第六話 山賊だった男
綾の事を勘三郎から聞き終えた頃、空が夕焼けで赤くなり始めた。
そのため仁太達はこれ以上動くことをやめ、森の中で野宿をする事になった。
勘三郎は付近に薪と食材を探しに行き、仁他は食事をする為の竈づくりを始めた頃それを離れた木の陰で観察している男がいた。
その男は所々が解れている着物を身につけており、その上には獣の毛で作った上着、腰には斧が下がっている。
格好だけを見れば百人中百人が山賊だと言うであろう、しかし彼の顔は山賊のイメージとはかけ離れたものであった。
顔立ちはほっそりとしており優しく垂れた目は子犬を連想させ、また小さな鼻と口が男の年齢以上に幼さを感じさせるのである。
「そこの木の陰に隠れている者よ、姿を現したらどうだい?」
竈を作りながら、仁太は男が隠れている木の方角へ穏やかだが有無を言わせない口調で呼びかける。
しかし、声をかけられ暫くしても姿を現さないのでもう一度呼びかけた。
「居るのは判っているんだ、今更隠れ続けた所でどうなるわけでもないだろう?」
いったいいつまで隠れてるつもりだろうか、見つかったと判った段階で取る行動は襲う、出てきて交渉、逃げるなどがあるが出てくる様子が無いな。仕方が無いからこちらから挨拶にでも行ってやるか。
仁太は忍者としての修行で自身の気配を消すことはもちろんの事、他人の気配を察知する術も取得している。これは敵方に侵入する時には必須の技術であり、特に意識することも無く他人の存在を感じることが出来る。
「さて出てこないのなら仕方ないな、こちらから出向くとしようか」
肩を竦めながらそんなことを言った仁太は作りかけの竈の前から姿を消し、そして隠れている男の前に現れた。
「初めまして、今日はどのようなご用件でしょうか?」
木の陰に隠れて居た男は、一瞬の出来事に驚いている様子であった。
先ほどまで竈を作って居た仁太が、いきなり目の前に現れたのだからそれも仕方ない事ではある。
戸惑いと驚きに反応を返せない所にまた言葉がかけられる。
「流石に黙ったままで居られるとこっちも困るんだよね。
このまま黙りを続けるのであれば実力行使も辞さないよ!?」
「まっ、待ってくれ、あんたがいきなり目の前に現れたからビックリしてよ。
別にあんたに危害を加えようとしていた訳じゃねぇんだ」
仁太の実力行使という言葉が聞こえたのか、男は慌てた様子で返事を返してきた。
そこへ勘三郎が薪と食料を持って現れた。
「服部殿その男はどなたかな?」
自分と仁太しか居なかったはず所に、見た目は明らかに山賊と思われる男が居るのが見えたために警戒を持って訪ねてくる勘三郎。
「先ほど竈を作っている最中に、木の陰からこちらの様子を見張っていた山賊?」
「ほう、山賊ですか。
確かにここ一体は山賊が棲み着いていて、佐津国から水泊国に商人が品物を運んでいるとよく襲われました。
そのために国の商人が大打撃を受け、一度討伐の兵を向けたことがありました。
その仲間では無いでしょうか?」
「なにっ、おまえは佐津国の者か!!
……俺の親父はその時の兵に殺されたんだ、まあそれで山賊稼業に嫌気が差したんだけどよ」
沈痛な面差しで話す男に、仁太は男が嘘をついていない事を察する。
「そうか、あの時に兵達が首領をの首を取ったと言っていたが、あれはおまえの父親であったか…。
さぞかし佐津国を恨んで居るであろう。
儂は討伐の兵を送ることを決めた、おまえの父親の敵と言っても過言は無いだろうな」
「別に恨んじゃぁいないよ、俺たちは散々人から恨まれる事をしてきたんだ。
なら、誰かからそのお返しが来てもおかしくなかった。
俺も親父を無くしてみてみてそれを悟ったんだ………」
その言葉を聞いて仁太は疑問に思った事を質問する。
「さっき山賊稼業に嫌気が差したと言っていたけど、あなたは山賊を辞めたと言うことなのかい?」
「あぁそうさ、もう人から盗みを働いて恨みを買う事が嫌になってな、一応親父が死んでから山賊の親玉みたいな事をやっていたのだが農業で細々と生活しようとみんなに提案したところで、おまえみたいな首領はいらないと追い出されて今に至るわけさ」
すでに諦めた様な表情になり、静かに話す男に仁太は男の哀しみをみた。
この男にすれば山賊達は家族みたいなものであったのであろう、しかし家族で協力して足を洗おうと思っていたら追い出されてしまい、家族を失ったのと同じくらい辛いのでは無いだろうか。
「なるほどな、それは大変だったな。
ところでおまえ以外の山賊達はこれからどうするつもりなのじゃ、佐津国が川津国に併合されたことでこの地方を通る商人はあまりいないであろう、ここで山賊をしていても生きてはいけんと思うのじゃが?」
「それはここから商人のいる町に出向き、盗みを働くと言っていました。
全員が賛成というわけでも無く、何人かは山賊組織を私と一緒に抜けて逃げてきましたが、途中で捕まってしまいまして今は私一人なのです」
「その中におまえの家族が居るのでは無いか?」
男は途中で捕まったと言うところでさらに口惜しそうな顔をしたため、勘三郎はそんな事を聞いてしまう。
すると男は顔を下に向け、流れ出る涙を賢明に堪える様にしながらも、我慢が出来ずに嗚咽を漏らし泣き出した。
「やはりそうであったか……」
勘三郎は苦虫をかみ殺した様な、苦々しい顔をし黙り込んでしまった。
仁太は嗚咽を漏らしながら泣く男と、苦々しい顔をしている勘三郎を眺めていた。
それは現代の平和な日本で生きてきた仁太にとっては実感が沸かなかったからである。
しかし、元山賊の男が自分の父親を殺されたにも関わらず、佐津国を恨むどころか山賊稼業を廃業しまともな生活をしようと考える事の凄さに圧倒されていた。
仁太は、家族の事を心配するこの男を助けたくなっていた。
「生きていればあなたの家族を助けられるかもしれません、私の仲間になりませんか?」
仁太の言葉に男は泣いていた顔を上げ、返答を告げるのであった。
思い描く風景や、登場人物達のやり取りを文章化する事の難しさを日々感じています。
書く内に自らの技術を高めていければ理想だな…。
次回は仁太が活躍する予定?
今月中の更新を目指します。