第49話「死神と星空」
ある夏の夜。
「星を見に行こう」
「星?」
「郊外に行けば、もっとたくさんの星が見える」
「……行きたい」
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車を借りて、山の方へ行った。
街から離れると、どんどん暗くなっていく。
そして、空が明るくなっていく。
星で。
「すごいな……街と全然違う」
「ああ。街灯がないと、こんなに星が見える」
「死神の世界では、こういう景色はないのか」
「ない。空そのものがない」
「そうか……」
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展望台に着いた。
車を降りると、満天の星が広がっていた。
夜空一面に、星が散りばめられている。
まるで、黒いビロードに宝石をちりばめたようだ。
「……すごい」
クロハは空を見上げて、固まっていた。
紫色の瞳に、星が映り込んでいる。
「どうだ」
「……すごい」
「語彙力なくなってるぞ」
「……すごい」
「三回言った」
「……言葉が見つからない」
クロハの顔は、今まで見たことがないほど感動に満ちていた。
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空を見上げると、天の川が見えた。
白い光の帯が、空を横切っている。
何百万、何千万もの星が集まって、光の川を作っている。
星々が、宝石のように散りばめられている。
ダイヤモンド、サファイア、ルビー。
色々な色の星が、静かに瞬いている。
オリオン座、北斗七星、カシオペア座。
街中では見えない星が、無数に輝いている。
一等星だけでなく、五等星、六等星まで見える。
「あれは何だ」
「天の川だよ。銀河の一部だ」
「銀河……」
「俺たちは、あの中にいるんだ」
「……壮大だな」
「俺たちの住む地球も、あの銀河の一員だ」
「不思議だ」
「宇宙は不思議だらけだよ」
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俺たちはベンチに座って、星を眺めた。
夜の静けさの中、星だけが輝いている。
虫の声が、遠くから聞こえる。
涼しい夜風が、心地よく吹いている。
「死神の世界には、星がないのか」
「ない。空がない」
「空がない?」
「そもそも上がない。何もない空間だ」
「へえ……」
「だから、こういうのは初めて見た」
「……そうか」
「初めて見る景色ばかりだ。お前と一緒にいると」
「……」
「全部、お前のおかげだ」
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「誠一」
「なんだ」
「星は何個あるのだ」
「数えきれないくらい」
「数えきれない……」
「宇宙には、星が何千億もあるらしい」
「何千億……」
クロハは圧倒されているようだった。
「人間界は広いな」
「宇宙は人間界よりもっと広いけどな」
「……そうか」
「でも、俺たちは今、ここにいる」
「ああ」
「この瞬間、同じ星を見てる」
「……そうだな」
「何千億の星の中の、この一瞬を共有してる」
「……詩的だな」
「たまには俺もロマンチックなこと言うんだ」
「そうか」
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クロハが俺のそばに寄ってきた。
体を寄せてくる。
「どうした」
「少し寒い」
「上着貸そうか」
「……お前の体温でいい」
クロハは俺の腕にしがみついてきた。
柔らかい体が密着する。
銀髪が俺の肩にかかる。
「……っ」
「どうした」
「い、いや、何でもない」
「そうか」
星空の下で、クロハと密着している。
銀髪が風に揺れている。
甘い香りがする。
……ドキドキする。
星を見るはずが、クロハのことしか考えられない。
「誠一」
「な、なんだ」
「大丈夫だ」
「何が」
「私は星空しか見ていない」
「……」
「だから、どんな顔をしていても気づかない」
「……」
「安心しろ」
クロハは俺の顔を見ずに、星空を見上げている。
……いや、絶対気づいてるだろ。
俺の心臓、バクバクしてるし。
この距離で聞こえないはずがない。
「……心臓の音は聞こえるがな」
「やっぱり聞こえてるじゃないか」
「星空に集中している。心臓音には集中していない」
「同じことだろ」
「違う」
クロハは少し笑った。
その笑顔が、星空よりも綺麗だと思った。
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流れ星が見えた。
「あ」
「今のは」
「流れ星だ」
「流れ星?」
「願い事をするといいって言われてる」
「願い事……」
「消える前に、三回願いを唱えるんだ」
「……間に合わなかった」
「また見えるかもしれない。今日は流星群の日だから」
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しばらくして、また流れ星が見えた。
今度は長い尾を引いて、空を駆け抜けていった。
「あ!」
今度は俺もクロハも、目を閉じて願い事をした。
「……」
「何を願った?」
「……秘密だ」
「俺も秘密」
「……」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。
「たぶん、同じこと願ったな」
「……そうかもしれない」
「お前と一緒にいられますように、とか」
「……」
クロハは少し照れたように視線を逸らした。
「当たったみたいだな」
「……秘密だと言った」
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「誠一」
「なんだ」
「この星空を忘れない」
「俺も忘れない」
「一緒に見た。この瞬間を覚えておく」
「ああ。覚えておこう」
「また来たい」
「来よう。毎年来よう」
「約束か」
「約束だ」
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「お前の魂、今、すごく輝いている」
「星のおかげか」
「私と同じ星を見ているからだ」
「……そうかもな」
「輝いている魂と、輝いている星と」
「ロマンチックだな」
「事実だ」
「事実でもロマンチックだよ」
「そうか」
俺たちは並んで座ったまま、いつまでも星を眺めていた。
クロハは最後まで俺の腕にしがみついていた。
帰りの車の中で、クロハは疲れて眠ってしまった。
銀髪が窓際に揺れている。
穏やかな寝顔。
少し笑っているように見える。
きっと、星空の夢を見ているのだろう。
俺は静かに運転しながら、今夜の星空を思い出していた。
天の川、流れ星、クロハの笑顔。
全部、宝物だ。
また来よう。ずっと一緒に。




