部類に入るのだろう。清楚な和風、とでも表現出来るかもしれない。……思ってて恥ずかしくなってきた。すまないが、ここ何年間というもの、女性と会ったのは髪がボサボサの母親と会う時と、父親の浮気相手であったあの麗しの女性リリィさんにあった時しかないのがこの俺だ。あまり零久慈零という女に対する描写を求めないでくれると嬉しい。なびく純粋な黒髪も短く切り揃えており、その滑らかな肌の色合いは神々しい……とかなんとかしか表現出来ないことが恥ずかしい、というのが理由だ。

「零久慈零ですので、私のことはゼロちゃんとか、あの、そういう風に呼んでくれたら嬉しいです」

「いきなりちゃん付けでいいのなら、俺は遠慮なくお前のことをチャン・カワイと呼ぶが」

「だ、誰なんですかそれは。もしその人が太っててメガネをかけてる一発屋芸人とかだったら、私、貴方を投げます」

「……すまない」

「まさかの図星だったんですか帰れよあんたすいません」

「先に謝った立場上なんなのだが、お前は一度謝罪の根本を理解した方がいい」

「投げますよ?」

「帰れよお前すいません」

 割と命賭けな会話をしながら、俺と零久慈零は屋根を走っていた。一階建の家と家を飛び越え飛び越しながら、屋根を走っている。厳密にいうと俺が零久慈零に両腕で持ち上げられながら零久慈零だけが走っているという状態であるので、俺は全く走っていないのだが、飛び越えた屋根を壊しながら俺達の後ろをついてくる存在が恐すぎた為、やむなく零久慈零に持ち上げられたままでいる。――故に俺の代わりに、俺の羞恥心がひたすら走る状況に陥っているのだ。我ながら上手いことを思い付いたものだなと零久慈零に先刻言ったら、「すいません」と言いながら冗談抜きで捨てられた。そして、俺の頭と数センチだけ間隔が空いた場所に巨大な拳が突き付けられた。

 冷や汗が出た。

 気付けば、「すいませんでした助けて下さい」と叫んでいた次第だ。

 直ぐさま再度持ち上げてくれた零久慈零であったのだが、「すいませんが本当にざけんなよ」とドスの効いた声で呟かれたので、心底この女に対して冗談を言うのはやめようと思った。

 そうして、以後、発言を慎もうと思ったのだったが。その矢先で再びやってしまったチャン・カワイ発言。チャン・カワイ。俺が知る中でも結構マイナーな芸人だ。なので言っても怒らないで小川のせせらぎの如くスルーしてくれるのではないか、と俺はたかをくくっていた。結果、一瞬体が宙に浮いた。無重力な世界、と言っても過言ではない程の喪失感が俺を襲ったのだった。

 零久慈零という女には冗談が通用しない。

 今度こそ誓おう。

 これから先、未来永劫、逃走中では零久慈零に対して冗談を言わないことを。

「ところで、あの、すいません、背中越しであれなんですけど、貴方の名前を教えてもらえませんか? 私だけ教えて貴方の名前を知らないなんて、一方的でむしゃくしゃしてホントむかつくんですいません」

 そう意気込んでいると、零久慈零が俺に話しかけてきた。

「俺の名前か。亀梨かず」

「因みにその名前が某アイドルグループのリーダー格さんだった場合、すみませんが貴方をねじ切らせてもらいます」

「ねじ切っ! ……俺の名前は斑鳩空という」

「えいっ」

「ねじ切られるっ! いやいや違うから大丈夫だから言い直した方の名前は本当に俺の名前だから!」

「……嘘はいいですよ。そんなカッコよさげな名前、貴方には似合いません。せいぜい田中雄二とか、佐藤栄作とかが関の山です」

「その二例の名前の持ち主に対してここに俺から謝罪しておく。だがすまない、イカルガソラは俺の本名であり俺の本名の読みである。嘘偽りがない潔白の身であることをここに断言しよう」

「じゃあすいません、あだ名は『ダマレクソガキ』とかでいいですか?」

「何かの呪文かそれは」

「ダマレクソガキ」

「……やめてくれ」

 そうこうしている間も。

 俺達は、ロボットに追い掛けられている。

 現在の体の位置関係から把握するに、頭上に「「「ギャイー」」」という三体の驚異。背後に「ダマレクソガキ」と低い声で言う明らかに俺よりも若い女。驚異イコール女という式が成り立つように並べさせてもらったが、どうだろう、あながち間違いではないのではないだろうか。

 良薬もまた口に苦し。

 俺が考えるに、今こうしてロボットに追い掛けられているにも関わらず馬鹿げた会話が出来るのは、少なからず零久慈零という存在が俺の近くに居るからなのだ。目には目を。驚異には驚異を。ロボットには超人ならぬ超ゴリラを。零久慈零が物理的な意味でも精神的な意味でも、俺を安心させてくれているのかもしれない。

 アルエと呼ばれる巨大ロボットを小柄な体ながら軽々と倒せてしまう女。

 すいませんと謝罪しながらも俺をしっかりと罵倒する女。

 零久慈零。

 ――だが、そうはいったものの。

 現実問題として俺達二人は以前ロボットに追い掛けられており、俺達二人は軽い現実逃避をしながらそれらから逃げている。その間に家は壊され、距離も少しずつ詰められている。家の中の人達については一人一人にロボット君達が仕えているので何の心配もしていない。ロボット君やロボットさんやロボットちゃん達ならば瞬時に展開を理解し、主人を直ぐさま守ってくれる筈だ。家に関しては零久慈零のようにすいませんと謝罪する他ない。すいません。

 そういえば、俺の友人であるロボット君は何処にいるのだ。まさか壊れたとか潰されたとかいうまいな。何故来ない、ロボット君。まさか自身より巨大なロボットを見て、状況を把握し、私を見捨てて逃げたのではなかろうか。嘘であろう。嘘であってくれ。カムバック、ロボット君。

 そうだ。そうなのだ。

 俺達二人は、現実問題として、アルエと呼ばれるロボット三体に追い掛けられている。

「そちらの方が問題か」

 俺がそう呟くと、「独り言寂しいですねなんてなんて思ってすいません」と零久慈零が独り言を言っていた。お互い様だこの海女、とだけ思っておこう。海に行って沈んでいろ零久慈零。

 アルエという三体のロボット。これらに対応する為には間違いなく零久慈零の力が必要である。しかし、先程零久慈零は一体のアルエを倒しておきながら、三体のアルエを視認した途端、逃げると言い出した。恐らく零久慈零の怪力を持ってしてもアルエ三体を同時に相手することはなかなか困難なことなのだろう。

「おい、零久慈零」

「だから私のことはゼロちゃんと呼んでください」

「すまない、零崎」

「やめてくださいそれ本当にやめてください」

 屋根を飛ぶ。アルエが俺達を追い掛ける。そんな中での会話もそろそろ大詰めを迎えなければならない。ゼロちゃんは俺の精神衛生上厳しいので、「ではゼロクジでいいだろうか」と提案したところ、「……いいですよ。ダマレクソガキがそこまで頑固なら仕方ないです」と言ってきた。すかさず「ところでだ、ゼロちゃん」と呼ぶと、「なんですかソラ様」と返す。何と言うことであろうか。この女、現金過ぎる。仕方がない。やむを得ない。何故零久慈零がここまでちゃん付けにこだわるかはわからないが、俺はこの女のことをゼロちゃんと呼ぶしかないらしい。腹をくくらせてもらうとしよう。まあそれはそれとして、しかし、様付けはやめてほしい。こう、背筋がむずむずとしてくる。

「様付けはやめてくれ、ゼロちゃん」

「じゃ、じゃあすいませんが、ダマレクソガキで」

「普通に呼び捨てで妥協してやる」早くこの状態から脱する為に上から目線で発言する。「だから俺のことは呼び捨てにしてくれ」

「はい。すいませんが、呼び捨てにさせてもらいます。い、いいいいイカルガぁ!」

 何故だか意気込み何故だか苗字に移行した零久慈零だったのだが、もうどうでもいいと躍起になった俺は無視を決め込み、話しを続ける。

「ゼロちゃん」

「な、なんでしょうか」

「この状況から脱する為にはどうすればいいのだろう」

「えと、そうですね」走りながらうーんうーんと考える零久慈零。因みに言うまでもなくアルエから逃げている以上、体感スピードが半端ではないことを一応ここに思っておく。「私が考えるにです。イカルガを放ればアルエ三体ならなんとか倒せます、すいません」

 聞いた瞬間、俺は絶句した。

 俺を放ればアルエ三体ならなんとか倒せた、だと。

「だったら、何故そうしておかなかった!」

 俺は激怒した。かの暴虐無尽な零久慈零を許してはならぬ、と。

 ――零久慈零も俺の発言を聞いて気付いたらしい。

 流石の零久慈零も罪悪感を覚えたのだろう。「すいませんでしたこんなことになるならイカルガをいけにえにしておけばよかったです!」と叫んでいる。

 零久慈零は早々に立ち止まる。立ち止まり、俺を自身の右横に降ろす。

 周りには。

 総勢六体のアルエが存在した。

 音もたてずに空からやってくるアルエ三体。ここまでの高性能だとは想像もしていなかった。てっきり、ゴゴゴゴゴと登場シーンにお馴染みのあの音をたてなければ登場出来ないと――。

 いや。まさか、一体目のアルエの登場シーンが、今この状況の布石だったということか――。

「挟み打ちって魂胆だったなんて……ああああすいませんすいません!」

 零久慈零の悲鳴を皮切りに、後方から三体のアルエが、前方上空から三体のアルエが襲い掛かる。足場には木製の屋根。その下には何の罪もない人とロボット君やらロボットさんやらが居ることであろう。

 逃げられない。

 囲まれたのだ、俺達は。

 下降しながら、走りながら、六体のアルエは、六個の握り拳を突き立ててくる。

 このままではやられる。零久慈零も隣であたふたあたふた、「すいませんすいません」と混乱していた。どうしようもない。何をすればいいのか瞬時に判断しようがない上に、もし仮に判断出来たとしてもその選択が正しいとは限らない。


「俺が浮かんでる奴らを倒す。お前は後ろの奴らを頼む」


 気付けば俺は駆け出していた。俺の突然の行動に零久慈が戸惑っている様子を横目に、右ポケットに手を入れ、その中にあるものを取り出す。

 俺の右手には、小振りのドライバーがおさまっていた。プラスのドライバー。握る部分は黄緑色のプラスチックで出来ている。なんという頼もしさであろうか。この軽さ、この質素な感じ。巨大なロボットを倒せるとは思えない。

 『出来ない』

 だが、そう思ったら。そう思うことが『出来た』ら、俺の勝利は確定する。

「「「ギャイー」」」前方に三体。

「「「ギャイー」」」後方に三体。既に零久慈零は跳んでいた。前回と同じ様にアルエの腹部を目掛けて跳躍したのだろう。しかし、前回とは違う点がある。今回は三体同時という点だ。三体が放つ三つの拳が同時に襲ってくる。それらをどう対処するのか気にはなったが、まずは眼前の敵を倒さなければならないと俺は意気込み、冷静に三体のアルエそれぞれの位置を把握する。

 俺の手には。

 小振りなドライバーがあった。




 ロボット君達は繊細だ。何しろ細部に至るあらゆる部分に超合金と呼ばれる代物が使われており、普通に生活するだけなら何年ももつのだろうが、ここは『不出来な人間』のレッテルを貼られた人間が集う、誰も外に出ようとしない街。扉の前で一年間ずっと同じ場所に浮遊し続けていたたロボット君やらロボットさんやらが居たおかげで、この街唯一の外出する人間である俺は、度々「キャ、キャ、キャ」と家の中で悲鳴をあげるロボットさんを見かけた。

 最初は競馬にイレ込む老人に使えるロボットさんであった。彼、もしくは彼女は、俺が偶然に通りかかった家の中で悲鳴をあげていたのだ。

 俺は直ぐさま家の中に入ろうとした。その時も俺の後方にはロボット君の頼もしい姿があった為、同じロボットならば修理出来るかもしれないと考えたからだ。

 けれども、家の中に入る所か玄関を見ることすら不可能だった。

 ドアーズスルードア。略称DTDだ。登録した人物しか開けることの出来ない難攻不落の入口。何度もチャイムを鳴らして中に居る老人に声をかけようとしたが、何故だか老人は応えようとしなかった。――後から知ったことなのだが、つけたままの状態で放置されていたテレビの光りを浴びながら、老人は死んでいた。ロボットさんは、死んだ人間にまで仕えようとしたから支障ならぬ故障をきたしていたのだ。南無三、老人。御苦労、ロボットさん。この事実を知った時、俺の両目から汗が流れたことは思うまでもない。

「キャイー」

 ロボット君の発する音を聞きながら、ドアーズスルードアの前に立ち尽くしていた。家の中からは以前「キャ、キャ、キャ」と聞くに耐えない音が聞こえてくる。

 『出来ない』

 家の中に入り、ロボットさんを助けることが。

「……何を」そう思った瞬間、脳裏にある映像が流れた。「何を腑抜けたことをしているのだ、俺は」

 明らかに木製のドアを目の前にしながら、俺は脳裏に浮かんだ映像を再生する。屈辱、侮辱、雪辱、そのどれをとっても言い表しきれないこの思い。気付けば俺は、ポケットに手を入れていた。とある昔の曲を聴き、いつか午前二時に天体観測をするべく踏切に望遠鏡を持って行こうと心に決めた夏の日。ならばその望遠鏡が壊れたらどうする、あの曲が壊れかけのレディオならぬ壊れかけのボウエンキョオウという曲になったらどう責任をとるつもりだ、と考えた俺がたどり着いた答え。言うまでもなくこの街には踏切というものがない為、あの夏の日に誓った俺の夢は未だ果たされていない。しかし、俺はもしかしたらということを考え、右ポケットにはドライバーを、左ポケットには持ち運び可能である質素な望遠鏡が入っている。

 ドアーズスルードアを目の前にしながら、俺は無我夢中にドライバーを片手に持っていた。頭の中に流れる映像を振り払おうと、俺は必死になってドライバーをドアーズスルードアのドアノブに差し込んだ。

「俺は『不出来な人間』などではない」

 頭の中には。

 冷たい視線を俺に投げ掛ける、兄と姉の姿があった。

「お前は何をしても駄目な奴なんだよ。あんたはここに居るのがお似合いなのよ」頭の中に流れる二人の言葉を、怨念を吐きかけるかのようにぶつぶつと呟きながら、尚も無我夢中に右手を動かし続ける。本当は俺にもわかっていた。このドアノブは単なる飾りで、いくらいじったとしてもドアーズスルードアが開く道理はないと。だが、何故だか俺の手が止まらない。何も考えずに動かしている筈なのに、それのに俺は、確信していた。

 この扉は、直に開く。

 手元からガチャリと音が鳴った時。玄関に入り、廊下に倒れ込んでいるロボットさんを治せた時。

 俺は心の底から叫んだ。「どうだ! 見たか兄よ! 見たか姉よ!」




 時間が止まる感覚が俺を襲う。以前読んだ昔の漫画に、こんな一文があった。錬金術を取り扱う作品であったのだが、イヤホンから流れるくだらない唄をバックミュージックに、ドアーズスルードアを開けた時とロボットさんを治した時――俺はこれをしていたのか、と感慨深く思ったのである。

「理解、分解、再構築」

 空中から音を起てずに振り下ろされる三つの拳。その速さは例えるならばカーレースの赤色の車が目の前から迫ってくる状況と言い表しても過言でもない。更にそれが三つだ。満月をバックに、俺を目掛けて迫る重量感が三つ。

 『出来ない』

 この状況から俺と零久慈零が助かるなど、不可能だ。

 そう思った時には、俺は動いていた。無我夢中に。何も考えずに。俺を罵倒する兄と姉の存在を頭に流しながら、ドライバーをにぎりしめて跳躍する。

「「「ギャイ?」」」

 気付くと、俺は元居た屋根から一つ向こうの屋根に立っていた。疑問形を発したのではないか、と思う程の間の抜けた音が後方から聞こえてきた。後ろを振り返り、元居た屋根を見ようとする。

 そこには、右腕が完全に分解された三体のアルエが存在した。元居た屋根には沢山の部品が混在しており、頭の三角を傾げながら、現状を理解する為に三体のアルエは肩から右拳がなくなった空虚な空間を眺める。その向こうには零久慈零が跳んでいた。大きな音をたてながら、二体目のアルエを蹴り飛ばす光景が目に入る。

「大丈夫ですか、イカルガ!」心配してくれたかなんなのかよくわからないのだが、叫びながら一瞬だけ後ろを振り向く零久慈零。一つ向こうの屋根に移動した俺と目が合うと、再度叫んだ。「私の助けを借りずに何とかなってないでくださいよ! ……と、ととととかなんとか思ってないですからねすいません!」

 そういいながら、何故だか真っ赤な顔で三体目のアルエを殴り、バラバラにする零久慈零。「キャー!」とか聞こえたのだが、今のが零久慈零の悲鳴なのかアルエの悲鳴なのかに対する判断をつけることは難しい。

「「「ギャイー」」」

 そんなことを思っていると、ようやく現状を理解したのか、未だに生き残っている三体のアルエが分散した。左の一体が俺に、右の一体が零久慈零に、そして真中の一体が音をたてずに足から煙りをあげて上空へと飛ぶ。

 俺の元に一体のアルエが迫る。「ギャイー」と。頭の中にまた映像が流れ始めた。跳び、迫り来るアルエの左拳の僅かに空いている空間へとドライバーの先を突っ込む。勢いを殺す為、体を少しだけねじった。拳が俺の体の横を通過する。その間、突き立てていたドライバーは俺の右手の少しの動きに呼応して働いてくれたらしい。アルエの拳はバラバラになって地面に落下しており、元居た屋根に着地すると、アルエの姿を改めて確認するまでもなく跳躍し、アルエに背中を向けながら――ドライバーを三角の頂点に突き刺した。

「理解、分解」

 ドライバーを持つ手が勝手に動く。俺の意思とは関係なく、自動で動く。頭から肩に、肩から腰に、腰から足に、足から地面に。理解し分解しながら降下すると、気付けばアルエはバラバラの部品が構成する白い大きな山へと化していた。

 山の頂上に立ち尽くす。やった。やってやった。やってやったぞ。見たか兄よ。見たか姉よ。自身を襲う巨大ロボットを、ドライバー一つでバラバラにしてやったぞ。貴方がたにこの所業をこなすことが『出来る』か。否、『出来ない』。不出来はどちらだ。再度考え直すことを強要する。

「ギャイー」

 その音は零久慈零が居る方向からではなく、上空から聞こえた。家と家の間に立っている為、盛り上がっているこの山からでも屋根が邪魔をして零久慈零の方角はよく見えない。だが、重量感のする大きな音と、「すいません!」と叫ぶ音が聞こえたので零久慈零の無事だけは確認出来たので、俺は一心不乱に上空を見上げた。

 曇り空を背景に、両腕両足を広げ腹を下にしながらアルエは浮遊し、止まっていた。

 ――アルエの腹に、白い羽を模したエンブレムが見当たらない。

「おいおい」代わりに、俺の目にはとてつもない光景が浮かんでいた。「これは真なのか」

 アルエは。

 腹にあった大きな円を開け、そこに造られている空洞に白い光りを集めていた。シュンシュンシュンという音が頭上から聞こえてくる。徐々にその光りは大きくなり、やがて腹いっぱいになった。これが食事をした結果なった状態ならどれだけよかったであろうか。

「すいませんレーザーが来ます!」

 零久慈零が叫んだが、もう遅い。レーザーは収束し切っている。発射準備完了、であろう。このままでは俺と零久慈零は白い光りに包まれて塵と化す。

 逃げられない。

 逃げることが、『出来ない』

 頭の中に、また映像が流れ始めた。

「再構築」

 いつから俺の手は動いていたのであろうか。

 何故だか俺の左の手の中には、小さなリモコンがあった。手の平に収まる程の小ささ。白色の土台に、白色の丸いスイッチが縦に二つ並んでいる。恐らくは先刻分解したアルエの部品を使っているのだ。

 無我夢中であった。

 しかし、このリモコンは俺が構築した代物だ。

「ギャイー」

 上空から音が聞こえてきた。シュンシュンシュンという音は既に聞こえてこず、代わりに家一つは包み込めるのではないかという程なの直径をもった円形のレーザーが俺と零久慈零を襲う。右腕に温かい感触があった。傍らに「すいません巻き込んでしまってすいません!」と涙を流しながら俺の肩に顔を沈める零久慈零の存在。

 俺の左手にはリモコンがある。

 瞬間移動が『出来る』スイッチが上に付いた、質素なリモコンが。

「この場所から消えるぞ、ゼロちゃん」

「すいませ、って、はへ? 今何か言いましたか?」

 零久慈零の惚けた声を聞きながら、俺はドライバーを持ったままの右手の人差し指で、力いっぱいスイッチを押した。

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