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呪いがほどける

母親の話によると、風で飛んできた看板が俺の頭に直撃し、そのまま脳震盪で倒れた所を、通りすがりの人が通報して病院に運ばれたようだ。

また、母親はその日ずっと病室にいて、地元にも帰らず近くのホテルをとって過ごしたらしい。俺も頭を怪我したこともあり、数日間は入院する必要があると言われた。




 そして次の日。


「こんにちは、お見舞いにきました」


 楓が病室にやって来たのだ。


「あ……」


何故楓が知っているのかとか、聞きたいことはあったが、今回も口が動いてくれない。ただ俺は、目を丸くするだけだった。


「本当はフルーツの盛り合わせを持っていこうかと思ったのですが、公助は食べ物は嫌かと思いまして」


 そんな俺の反応は気にも留めず、楓はズボンのポケットから、小さく折りたたんだ千円札を取り出す。


「……」


 何だろう、何から言えばいいのか、もっと分からなくなってしまった。


「どうかしましたか?」


 しかし何も言わなければ、楓が不思議そうな顔でこちらを見てくる。


「お前に酷いこと言ったのに、どうして来てくれたんだ……?」


 何とか出てきたのは、そんな言葉だった。


「え、酷いこと、ですか?」


 一方、楓はキョトンとした表情になる。何のことか分からないと言いたげだった。


「前にスーパーで会った時、お前のこと怒鳴っただろ……」


「ああ、あの時のことですか」


 楓は思い出したようで、手をポンと叩く。そして床頭台に千円札を置いた。


「その……ゴメン」


 俺は楓に頭を下げる。本当は謝って済む問題じゃないと分かっている。これで絶交だ何だ言われても仕方ないと分かっている。そもそもこの言葉も、謝罪より許してもらいたい気持ちの方が強いのだと自覚している。こんな奴と、楓もいたくないだろう……。


「公助、頭はあまり動かさない方がいいです」


 しかし楓の口から出てきたのは、俺が想像していたものとは違ったものだった。


「あと、あの時は確かに悲しかったですが、それだけです」


 しかも、そんなことを言ってくるではないか。


「別に気を遣わなくていいから……」


「気を遣うとは?」


「えっと……」


 俺は再度言葉に詰まる。もし俺だったら、あんなこと言われた日にはずっと引きずるのに、目の前にいる存在は1ミリも気にしていないと言いたげだった。それが自分とはあまりにもかけ離れていて、理解が出来なかった。

 そもそも楓は不便なものを不便のまま受け入れているタイプの人間だった。悲しいも悲しいで、それ以上の感情を抱かないということなのだろうか。そんな、楓の存在が不可思議であると同時に、少し心が軽くなる自分もいた。




 ――楓が帰った後、母親も病室にやって来た。どうやらここに来る前に医者と話をしていたようだ。母親から、どうして大嵐の中外に出たのかとか、理由は聞かれなかった。ただ、一旦休学して地元に帰らないかと提案される。


「いや、いい……」


 しかし俺はそれを拒否する。どうしても、嫌な思い出ばかりの地元には戻りたくなかったのだ。


「そう、分かったわ」


 母親も無理に引き戻そうとはしなかった。


「心配かけてゴメン……」


 正直、もっと怒鳴られるか心配されるかと思っていたので、少し拍子抜けした。でもオーバーリアクションされない方が落ち着くのも事実。母親なりの気遣いなのかもしれないと思った。


――「公助君、いいかな?」


 母親との話が一段落つくと、今度は中年くらいの医者がやって来た。母親は医者に軽くお辞儀をすると、病室から出ていく。


「久しぶりに公助の顔が見られて良かった」


 最後にそう言っていた。




 ――さて、医者と2人っきりになった所で、俺は色々と質問され、医者からの説明も受ける。その中で、自分のダイエットが異常なことなのだと気付いた。


「俺、運動してないとすごく不安で、太るのが怖くて、筋肉が落ちるのが嫌で、でも食欲も止まらなくて、えっと……」


 上手く言葉に出来ないのはいつものことだが、それでも吐き出したいものがあった。医者も俺のペースで話を聞いてくれる。


「俺は、摂食障害、なんですか……」


「そうですね、その疑いはあります」


「……」


 そしてこの日から、自分が以前言われて否定した、「摂食障害」と向き合うことになった。



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