第一話 現代の忍者!?
「あっついな~、いい加減教室にクーラー付けてくれないかな」
自分以外はだれもいない教室の机に座り、夏の暑さに辟易している様子の少年が一人誰にともなく呟いた。
彼は教師から渡された、辞書ほどの暑さがあろうかという膨大なプリントを、まじめとは言い難い態度でやっつけにかかっている。
「なんで日本人が英語なんてやんなきゃいけないだ、こんな事やんないでもいい世界にいければいいのに…」
そう呟いた時、ふと頭に小さく響く声がした。
「承知した、その願い聞き届けよう」
「んっ、誰かいるのか?」
誰かのささやき声が聞こえたように感じた少年が、周りを窺うも誰の姿も見つけることが出来ない。
あの声は空耳だろうと結論を出し、改めて補習のプリントに取り掛かる少年であった。
この事があとに重要な事態を自身にもたらすのだが、この時の少年には分る筈もない。
この少年は忍者である。
現代の日本で忍者というとアニメやコスプレを思い浮かべ、本物だとは思わないだろう。
彼の名は服部仁太、日本国内を探しても服部という名前はそれほど珍しい名前ではない。
しかし、先の忍者という単語からある人物を連想する人は多いのではないだろうか。
そう、彼はかの有名な忍者、服部半蔵の子孫に当たる。
戦国時代であれば忍者は重用され活躍したであろうが、現代の日本では時代劇やアニメなどの世界で登場する以外では、現実の職業としては存在しない。
彼はそんな時代をひっそりと生きる、本物の忍者という仁太であったが、それを周囲の人たちに知られる事は掟によって厳に戒められており。
自らの持つ技術を自慢する事も出来ず、目立たず冴えない少年というのがみんなの認識であった。
朝から晩まで親父に忍術の修業させられて、夏休みに補習なんてやってられないよ。しかもクラスで一人だけ補習っていうのは凄く恥ずかしい…。
そんな事を思う仁太。
いつもであればクラスメイトの一人か二人が道連れになり、何人かで補習を受けたりしたので気にしなかいが、今回のテストは比較的簡単であった為に一人で補習という状況に陥っていた。
「服部っ、補習プリントは終わったか」
野太い男の声が、もの寂しい雰囲気の教室に響きわたる。
同時にがっちりとした体格に、スーツをだらしなく着こなした男性が教室に入ってくる。
彼は仁太が赤点を取った英語科目の教師をしており、今回のテストで全員が補習なしなら彼女と少し旅行に行けると思っていたので、仁太に対しての態度は冷たい。
「先生、一人だけ補習を受ける事になってごめんなさい。謝るから、この圧倒的な量の補習プリントを減らしてください」
口元は笑顔なのだが目元は全く笑わず、仁太にバカなことを言うなという風に教師は言った。
「何を謝っているんだ、私は貴重な休みが無くなった事なんて怒ってない。今回はみんなの点数が良くて補習しなくても良さそうだと思っていたら、服部だけ補習と分かって絶望なんてしてないぞ」
その言葉を受けた仁太は恐縮し、英語教師に謝ることしかできなかった。
英語教師との緊張感のある(というか仁太の精神的打撃が大きいが)やり取りが終わり、夕方の日が暮れかかる頃に帰宅する仁太。
「ただいま~」
「あらあら、おかえり~。随分と遅かったのね。
補習科目は一科目しかないから早く帰れる、って言っていたのに、もう日が暮れる時間じゃないの。
お父さんはもう日課を始めてるわよ、仁太が遅いから帰ったらいつも以上に厳しくするって言っていたから覚悟しといたほうが良いんじゃないかな~」
「わかったよ、とにかく裏庭に行ってくるよ」
帰宅のあいさつと同時に母親から不幸の予告を受け、テストの赤点から来る負の連鎖を嘆くことしかできない仁太であった。
母親とのやり取りのあと、仁太は赤黒布で作られた忍者装束に身を包み家の裏庭へ急いで向かう。
私たちが思い描く忍者装束と言えばの黒であるが、実際に夕闇に紛れるときには、真っ黒な色よりも少し赤みがかった色の方が認識されなかったリする。
また他にもこの衣装には秘密があり表と裏の色が違い、この裏側には昼間の試用を考慮して軍隊の迷彩柄が入っていてリバーシブルで使えるようになっている。
仁太は暗く広がる森に向け叫んだ。
「お頭、ただ今帰りました」
すると深い闇の中から、中年男性の太い声が帰ってきた。
「仁太、何をやっていた、修行をおろそかにするでない。それは忍術だけでなく、学問にも当てはまるのだぞ」
「分かっているよ、でも英語だけはどうしても出来ないんだよ」
「馬鹿者!!
英語だけは出来ないなどと甘えるでない。毎日、サボらず修行しておれば、少なくとも赤点などという不届きな点数を取ることはなかったであろう。おまえはまだまだ修行がたらん」
その声とともに、仁太と同じ忍者装束を着た男性が姿を現した。男は覆面をしており、顔を見ることは出来ないが、声の様子から50歳前後ではないだろうか。
闇の中から現れる様は、何もない空間が当たり前であった場所に、突如として人が現れたかのような錯覚を仁太に懐き、さすがに忍術の腕の違いを実感させられる。
「それもこれも、毎日まいにち忍術の修行を遅くまでやっているから、英語の勉強が出来なかったんだよ。そんなに言うのなら修行の時間を減らして、勉強をする時間をくれよ」
「馬鹿を言うんじゃない、忍術の修行と勉強を両立させねばならぬ。私が学生の頃は忍術も勉強も優秀であったぞ」
男はそう言うと仁太を哀しげに眺めて言った。
「わが息子ながら情けない、どこで育て方を間違えたのか…」
最後の言葉は、テストで赤点を取る度に言われている言葉である。
仁太も言われ慣れている筈であり、いつもであれば聞き流していたのだが、今日は昼間に英語教師からの言葉による精神攻撃で虫の居所が悪かった為にいつも以上に腹が立った。
「赤点があるごとに、育て方を間違えたと言われて堪るか」
言い捨て、仁太は修行で慣れた森の中に走っていった。
もちろんお頭こと仁太の父親と仁太自身、これから起こる事も知らず、修行で慣れた森の中に入って行ったぐらいの認識しかなかった。
文章って難しいですね