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目と観

作者: 竹沢熊烜
掲載日:2026/07/24

ねえ、シュレーディンガーの猫って知ってる?


箱の中に猫が入っているとして、その箱を開けない限り、その猫が生きているか死んでいるか、私たちは知ることができない。

つまり、「存在している」とも「存在していない」とも言える。

猫は、生と死のあいだ、存在と不存在のあいだに、同時にいるのだ。


量子も、同じようなものだ。

誰かがそれを「見る」ことで、その状態が定まる。

観測するだけで、世界の在り方は変わってしまうし、

「見ること」そのものが、世界に干渉している。


では――

私が目を閉じた時。

目の前の人を見ず、

周囲の物事を見ず、

社会を、世界を、見なかったその瞬間、

世界は私の想像もつかない仕方で動いているのではないか。


たとえば、私が目を閉じたその瞬間に、世界が一面の荒野になっていたとしたら?

深海の巨大なタコが、今この世界を覆っていて、私が目を開ける瞬間に、その存在が見せたい「現実」を私の目に映しているとしたら?

……もちろん、これは「何か外部の力」が私の視覚に干渉しているという例え話だ。


でももし、「自分自身の観測」が世界を変える外力だとしたら?

目を開けている限り、光は網膜を通して脳に世界を届ける。

だが目を閉じた時、光は皮膚に当たり、

拡散し、その微細なエネルギーが、

バタフライエフェクトのように連鎖して、

何百キロも離れたあなたにくしゃみをさせた――なんて、あり得るかもしれない。

……いや、さすがに馬鹿げていると自分でも思うよ。


でも、「見ること」は、ただの読み取りではない。

コンピュータの読み取り専用のように、静的なものじゃない。

私たちの観測は、世界そのものの編集に関わっているのだ。


だが、ここで一つ、大きな過ちがあるかもしれない。

私たちは観測者として振る舞っているが、同時に「猫」でもあるのではないか。


つまり、観測する者であると同時に、観測される存在でもある。

もし、私たちよりも上位の存在がいて、

その存在がこの地球を「一目見る」だけで、

人類すべてを滅ぼすか、あるいは性格を歪めて世界を狂わせる――

なんてことが起きたら……いや、冗談だよ。ただの妄想さ。


でもさ、もし「誰かに見られる前」で、物の有無が左右されているのだとしたら、

私が目を閉じている間、

私はいったい、どうやって「存在している」と証明できるんだろう?

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