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第7話「死神と初デート」

 顕現権を得た翌日。


「行こう」


 クロハが玄関で待っていた。

 いつもの無表情だが、どこか浮き足立っている。


「早いな」

「早くない。約束の時間だ」

「まだ10分前だぞ」

「10分前行動は基本だ」

「どこで覚えたんだ、そんな言葉」

「人間界常識テストで学んだ」


 なるほど、試験勉強の成果か。


---


 俺たちは街に出た。


 土曜日の午後。

 街は賑わっている。

 家族連れ、カップル、友人同士。

 みんな楽しそうに歩いている。


 そして、俺たちも。


「……」


 クロハは周囲をキョロキョロと見回している。

 今まで見えなかった世界が、今は見える。

 いや、今までも見えていたが、参加できなかった。

 今は参加できる。


「どうだ?」

「……すごい」

「何が?」

「人が多い。音が多い。匂いが多い」

「そりゃ街だからな」

「家の中とは違う」

「そうだな」


---


 目的地は、駅前のカフェ。

 クロハが「行きたい」と言っていた場所だ。


 店の前に着いた。

 ガラス張りの外観、洒落た看板、美味しそうなケーキの写真。


「ここか」

「ここだ。入るぞ」

「……」


 クロハが足を止めた。


「どうした?」

「……緊張する」

「大丈夫だよ。普通のカフェだ」

「普通に入ったことがない」

「……まあ、そうだな」


 俺はクロハの手を取った。


「一緒に入ろう」

「……ああ」


---


 扉を開けると、チリンとベルが鳴った。


「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」


 店員さんがにこやかに声をかけてきた。

 ……クロハに向かって。


「二名だ」

「お二人様ですね。こちらへどうぞ」


 店員さんはクロハに微笑みかけながら、席まで案内してくれた。


「……」


 クロハは目を丸くしていた。


「どうした?」

「店員が、私に話しかけた」

「当たり前だろ」

「当たり前じゃなかった。昨日までは」

「……そうだったな」


 席に着いた。

 窓際の席で、外の景色が見える。


「メニューをどうぞ」


 店員さんがメニューを置いて、去っていった。


---


 クロハはメニューを見つめている。

 ケーキ、パフェ、コーヒー、紅茶。

 色々な写真が並んでいる。


「何にする?」

「……悩む」

「ゆっくり選べばいい」

「どれも美味しそうだ」

「だろ?」


 クロハは真剣にメニューを見ている。

 その姿が可愛らしくて、思わず笑ってしまった。


「なぜ笑う」

「いや、真剣だなと思って」

「真剣だ。初めてのカフェだ」

「そうだな。大事なことだ」

「ああ、大事なことだ」


---


 注文が決まった。


「すみません」


 俺が手を挙げると、店員さんが来た。


「ご注文をどうぞ」

「俺はコーヒーと、チーズケーキ」

「かしこまりました」


 店員さんがクロハの方を向いた。


「お客様は?」

「……」


 クロハが固まった。


「お客様?」

「……」


 俺はクロハの足を軽く蹴った。


「……あ。いちごパフェと、紅茶を」

「いちごパフェと紅茶ですね。かしこまりました」


 店員さんは笑顔で去っていった。


「……緊張した」

「分かった」

「声が出なかった」

「出てたよ」

「小さかっただろう」

「まあ、少し」


 クロハは少し落ち込んだ顔をした。


「気にするな。次は上手くやれるよ」

「……そうか」

「練習だと思えばいい」

「……ああ」


---


 注文した品が運ばれてきた。


「お待たせしました。コーヒーとチーズケーキ、いちごパフェと紅茶です」


 テーブルの上に、美味しそうな品々が並んだ。


 特に、いちごパフェ。

 大きなグラスに、クリーム、いちご、アイスが山盛りになっている。

 てっぺんには大きないちごが乗っている。


「……すごい」


 クロハの目がキラキラと輝いた。


「綺麗だ」

「だろ?」

「食べていいのか」

「もちろん。お前が注文したんだから」

「……いただきます」


 クロハはスプーンを手に取り、パフェに向かった。


---


 一口、口に入れた。


「……っ」


 クロハの動きが止まった。


「どうした?」

「……美味しい」

「よかったな」

「すごく美味しい」

「そうか」

「なぜこれを今まで食べなかったのだ」

「食べられなかったからだろ」

「……そうだった」


 クロハは黙々とパフェを食べ始めた。

 真剣な表情で、一口一口味わっている。


「誠一」

「なんだ」

「幸せだ」

「そうか」

「パフェ、美味しい。お店、素敵。お前と一緒、嬉しい」

「……」

「幸せだ」


 俺は少し照れくさくなった。


「よかったな」

「ああ、よかった」


---


 クロハがパフェを食べている間、店内を観察した。


 他の客も、俺たちを見ている。

 ……いや、クロハを見ている。


「なあ、あの子すごい美人じゃない?」

「銀髪すごい……本物?」

「モデルさんかな」

「彼氏と一緒みたいよ」


 小声が聞こえてくる。

 クロハは気づいていない。パフェに夢中だ。


「誠一」

「なんだ」

「何を見ている」

「いや、お前が注目されてるなと思って」

「注目?」

「美人だからな」

「……」


 クロハは少し恥ずかしそうに俯いた。


「恥ずかしい」

「美人って言われて恥ずかしい?」

「お前に言われると、恥ずかしい」

「……」


 今度は俺が恥ずかしくなった。


---


 パフェとケーキを食べ終わった。


「ごちそうさまでした」

「美味しかったか?」

「とても」

「また来よう」

「ああ、また来たい」


 会計を済ませて、店を出た。


---


 カフェの後、街を散策した。


 アーケード街を歩く。

 洋服屋、雑貨屋、本屋。

 色々な店が並んでいる。


 ……ふと、周囲の視線が気になった。


 俺たちを見ている人がちらほらいる。

 いや、正確に言えば、クロハを見ている。


 銀髪の美少女だ。目立つのは当然だろう。

 問題は、その隣にいる俺だ。


 見た目は完全に「美少女と中年男性」の組み合わせ。

 通報されてもおかしくない。

 パパ活とか、援助交際とか、そういう言葉が頭をよぎる。


 ……やばい。


 しかし、周囲の反応を観察していると、どうも俺のことは気にしていないようだった。

 みんな、クロハのインパクトに気を取られて、隣の中年男性まで目が行っていない。


「すごい美人……」

「銀髪、本物かな」

「モデルさん?」


 聞こえてくるのは、クロハへの感嘆の声ばかり。

 俺の存在は完全にスルーされている。


 ……助かったような、寂しいような。

 いや、助かったでいいか。通報されるよりはマシだ。


「あれは何だ」

「アクセサリーショップだよ」

「アクセサリー?」

「指輪とかネックレスとか、身につける飾りだ」

「……」


 クロハは店のウィンドウを覗き込んでいる。

 キラキラ光るアクセサリーに、目を奪われているようだ。


「欲しいのか?」

「……」

「入ってみるか?」

「……いいのか」

「いいよ。見るだけでも」


 俺たちは店に入った。


---


 店内には、色々なアクセサリーが並んでいた。

 指輪、ネックレス、イヤリング、ブレスレット。


「何がいい?」

「……分からない。初めてだ」

「好きなの選べばいいよ」


 クロハはゆっくりと店内を見て回った。

 そして、一つのネックレスの前で足を止めた。


「これ」

「どれだ?」

「この青い石のネックレス」


 青い石が付いた、シンプルなネックレスだった。

 クロハの紫色の瞳に、よく似合いそうだ。


「買おうか」

「いいのか」

「初デートの記念だ」

「……ありがとう」


 俺はネックレスを購入した。


「付けてみろよ」

「……」


 クロハは鏡の前でネックレスを付けた。

 青い石が、白い肌に映えて綺麗だ。


「似合ってる」

「……本当か」

「本当だ。綺麗だ」

「……」


 クロハは鏡の前で、少し笑った。


---


 夕方になった。

 夕日が街をオレンジ色に染めている。


「帰ろうか」

「ああ」


 俺たちは並んで歩いた。

 夕日の中を、二人で歩く。


「誠一」

「なんだ」

「今日は楽しかった」

「俺も楽しかった」

「カフェも、買い物も、街を歩くのも」

「全部楽しかったな」

「……」


 クロハは俺の手を取った。

 小さくて温かい手。


「これからも、一緒に出かけよう」

「もちろん」

「色々なところに行こう」

「ああ、行こう」

「約束だ」

「約束だ」


---


 帰宅後。


 クロハは新しいネックレスを眺めていた。

 嬉しそうに、何度も触っている。


「誠一」

「なんだ」

「今日から、私たちは普通のカップルになれたな」

「普通の?」

「一緒に外出して、カフェに入って、買い物をする。普通のカップルができることが、私たちにもできるようになった」

「……そうだな」

「嬉しい」

「俺も嬉しい」


---


「……誠一」

「なんだ」

「お前の魂、今、すごく輝いている」

「……また、それか」

「今までで一番輝いている」

「そうか」

「初デートのおかげか」

「……たぶんな」

「私の魂も、輝いている気がする」

「死神の魂も輝くのか」

「お前と一緒にいると、輝く」

「……そうか」


 俺たちは顔を見合わせて、笑った。


 死神と人間の初デート。

 これから、もっと色々な場所に行こう。

 もっと色々な経験をしよう。


 二人で一緒に。

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