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トラウマ

『やーい、ボンレスハムー!』


 今俺の目の前には、小学生くらいの男子が複数人いた。顔ははっきりとは見えないが、誰かはすぐに分かった。小学生時代のいじめっ子達だ。


『デブ』


『ノロマ』


『お前がいると負けるから、同じチームになるの嫌なんだよ』


『邪魔なんだよウドの大木』


 やめろ、やめてくれ。聞きたくない、思い出したくない。俺は耳を塞ぐが、その声は一向に止まらない。視線をずらせば、その先には全身鏡があった。そこに映っていたのは、肥満体系の自分の姿。ああそうだ、俺がこんなデブだから、こんな目にあっていたんだ。全部この脂肪のせいだったんだ。俺の目からは、いつの間にか涙が流れていた――。





 ――「……」


 カーテンから洩れる朝日の眩しさに、俺は目を覚ました。さっきのは夢だと気付くのに時間はかからなかった。ただこっちでも泣いていたらしく、右手で目をぬぐう。そして目の前にあったのは、色々なものの残骸だった。昨日の過食も夢だったら良かったのに。しかし胃の中の不快感や、腹どころか背中や腰すら圧迫するような痛みは、現実のものだと痛感させられた。まず俺は、体重を量りに行った。片づけとか他の事なんてどうでもいい。今はどのくらい太ってしまったのかの方が重要だった。

 そして体重計が示した数字は、昨日量った時より2キロ以上多かった。しかも洗面所の鏡を覗けば、パンパンにむくれ上がっている自分の顔が映し出される。太ももや二の腕にも余計なものが増えたような気がする。最悪だ、本当にどうしようもないと思った。




 ――俺はその日を皮切りに、食欲のタカが外れるようになった。「チートデイ」と言い訳するには頻度も多かった。スーパーで肉や野菜だけ買おうと思っても、「今日だけ」と思ってお菓子を大量に買ってしまい、それをアパートで一気食いしてしまう。そんな日は運動量を増やし、次の日はほぼ絶食していたが、その程度で体重が減るわけもなかった。それどころか、せっかく付いてきた筋肉が脂肪に変わってしまう気さえした。

 またある時はアパートまで我慢できなくて、帰り道の間に菓子パンの袋を開けて食べてしまう。「我慢できる自分」がどんどんいなくなって、それが腹ただしく空しくもあり、余計に食欲が暴走していった。




 ――そんなある土曜日のこと。体重もそうだが、こうも食べてばかりでは食費もかさむため、俺はスーパーの半額商品を買い漁るようになった。そして今はその大量の食べ物をリュックに詰め込んでいる。


「あ、公助。買い物ですか?」


 そんな時、楓と遭遇してしまったのだ。こんな馬鹿みたいに食べ物を買っている姿を知り合いに見られるなんて、恥以外の何物でもない。俺は慌てて商品を詰め込むと、楓の前から立ち去ろうとした。


「あの」


 しかし呼び止められてしまう。


「外のベンチで話しませんか?」


 そして楓はそう言った。


「ごめん、ちょっと急いでて……」


 だが俺は見られたくない所を見られたのと、一刻も早く食べ物を口に入れたい一心で断ろうとした。


「もしかして公助……」


 しかし、


「『せっしょくしょうがい』ってものなのでは……」


 楓にそう言われた瞬間、俺の中の何かがプツッと音を立てて切れた。


「摂食障害って、あの拒食症とか過食症とか、そういうの? いやいや、俺はちゃんと飯食ってるし……」


 この言葉は、ダイエットを始めた時から知っている。ダイエットや大食い系の動画のコメント欄でも散々見てきたし、ダイエットをする上で気を付けるべきことだとも知っている。


「それに過食症ってのも、吐いたりするやつだろ? 俺は吐いたりしてないし……」


 ちゃんと調べてきていることで、今更他人に注意されるようなことではなかった。


「そもそも、そういうのって中高生の女子がなるものだろ? 俺には関係ないし……」


 でもなぜだろう。心臓はバクバク言うし、口の中も乾く。楓の言っていることは的外れで、俺のことではないはずなのに、動揺している自分がいた。


「いや、そういうものでもないと……」


 それでも何か言い返そうとする楓に対し、俺はもう我慢出来なかった。


「それとも、俺が女々しいって、気持ち悪いって言いたいのかよ! ふざけんなよ、人のこと頭おかしい呼ばわりかよ‼」


 自分でも自分のことが制御できなかった。喋ることが苦手なはずなのに、この怒鳴り声はスムーズに出た。


「ハア、ハア……、あ」


 そして我に返れば、目の前には今まで見たこともないくらい悲しそうな表情をしている楓がいた。店内にいた他の客もこちらを見ている。


「あ……」


 ここでようやく、俺は自分がしでかしたことに気付いた。


「ごめんなさい……」


 楓はうつむきながらか細い声で言い、店から出ていく。俺は楓のことを追いかけようと思ったのに、足がすくんで動けなかった。



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