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【番外編】烈火とゲイル【日常回】

 エリシオン本国の居住区。

 その一角にある、こぢんまりとした、だが人気のカフェテラス。


 昼下がりの穏やかな日差しが差し込む中、店内の空気は、どこか奇妙な緊張感に包まれていた。


「おい……あそこの席……」

「嘘でしょ。エリシオンの英雄と……シグマの『死神』……?」


 周囲の客たちが、遠巻きにヒソヒソと囁き合っている。

 向けられるのは、畏怖と警戒、そして好奇心が入り交じった複雑な視線だ。


 それもそのはずである。

 テラス席の中央で向かい合って座っているのは、この国で知らない者はいない二人の男だった。


 一人は、燃えるような赤毛を揺らす青年。

 数々の絶望的な戦場を駆け抜け、勝利をもたらしてきたエリシオンのトップエース。

 『烈火・シュナイダー』。


 そしてもう一人は、切れ長の目と金髪を持つ、冷徹な顔立ちの男。

 かつては敵国シグマ帝国の最強部隊『三本槍』の筆頭として恐れられ、今はエリシオンに身を寄せる男。

 『ゲイル・タイガー』。


 本来なら、絶対に交わるはずのない二つの巨星。

 それが今、小さな丸テーブルを挟んで、真剣な面持ちで向き合っているのだ。


「……美味いな」

「ああ、悪くねえ」


 二人の間にあるのは、作戦の図面でも、物騒な兵器でもない。


 ───うず高く積まれた、大量のケーキだった。


「特にこの、濃厚なチョコレートのオペラ。カカオの苦味とクリームの甘さが、絶妙な均衡を保っている。……素晴らしい完成度だ」


 ゲイルは真顔のまま、優雅な手つきでフォークを進める。

 冷徹な軍人の顔を一切崩さず、しかしその食べるペースは常軌を逸していた。

 ショートケーキ、モンブラン、チーズケーキ。

 彼の前にある皿は、次々と空になっていく。


((……相変わらず、とんでもねえ甘党だな、こいつ))


 烈火は心の中で呆れながら、自身の前に置かれたフルーツタルトを大口で頬張った。

 超人めいた怪力を持つ野生児らしく、細かい味わいなど気にしない豪快な食べっぷりだ。


「つーかよ、ゲイル。なんで俺が、お前と男二人でケーキなんて食ってなきゃなんねえんだ?」

「仕方あるまい。菊花は格納庫で新型機の調整にかかりきりだ。私がうろうろしていては、仕事の邪魔になる」


 ゲイルは紅茶で喉を潤しながら、淡々と答える。


「それに、お前の方も暇を持て余していたのだろう?」

「まあな。兎歌のやつ、今日はシャオと出かけちまってよ」


 烈火はフォークで皿を小突く。

 幼なじみであるシャオ・リューシェン――ボーイッシュな日焼け肌に、豊かな巨乳、そして腕にトライバル柄の入れ墨を持つ活発な彼女が、「たまには女子だけで息抜きするよ!」と、兎歌を強引に連れ出していったのだ。


「シャオのやつ、兎歌を変な店に連れ回してなきゃいいけどな……」

「杞憂だろう。彼女たちも戦士だ。休息の重要性は理解しているはずだ」

「だといいけどよ」


 烈火は残っていたタルトを一口で平らげ、次のミルフィーユに手を伸ばした。

 甘いものは嫌いではないが、ゲイルの異常なペースに付き合っていると、さすがに胃がもたれてきそうだ。


「ひぃっ……目が、目が合ったわ……!」

「しっ、見ちゃ駄目だ。殺されるぞ……!」


 周囲の客は、依然として遠巻きに二人を観察している。

 ゲイルが少し視線を向けただけで、ビクッと肩を震わせる者もいた。


「……どうやら、私はまだこの国では歓迎されていないようだな」


 ゲイルは自嘲気味に呟き、新しいモンブランを皿に乗せた。


「当たり前だろ。お前は少し前まで、俺たちの命を狙ってた敵国のバケモノだぜ? そう簡単にニコニコ笑いかけられるかよ」

「違いない。……だが、それでも構わん」


 ゲイルの切れ長の瞳に、確かな光が宿る。


「私の命は、一度終わったはずのものだ。だが今は、菊花という守るべき存在もできた。……周囲がどう思おうと、私は私の戦いをするだけだ」

「へっ。言うじゃねえか」


 烈火はニヤリと笑い、コーヒーをあおる。


「ま、周りの目なんて気にしてたら、俺たちみたいなネクスターは生きていけねえからな。食いたいもん食って、守りたいもん守って、それで十分だろ」

「ああ、その通りだ」


 ゲイルは僅かに口角を上げ、最後のケーキにフォークを入れた。


 世界がどれだけ混乱しようと。

 ノヴァ・ドミニオンの影が、どれほど色濃く迫ろうと。


 今はただ、この甘ったるい休息を享受する。

 それこそが、次なる死地を生き抜くための、彼らなりの儀式だった。


「……おいゲイル。お前、俺の分のイチゴ食っただろ」

「気のせいだ。お前の勘違いではないか?」

「嘘つけ! 口の端にクリームついてんぞ、この野郎!」


 周囲の畏怖の視線などどこ吹く風で。

 二人の英雄の、平和で騒がしいティータイムは続くのだった。



「ふぅ……。満足だ」


 最後のモンブランを胃に収め、ゲイルは紙ナプキンで口元を拭った。

 その表情は、敵機動要塞を単独撃破した時よりも晴れやかで、達成感に満ちている。


「よく食うな、本当に。……なあ、ゲイル。お前、なんでそこまでしてエリシオンに肩入れすんだ? 菊花がいるからってのは分かるけどよ」


 烈火の素朴な疑問に、ゲイルは空になった皿の塔を横目に、指を三本立ててみせた。


「理由は三つある」


 ゲイルの声色が、スッと軍人のそれに戻る。


「一つ。お前たちに命を拾われたことへの義理だ。死に損ないの私に、生きる場所を与えてくれた恩は忘れない」

「へっ、律儀なこった」

「二つ目。祖国を裏切り、部下を見殺しにした連中への復讐。そのための『牙』……ダフネという機体をくれたこと」


 そこまでは、烈火も予想していた答えだった。

 だが、ゲイルは真剣な眼差しのまま、三本目の指を突き出した。


「そして三つ目。……飯が、異常に美味い」

「……は?」


 烈火が呆気にとられる中、ゲイルは席を立ち、レジの横にある陳列棚へと歩み寄った。

 そこには、カラフルなパッケージに包まれた、ブロック状の携帯食料が並んでいる。


「これを見ろ、烈火。エリシオン軍が採用している、最新の携帯レーションだ」


 ゲイルは愛おしそうに、『ショコラ風味・高カロリー圧搾ブロック』と書かれたパッケージを手に取った。


「戦場や宇宙空間での摂取を想定した、ただの栄養補給剤ではない。口に含み、唾液と混ざった瞬間……これが驚くべきことに、生のケーキと同じ食感と風味に復元されるのだ」


 ゲイルの瞳が、熱っぽく輝く。


「スポンジの気泡、クリームの滑らかさ、果実の酸味に至るまで、分子レベルで再現されている。……これはもはや、魔法だ。シグマの泥のような合成食糧とは次元が違う」


 彼は拳を握りしめ、ショーケースに並ぶ煌びやかなスイーツたちを、守るべき聖域のように見渡した。


「こんな素晴らしい食文化を持つ国を、野蛮な侵略者どもに踏み荒らさせるわけにはいかない。……この味を脅かす者は、私が一人残らず地獄へ送る」

「……ぷっ、あははははっ!」


 あまりに大真面目な熱弁に、烈火はたまらず吹き出した。


「なんだ、笑うことではないぞ」

「いや、悪りぃ悪りぃ! お前らしいっつーか何つーか……。平和を守る理由が『飯が美味いから』って、最高じゃねえか!」


 烈火は腹を抱えて笑いながらも、同意していた。

 スラム育ちで、かつては廃棄寸前の缶詰やネズミの肉で飢えを凌いでいた烈火にとって、エリシオンの飯が天国なのは間違いない。

 馬鹿舌だろうが何だろうが、美味いものは美味いし、それを奪おうとする奴は敵だ。そのシンプルな理屈は、何よりも分かり合える。


「違いない。……行くぞ、烈火。ギャラリーが増えてきた」


 ふと気付けば、店の外にまで人だかりができ始めていた。

 伝説のエースと、亡命した最強の騎士。その二人が仲良く(?)ケーキを食べている光景は、もはや観光名所のような騒ぎになりつつある。


「おっと、そうだな。長居は無用か」


 二人はレジへ向かうと、それぞれの端末をかざした。

 表示された金額は、一般市民なら目を剥くような額だったが、トップエースである彼らにとっては、弾薬一発分にも満たない、はした金だ。


 ついでに、とばかりにゲイルは棚にあった携帯食料を鷲掴みにし、会計に追加した。


「……買いすぎだろ」

「備えあれば憂いなし、だ」


 涼しい顔で大量のスイーツとレーションを抱え、二人の英雄は風のように店を後にした。

 後に残されたのは、空っぽになったショーケースと、呆然とする店員や客たちだけであった。

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