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第三話 綾の家

 先ほどの山中から時間にして一時間ほど歩いた山の中に、綾の住む山小屋があった。その山小屋は壁のところどころが崩れ落ちており、人が住んでいると言われなければ分からないほどぼろぼろであり、ひと目見たときには倉庫なのかという感想を抱いたのも仕方ないだろう。

 綾はそんな仁太を小屋の前に待たせ中へ入っていった。


「しずさんただいま~、今日はお客さんがいるのだけれど」


 すると中から年配の女性の声で返答が帰ってきた。


「あらまぁ、どうしたの綾様。ここには滅多な事が無い限りは人を連れてきてはいけないと言ってあったはずだけれども、何かあったのかい?」

「実は川津の国の家来に追われたのだけれど、外で待っていらっしゃる方に助けて戴いたの」

「それは大変だったね、ここももうすぐ引き上げないといけないのかね…。それじゃあ命の恩人様を中へお通しして差し上げて、出来るだけのお礼をしなくちゃいけないね」

「はい、それではお呼びしますね」


 小屋の中に居る年配の女性とのやり取りが終わった綾は小屋から出てきて仁太の方を向き。


「服部さん粗末な小屋ですがどうぞお入りください」

「それじゃあ、お邪魔します」


 綾に案内されて(といっても小屋に部屋は一つしかないが)中に入る仁太。

 小屋は木戸を開けると土間と呼ばれる炊事を行う空間があり、左側に少し高くなって囲炉裏のある4畳ほどの居間があるという、現代で言う所のワンルームという構成であった。入って直ぐにその囲炉裏の前でたたずむ、背中の曲がったおばあさんに頭を下げられた。


貴方(あなた)様が綾様を助けて下さったのですね、本当にありがとうございました。私は綾様の世話係をやっております、しずと申します」

「僕は服部仁太といいます。しずさん頭を上げてください、僕は大した事をしていません。ただ逃げる手伝いをしただけですよ」


 大した事はしていないので頭を上げてくれという仁太に対し、しずと名乗った女性はさらに頭をさげあなたの手伝いが無ければ綾様は逃げ延びられず、川津の国の家来に捕まっていただろうからいくら感謝してもし足りないのだと話す。

 そんなしずの言葉に仁太はとても恥ずかしいやら、こそばゆいやら少し落ち着かない。


「服部さん、今日は夕食を召し上がっていって下さい。しずさんもそんなに頭を下げられると服部さんが落ち着きませんよ、腕によりをかけて夕食をご馳走しましょう」


 綾に話しかけられたことで救われた気分になる仁太、しずも綾に言われやっと頭を上げ夕食の準備をするために土間へ降りていった。



 しずが土間に降りるのを確認した綾は、笑みを浮かべながら仁太に話しかける。


「服部さん、しずが言っていた事は本当のことです。ですから私も大変感謝しております、今日はゆっくりしていってくださいね」

「こちらこそありがとう。実はここが何処か分からないで困っていて、そこに綾さんが助けを求めてきたんだ。だから小屋に連れてきて貰えた事をこちらも感謝してる」


 仁太から何処かわからないという発言が出たことに疑問を持った綾は仁太にその理由を尋ねる、仁太も特に隠すことでもないので事情を話す。

 

「実は家の裏の林に居たんだけれど、気が付いたら知らない場所に居たんだ」


 仁太から深刻な顔でそんな事を言われた綾はキョトンとしており、今聞いたことが本当の事かどうか判断困っているようであったが、しばらくすると仁太にこんな提案をしてきた。


「にわかには信じられないですが、あなたの困っている顔を見ると本当の事なのでしょう。では、あなたが家に帰れるまで何も無いところですがここに居てはいかがでしょうか」


 そんな綾の提案に驚く仁太、しかしさすがにそこまでしてもらうのは迷惑になるからと断るが、綾は是非そうしてくださいと強く勧めてくる。

 会話が聞こえていたのだろう、土間で作業をしていたしずも仁太に滞在を勧める。

 二人の勧めを断ることが出来ず滞在することにした仁太、しかし可愛い容姿の綾と一緒の居間で寝る事に抵抗があるため自分は外で寝ると言い張る。

 綾は「命の恩人を外で寝かせるなんて出来ません」と頑なに居間で寝るように勧めてくる。綾はどうやら一つ屋根の下に同年代の若い男女が一緒に寝ることの問題が理解できていないようだ。さすがは姫様(箱入り娘)といった所だが仁太にしてみれば堪ったものではない。


「服部様、あなたの懸念も分かりますが出来れば小屋で寝て戴けないでしょうか。命の恩人を外で寝かせたとあっては我が主君の大河内家の名折れ、私と今は居りませんが夜には主人も戻ってまいります。狭い小屋に若い男女が二人きりになる訳ではござません、どうでしょう?」


 しずに二人きりではない、と言われたことで渋々と小屋の中で寝る事を承諾した仁太ではあったが、綾が同じ部屋で寝るとなると落ち着かない。




 夜になり木こりをやっているというしずの主人勘三郎(かんざぶろう)も戻り、山菜や猪の肉を中心とした夕食をご馳走になった仁太。

 

 しずの主人の勘三郎は身長が高く厳つい顔、そして鍛えられた体で武人といった風情であった。

 勘三郎は佐津の国では老中職をやっていて、川津の国に攻め込まれ国が滅ぶと覚悟を決めたときに主である大河内紘正(おおこうちひろまさ)に綾を逃がして欲しいと頼まれ、武人の恥じながらも主の願いだからと綾を連れて国を脱出したのだ、とこれまでのいきさつを話してくれた。そして綾を助けてくれた事にしずと同じ勢いで頭を下げお礼を言う勘三郎に、仁太は頭を上げてくださいと言いながら、やはり夫婦だな…、などと考えていた。

 そして、近くの森で追っ手に追われたことを深刻に考え、近いうちにまた遠くに引っ越す必要がありそうだという結論で話は終わった。

 

 余談だが勘三郎はしずと同じように、綾に窘められるまで頭を下げ続けて居たそうな。




 夕食も終え勘三郎の話が終わった頃、それでは寝るかという事になった。寝る体勢は四畳の居間という事もあり、仁太・勘三郎・しず・綾という並びで川の字になって寝る。

 さすがに狭いが寝ることは出来そうだった。




 居間で横になった仁太は今日の出来事を思い出し、これからどうなるのかと不安になりながら眠りの世界に入っていった。


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