第41話「死神と健康診断」
「健康診断に行ってくる」
会社の健康診断の日。
朝から俺は準備をしていた。
「健康診断?」
「年に一回、体の検査をするんだ」
「検査?」
「血液検査とか、レントゲンとか」
「……私も行く」
「え?」
「付き添いだ」
「いや、別に一人で大丈夫だけど」
「行く」
クロハは譲らなかった。
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検診会場に着いた。
クロハは待合室で待っている。
俺は検査を受けに行った。
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血圧測定。
「腕を出してください」
看護師さんが血圧計を巻いた。
シュー、と空気が送り込まれる。
「128の85ですね。正常範囲です」
「よかったです」
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採血。
「チクッとしますよ」
注射針が腕に刺さる。
血が管に流れていく。
「……」
痛いけど、すぐ終わった。
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レントゲン。
「息を吸って、止めてください」
パシャ。
「はい、終わりです」
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全ての検査が終わって、待合室に戻った。
クロハがいた。
……なぜか血圧計を持っている。
「クロハ、それ何やってるんだ」
「面白い機械だ」
「血圧計だよ」
「腕に巻くと、何かが分かるのか」
「血圧が分かるんだ」
「血圧とは」
「血液が流れる圧力だよ」
「……」
クロハは腕に血圧計を巻いてみた。
スイッチを押す。
シュー……
「測定できません」
機械がエラーを出した。
「壊れているのか」
「いや、多分……死神だから測れないんだと思う」
「そうか」
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検査結果が出た。
「鈴木さん、特に問題ありませんね。去年より数値も良くなっています」
「よかったです」
「生活習慣、改善されたんですね」
「まあ、色々と」
クロハのおかげだ。
料理を作ってくれるし、規則正しい生活になった。
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帰り道。
「どうだった」
「問題なかったよ」
「よかった」
「クロハのおかげだ」
「私か」
「ああ。料理とか、生活習慣とか」
「……」
クロハは少し嬉しそうだった。
「魂を見れば健康か分かるが」
「そうなのか」
「ああ。お前の魂は健康だった」
「じゃあ検診いらないな」
「いや、人間の検査も必要だ。念のため」
「そうか」
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帰宅して、リビングでお茶を飲んでいた。
クロハがふと、口を開いた。
「誠一」
「なんだ」
「今日、お前が検査を受けている間、ずっと心配していた」
「……」
「人間は脆い。いつ病気になるか分からない」
「……」
「もし、結果が悪かったらと思うと、怖かった」
クロハの目が、少し潤んでいた。
「でも、大丈夫だったな」
「ああ。大丈夫だった」
「よかった」
クロハは俺の隣に座って、もたれかかってきた。
「……誠一」
「なんだ」
「私は、お前に長生きしてほしい」
「……」
「できるだけ長く、一緒にいたい」
「……」
「お前の魂を回収するのは、何十年も先であってほしい」
クロハの声が、少し震えていた。
「私がこんなことを思うようになるなんて、思わなかった」
「……」
「死神は、魂を集めることが仕事だ。長生きなど、本来は関係ない」
「……」
「でも、お前に出会ってから、変わった」
「……」
「お前には長く生きてほしい。一日でも長く、一緒にいたい」
俺はクロハの手を取った。
「俺も同じだよ」
「……」
「クロハと一緒にいたい。できるだけ長く」
「……」
「だから、健康には気をつける。約束する」
クロハは俺を見上げた。
紫色の瞳が、優しく輝いている。
「……ありがとう」
「こちらこそ。心配してくれて、ありがとう」
「……」
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夜。
俺たちはベランダに出て、星を眺めていた。
手を繋いで、静かに立っている。
「誠一」
「なんだ」
「お前の魂、今、とても穏やかに輝いている」
「そうか」
「健康診断の結果がよかったからか」
「それもあるけど」
「他にも?」
「クロハがそばにいるからかな」
クロハは少し照れたように視線を逸らした。
「……私もだ」
「え?」
「お前のそばにいると、なんだか温かくなる」
「……」
「死神は体温がないはずなのに、お前といると温かい」
「……」
「不思議だ」
俺たちはしばらく、黙って星を眺めていた。
言葉はなくても、分かり合えている気がした。
二人の間には、静かで温かい時間が流れていた。
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「誠一」
「なんだ」
「これからも、ずっと一緒にいてくれるか」
「ああ。ずっと一緒にいるよ」
「……」
「約束だ」
「……ありがとう」
クロハは俺の腕にしがみついた。
小さく、温かい体温が伝わってくる。
星空の下、二人は並んで立っていた。
これからも、ずっと。




