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直感

「うわをぁ!」

 その女は突然俺の目の前に現れた。それも極めて野蛮的かつ涙を誘う方法で。こんな現れ方をされながら何の反応もしない輩は余程の偏屈かもしくは余程の冷静沈着人間の称号を与えられるだろう。そんなレッテルを貼られるのは悪いが拒否させてもらいたいので、俺は目の前の惨状に対して素直に驚いた。

 今の今まで俺はベットに横たわっていた。むやみやたらにつらつらと不満を垂れながら、午前四時という早朝な深夜なのかよくわからない微妙な時間帯にも関わらず、寝ずに天井を眺めていたのだ。

 しかし、そうしていると、突然屋根が押し破られるかのような音が聞こえてきた。というか押し破られた。天井が押し破られるという展開そのものが俺を襲ってきたのだ。木製故かもしれないが、とにかく実際に天井はひしゃぎ、バキィというような大きな音が聞こえたかと思うと、天井が半分に裂かれながら――一人の女が落ちてきた。

「す、すいません!」

 驚きの為に、横にしていた自分の体をのけ反るようにして思わず壁へとつけた。背中が壁に。尻には枕が。足元には女が居た。コホッコホッと自分が壊したくせに「すいませ、うわっ、砂煙りスゴいです」と言いながら天井の残骸を除ける女。残骸は俺のそこら中に散らかり、さらに、女が言ったように砂煙りが部屋中を占めているので、俺は数秒間目を開けることが出来なかった。というよりも開けたくなかった。眼前に広がっているであろう訳のわからない異分子の存在を視認したくない。何故だか、この女には関わってはいけないような気がする。そう、関わってはいけないのだ。

 いやいや、というよりも。

 何故、この街にこんな――他人に干渉しようとする人間が存在するのだ。

「本当にすいません! あ、あの、天井、壊しちゃって、急ぎの用があったのでとにかく早く早くと思ってたらこんな、え、あの、とにかくすいませんでした!」

 恐らく両手を勢いよく合わせたのだろう。パァン、と小気味よい音が鼓膜を響かせる。続いて、ベットが揺れたかと感じると同時に、ドスンという音が二つ重なって聞こえた。まさかこの女、土下座をしているのか。いやいやまさかそんな筈はない。いきなり天井をぶち破り、部屋を台なしにするような女なんだ。そんな女が初対面の男性、つまり俺なんかに土下座するなど有り得ない話だ。

 というように眼前に広がっているであろう光景が気になった俺は、目を開けようとした。

「うおあっ」だが無理だった。瞼を開けるどころかまた閉じてしまった。

 今度は、ベットが壊れた。続いて床が壊れた。物凄い力が加えられたのか、俺の足元を中心にベットが崩壊していき、やや極端なV字に折られる。突然高くなった尻の位置。重力という、かの有名なあのお方が木から落ちる椎名林檎を元に閃いたと呼ばれる自然現象により斜めに落ちる。

「ま、またやっちゃいましたゴメンなさいっ!」

 落ちる先には女がいる。言葉から察するにこれは女が原因らしい。俺の瞼はまだ閉じたままなので定かではないが、恐らくこの女子高生みたいな声を出す女はゴリラか何かの末裔なのだろう。バナナでもあげたらこれ以上の損壊をやめさせることが出来るだろうか。何事もどんな動物でも、コミュニケーションをする際には食べ物を介するといいらしい。どこかのバラエティー番組の司会者が言っていた話なので本当かどうか疑わしいが、取り敢えず何が何でもこの女にはお引き取り願いたかった。

「ごめんなさいごめんなさい!」

 何、故。なにゆえ。

 この女は謝りながら流れ落ちる俺を軽々と持ち上げ、空中に浮かせた状態のまま、跳んだのだろうか。

「グエッ」

「ごめんなさいごめんなさい悪気はないんです!」

 壊した天井から家を跳び出たのだろう。勢いが良すぎた為に、体が腹を支点にまたもやV字に折れ曲がりそうになる。思わず呻き声が出た。目を開けると、そこには薄暗い空が見えた。と、同時に恐怖が俺を襲う。ちらりと下を見てみた。

「…………」

 すぐさま首を傾けるのをやめる。そして前を見た。空だ。空が見える。曇り空だけれども。ああ、こんなにも空は広がっていたのか。素晴らしい眺めだ。風を感じる。冷たい風だ。そうだ、そういえば俺はパジャマのままだった。こんな――ビルやらマンションやらを軽々と越す高さに居ると寒いったらありはしない。

 一生の不覚。

 瞼を開け、ちらりと下を見てしまった俺が悪い。

「おい」

 女性に両手で高い高いをされた状態のまま宙を浮かぶ、というあまり体験出来ない体勢が故、身を委ねる俺だったのだが。

 流石に先刻見てしまった光景に対して何らかのアクションを起こさない訳にはいかなかった。

「ごめんなさいごめんな……あ、はい。な、なな、何でしょうか?」

 こんな状況においても謝り続ける女だったが、俺の問い掛けに意識を傾ける。まず謝るよりも俺を降ろして欲しかった。いかんせんこんな体勢の為、まともに女の全体像すら掴めきれていない。というか落ちているのだ。じわじわと、それでも確実に落ちている。俺と女、二人共。

「なあ」

「は、はい。なんでしょうかすいません」とうとうすいませんが語尾になってしまっていたが、スルーを決め込み疑問を吐き出させてもらうことにした。

「何で、今、俺はあんたに運ばれてるのだ」

「え、あ、すいません、あの私、無我夢中で」

「無我夢中で済むのならば謝罪の言葉も何も要らないだろう」

「す、すいません!」一層大声を張り上げる女。「この借りはいずれ返させてもらいます! ですが今は危険です! 早く逃げて下さい!」

 その言葉に、俺はさーっと何かが白けていく音を聞いた。俺の脳が、この女との交流を拒否したいと思っているのだ。しかしそういう訳にはいかない。落下によって感じる冷たい風が俺を焦らせる。あの時見た光景が幻でないのなら、このまま落ちたらとてつもないことに巻き込まれてしまう。嫌だ。本当に嫌だ。切に願う。そして問おう。責任者は何処か。

「……どうやって」苦しみながら、口を開く。「どうやって、俺を逃がしてくれるのだ」

 俺の問い掛けに、「あ、えーと」と考え始めた女だったが、もの数秒で俺と同じ答えに辿り着いた。

「無理、かもしれません……あ、ああああすすすすすいません!」

「だろうな……うわああああ嫌だああああ!」

 柄にも合わず満月の下絶叫する俺だったのだが、見苦しいとか見るに堪えないとかそんな辛辣なことを言わずにどうか許して欲しい。

 考えてもみてくれ。

 家は既に遠く離れ、下には先刻ロボット君と共に買った自動販売機と――一体の屈強なロボットが落ちる俺達を待ち構えていたというトラウマ的要素を兼ね備えた尋常ならざる光景が広がっているのだ。

「すいませんすいません落ちます無理です!」

 依然謝罪の言葉を繰り返しながらもどんどんと降下する女と俺。数秒前には手を伸ばせば届くのではないかと思われたあの綺麗な金色を司っている満月は、既に野球の球のごとき小ささだった。残念だ。とても残念なのだが、俺はすんなりと落ち、巨大な腕を振り上げようとするロボットの餌食になる他ないのかもしれない。

「お、おおおおお前!」降下しながら慌てふためいて言った言葉はあまりにも陳腐だった。「飛べないのか!」

「飛べませんよ! 飛べたら私だけでも飛んで逃げてますすいません!」

「いやそれ謝罪の前の発言が非道過ぎて謝り切れてない!」

「すいません! ですが私の謝罪道をなめないでください!」

「そんな道なら進む前に後退する選択をしてくれ!」

「うっせーよすいません!」

「うっせーよってお前!」

 この女はもしかしたら謝ろうとする気持ちがないのではないのかと思う程清々しい会話の応酬に溜息をつきたいのだが、状況がそれを許さない。

「ギャイー」

 そのロボットはとても精巧な構造を持ちながら、強大で巨大だった。全体的に白いのはロボット君と変わらない。けれども違いはいくらでもある。まずは二足歩行。土台となる二つの足は体に対して明らかに小さいものの、男性平均身長の一倍とその半分倍くらいの大きさはあるだろう。故にコンクリートの地面にはひびが入っていた。足から弁慶の泣き所、そしてふとももにかけての長さは男性平均身長の三倍はあるだろうか。というかこの街の男性平均身長とはどのくらいなのだろう。百七十センチ前後だと思うのだが、いかがなものか。これ未満だと嬉しい。これより一センチでも上だった場合、俺は悲しくなるが、今はまあそんなことはどうでもいい。とりあえずこの状況把握においての男性平均身長は百七十センチだ。

 そして腰から首にかけての所謂導体部分は男性平均身長二人分。腹の辺りに大きな円があり、その円の中に何やら見覚えがあるようなないような模様が書かれている。開かれた白い翼。星の鳥とでも言うべきなのだろうか。

 腕は二つあり、その両方がとてつもなく大きい。俺が見た時は肩から伸びているにも関わらず、握られた拳は地面に着いていた。ロボットがそれを今まさに振り上げようとしている衝撃映像を視認したから、俺は逃げようと思ったのだ。

 しかし、逃げられない。

 三角を模した顔部分の中央に位置する光りが女と俺を捉える。

「すいません、来ます!」

 女がそう言うと同時に、振り上げられた腕の先の拳が迫ってきた。逆風をいとも簡単に無視し、逆に風を纏っているのではないかと思わせる圧迫感。

 それが。

 女と俺を襲う。

「すいません邪魔です!」

「は?」

 上空から降下したとは思えない程軽やかに着地してくれたおかげで「ぐえっ」と呻くという反応だけで終わった俺を、女は信じられない捨て台詞を吐露しながら後方にぶん投げる。いともたやすくだ。人一人をたやすく投げ出した。ここに誓わせてもらおう。街民宣誓、俺達俺達はいつかあの女に必ず文句を言わせてもらう。

 俺が紛うことなき一人間にも関わらず、女はやり投げでもしたのではないかと錯覚するくらいの速さで躊躇なく俺を投げ俺は宙を一閃する。一直線に放たれた俺の体は数秒移動し、スピードを徐々に緩めながらコンクリートの地面に落下した。その際顔がガリガリと擦りむけた。

「痛っ」

 痛い。普通に痛い。痛覚が電撃でも通過するかの如く刺激される。コンクリートと顔が密接している状態から抜け出し、血が出ている額に涙を流しながら起き上がろうとする。

「そんな攻撃効きません!」起き上がり、後ろを振り向くと、そこにはまたもや衝撃映像が流れていた。

 そこには。

 俺より少し小さい小柄な女が、右腕一つでフルアーマーの巨大ロボットの攻撃を塞いでいる光景が広がっていたのだ。

「…………」

 唖然となり無言になり、何もしたくなくなりただただ立ち尽くす俺。邪魔だと言われた後投げ飛ばされたが、それでよかったのかもしれない。いくらなんでも、俺にはあのロボットの攻撃を、自分が立つ地面にヒビを入れながら片腕で受け止めるなど、出来る筈もないのだから。

「ギャイー」

 立ち尽くしている間にも戦況は動く。片手だけでは無理だと判断したのか、ロボットが今度は左拳も振り下ろし、女を襲った。重い雰囲気をかもしながら、女をひしゃごうと振り下ろされた渾身の一打。全長から考えるにそれはまさしくマンションの七階から超重力が落ちてきたこととほぼ同意の攻撃だ。要するに、単なる人間なら防げるとか防げないとかそういう次元の攻撃ではない。

 大きな音がした。轟音を撒き散らし、振り下ろされたロボットの拳。合計二つの巨大な重力が、女だけを狙って襲ったのだ。

「うわっ」

 あまりの勢いとそれによって生じた風で思わず目を閉じた俺。風がやんだとわかると、直ぐさま目を開け、現状を把握する。

「効かないっていってるのが聞こえないんですか」

 俺の目の前には。

 人一人握り潰せるのではないかというような拳を。

 二つ、受け止める女の姿があった。

「今度はこちらの番です」今まで聞いていた声とは一変。それはそれは低い声を出し、ロボットの顔を見上げる。「ここなら他の建物を壊すことはありません」

 そう言うと女は、ロボットの拳を受け止めている腕を、軽く、振った。そう、振っただけだ。俺の目にはそう見えた。

「ギャイー」

 それなのに、ロボットの両拳は何か強大な力によって弾かれたかのように縦に上がり、ロボットは万歳の状態になった。

 つまりは、無防備。実際には若干黒いアーマーが装備されているので防備が無いという訳ではないのだか、降伏の意思を示しているかのような体勢は、無防備の如き弱さを思わせた。

「すいません」

 その前に拳を構えているのは一人の女。尚も謝ると、トン、と軽く両足で跳び、一気にロボットの腹近くまで接近する。跳ぶ際に、地面に入っているヒビが広がった。それだけの力をもった跳躍を、軽々とこなしたということなのだろう。

「ギャイー」

 だが、ロボットもただでは怯まない。近づいた女を倒す為、再び拳を、今度は左右同時に振り下ろす。

「すいません」だが、間に合わなかった。「すいません」

 女が、拳でロボットを貫いた。小さい拳。触れたら柔らかく、そして簡単に壊れてしまいそうなその女の拳がロボットの腹に着弾したかと思うと、ロボットの腹に大穴が開いた。

「ギャ」

 白い羽のエンブレムが完全に粉々にされる。筒やネジ、バッテリーなどの部品という部品がばらまかれ、ロボットの振り下ろされようとしていた拳は途中で活動を止める。

 俺は、この時確かに見た。

 導体部分に女のゴリラを軽く越した力によってできた大きな円形のせいで機動を止める寸前、ロボットの目の赤い光りが延び、女と――俺を貫いた瞬間を。

「…………」

 もう一度、問わせてもらおう。

 何だこれは。

 責任者は誰か。

 責任者は何処か。

 こんな展開を、俺は望んではいない。

「すいません。えーっと、もしかしたら巻き込んじゃったかもしれません」

 いつの間にか軽々と着地し、いつの間にか俺の目の前に来ていた女の言葉は、俺に恐怖のような感情を復帰させた。というか恐怖だ。復帰も何も、先刻から恐怖しか感じていない。

「……なあ」

 今までの展開をなんとか整理しようとしながら目の前の女に質問する。女のバックには停止したロボットが佇んでいた。佇み、俺と女を睨んでいる。

「は、はい。何でしょうか」

「さっきのレーザーみたいなものは、一体全体何なのだ」

「えっと、あれはアルエの最後の機能です。倒される寸前に目の光りを延ばして近くにいる存在、つまり自分を倒した犯人を確認するんです。あ、アルエっていうのはあのロボットのことです、すいません」

 目の前の巨大ロボットの名前はアルエというらしい。しかし今はそんなこと、七夕の日の天の川の如くどうでもいい。故に俺は単純な質問を繰り返した。「……つまり?」

「つまり、先程私が倒したアルエは私と貴方の存在を確認し、他のアルエに情報を流したということになります」

「あ、あのロボットは他に何体居るんだ」

「あと、えと、二桁はいるかもです」

「と、いうことは」冷や汗が顔全体にだらだらと流れる。涙も滲み出てきた。「俺は、狙われるのか」

「そういうことになります……あああああやっぱり巻き込んじゃいましたすいません!」

「すいませんで済む問題ではな」

 文句を言おう。そうだ、とりあえず文句を言おうと意気込んだ俺の言葉は、空中から地面を響かせながら落ちてきたロボットによって遮られる。

 ドスン、ドスン、ドスンと足からロケットの噴射のような煙りを出しながら降り立ったロボットが。

 合計、三体。

「ハ、ハハハ」

「三体ですか!」

 笑うしかないという状況とはこのことなのだろう。後生の電子辞書に『笑うしかない』という項目が出来たら、状況説明に俺の勇姿が使われる筈だ。

 というように、くだらないことを考えて現実逃避がしたかった。

「「「ギャイー」」」

 だけど、無理だった。三体のロボットは降り立つと、今度は女だけでなく、俺にまで拳を向けてきた。

「うおおおお!」

「とりあえず、に、にに逃げましょう!」

「至極同感だが何故そこで俺を持ち上げるのだ!」

「どうせ貴方が遅いからですよすいません!」

 曇り空が広がる午前四時。

 建物があまり建ち並んでいない一角で。

 俺は、こうして女に巻き込まれた。

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