直○
「で、結局イカルガはどうする気でいるんですか?」
零久慈零が俺の隣で荷物をダンボールに積み込みながら、無表情で聞いてくる。今更何を、と言い返してやりたいところだったのだが、この行動に移す為に丸二日を要した点から俺は少し考えなおすことにした。
二日が経った。零久慈零が自室の天井を突き破り、五年間実家から離れっぱなしのニート生活を送る俺を連れ戻す為にやってきてから二日が経った。思えばあの一日だけで多くの犠牲が出た。アルエに押し潰されたロボット君やらロボットちゃんやらが数体、アルエが九体。零久慈零はその数値を聞いて、「……皆、命を全うしたんでしょうか」と涙ぐみながら俺に問い掛けた。だからその顔がズルイのだと言うのをなんとかしてやめる為、ドライバーを片手に一日で数体のロボット君やらロボットちゃんやら達と九体のアルエを完全修復してやった。材料の提供は主に兄だ。「零久慈ちゃんの笑顔と矮躯が僕の原動力なのさ」とにこやかに言い放つ兄に向けて、俺と零久慈零のアッパーが炸裂したのはまた別の話。
姉は再び残念な、というよりか王家というジャンルの家柄にしてはとてつもなく下品な性格に戻り今日も人生を楽しく謳歌している。「わっけわかんない科学者団体から瞬間移動装置くれませんかってお願いが来たよ! たんまり報酬貰えるんだってさ! くぅー、ウズウズするわ酒飲みてー!」と王宮を走りまわっていた。この姉に果たして結婚相手なる者は現れるのだろうか。そしてもし現れた時、俺はすかさず言うだろう。「姉の外見に騙されましたね。南無三」と。
今現在、俺は元・『不出来な人間』が住む街の家にある荷物をダンボールに入れている。所謂引越し作業という奴だ。隣を見てみると「キャイー」と音を起てるロボット君達三体が零久慈零の周りを囲んでいる。「何ですかロボットさん達、私に何か用ですか」「キャイー」「ああ、可愛い!」と叫びながらダンボールを放り、ロボット君達三体と戯れ始めた光景から察するに零久慈零が作業に戻るのには大分時間がかかるだろう。ヤレヤレだぜ。ジョースター家の輩の真似をする姉の真似をしながら、見るも無残な天井を見上げた。その間には雲一つない青空が広がっていた。二日前は曇り空だったのに、あの二日前が嘘みたいに快晴が広がっている。
「結局どうする、か」
零久慈零に言われた言葉を思い返しながら、作業を中断して一人黄昏れる俺。
五年間、俺は逃げていた。父に罵倒され、父を殺してしまった五年前。やり切れない思いが募り、一人だけで篭城した五年前。今でもあの日を思い出すと胸が苦しくなる。街の皆は、暴虐の限りを尽くす王を父親に持つ息子娘達が反旗を翻してくれたと褒めてくれたが、違うのだ。俺は、俺の都合で父を殺したのだ。
そして、逃げた。居もしない引きこもりの父親と母親の幻想を胸にうかべ、姉と兄と、それから父から逃げたのだ。『不出来な人間』しか居ない街は、俺が五年前に占拠した。だから俺以外の人間は居ない。ドライバーでロボットさんを助けた云々の回想シーンの時にも誰も居なかった。よぼよぼの爺さんなど居るはずもない。あそこに居たのは壊れけのロボットさんだけだったから。
あれから。あの前から。ずっと俺は自分が何も『出来ない』人間だと思っていた。出来ることといったらロボット君関連のことしかない。父から唯一受け継いだらしい、ロボットと接する感性。そのおかげで、俺はアルエやロボット君達を分解したり、再構築したり出来たようだ。いや、零久慈零の話だとアルエはロボットではない他の可能性と言っていたから一緒くたにしてしまったら両者に失礼か。すまない。訂正しておいてくれ。
ロボット君関連と、アルエ関連しか上手く出来ないのが俺だ。
「カッワイイな、カッワイイな、カッワイッイなー」「キャイー、キャイー、キャイー」
見ていて実にほほえましくなる光景と音頭が俺の横に在る。それを見ながら聞きながら、少しだけ微笑んだ。
「能登。奈美恵。そして、空。これを聞いているということは、私の椅子の後ろにあった書物を元に地下道にたどり着いたということだろう」
自然と、父の遺言が思い返される。姉が図書館ではなく玉座の後ろに見つけ、兄と共に行った地下道で発見したという大きな箱。それは巨大な蓄音機で、どれだけ衝撃を与えてもびくともしない硬度だったという。それ程までに遺したい言葉だった、ということだろう。
「まずは、すまなかった。お前達三人に対して、私は何もしてやれなかった。こうして録音しているのも、そろそろ誰かに殺されると私自身がわかっているからだ。人間不信が故にあんな政策をしてしまい、本当にすまないと思う。私は今でも人間が大嫌いだ。ロボットが大好きだ。そして、私は、そんな自分が一番嫌いだ。塔の頂上から落ちる時に見たあの星の鳥は、そういう私を助けてくれる天使かと思った。だから造ったのだ。人間でもロボットでもない存在を。ロボットと同じように強靭で、人間と同じように泣く、アルエという存在を。材料は単なる機械の部品だ。ネジ、金具、その他諸々。一体目の人型アルエを造った時、その姿が若い頃のあいつにそっくりで驚いたのが今は懐かしい。おかげでその後は巨大な機械の集合体しか造れなかった。それに、材料も足りなかった。機械から完全な人間を創る為の材料が。多分、星の鳥があればアルエは完成する。しかし、私には、もうその時間がない。能登。お前はもう少し言動と欲求を慎め。奈美恵。お前は静かにしていろ。そうすれば自然と異性はお前の元へやってくる。空。お前は」
「何をぶつくさ言ってるんですか、イカルガ」
涙を軽く流しながら感慨深く思い返していたのに、風情をわきまえない刺々しい言葉が聞こえてきた。横を見ると零久慈零が明らかにひいている。いや、お前流石にその反応は酷くないか。
「別に、何でもない」
「エリカ様気取りですか。流行に乗り遅れる運命を背負った悲しいイカルガが見え隠れする発言ですね、すいません」
「お前に言われたくはないぞ、このノーパンノーブラ」
「い、いきなり何を言い出すんですかこのセクハライカルガっ! 奈美恵さんに無理矢理着させられたんですよ、この服! それを貴方は侮辱しましたね!」
「侮辱されたとかそれどころじゃないレベルの恥辱を常に振る舞っているゼロちゃんな訳だが」
「恥辱ですと! 言っていいことと悪いことがありますよ!」
二人で罵りあいながら、馬鹿なことを言い合う。くだらない、何の為にもならないこの会話は、果たして俺に何をもたらしてくれるのだろう。
一度目の好奇心は、ロボット(アルエとかそこら辺の種族)の筈なのに改造人間と嘘をついていたから生まれた。
二度目の好奇心は、零久慈零の笑顔から生まれた。思えば、零久慈零のあの笑顔がなければ、俺は壁の向こうに行こうなどと思わなかった。あの笑顔があったからこそ、俺は壁の向こうへ行く気になったのだ。そう思うと、姉の目論みは正しかったことになり、少々むかつくのだが本当だから仕方がない。
「イカルガ。おーい、イカルガ。また黙っちゃってますよ」
「ああ、すまない。少し笑顔について考えていた」
「イカルガの笑顔は人を殺せますけどねとか思ってすいません」
「……こうか?」
「ッ!」
微笑む俺の顔を見て、何故か顔を真っ赤にする零久慈零。「どうした、ゼロちゃん」
「アルエが人間でもロボットでもないとはこういうことなんですよ、機械の体のくせに一端の自意識ばかり突出してるからこんな感情を……な、何でもないですすいません!」
「はあ」
いまいち要領を得ない零久慈零の対応に半ば呆れながらも、俺は零久慈零の顔を真正面に見据えた。「ど、どうしたんですか、イカルガ」とテンパる零久慈零。その姿を見ながら、俺は父の遺言を再度思い起こしていた。
――「空。お前は私と似ている。だが、私と違うのはお前には兄と姉がいるということだ。そして、お前にはアルエがついている。思えば私はお前に対して『出来ない』人間だと言ってきた。何度もだ。だが、その度に私は願っていた。いつの日か、周りにいる皆が自分の助けになると気付くことを。自分が出来なくても、他の出来る人達に頼めば手助けをしてくれるということを、気付いて欲しかったのだ。故に私は新たに願う。どうか、お前達三人は私のようにならないでくれ。お前達三人は、幸せに生きてくれ」
父は何を思いながらあの遺言を遺したのだろう。無念だろうか、やり切れない思いだろうか。けれどもこれだけは言える。父は、間違いなく俺達子供を愛してくれていた。その父を、俺は殺してしまったのだ。この罪は拭えるものではない。絶対に。間違いなく。
だから、俺は、父の分まで一生懸命に生きていこう。人間不信だった父の分まで人と関わり、アルエやロボット達と一緒に精一杯幸せになろう。そしていつの日か。地下道を地下鉄にするなり、街に線路を敷いてもらうなり、午前二時踏切にて左ポケットに入っている小型望遠鏡を取り出すなりして、星の鳥を見つけよう。
「ゼロちゃん」
「は、はい! 何でしょうか!」
「ゼロちゃんの本名って何だ」
「はい? え、ええとですね、ナンバー零零九二は私の便宜上の名前ですし、それを組み合わせた零久慈零という名前も同じく便宜上のものです。あれ、そういえば私に本名なんてないですね」
「じゃあ、俺が付けてもいいか」なるべく真剣な表情で、俺は言う。「良い名前があるんだ」
冷ややかな反応が俺を待っているかもしれないと身構えていたのだが、零久慈零は「イカルガが考えてくれた私の名前ですか! 気になります教えてください早急に!」と顔を輝かしてくれたので内心ホッとした。そして詰めかけられ、両手を両手で握られた状態のまま、零久慈零に向けて言う。
「数字の零はレイとも呼べるであろう。だから名前はレイ」
「レイちゃんですか」さりげにちゃん付けする零久慈零に心が温かくなりつつも、冷静さを繕って続ける。
「で、何の気無しに考えていたら良い苗字を思い付いたんだ。綾波っていうのだけれど」
「すいませんが却下です」
頑なに断る大勢に入った零久慈零。どうやら当分は零久慈零のままらしい。全く、何が気にくわなかったんだか。俺には到底理解出来そうにない。
「じゃあ、ゼロちゃん」
「呼び捨てでもいいですよ」
「……ゼロちゃん。とっととダンボールに詰めて、王宮に荷物を運ぼう」
「ラジャーです。イカルガ」
「名前で呼んでもいいぞ」
「ソ、ソラぁ!」
ゼロの叫びが青空に響き渡る。俺達が住むここは、俺が無意識下で造った瞬間移動装置のリモコンの二つ目のスイッチにより、外にも中にも境目がなくなった街。『不出来な人間』も『出来る人間』も居なくなったこの街で、皆、当分は幸せに過ごす。
まあ、何かの事件が起こっても、俺の周りには助けてくれる存在が居る。
少なくとも、それだけわかっていれば充分だ。