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マシになる

――大嵐の一件から数か月が経過した。少しずつだが、過食しなくて済む日が増えてきた。そして食事、運動、体重一辺倒だった生活に、ちょっとだけ他の要素も入るようになった。大学の勉強も集中出来るようになった。

そして今は、また楓と学食に来ていた。楓は変わらずカレーライスを注文している。俺はと言うと、バイキング形式の所にあるキャベツとブロッコリー、そして副菜の温泉卵を選んだ。まだ完全に食べ物へのこだわりがなくなったわけではなかった。楓よりも、何ならこの場にいる誰よりもカロリー摂取を抑えたかった。こんなのを見て、楓も変だと思わないか不安だった。


「公助と久しぶりに学食来られて良かったです」


 しかし当の楓は俺の盆の上のメニューを見ても、気にしていないようだった。そして以前と同じく、しっかりと手を合わせてからカレーを食べ始める。俺もキャベツに箸をのばした。




 ――そして食べ終わる頃。


「なあ、俺が持ってる体重計、良かったらいらない……か?」


 俺は楓に対してそう言った。体重を気にしないようにしたいと思っても、体重計がある以上どうしても量りたい衝動が抑えられない。そしてその結果で一喜一憂してしまっていた。それならいっそ処分したいと考えていたのだ。フリマアプリで売ることも考えたが、使用済みのものを売っていいのか分からないし、でもせっかく買ったものをすぐゴミとして処分するのも何だか気が引けたのだ。


「体重計ですか……」


 楓は少し考えているようだった。もしかしたら、自分のことを粗大ごみ捨て場扱いされていると思って、怒っているのだろうか。


「いいですよ」


 しかし俺の不安とは裏腹に、楓はコクっとうなずいた。


「体重計があれば便利そうです。泥棒が入ってきた時の武器にもなりそうです」


 ……、楓は体重計を鈍器か何かと思っているのだろうか。楓は俺が考えていることとは違うことをよくする。だがそれに救われているのも事実だ。


「ありがとな。楓ん家に持ってくよ」


 俺はそう言った。


「いえいえ。こちらこそ」


 そして楓は使い終わった食器類を返却しようと席を立つ。俺もそうしようと手を動かしたら、ふと、隣の席の人がハンカチを落としているのに気付いた。


「あ……」


 俺はとっさにそれを拾い、その人がいたテーブルに置く。本当は「落としましたよ」程度のことを言えればいいのだが言葉が出ず、すぐ元の場所に戻った。恥ずかしさで顔が赤くなるのはいつものことだ。


「公助は周りに気が付いて凄いです。僕はそういうの苦手です」


 そんな俺を見て楓はそう言う。


「俺の場合、ただの気にしいなだけだ……」


 楓にそう言われて、余計に顔が熱くなった。だがその一方で、初めて楓に会った時のことを思い出した。学校説明会の後、周りのみんなが移動しているのにそれに気づかず突っ立っている楓に声をかけたことを。楓のマイペースな部分もそうだが、俺自身の気にしいな所も良し悪しがあるのではないかと、ほんの少しだけ思えた。




 ――さらにそれから数か月後。俺の今の体形は、以前までの肥満体系と比べればマシだが、鍛えているような人とは程遠い感じになっていた。落ちた筋肉に未練がないとは言えない。ただこの日はそんなことより楽しみなことがあった。

 あの、小学生の頃に好きだったアニメ映画の上映日なのだ。映画館に着いた時、ポップコーンの匂いが漂っていたが、それで強烈な食欲に襲われることもなかった。シアターに入れば、確かに女の人が多く、またグループで来ている人も多かった。ただそれでも男性客や1人で来ている人もいて、それが心強かった。

 何より、映画自体が凄く良かった。昔の思い出なんて嫌なことばかりだと思っていたけれど、こうやって好きだったアニメも確かにあって、それを楽しんでいる自分も確かに存在していた。




 自宅に帰り、俺は早速ネット上の感想を漁ってみる。俺のように高評価をしている人がたくさんいて、何だか安心した。しかし否定的な意見もあった。それを見て心が痛む部分もあった。


「……ま、そういう意見もあるか」


 しかし、ボソッとそんな言葉が出るくらいには、心の余裕があった。





 体形へのこだわりが消えたわけではないが、前と比べれば弱まった。地元には戻りたくないし、過去の嫌な思い出は山ほどあるが、楽しい記憶もある。何より、自分の駄目な部分を挙げればキリがないが、それも少し受け入れられた。完璧とは程遠いが少しマシになった、そんな気がした――。



お読みいただき本当にありがとうございました。

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