第6話「死神と承認」
試験に合格してから、数日が経った。
クロハは落ち着かない様子だった。
窓の外を見ては溜息をつき、時計を見ては首を傾げる。
「そわそわしてるな」
「していない」
「嘘だろ」
「……少ししている」
クロハは認めた。
「最終審査の結果待ちだからな」
「ああ。いつ届くのだ」
「分からない」
「……」
クロハは再び窓の外を見た。
---
その日の夕方。
玄関のチャイムが鳴った。
……いや、違う。
空間が歪んで、一人の死神が現れた。
「クロハ殿」
黒いローブを着た、若い死神だった。
第七課の使い走りだろう。
「最終審査の結果をお届けに参りました」
クロハの体が、一瞬硬直した。
「……」
「こちらが通知書です」
死神は封筒を渡し、すぐに姿を消した。
---
クロハは封筒を持ったまま、固まっていた。
「開けないのか?」
「……」
「クロハ?」
「……怖い」
「怖い?」
「不合格だったら、どうする」
「……」
俺はクロハに近づいた。
「大丈夫だ」
「なぜ分かる」
「試験は受かっただろ? 面接も上手くいった」
「でも……」
「お前は頑張った。だから、大丈夫だ」
「……」
俺はクロハの手を取った。
「一緒に開けよう」
「……分かった」
---
クロハは封筒を破いた。
中から、一枚の紙が出てきた。
『人間界顕現許可申請 最終審査結果通知
クロハ殿
貴殿の申請について最終審査を行った結果、以下の通り決定する。
審査結果:承認
顕現権の付与を認める。
ただし、以下の条件を遵守すること。
一、毎月の活動報告書の提出
二、対象人間(鈴木誠一)の魂管理の継続
三、死神としての本分を忘れないこと
上記条件を満たす限り、人間界での顕現を許可する。
これにより、貴殿は「人間界駐在死神」の資格を得る。
なお、顕現権の発動は本日より有効とする。
死神第七課課長 シロガネ』
「……承認」
「承認だ」
「……」
クロハは紙を見つめたまま、動かなかった。
「クロハ?」
「……」
「受かったぞ」
「……ああ」
「見えるようになったぞ」
「……ああ」
クロハの目が、少し潤んでいた。
「……嬉しい」
「俺も嬉しい」
「外に、行ける」
「行ける」
「一緒に」
「一緒に」
クロハは俺に抱きついてきた。
小さな体が、震えている。
嬉しいのだろう。俺も嬉しい。
---
「顕現権の発動は、どうやるんだ?」
「意識するだけでいい」
「簡単だな」
「ああ」
クロハは目を閉じて、集中した。
すると——
クロハの体が、少しずつ変化していった。
透明感のあった肌が、より実体を持ったように見える。
銀髪が、光を反射してキラキラと輝く。
「……どうだ」
「見えるのか?」
「今の私は、他の人間にも見える状態だ」
「マジか」
「マジだ」
俺は窓を開けて、外を見た。
通りを歩いている人がいる。
「あそこの人に手を振ってみろ」
「……分かった」
クロハは窓から身を乗り出して、手を振った。
通りを歩いていたおばさんが、こちらを見た。
そして、不思議そうな顔をしながら、手を振り返した。
「……見えた」
「見えてるな」
「本当に、見えた」
クロハの顔に、満面の笑みが浮かんだ。
無表情だった彼女が、こんなに嬉しそうな顔をするのは初めてだ。
---
「誠一」
「なんだ」
「外に行きたい」
「今から?」
「今からだ」
「もう夕方だぞ」
「関係ない。外に行きたい」
クロハの目がキラキラと輝いている。
子供のような期待に満ちた目だ。
「……分かった。行こう」
「本当か」
「ああ。せっかく見えるようになったんだ。試してみよう」
「ありがとう」
---
「でも、その格好で行くのか」
「……」
クロハはいつもの黒いワンピースを着ていた。
死神の正装らしいが、街を歩くには少し目立つ。
「普通の服に着替えた方がいいんじゃないか」
「普通の服?」
「ああ。せっかくの初外出だ。可愛い服を着ろよ」
「……可愛い服」
クロハは少し考えて、クローゼットに向かった。
---
しばらくして。
「誠一」
「なんだ」
「見て」
クロハが部屋から出てきた。
「……っ」
白いブラウスに、淡いピンクのスカート。
銀髪が肩で揺れている。
いつもの無表情だが、どこか照れているようにも見える。
「どうだ」
「……」
「変か」
「いや……」
俺は言葉に詰まった。
似合いすぎている。
普段は死神っぽい恰好だから気づかなかったが、普通の服を着ると——
めちゃくちゃ可愛い。
「誠一?」
「あ、ああ。すごく似合ってる」
「本当か」
「本当だ」
「……」
クロハは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。
---
「スカート、短くないか」
「これが普通だ。雑誌で見た」
「どんな雑誌だよ」
「人間界のファッション誌だ」
クロハはくるりと回ってみせた。
スカートがふわりと広がる。
白い脚が、チラリと見えた。
「……」
「どうだ」
「……良い」
「良い?」
「とても良い」
「……変な顔をしているぞ」
「そうか」
俺は視線を逸らした。
これ以上見てると、色々とまずい。
---
「ブラウスも、合っているか」
「ああ」
「キツくないか」
「……」
クロハは胸元を見下ろした。
ブラウスのボタンが、少しだけ引っ張られている。
「……少しキツいかもしれない」
「そ、そうか」
「サイズを間違えたか」
「いや、その……」
俺は何も言えなかった。
クロハは細いが、出るところは出ている。
それが、今のブラウスではっきり分かる。
「誠一、顔が赤いぞ」
「気のせいだ」
「熱でもあるのか」
「ない」
「……」
クロハは首を傾げていた。
無自覚なのがまた、たちが悪い。
---
「まあ、いい。行こう」
「ああ」
「でも、上着を持っていけよ。夜は冷えるから」
「分かった」
クロハはカーディガンを羽織った。
少し大人っぽくなった。
「準備できたか」
「できた」
「じゃあ、行くか」
「ああ」
---
俺たちは玄関を出た。
夕暮れの街。
オレンジ色の光が、街を包んでいる。
クロハは俺の隣に立っている。
いつものことだ。
でも、今日は違う。
「歩こう」
「ああ」
俺たちは並んで歩き始めた。
通りを歩く人々が、俺たちを見ている。
……いや、クロハを見ている。
「すごい美人……」
「銀髪? ハーフかな」
「モデルさんかしら」
小声が聞こえてくる。
クロハは目立つ。それは分かっていた。
でも、今は嬉しい。
クロハが見えているということだから。
「誠一」
「なんだ」
「人が、私を見ている」
「そうだな」
「……恥ずかしい」
「そうか?」
「そうだ」
クロハは少し俯いた。
耳が赤くなっている。
「大丈夫だ。お前が綺麗だから見てるんだよ」
「……」
「自信持て」
「……分かった」
---
商店街を歩いた。
八百屋、魚屋、花屋。
色々な店が並んでいる。
「いらっしゃい!」
「何にしましょう?」
店の人がクロハに声をかける。
今まではありえなかったことだ。
「……すごい」
「なにが?」
「人が、私に話しかけてくる」
「当たり前だろ」
「当たり前じゃなかった。今までは」
「……そうだな」
俺はクロハの手を取った。
「これからは当たり前になる」
「……ああ」
「一緒に買い物もできる。外食もできる」
「……嬉しい」
「俺も嬉しい」
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帰り道。
夜空には星が瞬き始めていた。
街灯がオレンジ色の光を放っている。
「誠一」
「なんだ」
「今日から、新しい生活が始まる」
「そうだな」
「一緒に色々なところへ行こう」
「ああ、行こう」
「カフェに行こう。映画を見よう。遊園地に行こう」
「全部やろう」
「……ありがとう」
「何がだ」
「一緒に頑張ってくれて。申請書も、試験も」
「当たり前だろ。俺もお前と外に行きたかったんだから」
「……そうか」
クロハは俺に寄り添ってきた。
肩が触れ合う。
「誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、すごく輝いている」
「……また、それか」
「今までで一番輝いている」
「そうか」
「なぜだと思う」
「さあ」
「……私は分かる」
「何でだ」
「……嬉しいからだろう」
「……そうかもな」
俺は素直に認めた。
嬉しいからだ。
クロハと一緒に外を歩けて、嬉しいからだ。
---
帰宅後。
「明日から、本格的に外出しよう」
「ああ」
「どこに行きたい?」
「……カフェに行きたい」
「じゃあ、明日はカフェに行こう」
「本当か」
「本当だ」
クロハの顔に、また笑みが浮かんだ。
「楽しみだ」
「俺も楽しみだ」
「……これからもずっと、一緒にいような」
「当たり前だ」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。
死神と人間の同棲生活。
今日から、新しい章が始まる。
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