表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/50

第44話「死神とバレンタイン」

 2月14日。

 バレンタインデー。


 朝から、クロハはそわそわしていた。


「どうした?」

「何でもない」

「嘘だろ」

「何でもないと言っている」


 クロハは台所に消えていった。

 何かコソコソやっている。


---


 仕事から帰宅すると、甘い香りが漂っていた。


「ただいま」

「おかえり」


 クロハがエプロン姿で立っていた。

 白いフリルのエプロン。

 普段とのギャップがすごい。


「そのエプロン……」

「似合っているか」

「似合ってる」

「そうか」


 クロハは少し嬉しそうだった。


---


「誠一」

「なんだ」

「今日はバレンタインだな」

「ああ」

「チョコレートを渡す日だと聞いた」

「そうだな」

「……」


 クロハは何かを持っている。

 小さな箱だ。リボンが結ばれている。


---


「これだ」


 クロハは箱を差し出した。

 手が少し震えている。


「開けてみろ」


 俺が箱を開けると、チョコレートが入っていた。

 ハート型のトリュフチョコ。

 表面にはココアパウダーがまぶされている。

 少し形が不揃いだが、丁寧に作られているのが分かる。


「……作ったのか」

「ああ。昨日から」

「昨日?」

「朝から夜まで、ずっと作っていた」

「……そんなに」

「お前のためだ」


 俺は胸がじんとした。


---


 俺はチョコレートを一つ食べてみた。


 口の中で、チョコがとろける。

 カカオの苦みと、甘さのバランスが絶妙だ。


「……美味しい」

「本当か」

「ああ。本当に美味しい」

「……」


 クロハは少しホッとした顔をした。

 普段は無表情なのに、今は不安そうだったのが分かる。


「中にガナッシュを入れた」

「ガナッシュ?」

「クリーム状のチョコレートだ。調べた」

「すごいな、そんな本格的なもの」

「お前のためだからな」


---


「何回か失敗した」

「失敗?」

「一回目は、テンパリングに失敗した」

「テンパリング?」

「チョコレートの温度調整だ。これを間違えると、艶が出ない」

「詳しいな」

「勉強した」

「……」

「二回目は、ガナッシュが固まらなかった。生クリームの分量を間違えた」

「……」

「三回目は、形成で崩れた」

「……」

「四回目で、やっと成功した」

「四回も……」


 俺は言葉を失った。

 クロハが、俺のために四回も作り直してくれたのか。


「頑張ったんだな」

「お前のためだ。当然のことだ」

「……ありがとう」


---


「義理ではないぞ」

「え?」

「義理チョコというものがあると聞いた」

「ああ」

「これは義理ではない。本命だ」

「……」


 クロハは真顔で言った。

 照れている様子はない。

 でも、耳が少し赤い。


「お前だけに渡すチョコレートだ」

「……」

「他の誰にも渡さない」

「……分かったよ。本命だな」

「そうだ」

「嬉しいよ」

「……」


 クロハは少し照れたように視線を逸らした。


---


「誠一」

「なんだ」

「チョコレート、もう一つ食べてもいいぞ」

「いいのか」

「全部お前のために作った」

「……じゃあ、もう一つ」


 俺がもう一つ食べると、少し味が違った。


「これ、違う味だな」

「ああ。抹茶味だ」

「抹茶?」

「色々な味を作ってみた」

「すごいな」

「お前が好きな味を探したかった」

「……」


 俺は感動して、言葉が出なかった。


---


「誠一」

「なんだ」

「ちゃんと味わって食べろ」

「食べてるよ」

「味の違いが分かるか」

「分かる。抹茶は少し苦めで、さっきのは甘めだった」

「そうだ。正解だ」


 クロハは嬉しそうに頷いた。


---


 夜。

 俺たちはソファに並んで座っていた。


「誠一」

「なんだ」

「バレンタインの意味を調べた」

「ああ」

「好きな人に気持ちを伝える日だと」

「……そうだな」

「私は、お前が好きだ」


 クロハは真っ直ぐ俺を見つめた。

 紫色の瞳が、キラキラと輝いている。


「チョコレートに気持ちを込めた」

「……」

「伝わったか」

「伝わったよ」

「よかった」


---


 クロハが俺に寄りかかってきた。


「誠一」

「なんだ」

「今日は特別な日だから、特別なことをしたい」

「特別なこと?」

「キスしてもいいか」

「……いいよ」


 俺はクロハの顔を両手で包んだ。

 そして、唇を重ねた。


 チョコレートの甘い香りがする。

 柔らかくて、温かい唇。


「……っ」

「……」


 唇が離れて、クロハは俺を見つめた。


「……もっと」

「……」


 今度はクロハから俺にキスしてきた。

 舌が触れ合う。深いキス。


 クロハの手が俺の胸に当てられる。

 心臓の上。


「……ドキドキしている」

「そりゃするよ」

「私のせいか」

「お前のせいだ」

「……そうか」


 クロハは嬉しそうに微笑んだ。


---


「来月はホワイトデーだな」

「ホワイトデー?」

「お返しを渡す日だ」

「お返し……」

「期待しててくれ」

「……分かった」

「絶対に、いいお返しを用意する」

「……楽しみにしている」


---


「誠一」

「なんだ」

「お前の魂、すごく輝いている」

「チョコのおかげか」

「私の手作りだからだ」

「そうだな」

「気持ちが伝わったからだ」

「……伝わったよ」

「よかった」


 クロハは満足そうに微笑んだ。


「来年も作る」

「頼むな」

「再来年も」

「ずっと楽しみにしてる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ